『 旅と修行と音楽と 』
今の状態がデスゲームなのか、異世界トリップなのか、異世界転生なのか知らないが、この世界での日々が現実になった〝あの日〟から一ヵ月が過ぎた頃、オークの大群がフリーデンに押し寄せた。
今は『オーク事変』と呼ばれているこの出来事は、ゲーム時代の都市襲撃イベントの一つ――『敗残のオーク王子逃走劇』だろうと言われている。
それを簡単に説明すると、オークの国で覇権争いに敗れて殺されるはずだった王子が、自らの配下を率いて国外へ逃走し、自分の国を手に入れるため人間の都市を襲撃する、という設定のイベント。
そして、正確な場所は既に失伝してしまって分からないアルトス教団の幻の聖地『エルドランド』は、『オークの魔王』によって占領されてしまったらしい。
故に、思った。オークの大群が移動した痕跡を辿れば、エルドランドを見付け出す事ができるのではないか、と。
「そんな風に考えていた時期が俺にもありました、か……」
山間の森の中でその痕跡を探していたムサシは、ふぅ、と一息ついた。
既に『オーク事変』から三年近く経っているとはいえ、朝稽古や夜稽古の一環で走る際に、オークの大群が移動する事によって地面が踏み固められた跡や樹木に付けられた傷など、その痕跡を発見していたのだが……
「見付かりませんか?」
そう訊いてきたミアに、うん、と返し、
『すみません』
「私達もお手伝いしたいのですが……」
「ここにくるまでも、どこにそんな痕跡があるのかさえ分からなくて……」
申し訳なさそうに言う御前姉妹に、気にしなくて良いよ、と伝える。
とはいえ、まさかたった一日進み続けただけでその痕跡がなくなってしまうとは思いもしなかった。
もう一つの可能性を考えて、転位門の一つである〝山林の儀式場〟も探してみたのだが見付からない。
顕在化している妖精竜のフィーや、特に敬虔なる猟犬のアルジェにも見付けられないという事は……
「ん~……」
「先輩?」
「ん? あぁ、いや、ここで途切れてるって事は、痕跡から推測できる相当な数のオークがここら辺で唐突に湧いて出たって事になる。それってどういう事なんだろうなぁ~、と思って」
ミア達は顔を見合わせ、
『まさか』
「転位門を開く技能や装置があるんじゃ……」
「《エターナル・スフィア》になかったからといって、この世界にもないとは……」
静と巴が言うと、ミアも少し思案してから、
「あるいは、『オーク事変』が『敗残のオーク王子逃走劇』だというのは私達の勝手な思い込みで、実は、あの大群はオークの侵略軍で、飛行船か万魔殿のような大型モンスターからこの場に降下した、とか?」
どちらもありそうか気がする。だが、確証はない。
「ん~……、まぁいいか」
考えても分からない事を考えても仕方がないので、記憶に止めつつも気にしない事にする。何故かミア達が、ガクッ、と肩を落としているがこちらも気にしない。
ミアは、はぁ……、とため息をついてから気を取り直して、
「手掛かりが途絶えてしまった訳ですけど、これからどうするんですか?」
そう問われたムサシは、
「この大陸の中央に向かって進む」
視線をそちらへ向けて迷いなく答え、
「――修行しながら、な」
そう続けた。
『はいッ!』
ミア、巴、静のそれこそ望むところだと言わんばかりの返事に満足げな笑みを浮かべるムサシ。それからふと木々の合間から覗く空を見上げ、
「じきに暗くなる。今日はここで野営しよう。で、準備がすんだら早速修行だ」
まだ明るいが、森の中では外よりも早く夜が訪れる。異論はないようだったのでさっさと野営の準備をすませ、ムサシ達は修行を開始した。
――光陰矢の如し。
まさに月日が流れるのは早く、フリーデンを出発してからおよそ一ヶ月。
