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『 〈セブンブレイド〉の八人目 』

 アルジェとフィーを伴って、ムサシとミアは北側ゲートへの道を寄り添うようにして歩き、


「――ん?」


 不意にムサシが足を止めた。


「先輩? どうかしたんですか?」

「今、ゲートの所にいた奴が、俺達の事を見てあっちに行った」


 普通なら気のせいじゃないかと言いそうなところだが、ミアは、


「嫌な予感がするんですか?」

「うん」

「じゃあ、迂回して南側のゲートから入りますか?」


 その意見にもいい予感がせず、ん~――…、と首を傾げ、


「――あっ」


 ふと思い出した。あの抜け道の事を。


 ムサシ達は方向転換し、一応それとなく周囲を警戒しつつ進み、人目がない事を確認してから、前に偶然見付けた現在は使われていない排水坑へ。


「こんな所に抜け道があったなんて……」


 ミアがそう言ってしげしげと眺めている一方で、ムサシは渋い顔をする。その視線の先にあるのは、外側出入口に貼り付けられた一枚の符――〔天星秘符〕。


 それは以前ムサシが施した魑魅魍魎モンスターを退ける符で、当時は適切な処置だと思ったのだが、今になってよく考えてみれば、都市結界があるのだからここからモンスターが入り込む訳がない。貴重な符を無駄にしてしまった。


「まぁいいか」


 気にしない事にして、剥がすのももったいないのでそのままにしておく。


 そして、一行は排水坑内を進み……


「……大丈夫みたいですね」


 唐突にミアがそんな事を言い出した。


「何が?」

「アルジェとフィーが、です。都市結界の中に入れないんじゃないかって心配していたので」


 肩の上のフィーと隣に寄り添っているアルジェの頭を撫でながら言うミア。


「そりゃあ、アルジェとフィーはモンスターじゃないから大丈夫だろ」

「でも、契約を交わす前はモンスターとして現れましたよ?」

「むっ」

「あっ、そう言えば、前に先輩が拳で砕いたジオナイト・スタチュー……」

「ふむ……、召喚獣なら大丈夫なのかもしれないな。それか、入ろうとしても入れないけど、内側から招かれれば入れる、とか」

「なるほど……。じゃあ、先日のライカンスロープが都市結界の中へ入れたのは、人に擬態していたからじゃなくて、冒険者を騙して利用し、自分達を中へ招き入れさせたから……?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「勝手な思い込みは危険、ですか?」

「おう」


 そんな事を話しながら、ムサシはふと、ここを見付けるきっかけとなった少年の事を思い出した。


 あの日以降見かけていないが、いったいどうしているのだろう? そもそも、どうしてこんな抜け道を通って出入りしていたのだろう? ……などと思いはしたが、まぁいいか、と気にしない事にした。


「ん?」


 万屋〈七宝〉に戻ると、何やら店の前が騒がしく、


「あれ?」


 止めさせようとしている御前姉妹らを振り払い、必死な様子で何やら喚きながら店のドアを叩いているのは、あの時抜け道の所で見かけた10歳前後の少年だった。




 現在、下層の7階は、ムサシを除いて男子禁制になっている。故に、7階にある要所には検問所が設置されているのだが、少年はその隙を衝いて入り込んだらしい。


 少年を追いかけてきたクラン〈エルミタージュ武術館〉所属の女性達は、そんな事情を話してから検問所へ戻って行った。


 そして、ムサシが立ち話もなんだからと万屋〈七宝〉の応接室へ移動しようと提案したのだが、少年はどうにも切羽詰っているらしく聞き入れようとせず……とりあえず、礼儀にのっとって名乗ってから少年に名を尋ねると、


「えッ!? ナナミさんの弟ッ!?」


 『ナナミさん』とは、真人族の女性で、カタカナ表記だが漢字にすると『七海』。パーティ〈セブンブレイド〉のリーダー、フルメタル・ジャッキーのサポートキャラクターで、万屋〈七宝〉の店番を任されていた。


 真人族の少年はそのナナミさんの弟だそうで、『カイト』と名乗った。


「へぇ~、ナナミさんに弟がいたなんて初めて知ったよ」


 《エターナル・スフィア》の優秀なAIは本物の人間と遜色のない受け答えをしたが、ナナミさんとそんな話をした覚えはなく、兄者からもそんな設定があるなどという話は聞いた事がない。


