『 日進月歩 』
〔武侠の鉄傘〕は【斧鎚】に分類される打撃武器。それにとある槍を【合成】するなど魔改造したのが〔八岐大蛇之目傘・弾槍降〕。だからこそ、能力【斧鎚】を取得していないムサシにも装備でき、【槍】系の技術を使う事ができた。
それ故に、長さ2メートル半ばの野点の時に立てるような和傘を担いで突進したムサシが繰り出すのは、
「七支刀流槍殺法――大車輪!」
【槍】や【斧鎚】など長柄武器版の旋風切り。それとまったく同じモーションで繰り出された一撃は、しかし、〔名刀・ノサダ〕より長さがある分、有効範囲が広がり、遠心力が乗って威力も増す。
ギチギチに密集して壁を作っていた数十体ものスケルトンは根こそぎ吹っ飛ばされ、霊威を帯びた衝撃波によって木っ端微塵に粉砕された。
大きく仰け反ったものの、それに耐えて踏み止まったのはただ1体――デミリッチ。
ムサシとデミリッチの間には、もう遮るものは何もなく――
「ォオォオオオォオォオオォ――~ッ!!」
先に動いたのは、ムサシの技の終わりを狙ったデミリッチ。
怨嗟と呪詛に染まった詠唱によって展開された無数の魔法陣、そこから一斉に発射された犯し穢す魔の光弾がムサシに殺到する――が、
「――よっ!」
ムサシは、バサッ、と勢いよく開いた〔八岐大蛇之目傘・弾槍降〕を盾に、デミリッチの魔術を雨粒のように弾き散らしながらいっきに間合いを詰める。すると、
「オオオオォオオオォオオォオォ――~ッ!!」
「そうきたか……ッ!」
デミリッチの躰が発動光に包まれた直後、吹き飛ばされた全ての骨やスケルトンが装備していた武器がその前の空間に凄まじい勢いで吸い寄せられ、ドラゴンの骨格ではなく、莫大な数の骨で形作られたティラノサウルス――全高4メートルを超える『ボーンドレイク』に再構成された。その上更に、
(こっちの得物を見て変えたのか?)
ムサシが舌を巻いたのは、ボーンドレイクの後ろでデミリッチが行使したのが、同じ【下級アンデッド召喚】でも召喚されたのがスケルトンではなく、打撃に高い耐性を有する腐敗が進んでいない人間の死体――『動く死体』だったからだ。
《エターナル・スフィア》でフィールドボスやダンジョンボスとして出現したデミリッチは、骨は大丈夫だけど腐ってるのはダメ、というようなプレイヤー側の事情を考慮して、その依頼や試練ごとに、スケルトン系、ゾンビ系、ゴースト系と大雑把に召喚するアンデッドが決まっていた。
しかし、この異世界では、発動準備時間はないに等しく、当然のように技後硬直も再使用制限もなければ、そんな縛りもないらしい。
(『急いては事を仕損じる』とは言うけれど……ッ!)
慎重さは大事だ。しかし、今は多少強引にでも速攻で仕留めたほうが良さそうだ。
であれば防御は必要ない。〔八岐大蛇之目傘・弾槍降〕を道具鞄しまい、替わりに取り出したのは、〔音響閃光手榴弾〕と〔閃光玉〕。
両手でそれぞれを持ち、後ろへ目を瞑るよう声を掛けようとしたその時、こちらの動きを見て察したらしいミアが御前姉妹やナナミさんに声を掛けているのが聞こえた。
ムサシは思わず、にっ、と笑みを浮かべ――アンダースローで同時に放る。
〔音響閃光手榴弾〕は低い放物線を描いてボーンドレイクの足元へ。〔閃光玉〕は、ボーンドレイクの頭よりも更に上へ。
先に炸裂したのは〔音響閃光手榴弾〕。目を刺すような一瞬の強烈な閃光と鼓膜に突き刺さるような超音波でアンデッド共の動きが硬直し、わずかに遅れて〔閃光玉〕が炸裂する。数秒間継続する目映い閃光が世界を白く染め上げた。
この二つのアイテムを使った理由は二つ。一つは当然、モンスターを怯ませ動きを止めるため。もう一つは、ミアを含む余人の目から〝奥の手〟の存在を隠すため。
「――韴ッ!」
瞼を閉じて目を護り、意図的に聴覚を遮断したムサシは心眼で対象を捕捉し、閃光で白く染められた世界の中でデミリッチの前に〝空間転位〟。そして、繰り出したのは〔屠龍刀・必滅之法〕での居合いから〔名刀・ノサダ〕での抜刀・横一文字、返しの袈裟斬りへつなげる一瞬三斬。
