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『 冒険の旅へ 』

「先輩、馬車を買いましょう」


 万屋〈七宝〉に帰り、玄関で〔仙忍の草鞋〕と足袋を脱いで上がると、突然ミアがそんな事を言い出した。


「長旅には必要なものだと思います」

「ん? ミアも旅に出るのか?」


 ミアは、意外そうに訊くムサシにジト目を向け、


「その言い方は、やっぱり私を置いて行くつもりだったんですね?」

「置いて行く? って、俺の旅についてくるつもりだったのか?」

「当然でしょッ!!」

「いや、だって、ミアは俺が侍だって知った上で嫁に来たんだぞ? なら、家の事はお任せ下さい、あなたの戻るべき場所を護りながらいつまでもお帰りをお待ち申し上げております、とか言って、俺の背中に火打石をカチカチやって見送ってくれるものだとばかり……」

「私は新妻ですから至らない所が多々あるんです! 片時も離れたくないんです!」


 ほんのり桜色に染めた頬を膨らませて、ぷいっ、とそっぽを向くミア。


 ムサシは、なんだそれ、と笑みを漏らし、まぁいいか、と好きにさせる事にする。


 ミアは大の虫嫌いだ。森の中などは最悪だろう。いたる所でブンブン飛び回りウジャウジャひしめく小さな虫や昆虫型モンスターバグに遭遇してはギャーギャー騒ぐのが目に見えている。


 それに、ミアは女だ。トイレだとか風呂だと寝床だとか、一人の時には考えなくていい面倒が確実に増えるだろう。


 かと言って、置いて行ったら置いて行ったで、また寂しさのあまりどうにかなってしまうかもしれない。そう考えると心配だ。


 面倒と心配事なら、解消しておくべきは心配事だろう。面倒のほうは考え方と気の持ち様でどうとでもなるしその場で解決できるが、心配事のほうは確かめに戻らなければいつまでも付き纏う。


「一緒に来るつもりなら、馬車はいらない」

「どうしてですか?」

「馬車が走れるような道を行くつもりがないからだ」

「分かりました。それで、出発はいつですか?」

「まだ決めてない。けど、ナナミさんのお母さんが快癒した後だ」


 ミアは、分かりました、と頷いてから、あの……、と何かを言おうとして躊躇う。それでムサシが促すと、


「ある日突然、私を置いて出発したりしないって約束してくれますか?」

「いいよ。――約束する」


 ミアはそのたった一言に心の底から安堵して、ほっ、と胸を撫で下ろし、


「では、早速旅の準備を始めましょう!」


 遠足を控えた子供のような笑みを浮かべて言い、


「そうだな。それに相談したい事もある。――けどその前に何か食べたい。空きっ腹が軽くて落ち着かないんだ」

「分かりました! すぐに用意しますね!」


 足取りも軽くキッチンへ向かう。


 ムサシは何となくその後ろ姿に和みながら後に続いた。




 急がず焦らず旅の準備を進めつつ時は流れ、ナナミさんとカイトの母親であるミサキさんの初診から一週間が過ぎた。


 今ムサシがいるのは、中層のとある集合住宅アパートメントの管理人室であり、焼け出されてしまったナナミさん一家の新居。


 髷を解いて総髪にし、頭に手拭を被っている〔破戒僧の作務衣〕姿のムサシは、そのリビングダイニングで椅子に姿勢よく座っているミサキさんを診察し……


「…………はい、もう薬は必要ないみたいですね」


 あの地下市街でのゾンビパニック以降、毎日訪ねて経過を診てきたが、それも今日で終わり。快癒した事を伝えると、姉弟が喜びの声を上げた。


「病を治して頂いたばかりか、新しい家に、私と娘の仕事まで……、本当に何から何までお世話になってしまって……」


 感謝とお詫びを述べるミサキさんに向かって、ムサシは家族に対するような気さくな態度で、


「この家とミサキさんの仕事の事は、今度会った時にでも嫁さんに言ってやって下さい」


 フリーデンの中層には、クラン〈女子高〉の拠点ホームの他に、図書館や博物館、美術館、コンサートホールなど文化的な施設が多く、アルトス教団とクラン〈女子高〉の母体とも言える〈私立情報之海総合学院〉が共同で運営する学園もある。


 その学園へ入学後、一人暮らしをする予定の学生に部屋を貸す予定の集合住宅、その管理という住み込みの仕事を見付けてきてミサキさんに勧めたのはミアだった。


 ちなみに、そのミアはここにはいない。今頃は上層にあるクラン〈食卓の騎士団ターフェル・リッター〉の本部ホームで、リハビリも兼ねてアニスから料理を教わっているはずだ。