「先輩はそれを信じるんですか?」


 疑うというよりは信じ難いといった様子で訊いてくるミア。その気持ちも分からないではないが、ムサシは、うん、と頷いた。少なくとも少年――カイトの言葉に嘘は感じない。


 すると、ミアは、カイトの言葉を、ではなくムサシを信じて、分かりました、と頷き返した。


「弟ならナナミさんから聞いてるかもしれないけど、俺は頭があまり良くない。だから、まずは落ち着いて、用件を俺にも理解できるよう短く簡単に教えてくれ。あんま長いと途中で聞く気がなくなるかもしれないから気を付けてくれよ?」


 話を聴く姿勢を見せながらも真剣な表情でそんな事を言うムサシを前にして、どうやら落ち着かざるを得ないと悟ったらしい。カイトは数度深呼吸してから話し始めた。


 それでも焦りを押さえ込むのは難しいようで、纏まりのない話の内容を整理すると――


 母親が難病にかかり、希少で高価な薬を買うために借金をした。借用証書に後から書き加える手口で金銭を不当な高利で借りた事にされ、頑張って何とか利子の分だけでも返してきたがついにそれもできなくなった。このままでは姉が借金の形に連れて行かれてしまう。


 要するに、姉を助けてほしい、という事だった。


「じゃあ行ってみるか」


 そう言ってムサシが家までの案内を頼むと、カイトは意表を衝かれたような顔で、


「助けてくれるの?」

「助けられるか、助けられないかはやってみなきゃ分からない」

「お金はないし、何のお礼もできないと思うけど……それでも?」


 それを聞いたムサシは、ふむ、と考え込むように目を瞑る。そして、不安を覚えたカイトが口を開きかけたその時、


「そう言われてもやめようと思わないって事は、やっぱり、ナナミさんは俺にとって大切な仲間なんだな」


 自らに問いかけ、内から湧き上がった答えに、ムサシは満足げな笑みを浮かべた。




 一行は、カイトの案内で下層1階の外周区画へ。


 メンバーは、ムサシとミア、それとムサシを捜していて偶然現場に居合わせた御前姉妹。リスのように小さな妖精竜フェアリードラゴンのフィーは、『顕在化』した状態のままミアの肩に乗り、敬虔なる猟犬パイアスハウンドのアルジェは、不可視の霊体に近い『非在化』した状態で付き従っている。


 そこは貧民窟スラムで、スチームパンクの世界の地下へ追いやられた下級市民の街、といった感じの風景が広がっている。


 静と巴の話によると、スラムとは言っても、発展途上国の貧民窟ほどの危険はなく、日本で治安が悪いと言われている地域ぐらいには安全らしい。


 とはいえ、ミアは言うに及ばず、御前姉妹の容姿も人目を引く。何の対策も講じなければまず間違いなく面倒に巻き込まれていただろう。しかし、三人揃って〔ミラージュマント〕を装備し、【認識阻害】の能力アビリティを発動させていたため、中間区画寄りにある古びた集合住宅まで何事もなく辿り着く事ができた。


 ナナミさんと母親の三人で暮らしている202号室のドアを、2回、1回、3回、と区切ってノックするカイト。すると奥から慌しい足音が近付いてきて、ドアの鍵が開けられる音、続いてその上と下で錠がはずされる音が響き、


「カイトッ!? どうして戻っ…て……」


 勢いよくドアを開けたナナミさんと、カイトの後ろに立っていたムサシの目があった。


「久しぶり。ナナミさんは変わらないなぁ~」


 ゆるふわ髪の可愛らしいお姉さんは、落ち着いた雰囲気があって大人に見えるが、歳は兄者達と同じだったはずなので一つしか違わないはずだ。


 ムサシが、にっ、と笑って見せると、そこに昔の面影を見たのか、ナナミさんはパッチリとした目を大きく見開いて、


「ムサシくん……なんですか……?」


 おう、と答えたムサシが上がっても良いかと尋ねると、


「あ、あの、申し訳ありません。今日は――」


 ナナミさんは拒もうとする様子を見せた――が、


「――いいから! 入って入って!」

「ちょっ、ちょっとカイトッ!?」


 後ろへ回り込んだカイトがムサシの背中を押して家の中に入ってしまうと、ミア達だけを外に立たせておく訳にはいかないと考えたのだろう。ナナミさんは、狭くて申し訳ないんですけど……、と恐縮しつつ残りの三人を中へ招き入れた。


 そして、ムサシ達が落ち着く暇もなく、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と力任せにドアがノックされる。


