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『 刀とは 侍とは 』

 その少女は、妖魅の豹族。瞬発力に優れる反面、持久力に劣る。


 そうであるにもかかわらず、どうやら無理を押して全速力で駆け通し駆けてきたらしい。同じ妖魅の豹族であるリタに背を支えられてどうにか上体を起している彼女は、全身汗だくで、両脚が痙攣しており、息も絶え絶えで……それでも必死に仲間の危機を報せ、救援を求める。


 彼女の話の要点を簡単に纏めてしまうと、地下市街の更に下に位置する地下鉄駅エリアで、施設の修復と保全を行なっていた職人達と警備についていたハズレ組――戦利品の分配とパーティが催される今日当番になってしまったメンバー――が、突如大挙して押し寄せた狼藉者達に襲われたとの事だった。


「――先輩ッ!」


 普段はしない〔戦極侍せんごくざむらい戦装束いくさしょうぞく〕の鉢金を額に装着したムサシは、ミアに呼ばれて振り向き――


「可能な限り殺生は控えて下さい。事後、〈エルミタージュ武術館〉が交渉を円滑に進める事ができます」


 軽く目を瞠った。


 それは、紡がれた言葉が、簡潔に纏められた成すべき事とその理由わけだったからだ。てっきりまた、一緒に行く、とか、独りにしないで、とか言うのだろうと思っていたのだが……


「……先輩?」


 返答するのも忘れて見詰めていると、ミアは不思議そうに小首を傾げ……


「あぁ……」


 思わず声が漏れた。


 その表情、眼差し、仕草、そして、紡がれたことは――


「――エウフェミア」

「はい。なんですか?」


 考えられる要因は、告白か、結婚か、口付けか、はたまたそれら全てか……何にせよ、彼女の心境に良い方向の変化を齎したようだ。


 再会してから気になっていた情緒の不安定さが、解消されたのか、それとも鳴りをひそめただけなのかはまだ分からない。


 それでも、本当に久しぶりに金森紗希エウフェミアと会った気がした。


 広間ホールから飛び出して行くライア達。『怒り心頭に発する』といった様子だが、拠点ホームを飛び出す前に武装を整える冷静さは残っているようで何よりだ。あの忌々しげな表情から察するに、仲間達の危機に浮かれていた自分が許せない、といったところか。


 始末は喧嘩を売られた彼女達がつけるべきだ。しかし、聞いてしまった以上、知らなかった事にはできない。彼女達が武装を整えて駆けつけるまでの時間稼ぎぐらいはさせてもらおう。


「護って下さい、――命よりもまず心を!」

「――応ッ!」


 ミアが何を危惧しているかを察して頷くムサシ。


 私達もすぐ後を追いますッ! という言葉を背で受け、ムサシは一陣の風と化した。




「旅に出る準備はできているってのに、よくもまぁ次から次へと……。これが、浮世のしがらみってやつなのかねぇ」


 そんな事をぼやきつつ移動しながら、装備はどうしようか、と考えて、右手人差し指に〔フォースナイフ〕、後は左腰に〔名刀・ノサダ〕と〔妖刀・殺生丸〕を佩く。


 殺生は控えろとの事なので大小の二刀を抜く事はまずないだろうが、一応の備えだ。


 地下鉄駅エリアの出入口まで来ると、そこには見張りらしき二人の男の姿が。装備は共に中堅の冒険者風で、視たところそれらは全て未覚醒状態。一方は左腰に長剣を提げ、もう一方は戦斧を手にしている。


「――よぉ」


 【摩利支天隠形印】を使おうかとも思ったが止め、ムサシはごく自然に歩み寄り、気さくに声をかけた。


「お、お前は、ムサシ……ッ!?」

「一人、か……? な、何の用だッ!?」

「いや、お前さん達に用はない」

「ここにッ、何の用だッ!?」

「進捗状況を見にきた。俺もトンネルや駅の攻略に参加してたから、なんとなく気になってな」


 男二人は顔を見合わせ、


「今ここは立入禁止だ」

「悪いが出直してくれ」

「――断る」

『…………ッ!?』


 咄嗟に動く二人。一方は長剣の柄に手をかけて引き抜こうと力を込め、もう一方は戦斧を構え――ポン、と同時に肩を叩かれて、ビクッ、と躰を震わせ、硬直する。


 瞬間移動のように間合いを詰めて二人の間に入ったムサシは、


「やったらやり返される。善い事も、悪い事も。その得物を俺に向けるって事は、そいつで俺を殺そうとしてるって事だよな? なら、――俺に殺される覚悟ができてるって事で良いか?」