七支刀流刀殺法――変異抜刀・御雷。
十分に練り上げた〝気〟を通わせた二刀は【障壁】を切り裂き、命脈を絶つ。一見、デミリッチは斬られた事に気付いていないようだが、既に終わっている。しかし、終わった所から甦ってきたのがアンデッド。そこで、念には念を入れておく。
〔名刀・ノサダ〕の柄を放した右手で道具鞄から取り出したのは、敵単体を対象とした攻撃アイテム――〔聖なる爆弾〕。
背後にはボーンドレイクと10体のリビングデッドが。故に、前へ。
デミリッチの脇をすり抜け様に銀色の手投げ弾をその足元へ転がし……消えて行く〔閃光玉〕の光と入れ替わるように〔聖なる爆弾〕が炸裂。陽光と同じ性質の爆炎と気化した聖銀がデミリッチを包み込む。
その躰は枯れ木のように燃え上がり、瞬く間に浄化され完全に焼滅した――が、
「やっぱり送還されないか……」
《エターナル・スフィア》では、それがプレイヤーであれ、モンスターであれ、召喚した者が倒れれば呼び出された存在は在るべき場所へ送り還された。
だが、ギルマン・クィーンに召喚されたシャーマンを始めとした全ての水棲系モンスターがそうだったように、デミリッチに召喚されたボーンドレイクとリビングデッドもここに存在し続けている。
「さて、どうしたものか……」
手段は幾らでもある。故に迷う。属性刀が使えればそんな必要はないのだが、まだスキルの動作補正なしではどうにも上手くいかない。海魔事変の後から毎日試しているのだが、どうにも愛刀に火や風を付与する感覚が掴めず、会得できたのは何故か一番無理そうだと思っていた【超時空次元断】の『空間転位』のみ。
――それはさておき。
リビングデッドは斬り捨てれば良いとして、ボーンドレイクをどうしようかと思案していると、不意に強い〝気〟を感じた。――ミアの〝気〟だ。
それでアンデッドどもの向こうの様子を窺うと……
ミアは〔龍を統べる者の杖〕の八つの宝珠の内の一つ、紅緋の宝珠に触れる。すると、その宝珠が鮮やかな光を放ち――
「――其は送るもの。不浄を祓い清める葬送の火」
ここは都市結界の影響下。故に、メニューはAR表示されていない。だが、望んだ結果をより鮮明に、より精確にイメージするため、ミアは、ボーンドレイクを見据え、空中にルーン文字を描くかのようなその身に馴染んだ流麗な所作で長杖を振るう。
そして、精霊達に呼びかけ、力を借りる対価――練り上げた体内霊力を体外へ解き放つと、思い描いた通り、四方八方から小さな赤い輝きが飛来してボーンドレイクに集束し――ゴゥッ、と浄化力を強化された炎がいっきにその巨体を包み込んだ。
「いつの間に……」
呪縛からの解放を喜んでいるのかもしれない――そう思わせるほど燃え盛る炎の中で崩れ落ちていくボーンドレイクはどこか心地好さげで、そんな様子を眺めながらムサシは素直に驚嘆する。
これは、能力【精霊術】の【識】と【火】の複合スキル。ミアはそれを動作補正なしに行使したのだ。
そうしている間に、ヒュッ、と飛来した猪の目透かしがある狩股の矢がリビングデッドの頭部を射抜く。その個体は、ボッ、と熱を帯びない浄化の炎に包まれて倒れ伏した。
その矢を射たのは静御前。
矢を番え、〔禍祓いの弓箭〕の弦を耳の後ろまで一息に引き――その途端に、ふっ、と矢が右手から離れた。丁寧な角見によって矢筋が安定し、最大限勢いに乗った矢が確実に的を射抜く。
とても狙いをつけているとは思えない速射だが、静の手から離れた矢が的を外す事は一度としてなかった。
「ィヤァアアアァ――ッ!!」
裂帛の気合と共に矢の如く踏み込んだのは巴御前。
腹部に重心を置き、膝のバネと腰のキレを生かした体捌きで豪快に振り下ろされた大薙刀〔岩盤融〕がリビングデッドを一刀両断。その直後、巴は胸部を支点にして梃子の原理を応用し、遠心力を生かして刃を飛燕のように翻し、瞬く間に2体の首を刎ね飛ばす。
その豪快にして華麗な薙刀捌きは見事の一言に尽きた。
「少し見ない間にずいぶん腕を上げたなぁ」
あっという間にリビングデッドを一掃した御前姉妹に声を掛けると、
