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『 秘伝の書と音の神秘 』

 おののいも子、イトーちゃん、サリチルさんがゲーム時代と同じレベルの【錬金】【合成】を行なえるようになるかは今後の努力次第。まぁ、この情熱があれば大丈夫だろう。


 ムサシは、【練気】や後進を指導するため他者と〝気〟を同調させるコツを伝授した後、彼女達にはまだ〔ミスリル〕の練成は無理なので求められた分を製作し、それが済むなりミア達と共にお暇する事にした。


 今〔小さな魔法の館ドールハウス〕に引き篭もっている男性恐怖症やコミュ障を患っている女性達の事を考えれば、あまり長居しないほうが良いだろう。


 できるようになった事を早速試してみたいとウズウズしている三人に見送りは良いと告げて別れ、ムサシ達は〔小さな魔法の館〕を後にした。


 そして、ウォーク・イン・クローゼットから出た所で、


「あの、先輩! こっちの〔秘伝極意書〕や〔秘伝奥義書〕、見せてもらってもいいですか?」


 トレードが成立したのでうず高く積み上げられているマジックアイテムの類を回収していると、ミアが他と別けて積まれているそれらを見ながら訊いてきた。


「いいよ」

『私達もいいですかッ!?』

「わ、私もッ!」

「いいよ」


 本来なら、高難度の試練やイベントをクリアしなければ手に入れられないアイテム。気になるのも無理はない。


「確か、みなさんの世界……《エターナル・スフィア》では、これを読むだけで特殊な技能を身に付ける事ができたんですよね? それなのに、どうしてこんなに使われないまま……」

「それはたぶん、転生するつもりだったからだと思います。それなら、アイテムを引き継いで転生後に使ったほうが必要になるGPが少なくて済みますから」


 レナの疑問に、自らの推測を述べるミア。


 《エターナル・スフィア》では、Lv100から受けられる専用の試練をクリアすると『転生』する事ができ、Lv1から再開する際、それまでの総獲得GPを支払って、称号、職種、アイテム、技能などを引き継ぐ、または『最大HP増加』や『取得経験値2倍』などを選択すればシステムを変更する事ができた。


 アイテムを使用して取得・修得する特殊技能は通常の【技能】とは扱いが別で、『特殊能力引き継ぎ』『特殊技術引き継ぎ』は一つにつき結構なGPが必要になる。それに対して、〔秘伝極意書〕や〔秘伝奥義書〕は幾つ持っていても『アイテム引き継ぎ』だけで良い。それ故に、転生するつもりがあるのなら、前でなく後にそれらを使用したほうが得なのだ。


 おそらく元の持ち主もそのつもりだったはず。しかし、転生する前にこんな事になってしまった。彼か彼女かは知らないが、相当くやしい思いをしたはずだ。


 ――それはさておき。


 この世界の人間であるレナにはいまいちピンとこなかったらしく、それよりも、


「転生……みなさんも転生した事があるんですか?」


 新しく出てきた言葉ワードのほうが気になったらしい。


「はい。私はちょうど一〇回」

「じゅ……~ッ!? じゃ、じゃあ、静さんと巴さんも?」

『私は六回です』

「六……。あ、あの、ちなみにムサシさんは……?」

「三回」

「え? 三回?」


 ミアを超える回数を予想していたのだろう。何とも分かり易い反応だ。


「転生した回数が多いから強い、少ないから弱いという訳ではないんです」


 なんだかレナの中でムサシの株が下がったようなのが面白くなくて、弁護するように説明するミア。


「私は効率よく技能を修得するためにどんどんLvを上げて転生を繰り返しました。でも先輩は、一度目に転生した際に『取得経験値半減・獲得GP増加』を選択してシステムを変更した上で、レベルを1上げるのに一般的なプレイヤーの三倍近い時間をかけて、『単独撃破』『クリティカルヒット』『カウンターヒット』『一撃必殺』『ノーダメージ勝利』『蹂躙絶滅』『大量虐殺』……そういう増加条件を積み重ね、一度のレベルアップで一〇倍近いGPを獲得して、【ステータス】と熟練度、スキルLvを上げながら技能できることを増やしていったんです」


 それを聞いても、この世界の人間であるレナには、前の話よりもピンとこなかったらしく……


「気にしなくて良い。それより、それ、もうしまって良いの?」


 他は全て道具鞄に収納してしまい、残るはミア達の前に積まれた〔秘伝極意書〕や〔秘伝奥義書〕のみ。それでムサシが訊くと、四人ともそれぞれ待ってほしいという旨を訴えて意識をそちらに戻した。


 ここにある時点で予想はついていたはずだが、やはり淡い期待があったのだろう。タイトルを見て驚きや感動の声を漏らした後、ドキドキしながら本を開き……そこに記されている読めない不可思議な記号の羅列を見て軽い落胆の表情を浮かべた。