 抑揚が抜け落ちた静かな声音が二人の脳髄を侵し、凄まじい重圧プレッシャーに呑まれてそれに答える事はおろかムサシのほうを見る事もできない。顔面蒼白になった二人は正面を向いたままガタガタ躰を震わせて……


「見張り役、ご苦労さん」


 一転して軽い調子で言い、それぞれの手で、ぽん、ぽん、と二人の肩を叩いてから先へ進むムサシ。


 後に残された二人は、冗談のように大量の汗を流しながら、カハッ、といつの間にか止まっていた呼吸を再開し、膝から崩れ落ちた。




(思ったよりも多いな)


 武装した狼藉者達の中を平然と進むムサシ。妙な素振がないため誰も気に留めず、中には、オイあれって……、とか、今あそこにいたのって……、と気付いた者もいたようだが、素知らぬ顔で闊歩する。


 その数は思ったよりも多く、一番多いのは真人族で、次が妖魅族。精霊族は少なく機巧族の姿は見当たらない。だが、銃器を手にしている者は多い。おそらく、共同で警備していた〈女子高〉メンバーから奪ったものだろう。


 その推測が的を射ているなら、装填されているのは非致死性のゴム弾のはず。撃たれても死にはしない反面、多少なりとも人に向かって発砲する精神的なハードルが下がるのは問題だ。一、二発では死ななくとも、バカ共がキレて撃ちまくれば非致死性のゴム弾で撲殺なんて事になりかねない。


 もちろん、自分で殺傷力のある弾丸を込めた銃を持ち込んでいる者もいるだろう。


 精神を集中し、意識を拡散させる事で【心眼】の知覚範囲を広げつつ、駅構内で突如襲撃を受けた場合自分ならどう動くだろうかと考え、狼藉者達の配置から居所の見当を付け、クラン〈天城オリュンポス工務店〉や〈女子高〉、〈エルミタージュ武術館〉のハズレ組の姿を捜し……見付けた。


「――よぉ」


 駅構内の一画に集められ、武装解除させられた上で床に座らされている皆に向かって気さくに声をかける。


「え? ムサシさんッ!?」


 以前行動を共にした事がある〈女子高〉の警察特殊部隊風の小隊――風見小隊の隊長『風見かざみ 飛鳥あすか』がムサシの姿を認めて思わず驚きの声を上げた。


 少女の高い声は思いの外よく響き渡り、ムサシ? ムサシだと? ……と狼藉者達が俄にざわめき出す。


 風見隊長は咄嗟に口を押さえたが後の祭。しまったと言わんばかりに顔を顰めるが、ムサシは気にしない。そんな事よりずっと気になるのが、


「おい親方、生きてるかい?」


 風見隊長の横で仰向けに寝かされている親方。顔色が一目見て分かるほど悪く、徒弟の一人がその脇腹に押し当てている布と床と背中の間に押し込まれている布が血で染まっている。


 軽い調子で声をかけると、閉じていた瞼を薄っすらと開いてこちらを見てきた。意識はあるようだ。


「仲間を護ろうとして撃たれたんだ……ッ! 血が……血が止まらなくて……ッ!!」

「それでも出血を最小限に止められたのはお前さんのおかげだ。よく諦めずに頑張ったな」


 ぽんぽんっ、と肩を叩いて労い、ちょっと代わってくれ、と頼んで徒弟に退いてもらう。


「傷を診るために服を切るぞ」


 そう断りを入れてから、〔フォースナイフ〕で生成した柳の葉型の手裏剣を右手人差し指と中指で挟み、服を切って前後の傷を露出させる。素早く目視と【軟気功】で診た結果、弾丸は貫通しており破片も体内に残っていなかった。


「ちと熱く感じるぞ」


 ムサシは道具鞄から一本の小瓶を取り出し、薄っすらと黄色に輝く液体を前後の傷口に垂らした。ジュッ、と熱したフライパンに水を垂らしたような音を立てて煙が上がり、うぐっ、と親方が呻いて顔を顰める。


 徒弟に限らず皆が心配そうに見守る中、ムサシは親方の上体を起こし、小瓶に半分残しておいた液体を飲ませた。これで、


「もう大丈夫だ」


 ムサシの言葉通り、自力で躰を起こした親方は、胡座を掻いて撃たれた箇所を確かめる。血で汚れてはいるが傷が消えているのを見て唖然とし――仲間達から安堵の声と歓声が上がった。


「あんたのおかげで命拾いしたよ。ありがとう」

「いいって事よ。よく言うだろ? 『困った時はお互い様』って。そんな事より、準備は万端に整えて然るべきだ。戦闘を予定していなくても、いつ何所でどんな事件や事故に巻き込まれるか分からないんだからな」