『いえ、まだまだです』
「デミリッチには挑む前から勝てない事が分かってしまいましたし」
「雑魚をいくら倒せても自慢にはなりません」
それから自分達の戦い振りについて意見を求められたが、それは目的を達成してからにしようと後回しにしてもらう。
そして、御前姉妹と共に、アルジェとフィーに護られたミアとナナミさんの許へ戻り、
「凄いな」
ボーンドレイクを葬ったミアにそう素直な感想を告げると、
「〔龍を統べる者の杖〕の力の使い方と精霊術の事はだいぶ分かってきました。まだ自分の翅で思うように飛べないですし、〔魔導神の指環〕の力の制御はぜんぜんですけど」
浮世離れした可憐なエルフは、そう言ってはにかんだ。
「さて、今度こそ帰ろ――」
「――あぁあああぁッ!? ぁああああああああああぁ――――~ッ!?」
ムサシの言葉を掻き消すように絶叫が響き渡り、到底ただ事とは思えない悲鳴や怒号、断末魔の叫びが立て続けに聞こえてくる。
「…………まぁいいか」
『えぇッ!?』
愕然と声を揃えたのは、静、巴、ナナミさん。
どうせ見せしめに撃滅するのだし、何が起こっているのか知らないが手間が省けた。今の悲鳴の事とか、デミリッチを召喚した死霊術師の事とか、とりあえず気にしない事にして、ナナミさんを家族の許へ送り届けよう――そう思おうとしたのだが……
「…………」
ミア、それにアルジェとフィーにまで、本当にそれでいいの? と目で問われ、
「ですよねぇ~……」
何となく後回しにすると大変な事になりそうな気がしていた事もあって、ムサシはガックリと肩を落とした。
「じゃあ、行ってみるか」
夏休みの宿題と一緒だ。嫌な事から目を逸らさず、さっさと片付けてしまったほうが良い。
気を取り直してナナミさんの了解を得てから、見映えに気を使われた5階建ての建築物へ。
その酒場になっていると思しき1階の出入口、重厚感のある扉は閉め切られていたはずだが今は開いていた。もう招かれているようで嫌な予感しかしない。
そこで、軽く目を伏せて【気功】で【心眼】の知覚範囲を拡張し、中の様子を探ってみると……
「……俺だけで行く。みんなは中を見ないほうが良い。できる事なら俺も見たくない」
心底嫌そうに言い、生きている人間は一人しかいない事を伝えると、ミアが同行を申し出た。
「先輩は、その人から情報を引き出そうなんて考えてもいないんでしょう?」
図星をつかれ返す言葉もないムサシ。
外で待っていてもらうナナミさんの護衛に御前姉妹とアルジェが就き、肩にフィーを乗せたミアとムサシが、外に中の様子が見えないよう最小限に開けた扉の隙間へ躰を滑り込ませた。
扉の前にテーブルや椅子で築かれたバリケードはムサシ達が通れるよう崩されており、調度品の類は全て端のほうへ押し退けられ――開けた店内の中央には返り血を浴びた一人の男の姿が。その男が腰掛けているのは、死亡してまだ間もないと思われる骸の山で、床は死体から流れ出た液体でまさに血の海と言った様相を呈している。
「――怨むぞムサシッ!!」
白髪が混じり始めた茶の髪の半分を返り血で赤く染めた男は、ムサシの顔を見るなり睨みつけて唐突にそう言い放った。そして、ムサシに反論する暇を与えず、
「こんな不完全な状態で発動させねばならないとは……ッ! ――貴様に呪あれッ!!」
男は引き千切るようにシャツの前をはだけ、露わになった痩せた躰、その表面には複雑にして精緻な魔法陣の刺青が。そして、怨嗟の叫びを上げると安っぽい回転弾倉式拳銃の銃身を口に突っ込み――
「先輩……~ッ!?」
ムサシの躰は頭で考えるよりも早く動いていた。ミアの視界を遮るよう前に立ってその小作りな頭を抱き寄せる。
パンッ、と銃声が鳴り響いた。
見なくても分かったが、振り向いて確認すると案の定、男の躰は骸の山の上で仰向けに倒れている。
ムサシは一つため息をつき、
「あ、あの……先輩?」
抱き寄せたミアの頭を何となく撫でた。
たぶんだが、男の自殺を止める事は可能だったと思う。手裏剣を銃に打ち込んで角度を変えれば、発射された銃弾は内側から頬を突き破るだけで男は死ななかっただろう。
