『 幻獣召喚と結婚指輪 』
時は、まだ早朝と言って良い時間帯。
場所は、フリーデン近郊の平原。
幾つもの雲が浮かぶ青空の下、〔龍を統べる者の杖〕〔魔導神の指環〕〔妖精女王の勝負服〕〔神霊の光煌翼〕他、完全武装のミアが佇んでいる。
装備だけではなくまさに臨戦態勢で、高い次元で意識を集中しており、気配を潜めている訳ではないのだが、ムサシが後ろから近付いても気付く様子はない。
新婚初夜が明けて、ムサシは自分の隣で健やかな寝息を立てている嫁さんの可愛い寝顔を見てふと思いつき、今日は最近お気に入りの修行場ではなく、〔壺公の壺〕の中へ。そして、小世界の適当な場所で日課の朝稽古を行なってから、工房でとあるものを製作した。
その後、万屋〈七宝〉に戻るとミアの姿はなく、気になったので能力【調査】・技術【追跡】を使用し――今に至る。
海魔事変の際に、ミアを始めとした幾人かにマーカーを付けていたため今回容易に見付ける事ができた訳だが、
(何してるんだ?)
ムサシは、邪魔をしないよう適当な距離を置いて見守り、
(やっぱりミアには、【体内霊力制御】より【体外霊気操作】のほうが向いてるな)
ミアを中心に渦巻く霊気の量に舌を巻いた。
そして――
「【我は求め訴えたり、――来たれ我が守護者ッ! 汝は敬虔なる猟犬、――其の名はアルジェ】ッ!」
能力【召喚術】・技術【幻獣召喚】は、契約した精神のみで存在する幻獣・神獣を召喚し、仮初の肉体を与えて使役する。
ミアの周囲に渦巻いていた霊気がその前に出現した魔法陣の中心に集束し……成された形は、青みがかった銀色の毛並みが美しい、像のように巨大な狼――『パイアスハウンド』。悪を追い、邪を祓い、魔を滅す、神の猟犬。神々を噛み殺す魔天狼『フェンリル』と対を成す聖なる神獣。
「アルジェ……私が、分かる?」
ミアは、巨大な狼を前に虚勢を張り、我知らず杖を握る手に力を込め、高い知性を感じさせる金色の瞳を見詰めながら問い掛ける。すると、巨狼――アルジェは、のっそりと頷き、ゆっさゆっさと尻尾を振った。
「~~~~ッ!?」
念願が叶ってミアの目に歓喜の涙が浮かび――
「アルジェ――~ッ!!」
安堵のあまり躰から力が抜けていた事もあって、突然の大声と脇をもの凄い勢いで駆け抜けて行った〝何か〟にぶっ魂消、きゃあッ!? とあられもない悲鳴を上げて尻餅をついた。
果たしてその〝何か〟とは――
「せ、先輩ッ!? どうしてここにいるんですかッ!?」
「ミアが万屋〈七宝〉にいなかったから捜してたんだ」
アルジェの前足に抱きつき、頬ずりしながら答えるムサシ。ゲーム時代とは比較にならないふさふさ感が堪らない。
「い、いつから見てたんですかッ!?」
「アルジェを呼び出す前からだ」
それに何より、かつてはなかった、清潔感のある動物の香りとでも言えば良いのか、花や深緑の香りとはまた違う、心が落ち着く好い匂いに思わずうっとりしてしまう。
「…………」
もう何と言っていいのか分からず、ペタンと座り込んだまま呆然とするミア。
満面の笑みを浮かべたムサシは、肝心要の契約者をよそにその美しい毛並みを褒めながら梳くように撫で、尻尾を振りながら顔を寄せてきたアルジェの鼻っ面をぐわしぐわしと掻く。すると、巨狼は気持ち良さそうに目を細めた。
そうしてひとしきりたわむれた後、ムサシが離れるのを待っていたかのようにアルジェの躰が光に包まれ、シュンッ、と大型犬サイズにまで縮む。そして、たしたしと歩いてミアに近付いたアルジェは、その周りをぐるりと回って躰を寄せると、呆然としている契約者の頬を、ぺろっ、と舐め、
「ぅうぅ~……~っ、アルジェ~……~っ!」
感極まったミアは涙を溢れさせ、首筋の毛皮に顔を埋めるようにしてアルジェを抱き締めた。
しばらくして落ち着いたミアは、今日まで自分が【召喚術】を封印していた理由を語り始めた。その理由とは――
「召喚獣の暴走?」
地面に腰を下ろして胡座を掻き、伏せて顎を太腿に乗せてきたアルジェの頭を撫でつつムサシが聞き返すと、銀狼を挟んで女の子座りしているミアは、はい、と頷き、
「ゲームから異世界へ移った事で契約が無効化されたんだ、っていう意見もあったんですけど、契約が無効ならそもそも召喚できないはずですよね? だから、暴走とか反逆なんて言われているんですけど……」