「先輩は、これをどうするつもりなんですか?」

「修得するつもりだ」


 当然のように返された答えに、えッ!? と声を揃えるミア達。


「ひょっとして、これが読めるんですか?」

「読めない。それは読むためのものじゃないからな」

「じゃあ、何なんですか?」

「それ一つ一つに意味はない。全体で一つの意味を成す記号だ」

「全体で一つの意味を……例えば、魔法陣みたいに?」

「おっ、そうそう、そんな感じ」

「……〔秘伝極意書〕や〔秘伝奥義書〕が本の形をした魔法陣なら、〝気〟を込めれば能力アビリティ技術スキルを取得・修得させるための魔法が発動する――そういう事ですか?」

「おう。けど、武器に通すようにただ込めてもダメだ。それに【魔法】に分類して良いか分からないから、【教授】の『法術』って言っといたほうが良いだろうな」

「【教授】の法術……じゃあ、本当に?」

「できる、って言うよりやって見せたほうが手っ取り早いか。『百聞は一見に如かず』って言うしな」


 そう言って、ムサシは目を付けていた黒革の装丁が施された本を手に取った。


 タイトルは――〔秘伝奥義書・護法ノ極〕


 固唾を呑んで見守るミア達の前で、ムサシはその表紙を開く事なく合掌するように両手で挟む。精神を集中し、普段は周囲に拡散させている意識を〔秘伝奥義書・護法ノ極〕に集束させた。そして、〝気〟を送り込む。


 本の形をした魔法陣に〝気〟を作用させ、仕込まれた関門で阻まれるごとに反作用から推測する。時に〝気〟の量を調節し、時に【練気】で密度を変化させ、時に【軟気功】の要領で質を変換し……。


 その感覚は、番号を忘れてしまったダイヤル錠の金庫の開錠作業――ヒントもなしにダイヤルを回しながらわずかな音だけを頼りに『ハネ』と呼ばれる内部の部品に割り当てられた数字を探し出して金庫を開ける、そんな錠前師の仕事に似ていた。


 それは、まだミア達には不可能な領域。だが、既に【体内霊力精密制御】を会得しているムサシには容易とまでは言わないまでも難しい作業ではなく、全ての関門をクリアするのに要した時間は、およそ30秒。


 ついに〔秘伝奥義書・護法ノ極〕に封入されていた法術――能力【護身】・特殊技術【術吸収陣アブソープション】を修得させる【教授】が発動する。


 本が目映いばかりの光を放ち、両掌で挟むように持っていたムサシが両手を離しても落下する事なく空中に留まり、ひとりでにおもて表紙が開いて、パラララララララララララ……ッ! とものすごいスピードで最後のページまでいっきにめくれ、パタンッ、と裏表紙が閉じる。その直後、ボッ、と超自然的な炎を発して灰も残さず燃え尽きた。


『……修得できたんですか?』


 御前姉妹が見事に声を揃えて訊くと、ムサシは、おう、と答え、


「あの知らなかった事を思い出す既視感とはまた違った感じだ」


 能力【護身】・特殊技術【術吸収陣アブソープション】は、簡単に言ってしまうと敵が放った法術系スキルを吸収してMPを回復するスキル。最大MPの20%を消費して発動し、法術系スキルのダメージを0にして、自らが消費したMP+敵が消費したMP、つまり、敵が法術スキルを発動するために消費したMPと同じだけ回復する。


 法術系の能力を取得しておらず、武術系スキルもほとんど使わないためMPが余っていた。それ故に、ゲーム時代は修得しようと思わなかったのだが、


「これは良いな」


 【術吸収陣】の術理を会得した事で、敵が放った法術だけではなく、大気中の霊気マナをこれまでよりも高効率で吸収し、〝気〟を精製・蓄積できるようになった。


 ムサシは満足げに笑い、それから、


「できただろ?」


 ミア達に、〔秘伝極意書〕や〔秘伝奥義書〕が取得・修得できるという事の証明になったかと問う。


 ミア達はそれに答えを返さなかったが、手にしている本に向ける視線が熱を帯び、保持する手に力が篭る。ムサシはそんな乙女達の様子を見て、


「よし! 皆、好きなの一冊選んで良いぞ。【体内霊力制御】か【体外霊気操作】を会得したと言って良い段階に至ったら、そのお祝いにプレゼントするよ」


 ミア達は驚きの声に次いで歓びの声を上げ、どれにしようか真剣に悩み始め……


(……失敗した)