「あぁ、肝に銘じるよ」


 ムサシは親方と固く握手した。それから、


「なんかもう助かった気でいるところ悪いんだが、俺はみんなを助けに来た訳じゃないんだ」


 えッ!? と驚きの声が上がる中、ムサシはその場の皆を見回して、


「ここにいるので全員か?」


 その問いで誰もが、はっ、と息を飲み、特に女性陣の顔から血の気が引いて、


「まだ貞操帯ビキニアーマーを着けていない女子達が奥に連れて行かれて……ッ!!」


 悲鳴を上げるように言う風見隊長の目を真っ直ぐに見詰めて力強く頷き、ムサシは立ち上がる。


「――仲間を信じて待て」


 それだけ言い置いて踵を返し、


「オイてめぇムサシィッ! 何好き勝手――ブゲェッ!?」


 足は止めず、前に立ちはだかった障害物に向かって右拳を左から右へ振り抜いた。


 体重一五〇キロはありそうな筋肉達磨は、頬に喰らった裏拳で吹っ飛び、トリプルアクセルのような錐揉み回転をした後、ドチャッ、と下半分が歪んだ顔面から床に崩れ落ち、躰を痙攣させて起き上がる気配はない。


 それ以降、無言で歩を進めるムサシの前に立ちはだかる命知らずは一人も現れなかった。




 ムサシはそのフロアに足を踏み入れて――ふぅ、と安堵の息をつく。


 そのフロアの一番奥で、二〇人ほどの女性達が全裸で並ばされていた。決して屈しはしないと堂々と胸を張る女性がいる。怒りと憎しみで男達を睨みつける乙女がいる。恐怖と羞恥で涙する少女がいる。


 だが、まだ強姦レイプされている者はいない。


 下衆共の数はざっと見て三〇以上。どうやら女性達を並べて品定めしていたらしく、聞くに堪えない言葉を投げかけて女性達の反応を楽しんでおり、俺はあのがいいッ! 早くろうぜッ! と全裸になっている者や下半身を露出させている者がいる。


 しかし、この下劣な催しのおかげで間に合った。


 ――パンッ、パンッ、パンッ、パンッ


 大きな拍手の快音がフロアに響き渡る。


 それで一同の視線が自分に集まったのを確認したムサシは、


「せっかく脱いだところで申し訳ないんだが服を着てくれ。俺にはちと刺激が強過ぎる」


 女性達にはそうお願いし、


「その粗末なものをさっさとしまえ。あと――」


 咄嗟に銃器を向けてきた下衆共の肩に柳の葉型の手裏剣フォースナイフを打ち込み、次いで取り落とした銃器に打ち込んだ手裏剣フォースナイフを炸裂させて破壊し、


「――痛い思いをしたくないなら動かないほうが良いぞ。俺はお前さん達に情けを掛けるつもりが微塵もない」


 下衆共にはそう警告してにっこりと笑いかけた。


 愉悦と享楽から一転、恐怖と絶望に打ちひしがれる下衆共。


 一方で、ストリップをしろと強要されたのか、女性達は近くに脱ぎ捨ててあった自分の服や装備を掻き集めてとりあえず下着だけ身に着けると、残りをまとめて抱えて足早にムサシの後ろまで移動し、それから身支度を整え始めた。


「あ、あの……ッ!」


 一人の少女の呼びかけに、ムサシが下衆共に目を向けたまま、ん? と応じると、


「親方がどうなったか知りませんかッ!? 私を助けようとして撃たれて……ッ!」

「俺が治した。もうぴんぴんしてるよ。もう少ししたら助けが来るだろうから、あとで元気な顔を見せてやんな」

「はいッ! あ、あの……ありがとうございますッ!」


 少女の前に、ぐっ、と突き出した右拳の親指を、ビシッ、と立てて応じるムサシ――その眼差しは、一人歩み寄ってくる剣士に向けられていた。


「カッコイイじゃねぇかヒーロー。全く、――反吐が出るぜッ!!」


 およそ5メートルの距離をおいて足を止め、そう吐き捨てる剣士。


 彼は、他の下衆共と違って悪辣な催しには参加せず、壁に背を預けて目を閉じていた。ひょっとすると、仲間が最後の一線を踏み越える前に止めるつもりでこの場にいたのかもしれない。


「お前がそうやってヒーロー気取って余計な事をしたせいで、エレフセーリア、フリーデン、リベルタース間を移動する商人や旅行者の護衛や荷物の運搬で辛うじて食い繋いでいた三〇〇人を超える冒険者達が路頭に迷う事になるんだぞッ!? そうなると承知の上でやったのかッ!?」


 なるほど。確かに地下弾丸トンネルで安全に行き来できれば護衛などいらないし、荷物の運搬もここを共同で取り仕切る〈エルミタージュ武術館〉と〈女子高〉の仕事になるだろう。