その間、ムサシは日課の朝稽古と夜稽古の他に、ミア達の修行に付き合った。
どうやらミア達は、アニメやマンガの主人公達が臨む、一度はボロ負けした敵に短期間の努力で勝ててしまうような急成長が望める厳しい修行を期待していたようだが、ムサシが提案したのは、今よりも強くなる事ではなく、今の実力を精確に把握し、それを十全に発揮できるようにする事。
そのためにムサシが指南したのは、大きく二つ。
【練気】を始とした【体内霊力制御】の会得と、【探知】系スキルの会得。
というか、それ以外に教えられる事がほとんどない、というのが実情だった。
何故なら、ミアは【精霊術】を、静は【聖法】と【治癒法】を、巴は【魔術】と【捕縛術】を取得しているが、ムサシは法術系技能を取得・修得していなかったせいなのか、【体外霊気操作】の素養が欠如しているため教えられないし、杖、弓、槍や薙刀の扱いは、ミアや姉妹に一日の長がある。
そんな訳で、ほとんど平らな場所のない道なき道を移動する際、その環境を生かして森の歩き方や【難場走り】のコツを伝えた他は、【体内霊力制御】の会得に必要な〝気〟の知覚、循環、【練気】の精度を上げるための瞑想や、反復練習で躰に技を刻み込むのと同じ様に、〝気〟の運用を頭で考えずともできるようになるための身体と〝気〟の運用を同時並列的に行なう型稽古をひたすら繰り返し、それと平行して【探知】系スキルの会得――【技能】に頼らず同じ事ができるようになるための修行を毎日欠かさず行なった。
とはいえ、根を詰め過ぎるのは良くない。
そこで、道中は旅路の風景を楽しみ、出立前に用意した食料の他にその土地で採れた恵みを堪能し、夕食の後のひと時にはちょっとしたリサイタルを開催したりした。
奏でられたのは、《エターナル・スフィア》でムサシが仲間達に押し付けられた〔嘯風のギター〕〔天響のヴァイオリン〕〔万奏のグランドピアノ〕、それと――ミアの〔星辰の竪琴〕。
「実は、一人で先輩の帰りを待っている間、ずっと練習していたんです。時間だけはありましたから」
なんでも、この〔星辰の竪琴〕は、悪魔に魂を売った悪徳領主を成敗するゲーム時代のクエストで城に潜入した時に手に入れたもので、その際、どんな会話の流れでそんな話になったのかは忘れてしまったそうだが、良いよなぁ~、ハープが入るだけでぐっと幻想感が出るんだよ、と言っていたのを覚えていたとの事。
ミアからそう聞いても、ムサシは全く思い出せなかったが、その意見には甚だ同感だった。
そして実際、竪琴の音色とエウフェミアが奏でる様子はなんとも幻想的で美しく、演奏もなかなかのもの。ムサシは感心し、アルジェとフィーは聞き惚れ、静と巴は絶賛していた。その後、
『ミアさんは声もとても綺麗なので是非歌も聞かせて下さいッ!』
そう御前姉妹に懇願されて困惑したミアは、ストーカーエルフに付き纏われて万屋〈七宝〉から出られなかった時、知り合いに頼んで図書館から借りてきてもらったハープ曲集には歌詞がなかったからと断ったが、それならとムサシが提案し、今は照れもあってあまり乗り気ではないミアに母音唱法の練習をさせている。更に、
「静さんと巴さんの声だってとても綺麗です」
本音と皆と一緒なら恥ずかしくないという本心が半々のミアにそう勧められた御前姉妹は、自分達なんてッ! と断固拒否した。
しかし、カラオケ感覚で良いんだよ、とムサシが軽い調子で勧め、覚えているよく耳にしたCMソングやアニソン、当時流行っていた曲、学校の音楽の時間や合唱コンクールでよく歌われる曲などを演奏すると、始めは躊躇いがちに、やがて楽しげに歌い出した。
やはり、エウフェミアが竪琴を奏でる様子が格調高過ぎて気後れしていただけで、歌う事自体は好きらしい。
