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『 尋常ならざる迅速な救出劇 』

 地下鉄駅エリアの上階に位置するフリーデンの地下市街は、表通りを照らす儚げな街灯と、歓楽街の店先をけばけばしく彩るネオンライトで照らし出された常闇の都。


 天井までは20メートル以上あり、かつてはそこにあるスクリーンに時間の経過と共に変わる地上から見上げたのと同じ空が映し出されていたが、今ではあちこち破れてボロ布のように垂れ下がっている。


 そのせいで、見上げた天井は星のない漆黒の闇に覆われており、そこに張り巡らされているはずの配管やケーブルの束、メンテナンス用のキャットウォークなどが見える事はないが、所々破損しているのか、バチッ、バチチチッ、と飛び散る火花が見え――


「――ぶっあぁ~ハッハッハッハッハッハッハッ!」


 唐突なムサシの大爆笑に、ミア、巴、静、敬虔なる猟犬アルジェ妖精竜フィーが、ビクッ、と躰を震わせた。


「もうっ、驚かさないで下さいッ!」


 さんざん笑った後、はぁ~ぁあ、と息をつき、目に浮かんだ涙を手で拭うムサシに、ミアが急にどうしたのかと問うと、


「いわゆる、思い出し笑い、ってやつだ」

『なんて豪快な思い出し笑い……』


 御前姉妹が呆れたように言い、ミアが何を思い出したのかと訊くと、


「あの天井の火花を見て、ユウスケの家に集まった時の事を思い出したんだ」

天佑七式テン先輩の?」


 ミアは思い当たらないらしく首を傾げ、御前姉妹があんなに大笑いするほどの面白い事とはいったいなんなのかと興味があるようだったので、ムサシは話して聞かせる事に。


 ミアが本名ではなく《エターナル・スフィアゲーム》内での名前を使ったのでそれに倣い、


「あれは小学生の頃、テンの家に幼馴染み七人が集まった時の事で……」


 勝手知ったる他人の家。家に上がってリビングへ移動すると、言祝ぐ命あねうえエウフェミアミアがお菓子と季節を問わず冷蔵庫に用意されている麦茶を求めてキッチンへ向かい――その直後、奴の存在に気付いてしまった。


 リビングの天井を這い回る奴――ゴキブリの存在に。


 慌てる事なく殺虫剤を取りに行こうとしたテンを、打ち砕く鉄テツが引き止めて言った。それじゃダメだ、奴は飛んで反撃してくる、と。


 そして、テツがテンに持ってこさせたのは殺虫剤ではなく――エアガン。


「浅はかなガキだった俺達は、エアガンで天井から奴を撃ち落そうとしたんだ」


 待ち受けている悲劇など予想だにせず……。


 おそらく、フルメタル・ジャッキあにじゃーはどうなるか分かっていたのだと思う。何度もやめさせようと説得を試みて、それでも止められないと判断すると部屋の隅へ避難し、テツとカナタは落ちてきた奴に止めを刺すため棒状に丸めた新聞紙を構え、テンはエアガンを構えて奴を狙い、自分は誰もやりたがらない死体処理を任されてティッシュを2、3枚まとめて手に持って兄者の横で見ていた。


「そして、悲劇は起きてしまった……」


 天井をカサカサと動き回る奴を1発で仕留めるため、テンがじっくりと狙っている間にミアと姉上がリビングに戻ってきた。


 何も知らない二人の少女は、またバカな事をしてるんでしょ、と言わんばかりの表情を浮かべ、麦茶を入れた人数分のコップを載せたお盆とお菓子を載せた大皿をテーブルの上に置く。そして、テンは何を狙っているのかと天井を見上げたまさにその時、カチャンッ、という可動音と、パフンッ、という破裂音が重なった発砲音を響かせて、空気圧で発射されたBB弾が奴に直撃し――飛散した。


 そう、落ちてくるという予想に反して、バラバラに砕け散ってしまったのだ。


 それは真下にいた姉上とミアに降り注ぎ……


「顔とか服に付いたのが、奴の翅とか、痰か鼻水みたいな内臓だって分かった瞬間からもうギャーギャーピーピー大騒ぎした挙句わんわん大泣きしてなぁ~」

「……そんな私とみこと先輩を見て、先輩は涙を流して大笑いしてましたよね。……しかもその後、笑い過ぎて倒れて、ジャッキー先輩は、泣いている私達より床で痙攣し始めた先輩の事ばかり心配して……」