 更に余談だが、ナナミさんの弟――カイトは、自分も働いて母と姉を助けたかったのだが、その母と姉たっての願いを聞き入れて生活に困窮していても学園に通い続けていた。しかし、少し前から授業をサボって例の秘密の通路はいすいこうからフリーデンの外へ抜け出し、採取した薬草などを売って金銭を得ていたのだが、先日ついにその事がバレ、母と姉から大目玉を食らった。


「それに、ナナミさんの仕事のほうはこっちからお願いしたんだから、感謝するのはこっちですよ」


 その仕事とは、再開する万屋〈七宝〉の店員。


 旅立つ前にしておいたほうが良いと思った〝それなりの備え〟についてミアに相談した結果、辿り着いた答えが万屋〈七宝〉の再開だった。他にも幾つかあるが、何よりそれはミアの望みでもあり、自分達が不在の間は誰に店番を任せるかと考えた時、頭に浮かんだのはナナミさんだけだった。


 今も昔も、自分の仕事は商品を製作し、それを渡して原価と相場価格を伝える所まで。それ以降は専門外。販売価格や個数制限、店内に並べる商品の配置や非常時には儲け度外視でアイテムをどう活用するか……などなど、他は全てミアとナナミさん任せだ。


 ――それはさておき。


 ミアにしつこく言われた通り、ムサシはちゃんとナナミさん達から感謝の言葉を受け取って、淹れて勧めてくれたお茶を頂戴してから、今日は他に用があるのでとお暇した。




 ナナミさん宅をお暇した後にやってきたのは、冒険者ギルド。


 建物の中に足を踏み入れ、クエストボードに向かって歩を進めると、すれ違う人々は皆、誰だこいつ? と言わんばかり目をムサシに向ける。ここまでの道中もそうだったが、相当〔戦極侍の戦装束〕や〔太刀持鞘〕に納まった〔屠龍刀・必滅之法〕の印象が強いらしく、〔破戒僧の作務衣〕姿だとまず気付かれない。


 今日ムサシがここへきたのは、ミアが呑んだギルドからの要求を果たすため。


 何でも、都市結界内で法術スキル【ターンアンデッド】を使うためには『特権』が必要で、ミアと女性司祭ヨハンナはそれを得るために冒険者ギルドと交渉した。そして、協力する見返りとしてギルドが要求してきた『〈セブンブレイド〉とギルドの和解』と『ムサシにクエストを受注させる』という条件を呑んだとの事。


 ミアは、勝手に決めてしまって申し訳ありません、と謝っていたが、そもそもギルドと喧嘩した覚えなどなく、自分がどれだけ恐れられているかなど考えた事もないムサシは、そんな事で良いの? と首を傾げたが、ミアがいいというので気にしない事にした。


 万屋〈七宝〉の再開と旅の準備でそれ所ではないのだが、ギルドは協力してくれた。ならば、約束は守らなければならない。


「ん~――…」


 ムサシは、クエストボードに張り出されている依頼を物色し……入手困難なアイテムの納品系クエストを五枚、ボードから剥がして受付窓口へ持って行く。


 対応してくれたのは初めて見るお姉さんで、依頼書とそこに書かれている手持ちの素材アイテムを道具鞄から取り出して並べる。そして、【ライセンス】の提示を求められたので従うと、職員のお姉さんは、え? と声を漏らし、何度も名前の欄と当人の顔の間で視線を往復させていた。


 ――何はともあれ。


 いつ受けるか、何を受けるか、という指定はないそうなので、これで約束を果たした事になるはず。


 あっさり用件を済ませたムサシは報酬を受け取り――はっ、とひらめいた。ここへ来たついでに、道具鞄の中身の整理も兼ねて、不足している現金を手に入れておこう。


 ムサシは冒険者ギルド内の鑑定・買取りカウンターへ。


 そして、万屋〈七宝〉の再開と旅の準備の合間に行なっている【錬丹術師】としての修行の成果――【細工】【錬金】【合成】の技能で製作した装身具アクセサリーを中心に売り払い、担当の職員が、これ以上出せませんッ! という所までの現金を手に入れた。