「いや、考えもしなかった」


 正直に答えるムサシに対して、剣士は、だろうな、と鼻で笑い――長剣を抜き放った。


「この駅とトンネルは俺達がもらう。――例えお前らを皆殺しにしてでも」


 剣士の気迫に煽られ、己の武器を手に取り構える下衆共。


「できればそんな事はしたくない。悪いと思ってるし、勝手な事を言ってるって自覚だってある。――だがッ! 俺達が生きて行くためにはもうこうするしかないんだ。だから頼む、諦めて引いてくれ」


 剣士の発言に対して、当然の如く後ろの女性達の中からふざけるなといった旨の声が上がり――それをムサシが腕を横に上げて制した。


「本当にこうするしかなかったのか?」

「――ない」


 剣士は断言し、


「そうか。なら仕方ないな」


 ムサシはあっけらかんと言い放った。


『……はぁッ!?』


 その予想外の言葉に、驚きの声を上げる一同。剣士までが目を丸くしている。


 ムサシはそんな周囲の反応など気にも留めず、


「お前さん達がそれで良いならいいんじゃないか?」

「……どういう意味だ」

「『弱肉強食』。弱者の犠牲の上に強者が栄える――それはこの世の真理と呼べるものの一つだと俺の師匠が言っていた」


 そして、とムサシは続け、


「強者として弱者を喰らおうというなら、より強者に喰らわれる事を覚悟しなければならない」


 要するに、とムサシは告げる。


「お前さん達が彼女達を皆殺しにしてでも奪うと言うなら、当然、俺がお前さん達を皆殺しにして奪っても文句はないよな?」

『――なッ!?』

「おいおい、何を驚いてるんだ? ……まさか、自分達がやるのは良いけど他人ひとにやられるのは嫌、なんてふざけた事を抜かしはしないだろう?」


 下衆共ばかりか女性達まで、そんな事を平然とのたまうムサシに異次元の生命体を見るような目を向け、


「お、お前侍なんだろッ!? 俺達を皆殺しにして奪う? ――それが侍のする事かッ!? お前の剣に正義はないのかッ!?」


 剣士は、ワナワナと躰を震わせながらやけくそのように絶叫し、


「――俺の剣にそんなものはない」


 ムサシはやはり平然とそう言い切った。


 そのあまりと言えばあまりな発言に愕然とする一同の前で、ムサシは――


「刀は武士の魂なんかじゃない。ただの武器、命を預けるに足る道具だ。魂は己が身の内に納めるべきものであり、正義、信念、罪業、そして、護るべき人々の命……それらは己が双肩に担い、背に負うべきものだ。そんなものを乗せたら、刀は重くなり、刃は曇り、太刀行きは鈍ってしまう」


 既に実感を得た師の教えを胸に、何気なく愛刀の柄頭に左手を置いて言った。


「――刀はただ刀であれば良い」


 この場に居合わせた一同は、そんなムサシの姿に崇高な武人の在り方を見た気がして身震いし……


「お前さんは今、〝正義〟って言葉を口にしたよな?」


 剣士にそう問いながら、ムサシは右手を柄に、左手を鞘に添え、左手親指で鍔を押し上げて鯉口を切り、


「理由はどうあれ、他者が努力して得た成果を労せず奪い、女子供に対する狼藉を見て見ぬ振り……そんな己に正義があると思うなら、自らの行いは正しいのだと信じて疑わないのなら――」


 悠然とした所作ですらりと抜刀する。


「――来いよ。相手になってやる」


 フロアの照明を浴びて冴え冴えと澄み切った輝きを放つその刀は、背筋がゾッと震えるほど禍々しいまでに美しく、ムサシの後ろにはその背に庇われる女性達の姿が。


 そんな一刀を、すっ、と正眼に構え、多くのものを双肩に担い背に負う侍の姿は、まさに威風堂々。


 〝神威の絶刀ゴッドスレイヤー〟の武勇伝の数々を知り、あの場にいてジオナイト・スタチューを拳の一撃で粉砕した瞬間を目の当たりにした者の一人である剣士は、そんな侍の姿に覆しようのない敗北を否応なく悟らされ……膝を屈し、長剣を取り落とした。


 そして、彼以上の気概を持つ者が下衆共の中にいるはずもない。


 強姦レイプは『心を殺す殺人』だと言われている。


 拍子抜けの感は否めないが、今回はそれを阻止する事が目的なのでまぁいい。何故か女性陣の眼差しが熱を帯びているようで落ち着かないが、それは気にしない事にする。


 ムサシが洗練された所作で愛刀を鞘に納めた時には、このフロアにまで仲間を助けるために駆けつけた勇猛な乙女達の声が届いていた。

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