ミアの話によると、ふと気付いた時にはもう異世界だった〝あの日〟以降、召喚されたモンスターは例外なく召喚者へ襲いかかるようになってしまったらしい。
ほとんどのプレイヤーが【召喚術】を諦め、契約が無効化されたのだと考えた一部の者達は再契約――戦って弱らせて捕獲、または実力を認めさせて契約しようとした。しかし、それが成功したという話は一度として聞いた事がないそうだ。
それ故に、ミアは、今日まで一度も能力【召喚術】・技術【幻獣召喚】を試していなかった。試す勇気がなかったのだそうだ。
それを今日まで話さなかったのは、話せば、試してみよう、という事になるのは火を見るより明らかであり……想像してしまったのだという。
斬られて地に伏せる銀狼の姿と、
斬り殺した侍の姿を。
想像するだけでも辛いその光景を絶対に実現させたくなかった。だからこそ、
「自分一人で試す事にしたんです」
そして、切に思ったのだ。自分の身は自分で守れるようにならなければならない、自分独りでも戦えるようにならなければならない、と。破天荒な夫を支えられるように。これからずっと同じ道を共に歩んでいけるように。
「それなのに、結局また先輩に助けられて……」
「ん? 俺は何もしてないぞ?」
「え? じゃあ、どうして……?」
暴走の兆候などまるでなく、リラックスして気持ち良さそうに頭を撫でられているアルジェを不思議そうに見やるミア。
「どうしてもこうしてもない。当然の結果だろ」
「え? それってどういう事ですか?」
「アルジェと契約してから、一度でも襲いかかってきた事があったか?」
「ありません。じゃあ、他の召喚獣はどうして……」
「どうしてって、それは俺の台詞だ」
「え?」
「どうして、原因が召喚獣のほうにあると思うんだ?」
「召喚獣じゃない? なら、原因は……、――あっ!」
ミアは、自分の杖――〝覚醒状態〟の〔龍を統べる者の杖〕に目を向け、
「原因は、召喚した術者のほうッ!」
「そう考えるほうが普通だと思うんだけどな」
「召喚獣と契約する方法は主に二つ。弱らせて捕獲し名を与えて支配するか、力を示して契約するに足ると認めさせるか……」
「力が弱まれば支配に抗おうとするだろうし、契約するに足りないと思ったら破棄しようとするんじゃないか?」
ゲームだった時は、【召喚術】系スキルに限らず、使用するとMP残量を示す数字とゲージが減るだけだった。しかし、この世界では術者の〝気〟が消費される。
【召喚術】系スキルは消費MP量が多い。その上、未覚醒状態の装備の性能はせいぜい希少級。【消費MP減少】などの効果は期待できない。
故に、【練気】もなしにスキルの動作補正で大量の〝気〟を強制的に消費されたら、おそらく半死半生といった有り様になるはず。
果たして、召喚獣はそんな術者を見てどう思うだろう?
「まぁ、『論より証拠』だ。試してみれば良い。始めからそのつもりなんだろ?」
ミアは眦を決し、はいッ! と立ち上がる。
そして、ムサシとアルジェから離れ、また杖を構え、意識を集中し、〝気〟を練り、霊気を操り……
「【我は求め訴えたり、――来たれ我が守護者ッ! 汝は風に詠う妖精竜、――其の名はフィー】ッ!」
ミアの周囲に渦巻いていた霊気がその前に出現した魔法陣の中心に集束し……成された形は、リスのように小さな躰に長い首と尻尾、前後二本ずつの四本足、体毛は純白で頭部から背中へかけての鬣は虹の七色のグラデーションが美しく、妖精のような光の翅が特徴的な最小の竜種――『フェアリードラゴン』。
「フィー……私が、分かる?」
「フィ――~ッ!」
ひゅんっ、と飛んだフィーはミアの肩の上に、ちょこんっ、と舞い降り、小さな頭をその頬にすり寄せて召喚者に親愛の情を示した。
目に涙を浮かべて微笑みフィーを撫でるミア。その姿を微笑ましそうに眺めながら、ムサシは当然だと思った。
何故なら、能力、技術、装備は同じ。その上で、今はゲーム時代には存在しなかった【練気】や【体内霊力制御】【体外霊気操作】まで身に付けつつあるのだから。
ムサシは銀狼の背を、ぽんぽんっ、と叩き、促されたアルジェは、むくっ、と身を起こしてミアの許へ駆けて行く。
パイアスハウンドとフェアリードラゴンが麗しきエルフと戯れる――その光景は、まさに幻想的だった。