 それからしばらくは、日課の朝稽古を行い、朝食を一緒にとってから腹ごなしの散歩を兼ねてミアを〈食卓の騎士団〉の本部まで送り、夕方まで〔壺公の壺こうぼう〕に篭って商品アイテムを製作し、ミアを迎えに行って一緒に夕食をとった後、日課の夜稽古を行ってから就寝する、という日々を過ごし……今日はミアを送った後、クラン〈女子高〉の武器製造工場に来ていた。


 2車線分ほどの広い無機質な通路の左右には、大型トラックが通れそうなサイズの自動扉が等間隔に並んでいる。その自動扉の一つ一つが『工場』であり『農場』。


 フリーデンにはこんな区画が上層、中層、下層に存在し、LEDライトで成長を促進された作物が栽培されている部屋があれば、家畜が飼育されている部屋もあり、複数の職人達が大型の炉で熱せられた金属を鎚で打っている部屋があれば、隙間なく並べられた工作機械が延々とレシピ集から指定されたものを作り続けている部屋もある。


 クラン〈女子高〉の武器製造工場は中層の一角にあり、迎えにきた狙撃手レナの案内でムサシが足を踏み入れた一室では――竹が栽培されていた。


「はぁ~、ここがこんな風になっていたなんて……」


 細い竹が群生する様子は地獄の針山を彷彿とさせ、どうやらここへきたのは初めてらしいレナが唖然とするのも無理はない。その一方で、この竹――通称〔薬莢竹〕を提供したムサシは満足げに頷いた。


 それは以前、〈女子高〉メンバーと地下鉄駅構内のモンスターを掃討した時の事。


 空薬莢を再利用するために拾っている少女達がいて、足元に幾つか転がっていたので何気なく拾った。それで気付いたのだが、ライフル弾の薬莢はプレス加工で製造されたものだが、拳銃弾の薬莢は旋盤加工で製造されたものだった。


 まず棒状に加工した金属を規定の長さに切断してから旋盤で削って作る薬莢は、プレス加工で製造されたものと比べて脆い。再利用にも向かない。


 気になって訊いてみると予想通り、プレス機が少なくライフル用の薬莢を優先的に製造しているという答えが返ってきた。


 そこで提供したのが、この凄まじい勢いで成長する〔薬莢竹〕。


 まず切り取ってから3日間乾燥させる。それから、全体を満遍なく炙って布で拭く『油抜き』という工程を経ると、緑色が抜けて薬莢のような黄金色に変化し、金属のような強度と光沢が生まれる。


 後は、金属の棒を加工するのと同じで、節を生かして規定の長さに切断してから旋盤で加工すれば良い。その太さに応じて9ミリパラベラム、44マグナム、45ACP、50AEなどなど拳銃弾の他に散弾銃の装弾ショットシェルにも使え、湿度や乾燥など環境の変化にも強いプレス加工の薬莢と遜色のないものが出来上がる。再利用には向かないが、それは金属を旋盤で加工して作ったものも同じ。


 栽培や油抜きなど手間は増えるが、これで弾薬に使用する予定だった金属資源の消費量を大幅に削減する事ができる。それ以外にも利点はあり――


「ムサシさんも、この竹で作った薬莢を使っているんですか?」

「いや、俺は別の事に使ってる」


 元々銃を使う機会があまりない上、【薬莢自動回収】を修得しているムサシは金属製の薬莢を使用しており、再利用して限界がきたらそれを【錬金】の素材として作り直している。


「別の事?」


 おう、と頷くムサシ。この竹は食用にはならないが使い道は多く、


「今日は栽培状況の確認がてら、この竹で作れる傷薬や解毒薬、肌荒れに効く軟膏、除菌や消臭に使える竹炭や肥料などなどの作り方を教えにきたんだ」


 ムサシは、ここはもう十分見たからと〈女子高〉に所属する能力アビリティ【調合】持ちの職人達の所へ案内してもらい、それぞれのレシピと製法を伝授した。




 事前の告知もなく、まるで今までずっとそうだったかのような自然さで、今日、万屋〈七宝〉が再び店を開けた。


「はぁ~、なんだか落ち着きますぅ~」


 相好を崩し、ゆったり湯船に浸かっているかのように言うのは、スペースにゆとりのあるレジカウンターの席に着いているナナミさん。流石というべきか、既にカウンターの裏には暇な時間を有効に使うためのアイテムがいろいろと用意されているようだ。