「あっ!? 待ってムサシく――」

「――ナナミさんはここで待ってて」

「ここは先輩に任せましょう」


 ナナミさんはムサシを呼び止めようとして、逆にムサシとミアに引き止められた。


「大丈夫です! ――暴力沙汰になったらこっちのものですから!」

「えぇッ!?」


 ナナミさんは微塵もムサシの心配をしていないミアの様子に戸惑いの声を上げ、ムサシは無遠慮なノックが続くドアへ向かった。




 通路にいるのは、揃いも揃って周囲を威嚇する事しか考えていないような髪型と服装の若い男達が五人。


 その中のリーダー格が202号室のドアを殴りつけるようにノックし続けていると、鍵と錠がはずれる音が響き、


「遅ぇんだよッ!! さっさと開け――」

「――あァ?」


 怯えた女が出てくると思いきや、ドアを開けて現れた見知らぬ男ムサシのメンチ切りに震え上がった。


 ケンカ上級者テツ直伝だけあってその効果は絶大で、リーダー格の男は完全にビビリ、他の四人は今にもストレスで胃に孔が開いて吐血しそうな顔をしている。


 ムサシはのっそりと、まずドアの表側を確認してからそんなチンピラ共に目を向け、


「まともなノックの仕方も知らないのか?」


 無表情に抑揚なく紡がれたその言葉で、一番ガタイが良いのが意識を手放した。


「…………。――なぁ」

「はっ、はいぃッ!?」

「人様に不快な思いをさせておいて一言もなしってのは、どうなんだ?」

「ど、どう、って……?」

「礼儀を知らない。まともなノックの仕方も知らない。その上、まさか謝罪の仕方も知らないのか?」


 いっそ穏やかとすら言える声音で紡がれたその内容に、意識がある四人は、全身から、ブワッ、と汗が噴き出すのを感じながら、頭で考えてというより反射的に姿勢を正して全力で頭を下げた。


『ご、ご迷惑おかけして申し訳ありませんでしたァッ!!』


 ムサシは鷹揚な態度で頭を上げるよう促し、


「それで、用件は?」

「よ、用件……ですか?」

「用があったから呼び出したんだろ?」


 そう言ってドアを、コンコン、とノックしてみせると、リーダー格の男はダラダラと汗を流しながらまるで逃げ道を探すかのように視線を彷徨わせ……


「そ、その……部屋を、間違えてしまったようで……~ッ!」

「…………」

「す、すみませんでしたァッ! も、もう二度とこんな事がないよう気を付けますんで……~ッ!」

「あぁ、それがお前さん達の身のためだ。地下ほどじゃないにせよ、ここいらも物騒らしいからな」


 ムサシはそう言い置いてドアを閉め、中へ戻るとそこにいたミア達に向かって、


「部屋を間違えたんだってさ」

「先輩……それ、本気で言ってるんですか?」


 彼らはムサシが出てきた事で部屋を間違えたのだと本気で思っていた。故にその言葉に嘘はなく、そうなのだと素直に信じたムサシは、ん? と小首を傾げ、ナナミさんとカイトの姉弟は唖然とし、静と巴の双子姉妹は顔を見合わせ、ミアは呆れたように一つため息をつく。


 そして、間違いなくこの部屋だと何度も何度も確認するのに要したと思しき時間が過ぎた後、コンコン、と無遠慮さなど欠片もない実に控えめなドアをノックする音が響き――ミア達は思わず顔を見合わせて、ぷっ、と吹き出した。




 再度ムサシが応対に出ると、ドアの外にいたのはあのチンピラ共で、ムサシ以外が予想した通り、彼らこそがナナミさんを借金の形に連れて行こうとしていた取立屋だった。


 ――それはさておき。


(……危なかった)


 返済金を抱えて逃げるように立ち去るチンピラ共の背を見送りつつ、ムサシは内心胸を撫で下ろす。


 リーダー格の男が悪魔を退ける護符のように突き出した借用証書をヒョイと拝借して金額を確認した後、取立屋に、鑑定できる者がいないから現金しか受け付けない、と言われた時は正直焦った。何故なら、金目のものなら道具鞄の中に唸るほどあるものの、手持ちの現金では足りなかったからだ。


 結局、ミアにも出してもらって事なきを得たが、この機会にいらないものを処分して纏まった額を用意しておいたほうが良いかもしれない。


 ――何はともあれ。


「――これで少しはナナミさんに恩を返せたかな?」


 屋内に戻ったムサシがそう訊くと、恐縮し切りのナナミさんは、出端でばなを挫かれた事とその内容に目を白黒させた。


「恩を返す? 私に?」


 ムサシは、本当に分かっていないらしいナナミさんに向かって、うん、と頷き、


「俺は、万屋〈七宝〉で店番をした事がない。それは、ナナミさんがいてくれたからだ。ナナミさんがしっかり店番をしてくれていたからこそ、その間に研鑽を積み、熟練度やスキルLvを上げる事ができた。――なぁ、想像してみてくれよ。ナナミさんが俺にくれた『時間』にどれ程の価値があったのかを」