男の躰にある魔法陣。口にした言葉――それらから、ただの自殺ではなく、自らの死を引き金に何かが発動するのだろうという程度の事は容易に予想できた。
だが、致し方ない。考える前に躰が動いてしまったのだから。
男の躰に刻まれている魔法陣が禍々しい光を放ち、一条の光が魔法陣の中央から真上へ伸びる。
その上の2階の部屋、3階の部屋、4階の部屋、5階の部屋にも絨毯の下に隠された魔法陣があり、1階の男の躰の魔法陣から伸びた光が全ての魔法陣の中心を貫いた瞬間、積層型の魔法陣が起動。その光から濃い霧が噴き出して、渦巻き、覆い隠して……それが晴れると周囲の光景が一変していた。
腕の中にはミアがいて、その肩の上にはフィーがいる。静、巴、アルジェ、ナナミさんの姿はすぐに見付かり、集ってから確認すると、ムサシ自身を含め全員異常なし。
それから周りへ目を向けると、自分達が別の場所へ転送された訳でないという事がすぐに分かった。
変化した範囲は直径およそ100メートル以上、150メートル以内の円形。天井は変化していない。その外側には、一部が消失して断面を晒している建物が幾つも見受けられ、立っている地面の高さと比較して判断するに、どうやら本来の床に1メートル以上土砂が盛られているようだ。
その範囲の中央には、水が涸れた太い川があり、地面は角が削れた丸い石で覆われ、植物の類は草1本見当たらず、人の身の丈を超える岩石が無数に地面から突き出ている。
自分達以外にも人の姿があり、世界が書き換えられたその時に建物の上階にいた者達も空中に投げ出されるという事はなかったようだ。時間が時間なだけに、部屋着や寝間着、下着だけ、情事に及んでいたらしく全裸の男女の姿も見受けられる。しっかりと武装している幾つかの集団は、こちらの動向を離れた場所から窺っていた者達だろう。
「ファンタジーだねぇ~」
ムサシはこの状況をそんな一言で済ませてしまったが、
「地形の召喚が行われたみたいですね」
ミアは真剣な表情で言い、御前姉妹はそれに頷いて、
『だとすると、問題は』
「何所の地形が召喚されたのか、と」
「この地形にどんな効果が備わっているか、ですね」
「何所って、『死の谷』だろ」
この光景には見覚えがある。それに精気が枯れて穢れたこの雰囲気、その上、召喚したのが見事に己の存在を隠蔽していた【死霊術師】だとすれば、まず間違いない。
『えッ!?』
声を上げたミア、静、巴の顔から、サァ――…、と音を立てて血の気が引いていく。
「あ、あの、死の谷って……?」
言葉の響きだけで不安そうにしているナナミさんの問いに、それが間違いであってほしいと望んでいるのか誰も答えないのでムサシが回答する。
「プレイヤーの間では有名な、ゾンビ系モンスターの無限出現地帯」
好んで死の谷へ赴くのは一部のマニアだけ。この景色に見覚えがないという事は、巴と静も多数派で敬遠していたのだろう。ミアは〈セブンブレイド〉で受けた依頼で何度か通過しているが、小学生の時に入った遊園地のお化け屋敷の時と同じ様に、姉上の背中に貼り付いて可能な限り周りを見ないようにしていたから分からなかったのだと思う。
「~~~~ッ!?」
訊かなければ良かったと書いてあるナナミさんの顔からも、サァ――…、と音を立てて血の気が引いていき――
「ウゥウウウゥ――~ッ!!」
突如アルジェが地面に向かって牙を剥いて唸り声を上げ、
「――ふッ!」
ムサシは、それに驚いてよろけたナナミさんを抱き寄せて支え、足裏から【発勁】――〝気〟を練り上げて純粋な破壊の力に昇華させた〝勁〟を地面に打ち込んだ。ズンッ、とそこを中心とした直径5メートルの範囲が擂り鉢状に陥没し、蜘蛛の巣状の亀裂が奔る。
とりあえず足元に生じた気配は潰したが、
「はてさて、どうしたものかねぇ……」
召喚された地形のいたる所で、人、獣、オーク、リザードマン……などなどのゾンビが地面から這い出し、この事態に巻き込まれた人々の悲鳴が響き渡った。