 そんな定位置に納まったナナミさんの様子を見て、ムサシとミアは顔を見合わせて笑い、


『ナナミさん、行ってきます!』

「はいっ、行ってらっしゃい!」


 満面の笑みを浮かべるナナミさんに見送られて、いつかのようにムサシとミアは店を出た。


「お店、繁盛するといいですね」

「いや、無理だろ」

「どうしてそういう事言うんですか?」

「いや、だって無理だろ」


 現在の万屋〈七宝〉の商いは、ムサシが製作した消耗品の販売のみ。買取はせず、ギルドを通さずに持ち込まれた依頼を受ける予定もない。おまけに現在の下層7階はムサシを除いて男子禁制。それで昔のような賑わいを期待するほうが間違っている。


 ミアもそんな事は重々承知しているが故にすぐ言い返す事ができず……


「今はそれで良いんだって。目指してるのは商店街とかにある、お客が入ってるのなんて見た事ないのに何故か潰れない店なんだから」


 先日、先んじて〈食卓の騎士団ターフェル・リッター〉、〈エルミタージュ武術館〉、〈私立情報之海総合学院付属女子高等学校・フリーデン分校〉に大量のアイテムをまとめて売った。その商品が今日からそれぞれの店頭に並ぶそうなので、なくなればまた注文が来るだろう。


 それに、彼ら彼女らの店に並ぶのは、工房をフル稼働させ、榊や樒サポートキャラクター達の力も借りて大量生産した、処方箋なしに薬局で買える類の医薬品と、今までのフリーデンにはなかったファンタジーな効き目がありながらもお手頃価格な売れ筋商品。


 それに対して、万屋〈七宝〉で販売されるのは、一口で全快したり欠損部位を即座に再生したりする高ランク・高レベルのポーション類、状態異常バッドステータス各種の回復薬や付与薬、上昇バフ低下デバフの状態変化薬、甦生薬や霊薬、秘薬……効果は絶大だが容易には手を出せない値の張る商品と、【体内霊力制御】を修得しておらず練成盤が使えない生産職には扱えないIC用の素材などなど。


 それでも、それぞれの店でそれとなく万屋〈七宝〉が再開した事を報せてくれる事になっているため、興味を持って覗いてくれる人が増えれば、知る人ぞ知る店として口コミで客は増えるかもしれない。


 だが、店員はナナミさん一人。店長あにじゃ副店長あねうえが不在の今、勝手に新たな店員を雇う気にはなれない。故に、客足はやはり程々で良いと思う。


 ミアは少し不満そうにしていたが、


「万屋〈七宝〉を昔みたいにするのは、仲間みんなが揃ってからで良い」


 ムサシがそう自分の考えを述べると、ミアは、はいっ、と同意した。


 ――何はともあれ。


 これから向かうのは、上層の〈食卓の騎士団〉本部ではなく、ご近所の〈エルミタージュ武術館〉本部。なんでも、注文していた品を受け取る約束の日が今日なのだとか。


 到着すると、おののいも子、イトーちゃん、サリチルさん――ビキニアーマーの普及に熱心な生産職三人組と、ゾンビパニック以来、久しぶりに顔を見る御前姉妹が出迎えてくれた。


 ミア、静、巴は、この三人組に仕事を依頼していたそうで、品物の確認やら微調整やらに少し時間が掛かるらしい。


 至らないという自覚がある夫の嫁さん孝行として送り迎えをしているのであって、ムサシはここに用がない。故に、いつも通り一度戻ってまた〔壺公の壺こうぼう〕に篭り、後でまた迎えにこよう――そう思ったのだが、


「――ムサシさんが来てるって本当ッ!?」

「あっ、――いたッ!」

『またピアノをいて下さいッ!!』


 まるで雪崩のように本部の中から姿を現した女性陣に懇願され、手を引かれ……ふと気付いた時には広間ホールでグランドピアノを前にしていた。


「あぁ~――…、まぁいいか」


 リクエストを募り、ミアの用が済むまでという約束でソロコンサートを開く事に。


 予期せず開催された音楽会はそれでも満員御礼で、大盛況の内に幕を閉じる。


 そして――


「これで準備は整った?」

「はい」


 帰り際に交わされたムサシとミアのそんな何気ない会話を、御前姉妹は聞き逃さなかった。




「それで夜通しそこで待つつもりだったのか?」


 明日の出発に備えるため、夜稽古の時間を早めて夕食前に終わらせて戻ると、いつかのように店の前で正座して待つ旅支度をした御前姉妹の姿が。


 巴と静は揃って、はいッ! と頷き、


『我ら姉妹、「ムサシ殿/ムサシ様」の旅路に同行致します!』


 させて下さい、ではなく、します、ときた。決意は固そうだ。


 困ったムサシは後頭部を掻き……まぁいいか、と呟いて、とりあえず恐縮する御前姉妹を二階の居住スペースのほうへ案内し、ミアに事情を説明するため玄関の前でちょっと待ってもらう。そして――