『…………』


 当時の事を思い出したらしいミアと御前姉妹の冷え切った眼差しにも動じず、ムサシは、そうそうあの時は死ぬかと思った、とまた少し笑ってから、


「でも傑作だったのはその後なんだ」


 そんなミアと姉上を見て、テツは申し訳なさの裏返しで『この程度で大泣きしやがって情けねぇ』などと言いながら姉上が持ってきてくれた麦茶を飲み、ん? と口内に異物がある事に気付いて手を口へ。おそらく髪の毛だとでも思っていたのだろうが……


「何気なく、こう、口から取り出してみたらさ、それ、奴の脚だったんだよ」


 ミアは〔龍を統べる者の杖ドラグーンロッド〕を小脇に挟んで空いた両手で耳を塞いでおり、御前姉妹は躰を寄せ合って震え上がった。


「悪態いてた坊主頭が、『うわぁあああああぁッ!?』なんて悲鳴を上げて震え上がってさ、その時の顔が……ぷっ」


 思い出してまた噴き出したムサシは腹を抱え、話を聞き終えた御前姉妹は何とも言えない表情で発言を控える。そして、ミアはまた天井で散る火花に目を向けて、


「私は、線香花火みたいだな、って思ったんですけど、先輩は……」


 砕けて飛び散るゴキブリを思い出した。


「人それぞれとは言いますけど……」


 ミアは、何とも言えない遣る瀬無さに、はぁ~ぁあ、とため息をついた。


「それにしても……」


 ムサシの目に映る地下市街の光景は、酒場やいかがわしい店、妖しい商品を並べた露店などなど荒廃した世界の夜の街を彷彿とさせ、退廃的な雰囲気が漂っている――が、


「静かなもんだな……」


 通りにいるのはムサシ達だけ。他には人っ子一人見当たらない。


 それは、まず虎ほどもある狼アルジェを見て非戦闘員が逃げ出し、その後、街中に出現したモンスターを倒さんと武装して駆けつけた者達が完全武装のムサシを見て、あいつは……ムサシだァッ!! 武装してるぞッ!? る気だ……あいつ完全にる気だァッ!! などと叫びながら逃げ去ったからだ。


 先程までは閉めた戸や窓を少し開けて隙間から様子を窺っていた者達も、ムサシの大爆笑に怯えて震え上がり、慌てて閉ざして建物の奥に身を隠し、息を潜めている。


「まぁ、邪魔されるよりは良いか」

「そうですよ。私達にとっては好都合なんですから、身の毛がよだつ思い出話なんかしてないで先を急ぎましょう! ナナミさんを助けるんです、――一分一秒でも早く!」

「身の毛がよだつ、って……面白くなかった?」

「はい、ぜんぜん」


 きっぱりと否定するミア。御前姉妹も控えめにだが頷いている。


 ムサシは、ぬぅ、と唸り……


「まぁ、緊張も多少はほぐれたようだし、――走るか」


 アルジェの背を、ぽんぽんっ、と叩いてペースアップを促す。その一言に、ミア、静、巴は、え? と目を見開いた。


(まさか、私達の緊張を解すためにあんな話を……?)


 都市結界の影響下――【ステータス】の補正も【守護障壁】もない状態での戦闘を予見して緊張している自覚があった三人は、いつの間にか過ぎた緊張が程よく緩み、躰から余分な力が抜けている事に気付いて思わず顔を見合わせる。


 きっと他意はない。本当にただ思い出しただけだろう。それでも……


 ミア達は改めて得物を握る手に力を込め、先を進む背中を真っ直ぐに見詰めて後を追いかけた。




「ここ、みたいですね……」


 足を止めたアルジェの隣に立ち、ミアが見上げたのは、3階以上の建物が目立つ界隈にある、見映えに気を使われた5階建ての建築物。1階部分が酒場バーになっているようなのだが、稼ぎ時だろうに重厚感のある扉は閉め切られている。


 ミアは『アルジェがナナミさんの匂いを覚えているので……』と言っていたが、どうやらそれだけを頼りにナナミさんとその誘拐犯を追っていた訳ではないらしく、足を止めて道をクンクンする事もなく、この建物の前に辿り着いた。


「出迎えはなし、か……」


 ムサシは軽く目を伏せ、【気功】で【心眼】の知覚範囲を拡張する。精神を集中する事で自己を保ちながら意識を広範囲に拡散させて…………建物の構造と人員の配置を把握した。