そして、――双子のハモりはヤバかった。
ムサシは、みんな吟遊詩人として生きていけるレベルだ、と称賛を惜しまず、ミア達は、演奏が素晴しいからです、とムサシに尊崇の眼差しを向けた。
――それはさておき。
休憩やテント代わりに使える〔四阿〕、外観は和風でも内装は洋式の水洗トイレである〔厠〕、ミアの要望を可能な限り取り入れたダイニングキッチンである〔厨〕、内装は総檜造りの〔湯殿〕……などなど、熟練度・スキルLv共にカンストしている【調合】【細工】【錬金】【合成】の知識と技術の粋を尽くして製作した便利道具が用意されていたため実に快適。
しっかりと身に付く前に実戦に臨むと型が崩れてしまうので戦闘は避け、憩いのひと時を邪魔せんとする生物はムサシが速攻で討伐するか威圧して追い払うため身の危険を覚える事もなく、【錬丹術師】でもある【気功】の達人が皆を監督しているため、頑張り過ぎが祟って躰を壊す事も病を患う事もなく実に快調。
そんな旅を続けてきたムサシ達は、フリーデンを出立してからこれまで人と遭遇した事は一度もなかったが――
「アルジェ? フィー?」
高層ビルのような樹木が屹立する森の中、大型のモンスターが我が物顔で徘徊する地上を避け、図太い枝から枝へ樹上を移動していると、不意に、ピタッ、と大型犬サイズのアルジェが足を止めた。ミアの肩の上にいるフィーも同じ方向を気にしている。
召喚者としてある程度の意思の疎通が可能であるミアがどうしたのかと問うと、
「大勢の人の気配に、複数のモンスターの気配が近付いているみたいです」
途中、行く手を遮るかのように横たわっていた山脈を越える際、海を渡って隣の大陸には行けるのに、頂からこちらへ向かって飛行船が飛べない理由――内陸のほうの空に点在する浮遊島と、そこを巣にしているらしい大型の飛行するモンスターを多数目撃した。
それらと、ムサシが蹴散らすかガン付け一発で追い散らしてきた地上にひしめくモンスターによって海岸地方と内陸地方の行き来は途絶えていたが、
「やっぱり人がいないって訳じゃなかったんだな」
「先輩ッ!」「ムサシ殿ッ!」「ムサシくんッ!」
「はいよ。じゃあ、――行ってみようか」
その人々が助けを必要としているとは限らないが、ムサシ達はアルジェに先導を頼み、そちらへ向かって駆け出した。
森の外へ近付くにつれて木々の大きさは急速に縮み、やがて元の世界の常識に納まる程度に。
そして、森の外には勢力を広げようとする森林同士の緩衝地帯のような広い草原が広がっていて、そのほぼ中央には土の地面が剥き出しの二車線分ほどの広さの道が一本通っており、
「なんだありゃ?」
そこを、九台から成る隊商と思しき車列が時速三〇キロ程で走行しているのだが、観光バスほどもある付随車の牽引車が妙だった。
ストライカー装輪式装甲車輌ほどの車体の上に頭部のない巨大な全身甲冑の上半身が生えていて、しかも、その両腕が車体の上に生えているハンドルを握っているのだ。
「あれって、車体の中には下半身があって、自転車みたいなペダルを回してたりするのかな」
「今はそっちよりモンスターのほうを気にして下さい」
その車列は、ムサシ達が発見した時にはもうモンスターに襲われていた。
羽音もうるさくブンブン群れで飛び回るのは、
「ワスプの亜種だな」
『ワスプ』とは、ナイフのような毒針を有する幼児ほどの大きさのスズメバチのようなモンスター。これには数種類の亜種が存在するが、共通して肉食で獰猛。
今、目の前で隊商を襲っているのは、スズメバチというより飛ぶサソリのような、二つの爪と先端に毒針を有する尻尾がある。
『あっ!』
「逃げるのをやめて駆除する事にしたようです」
「ここまで逃げてきたのに……ひょっとして人里が近いのかな?」