「お帰りなさい!」


 ムサシはパタパタと出迎えに来てくれたミアの姿に度肝を抜かれた。


「どうですか? 先輩は普段から和服なので、私も普段着は和服にしようと思って。これには【耐火】と【防汚】の効果が付与されていて、その上普通に洗濯できるので気軽に着られるんです」


 ちょっとはにかみつつそう言うミアは、華やかながら楚々とした落ち着きも感じられる和服姿。これも、おののいも子達に依頼していた物の一つらしい。


 今は袖が邪魔にならないようたすきを掛けており、髪をアップにするのに使っているかんざしは、よく見ると〔スプリガンの指環〕で小さくした〔龍を統べる者の杖ドラグーンロッド〕だった。


「……綺麗だ……」


 それは、無意識に口から溢れ出た言葉で、


「よく似合ってる」


 全身を観賞してから感想を述べると、ありがとうございます、と言って俯いたミアは、頬ばかりか長い耳までほんのりと桜色に染まっている。


 その恥らう姿があまりにも可愛らしかったせいで、危うく外で待ってもらっている御前姉妹の事を忘れる所だった。


 促されてリビングへ向かう前に思い出し、事情を説明する。それを聞いたミアは驚きと呆れが半々といった様子だったが、どうやら姉妹が同行する事自体は予想していたようだった。


 家に上がってもらい、遠慮する二人を半ば強引に食卓に着かせて四人でミアの手料理を堪能する。そして、食後にお茶を頂きながら、旅のとりあえずの目的地がアルトス教団の幻の聖地『エルドランド』である事を告げた。


 大陸中央へ向かう飛行船がないため、移動は徒歩。未知の領域へ足を踏み入れる危険な旅だと言い含めた上で覚悟の程を問う。


 それでも姉妹の決意は揺るがなかった。


 そんな巴と静が旅の目的地や危険度よりも気にしたのは、


『あのぅ……』

「本当にこのまま誰にも告げずに旅立つつもりなのですか?」

「直感で確信があった訳じゃないから誰にも言わずに飛び出してきちゃって……。ムサシくんと一緒に行くつもりだって事は前々から話してあったし、了解ももらってあるんだけど……」


 御前姉妹は申し訳なさそうに言い、ミアは何も言わないが、目が口ほどに物を言っている。


 付き合いのある人々にはそれとなく旅に出るつもりだと話してあるが、明朝旅立つ事を知っているのはナナミさんのみ。それでもまさかゲートが開く前に出立するとは思っていないだろう。


 確かに、ちゃんと旅立つ事を告げて別れの挨拶と再会の約束をするのが礼儀として正しいのだと思う。だが、


「いや、だってさ、大勢での見送りとか、そういうのが苦手なのに、こなくて良いって言ってもきそうな人達に、いつ何時なんどきに出立します、って教えるのって、暗に『見送りに来て下さい』って言ってるようなもんだろ?」


 そんな事をのたまうムサシ。あまつさえ、


「それに、俺は口止めなんてしてないぞ? ちゃんと旅に出る事を告げたいのなら行ってこれば良い。止めたりしないから」


 そう言って目を伏せ、お茶を美味そうに啜るムサシ。


 その言葉を真に受けて告げに行ったが最後、絶対に出発を早めて置き去りにされると確信した三人はジト目を向けるが、ムサシは気付かないフリ。


『はぁ……』


 仕方のない人だなぁ、と言わんばかりのため息を揃えたミア、巴、静は、顔を見合わせて苦笑した。


 ――何はともあれ。


 双子の姉妹にはミアの部屋を使ってもらい、ムサシとミアはムサシの部屋で就寝する。


 そして、翌日の未明。


 万屋〈七宝〉を出たムサシ、ミア、静、巴は、秘密の通路はいすいこうからゲートが閉まっているフリーデンの外へ。


「みんな達者でな」


 ムサシは薄闇の中にそびえるフリーデンのシルエットに向かって言い、幻の聖地エルドランドを――存在するかどうかも定かではないフルメタル・ジャッキあにじゃーと言祝ぐ命あねうえを復活させる方法を、探し求める旅に出発した。

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