「……けど、歓迎の準備はできてるみたいだな」


 気配の約半数は1階の酒場で待ち構えており、上へつながる階段は一つしかなく、各階の階段前にも上がってきた所を上から迎撃できるよう人員が配置されている。そして、5階の部屋にその他数名とナナミさんがいて、一つの死体があるのだが……今は気にしない事にする。


 ここが敵の城である事は間違いない。それらの情報から敵さんがどうして欲しいのかが分かった。ならば、――敵さんが嫌がる事をしよう。


「――先輩」


 伏せていた目を上げると、〔龍を統べる者の杖ドラグーンロッド〕を手にしたミアが、大薙刀〔岩盤融いわとおし〕を手にした巴が、和弓〔禍祓いの弓箭〕を手にした静が、決意を漲らせた表情で待っていた。


「じゃあ、行ってみるか」

「はい! ――って先輩? どこに行くんですか?」


 ムサシは、表の通りを挟んで敵の城の反対側、張り合うように佇む5階建ての建築物の前まで行って立ち止まり――【気功】による強化と体重を軽減する【軽気功】を駆使して、フッ、と大跳躍するとその建物5階の外壁に着地し、そこを蹴って、ゴォッ!! と水平に砲弾のような速度で正面にある敵の城5階に向かって跳躍し、その外壁を、ズガァアァンッ!!!! とぶち破って内部へ突入した。


『えぇ~~――……』


 ムサシと共に突入するつもりでいた三人は、そんな非常識な行動を目の当たりにして、驚きと、そんな事できる訳ないじゃん、とでも言いたげな非難の声を上げながら5階の外壁に開いた大穴を見詰め……その目にまだLを逆さまにしたような軌跡が残っている内に、


「きゃあああああぁ――――~ッ!?」


 ナナミさんをお姫様抱っこしたムサシが大穴から飛び降りてきた。


 着地の衝撃を緩和するためにムサシが足裏から【発勁】した事で突風が生じ、三人は咄嗟にまくれそうになったスカートや袴を押さえる。


 ムサシが反対側の建物に向かって大跳躍してから、ナナミさんをお姫様抱っこして三人の前に着地するまで10秒も経っていない。尋常ならざる迅速な救出劇だった。


 ナナミさんは、両手足を縄で縛られているが、衣服に目立った乱れはなく、外傷や暴行された形跡は見当たらない。僥倖に恵まれたと言って良いだろう。


「よし、――撤収」


 拘束を解くのは後回しにして、ムサシはナナミさんを抱き抱えたまま踵を返し、


『え?』

「あの、ムサシ殿?」

「これで終わり?」


 こんなはずでは……、とでも言いたげな表情で問う御前姉妹。それに対するムサシの答えは、


「終わりじゃない。俺はカイトと約束したんだ、ナナミさんを取り戻す、って。ナナミさんをカイトの……家族の許に送り届けるまで終わりじゃない」


 巴と静は、本来の目的をそっちのけにして、自分達の有用性をムサシにアピールする機会がなかった事で不満を覚えている己を恥じた。


 ――何はともあれ。


 『殴り返してこない奴は怖くない』と打ち砕く鉄テツが言っていた。


 怖くない奴には何でもできる。だからこそ、しっかりと殴り返しておかなければならない。


 ナナミさんを奪還するだけで済ませば、これからも善からぬ事をくわだてて自分や仲間達、更には友人知人にまで手を出そうとする輩が現れるかもしれない。だからこそ、ナナミさんに手を出した奴らを見せしめにしっかりと撃滅しなければならない。


 だが、今回、最優先の目的はナナミさんの救出。こうして無事に助け出せたのに、救出するという目的のためには不要な戦闘に巻き込んで怪我をさせたのでは本末転倒もいいところだ。


 そんな訳で、見せしめに撃滅するのは後回し。1分1秒でも早くナナミさんを家族の許へ送り届けるため、即座にこの場からの離脱を図る――が、


 ――ドゴンッ!!