「そ、そんな……ッ!? 私はただ一生懸命お仕えしただけで……~ッ!!」

「ナナミさんが時間をくれたからこそ、俺はドラゴンだって殺せるし、薬だって作れる。今なら成竜ドラゴンを1頭狩ってきて素材を売れば、それだけで一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るし、自分で作った霊薬を一つか二つ売れば、それだけで今払った以上の金を得る事ができる」


 だからさ、と言って、ムサシはナナミさんに笑い掛け、


「俺のした事がナナミさんにとって良い事で、もし感謝してくれるのなら、〝ありがとう〟の一言で十分だ」


 ナナミさんは、とてもそんな一言では表しきれない程の感謝を抱えて胸が一杯になり、上手く言葉にできなくて……


 それでも、目と目が合えば何となく想いは伝わり――


「ナナミさんの助けになれて良かったよ」


 ムサシのその一言と笑顔が止めになった。


 ナナミさんは涙を溢れさせて泣き崩れ、目を潤ませたミアが寄り添ってその肩を支え、御前姉妹はもらい泣きしている。そして、カイトは、


「ムサシ兄ちゃんは霊薬を作れるの? ――なら母さんを助けてよッ!!」


 そう言ってムサシに縋りついた。


 ナナミさんは、この上更に頼る訳にはいかないとでも思ったのか、カイトを止めようとしたが、それよりわずかに早くムサシが訊く。


「借金したのはお母上の薬を買うためだって言ってたよな? 効かなかったのか?」


 黙り込むカイトに代わって答えてくれたナナミさんの話によると、二人の母親が患ったのは不治の病で、今服用している薬でも進行を止める事しかできないらしい。しかも、母親はその事を知らず、二人の懇願を聞き入れて早く治そうと薬を飲み続けているとの事だった。


「じゃあ診てみるか」


 申し訳なさで一杯といった感じのナナミさんはミアに支えられ、ムサシはカイトの案内で奥の部屋へ。


 騒がしくしてしまったからか、ベッドの上で姉弟に似た面差しの女性がベッドの上で身を起こしていた。躰はだいぶ痩せているが、瞳にはまだ力がある。


 屋内だからか、【ステータス】は封印され攻撃系スキルは使用不可だが他のスキルは使えたため、姉弟の母親――『ミサキさん』の目に怯えがある事に気付いたムサシは、〔破戒僧の作務衣〕に換装し、後頭部の高い位置で結っている髷を解き、総髪にして手拭を被った。


 まず、ナナミさんに紹介してもらい、少し会話して打ち解けてから、四診ししんを行い、更に【軟気功】に加えて能力アビリティ【調査】・技術スキル【分析】も使う。そして、いま服用しているという薬包紙で小分けされた粉薬も【分析】し……


「…………あの、ムサシくん?」


 その声でふと我に返ったムサシは、ナナミさんとカイトが不安そうにしているのに気付くと、適当にごまかしてから、


「この薬、悪くはないのですが、貴女には合ってないようなのでこちらに変えてみましょう」


 そう言って、道具鞄から病院でもらう物のように一粒ずつ取り出せるよう包装されたカプセルのパッケージを取り出した。


「ちょっと強いお薬なので、副作用で躰が少しだるく感じるかもしれませんが、1日3回に別けて、朝昼晩の食後20分以内に飲んで下さい。とりあえず一週間分出しておきます。それでダメだった場合はまた別のお薬を試してみましょう」


 ムサシがそう告げると、後ろでナナミさんが、えッ!? と驚きの声を上げた。


「一週間でダメだったらって……そのお薬が効いたら一週間で治るって事ですかッ!?」


 ムサシは、ナナミさんに向かって、うん、と頷いてから、ミサキさんに向かって、


「二、三日で治ったように見えても、躰の中にはまだ菌が残っているので絶対に渡した分のお薬は全部飲み切って下さい。そうしないと、菌が耐性を持って薬が効かなくなってしまいます。これだけは必ず守って下さい」


 良いですか? と問うと、ミサキさんは、はい、と頷く。


 そして、ベッド脇の椅子に腰掛けて診察していたムサシが場所を譲ると、笑みを浮かべ目に涙を滲ませた姉弟が母親に抱き付いた。

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