 ムサシは、その時間が掛かりそうな様子に思わず天井を仰ぎ、内心で嘆息した。


 ――しばしの時が流れ。


 レナは既に決め、ミア、巴、静が熟慮に熟慮を重ねてそれぞれ候補を二つにまで絞った頃、ノックもなく職人部屋のドアが開けられ、


「――あっ、やっぱりここにいたッ!」


 そんな声が響く。


 ただ果てしなく、ぼぉ――~っ、としていても時間の無駄なので、部屋の隅で結跏趺坐し、体内で〝気〟を練りながら瞑想していたムサシが軽く閉じていた瞼を開くと、部屋の出入口にカジュアルな装いの少女二人の姿が。


 名前は知らないが、この明朗快活な元気少女と清楚可憐なお嬢さんの組み合わせは何度も見かけている。ビキニアーマーやボンデージを装備していない新人冒険者だ。


 捜していたような口振りだったので用件を聞くと、戦利品の分配が済んだらしい。そして、


「やるべき事をやって時間があったら、ピアノ、弾いてくれるんですよね?」


 確かに言った。だが、まさか本気にするとは……。しかし、元気少女だけではなく隣のお嬢さんも期待に満ち満ちた目で見詰めてくるので、


「じゃあ、行ってみるか」


 ムサシは結跏趺坐を解き、ゆっくりと凝りを解すように立ち上がる。


 それをきっかけに、ミア、巴、静は決断し、ムサシはレナから先に預かっていたものを含め、四冊の本を【アイテム】の貴重品一覧の中に加え、残りの本も道具鞄に収納し、広間ホールへ向かった。




 〈エルミタージュ武術館〉の広間ホールは、ショーが楽しめるレストランのような内装で、奥へ行くごとに一段ずつ高くなっており、一番下のどこからでも観易い位置にグランドピアノが置かれている。


 そして、元々戦利品の分配が終わった後にはパーティを予定していたらしく、バイキング形式で料理が用意され、段の上のほうでは思い思いの席に着き、下のほうでは立食形式で和気藹々と、まさにそんな感じになっていた。


 とりあえず、自分の取り分を道具鞄に納めるムサシ。それから、ミアが気を利かせて皿に取り分けて持ってきてくれた料理を美味しく頂いた。そして、


「じゃあ、そろそろやるか」


 グランドピアノの屋根を上げて突上棒で支え、鍵盤の蓋を開ける。なんとなく懐かしく思い、鍵盤を指先でそっと撫でてから、最初に弾いたのは基本の『ラ』の音。


 人差し指でただ単音を鳴らすだけの本当に何気ない所作。やろうと思えば誰にだってできる。しかし、広間に響き渡ったその音には、素人とは決定的に違う、聞いた瞬間に『絶対に巧い』と確信させる何かがあった。


 ムサシは一つ頷いてから椅子に座り、軽く目を閉じて、簡単な練習曲を弾いてラ以外の音の調律を確かめる。


「……調律はちゃんとしてあるみたいだな。それに、何とかなりそうだ」


 この躰は、地球リアルの『宮元武蔵』ではなく、《エターナル・スフィア》の『ムサシ』のはず。故に、そんなはずはないと思うのだが、何故か躰がピアノの弾き方を覚えているようで、不思議なほど違和感がない。それはひょっとすると、《エターナル・スフィア》でもアイテムのピアノを演奏した事があるからだろうか?


 ――何はともあれ。


「何かリクエストは?」


 いつの間にかピアノの周りに集っていた比較的年少の少女達に訊くと、お任せしますといった旨の答えが返ってきた。期待できらきら煌いている瞳が眩しい。


「ん~……、任せるって言われてもなぁ~」


 ムサシは天井を仰いで考え……ふと『天井』から少女達の『きらきら煌いている瞳』に視線を転じて、思いついた。


「ん、――よし!」


 広間ホールが、しん、と静まり返る。


 そして、演奏された曲は――童謡の『きらきら星』。


 幼稚園の前を通りがかった際に聞こえてきそうなその調べに、一同は拍子抜けしたような表情を浮かべた――が、やがてムサシが奏でる音楽の世界へ引きずり込まれて行く。


 流れるように続いて演奏されたのは――モーツァルトの『きらきら星変奏曲』。


 この場に居合わせた人々は、煌びやかな音色に瞬く星々を幻視し、美しい音色に心奪われた。気まぐれな雰囲気や可愛らしさに心躍らせ、時に壮大で、時に重々しく、時に軽快で、左手の早弾きや両手を交差させる演奏で、あっ、と言わせ、ゆっくりとした温和な雰囲気から徐々に徐々に、そして大いに盛り上がって曲が終わる。


 盛大な拍手と歓声が上がる――その直前、更に次の曲へ。


 それは、オリジナルの『きらきら星』ジャズ・アレンジバージョン。


 かつて『彼ほど音を楽しむ事に長けた人を私は知らない』と評されたムサシの演奏に少女達は笑顔を弾けさせ、曲の終わりと共に今度こそ盛大な拍手と歓声が上がった。

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