『…………ッ!?』


 背後から響いた轟音と不穏な気配に、ミアと御前姉妹が足を止めて振り返ってしまった。ムサシとしては無視してそのまま走り去りたかったが、三人を置き去りにする訳にもいかない。


 致し方なくそれに倣ったムサシの視界に飛び込んできたのは、得物を構える三人の背中と、ミアを護るように前に出たアルジェ、肩の高さで滞空しているフィー、そして、5階の大穴から飛び降りてきて通りの中央に着地した一つの人影だった。




「あの高さから……ッ!?」

『まさか、ライカンスロープッ!?』

「ん? ミア達にはどう見えてるんだ?」


 どうやら以前遭遇した人間に化けるモンスターなのではと疑っているらしい三人に対して、いぶかしげに訊くムサシ。


 お姫様抱っこしているナナミさんも含めて不可解そうな視線が侍に集中し、


「マフィアのボスっぽい恰幅のいい中年男性です。先輩にはどう見えているんですか?」

「口にゴルフボールぐらいの魔石を銜えたマフィアのボスっぽい恰幅のいい中年男性の死体」

『――えッ!?』


 皆は驚いている。だが、事実、ムサシにはそう見えていた。


 腐敗はそれほど進んでいない。死因は延髄にある鋭利な刃物による刺し傷。それは、今ではなくナナミさんを救出するため5階へ突入した時に見えた。


 不死系モンスターゾンビではない死体が動いているのは、おそらく、【死霊術師ネクロマンサー】がアンデッド化させて使役するために倒した剥ぎ取り前のモンスターに使用するアイテム――〔傀儡くぐつの種〕が、その刺し傷に埋め込まれているからだろう。つまり、


 ――この付近に目の前の死体を操っている死霊術師がいる。


「……まさか、精神に干渉する幻覚系の法術? 先輩は【ステータス】重視型でRESも上げに上げているから効かなかった?」

『もしそうなら』

「敵には、ムサシ殿と同じく」

「システム・アシスト無しに法術を使える者がいる、という事に……」


 警戒しつつ口々に推測を述べる三人の後ろで、ムサシは軽く瞼を閉じて精神を集中し、意識を周囲に広く拡散させて死霊術師を捜し…………


「――先輩ッ!?」


 呼び声と共に袖を引っ張られて意識が引き戻され、集中して行なっていた索敵さぎょうを邪魔された事に少しイラッとした事はおくびにも出さず瞼を開くと、


「うおっ!? なんだこりゃ?」


 灯台下暗し。意識を遠方へ向けていたせいで近場の状況把握が疎かになっていたらしい。それほど時間はたっていないはずだが、前方では粗末な武器を手にした数十体もの『骸骨兵士スケルトン』が、正確な数が分からないほどギチギチに密集して道を遮るように壁を作っていた。


「あの中年男性が『デミリッチ』になって、スケルトンを次々に召喚しているんです!」


 ミア達にはそう見えて、ムサシは見ていなかったが、あの死体が銜えていた魔石を噛み砕き、そこから凄まじい霊気が――魔力と呼ぶべき質の波動が迸り、それに連動するように身に付けていた複数の装身具が全て砕け散った。そして、道幅一杯に巨大な魔法陣が出現し、それらを代償として、その死体を依代として、即身仏のような姿を暗黒のローブで包み隠した不死系モンスター『デミリッチ』が召喚された。


 その後は、ミアが話した通り。


「デミリッチか……」


 眉を顰めるムサシ。


 《エターナル・スフィア》には大きく別けて四つの種族――『精霊族』『妖魅族』『機巧族』『真人族』が存在した。


 そして、通常の手順で転生する場合はこの四つのどれかだが、真人族でありなおかつ特定の条件を満たした状態でそれぞれ特別な試練をクリアすると、『聖人』や『魔人』や『不死人』などに、妖魅の鬼族でありなおかつ特定の条件を満たした状態でそれぞれ特別な試練をクリアすると、『吸血鬼』や『吸血鬼・真祖』などに転生する事ができた。


 そして、真人族にしかない職種には、不死人だけがなれる【不死の魔導師リッチ】や【永劫の魔導師エルダー・リッチ】というものがあった。


 吸血鬼や【不死の魔導師】の特徴などについての説明は割愛するが、――要するに、【不死の魔導師リッチ】になりそこない理知を失って人外に堕ちたモンスターという設定の『デミリッチ』は、《エターナル・スフィア》において『不死の王ノーライフキング』に次ぐ最高ランクのアンデッドだった。