――何はともあれ。
こうして、〈セブンブレイド〉が一人、人呼んで〝精霊王の秘宝剣〟のエウフェミア、その前鬼後鬼が揃った。
「あっ、そう言えば」
アルジェとフィーを伴っての帰り道、何かを思い出したらしいミアがムサシに問いかける。
「今日の朝稽古は、何時くらいに万屋〈七宝〉を出たんですか?」
「出てない。〔壺公の壺〕のほうに行ったからな」
「そうだったんですか? どうして今日に限って? 私が万屋〈七宝〉を出た時、夜明け前から待っていたのに先輩と会えなかったって、静さんと巴さんがガッカリしてましたよ?」
「どうして、って……おぉッ!」
足を止めるムサシ。アルジェ達の事があって失念していた物の事を思い出した。
「これを作るためだ」
そう言って道具鞄から取り出してミアに見せたのは、
「指環?」
「おう。〔結婚指環〕だ」
ミアは絶句した。ほれ、と手渡されたサイズが違う二つの黄金の指環を見ると、内側には《エターナル・スフィア》と同じこの世界の文字で、『ムサシとエウフェミア 死が二人を分かつまで』と刻み込まれている。
「婚約指環と結婚指環は、付け方に順番があるって知ってるか?」
まだ驚愕が覚めやらず言葉が出てこないミアは首を横に振り、
「俺はなんでか知ってるんだよな。まぁ、なんとなく、装身具を製作する【細工】の能力を極めてるからじゃないかとは思うんだけど」
ムサシはそんな事を言いつつミアから二つの〔結婚指環〕を受け取って――おっ、と良い事を思いついた。
「アルジェ、ちょっとここでお座りしてくれ」
言われた通り、向かい合って立つ二人の横でお座りするアルジェ。
「申し訳ないけど、ちょっと我慢しててくれな」
そうお願いして、ムサシはアルジェの頭の上に二つの結婚指環を並べて置いた。
「婚約指環は結婚式まで左手の薬指に嵌めておいて、式当日に右手の薬指に移すんだ」
俺達は結婚式をやらないから、と促されて、ミアは婚約指環という事になっている〔魔導神の指環〕を左手薬指から右手の薬指に移し、
「そして、結婚式で指環を交換してお互いの指に嵌める」
ムサシは、司祭役のアルジェの頭の上から小さいほうの結婚指環を手に取り、ミアの左手薬指に嵌める。ミアも戸惑いながらムサシの左手薬指に結婚指環を嵌めた。
「で、結婚式が終わったら、結婚指環を嵌めた薬指に婚約指環を嵌めるんだ」
ミアは言われるがまま、右手の薬指に嵌めていた〔魔導神の指環〕を戻し……自分の左手薬指で並んでいる二つの指環を茫然自失の体でマジマジと見詰めた。
そして、ムサシは、
「まぁ、どっちもそれで傷付くようなもんじゃないんだけど、鞘を操ったり、柄頭を握る左手には何も付けたくないから、申し訳ないんだけど……」
そう言って、自分の左手薬指から結婚指環を抜き取ると、道具鞄から取り出した細い紐に通し、解けないよう結んで輪を作り、
「こうして肌身離さず持ってるから、これで勘弁してくれ」
ネックレスのように首に掛け、懐にしまい、着物の上から、ぽんぽんっ、と叩いた。
ここからだと、普段利用している南側よりも北側ゲートのほうが近い。
用は済んだのでそちらへ向かってまた歩き始めるムサシ。だが、ミアがついてくる気配がないのを怪訝に思い、足を止めて振り返ると――
「……先輩は、本当に……良くも悪くも期待はずれな人です……」
「…………」
「……期待して…いない時に限って……、どうして…こんな……~っ」
「…………」
「……心の…準備…が、できて…なかった…から……~っ」
ムサシは引き返し、拭っても拭っても止まらない涙をぽろぽろ零すミアに歩み寄り、
「……これじゃ…また…笑われちゃいますね……~っ」
そう言って無理やり笑みを作るミアの涙に濡れた頬を撫で、
「笑えるような面白い事なんて何もない。 ……綺麗な涙だ」
ただ思った事を言葉にし、作った笑みを崩して胸に飛び込んできたミアを受け止める。そして、本当になんとなく、〝愛しい〟という気持ちはきっとこういうのを言うんだろうな、と思いつつ小柄で華奢な妻を包み込むように抱き締め――
契約者の溢れんばかりの喜びの念が伝わっているのか、アルジェとフィーは心なしか微笑ましそうな顔つきで尻尾を振り、そんな二人を見守っていた。