車列は、前方の三台が道の右側に寄り、中央の三台がその左隣に、後方の三台がその左隣にと、前後の六台が中央の三台を護る形で停車した。
右三列の付随車は右側に、左三列の付随車は左側に狭間が開き、そこから周囲を飛び回るワスプ亜種の群れへ向かって一斉に矢が射掛けられる。銃声はない。矢の長さと一つの狭間から連射される速度から見て、弓ではなく連弩の類だろう。
撃ち尽くしたからか、ある程度数を減らす事ができたからか、外側六台の付随車と牽引車の間にある出入口から武装した人々が次々に飛び出してくる。
見たところ全員が真人族。装備は不揃いだが左腕に同じ意匠の腕章を付けており、手にしている得物は、剣、槍、斧、槌、弓、杖……やはり銃砲の類を手にしている者はいない。
装備は、全身鎧を身に付けている者はなく、後衛はローブ、前衛は部分鎧で要所を保護しており、目視で確認できる範囲で最高のアイテムはランクⅢの秘宝級。幾つかあるがどれも未覚醒状態。
後衛の法術使いを控えさせて温存し、前衛が連携と武術スキルを駆使して戦闘を有利に進めていく。
なかなか練度の高い集団だ。こういった状況に慣れている感じもする。おそらく隊商専属の護衛団だろう。
「加勢は……必要なさそうですね」
そんなミアの言葉に、ムサシは、ん? と首を傾げる。
ここへくるまでの間に、ミア達は、人がいるなら情報を得るために接触して話を聞きたい、と言っていた。それなら終わるのを待って顔を出すより、要不要など気にせずとりあえず加勢すれば良い――そう思ったのでそう言うと、ミアと姉妹は困ったように顔を見合わせた。
この世界では、戦闘経験を積んだりモンスターを倒せば、【ステータス】の各パラメーターを上昇させたり新たな【技能】を取得・修得するのに必要な『可能性を創造する力』を得る事ができる。
それ故に、彼らが助けを必要としていなかった場合、エリキシルを横取りされたと文句を言われるかもしれない。
そうミアから説明を受けたムサシはただ一言、
「ゲームかよ」
そう漏らして呆れ果てる。
まさか助けに入ろうとして、迷惑行為の一つ――『横殴り』を注意されるとは思いもしなかった。
「いや、ゲームなのか?」
デスゲーム説を思い出して首を傾げ……まぁいいか、と考えるのを止める。そして、
『助けに行くんですか?』
草原手前の木の陰から出ると、すぐそこの茂みの陰に姿勢を低くして身を隠し様子を窺っていた御前姉妹が、何故かキラキラした目で見上げてきた。
「その前に一言訊く」
こちらには助ける意思があるのだから直接訊いてみれば良い。それで必要だと言われたら助け、必要ないと言われたら余計な手出しをしなければ良いというだけの話だ。訊けばすぐに分かる事でいつまでもグダグダ思い悩むなどアホらしい。
「あっ、ムサシくん待って!」
「その前に、世を忍ぶ仮の身分を決めておきましょう」
「は?」
「〈セブンブレイド〉の雷名はこちらでも鳴り響いている可能性があります」
「〝神威の絶刀〟のムサシと〝精霊王の秘宝剣〟のエウフェミアがいるって知れ渡ったら、大勢の人が集ってきて旅どころじゃなくなっちゃうでしょ?」
大袈裟な、と思うが、一理あるような気がしないでもない。だが、それ以上に『世を忍ぶ仮の姿』というのは、なんというか……良い。
「私はともかく、先輩には必要かもしれませんね」
『いやいや、ミアさんにも必要ですよ!』
「なら〝御前姉妹〟にも必要だろ」
そんな訳で、今のところ加勢は必要なさそうなので、事態の推移に注意しながら全員分の世を忍ぶ仮の身分を考える事に。
各人の名前、職業、パーティ名……ムサシは、結局こんな事を話し合っている間に戦闘は終わってしまうだろうと思っていたのだが、この世界は思っていた以上に厳しかった。