「流石にあれを放置する訳にはいかないか……」


 デミリッチは今、質より量を優先し、発動までの準備時間が短く一度に8~12体のスケルトンを召喚する【下級アンデッド召喚】を連発し、おぞましい勢いで守りを固めている。このまま増えてある程度の数が揃い安全が確保されたなら、次はおそらく量より質。攻撃を受ける危険や発動を阻止キャンセルされる可能性が高くなる準備時間の長い【中級アンデッド召喚】や【上級アンデッド召喚】を使い始め、陣容が整ったら攻勢に出るだろう。


 まだこの事態を引き起こした死霊術師を発見できていないが、


「目の前の事から片付けるか」


 ムサシは、お姫様抱っこしていたナナミさんを立たせ、〔フォースナイフ〕で生成した柳の葉型の手裏剣に〝気〟を通し、スッ、と両手足を縛っている縄を断ち切ってから、


「――よっ」


 掌の上に乗せた手裏剣を親指で挟むように持ち、真っ直ぐに振り被った手刀を振り下ろすように放った。


 それは『直打法』と呼ばれる殺傷力の高い打ち方で、描く放物線の最も高い位置までは尖端が上を向いた縦の状態で飛び、そこから標的へ向かって落下する最中に先端が標的へ向かってコテンと倒れるため、狙われた者から見ると線から点への変化で手裏剣が消えたように見える。


 何気なく放っているように見えて、その実、卓越した技術で投じられた手裏剣はスケルトンの壁の上を越えて――デミリッチに打ち込まれる直前で勢いを失い落下した。


「今の感じだと【護圏バリア】じゃないな。強力な【障壁フィールド】か……」


 端的に言ってしまうと、都市結界の影響外で高ランクのビキニアーマー装着しているプレイヤーと同じ状態だ。得物に相当な量の〝気〟を通さなければダメージを与えられないだろう。


「ナナミさんを頼む」


 そう言って三人に預け、ムサシは単身で颯爽と前へ。


 デミリッチは【死霊術】だけではなく【魔術】も使う。【技術スキル】は使えず【ステータス】の補正がなくともスケルトン風情に後れは取らないだろうが、今のミア達ではまだ【守護障壁】なしだと厳しい相手だ。


『――ご武運を』


 ミアは、信じている、けれど、心配せずにいられない、といった面持ちで、御前姉妹は、つい先程自分達の有用性をムサシにアピールする機会がなかった事で不満を覚えていたのに、今は足手纏いになりかねないからと自粛せざるを得ない――そんな不甲斐ない自己への嫌悪感を押し隠して、ムサシを送り出す。


「アルジェ、フィー、――皆を頼む」

「ウォンッ!」

「フィ――~ッ!」


 そして、アルジェにはもし余力があるようならと、不穏な気配やこちらの様子を窺っている者がいないか探してみてほしいと頼んでおいた。


「まったく、楽はできないな……」


 周囲の被害を気にしなくて良いのであれば、【障壁フィールド】を展開しているデミリッチごとスケルトンの群れを消滅させるなど容易い。だが、兄者や姉上、それにミアも、そういうやり方を好まない。他に手段がないのであれば致し方ないが、主君あにじゃ達や嫁さんが嫌がると分かっている事は極力したくない。


 【ターンアンデッド】の〔巻物スクロール〕なら周囲に被害を出す心配はないのだが、その程度ではデミリッチに致命的なダメージを与える事はできず、効果範囲内に存在するスケルトンをまとめて浄化し消し去っても、その間に同じかそれ以上のアンデッドが召喚されてしまう。


 それは、周囲に被害を出さない程度の威力の攻撃用マジックアイテムでも同じだ。


 結局のところ、面倒だが道具アイテムに頼らず直接攻撃で撃破しまうのが一番手っ取り早い。


「さて、と……」


 デミリッチを討つには、まず密集したスケルトンの壁を飛び越えるか、突破しなければならないのだが、【軽気功】や【踏空】があるとはいえ敵の前で不用意に飛び跳ねたくはないし、スケルトンには斬撃に耐性があるため刀との相性は最悪。密集していれば骨が不規則に重なってなお斬り難い。


 だが、問題はない。


 何故なら、《エターナル・スフィア》や異世界このせかいでのムサシは、【侍】であり武芸者であって、剣士ではないからだ。


 刀にこだわる必要はない。故に、ムサシは道具鞄から、長さ2メートル半ば程の野点の時に立てるような和傘――〔八岐大蛇之目傘じゃのめがさ弾槍降たまやりふり〕を取り出し、


「――武士道とは死ぬ事と見つけたり」


 剛毅な笑みを浮かべ、スケルトンの壁、その中央に突撃した。

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