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『 〈エルミタージュ武術館〉の職人達 』

 それがパーティであれ、クランであれ、即席の臨時パーティであっても、協力してクエストやイベントをクリアしたなら獲得した報酬は皆で分け合うべきだ。


 『海魔事変』で得たアイテムもまた然り。敵を殲滅するだけなら独りでも可能だっただろう。だが、当然その分だけ時間が掛かり、その間にどれだけの死者・重軽傷者が出ていたか分からない。自分が戦っている間も、彼女達や現地の冒険者、ギルド職員が住民達を避難させ護ってくれたからこそ被害を大幅に減らす事ができたのだ。


 先日〈女子高〉と遭遇し、その後〈エルミタージュ武術館〉とも話をして、そのための機会と場所を用意してもらった。次に戻るのがいつになるか分からない。それ故に、是非とも出発前に済ませておきたいと思っていたので実にありがたい。


 それで今日、自分の都合で一週間以上遅れてしまったが、『海魔事変』の際に【戦利品自動回収】でごっそり持っていってしまったアイテムを分配するため、本来は男子禁制なのだが特別に許可をもらって〈エルミタージュ武術館〉の本部ホームである瀟洒な洋館にやってきたのだが……


『いらっしゃいっ、ムサシさん! 〈エルミタージュ武術館〉へようこそっ!』


 薄っすらと化粧を施し綺麗に着飾った美女・美少女達に出迎えられて、ムサシはらしくもなく大いに狼狽えた。


 隣にいるミアに目で、知ってたの? と問うと、ミアはブンブン音が聞こえそうな勢いで首を横に振る。


 その一方で、出迎えた女性陣はムサシの反応を見て、


「ほら、やっぱりッ! めちゃくちゃ引かれてるじゃないッ!!」

「だからメイド服で『お帰りなさいませ、ご主人様っ!』が鉄板だって言ったのにぃッ!」

「そうじゃないでしょッ! 大事なのはお迎えするのがムサシさんだって事なのよッ!」

「着物そのものじゃなくても東洋風のドレスがいいに決まってるじゃないッ!」


 そんな無益な言い争いの中、普段通りの装いの巴が、パンッパンッ、と手を叩き、


「みんな静かにしろ! 今日集った趣旨を思い出せ!」


 そう注意すると、メイド……、何気にオリエンタル……、まさかの一人勝ち……? という囁き声と共にじっとりとした視線の集中砲火を浴びてオロオロし始め、


「巴の言う通りだ! みんな浮かれすぎだぞッ!」


 そう言った薄くてかなり際どいドレス姿のライアが、あんたもだろッ! と盛大につっ込まれて……。


 収拾がつくまでにしばしの時間を要し、その間、ムサシは隅っこのほうで気付かれないようじっと気配を殺していた。




 〈エルミタージュ武術館〉の広間ホールは、ショーが楽しめるレストランのような内装で、奥へ行くごとに一段ずつ高くなっている。そして、一番下のどこからでも観易い位置にグランドピアノが置かれていた。


「ピアノか……異世界こっちにきてから弾いてないな」

「え? ムサシさんってピアノ弾けるの?」


 ムサシの何気ない呟きを耳聡く聞きつけた少女が意外そうに訊くと、


「先輩は、ピアノとヴァイオリンとギターを弾けるんです」


 ミアが我が事のように胸を張って誇らしげに答えた。


 すると、当然のように何故かという問いが出て、


「母がヴァイオリンを持っていて、父がアコースティックギターを持っていて、家にピアノがあったからだ」

「えぇっ!? じゃあ、ムサシさん家って音楽一家?」

「いや、父は弾けない。高校の頃にもてたくて買ったけどすぐ挫折したらしい。しまいっ放しになっていたのを見付けて俺がもらった」


「先輩は、ただピアノやギターを弾けるだけじゃないんです。七歳の時にはヴァイオリンのコンクールで金賞を取って、堂々と楽譜と向き合う姿勢が素晴しい、って絶賛されたんですよ! 他にも、彼ほど音を楽しむ事に長けた人を私は知らない、って有名な音楽家さんに推薦されて『若き天才達の音楽会』っていうテレビ番組に出演した事もあるんです!」


 ミアがそう誇らしげに話すと、そのあまりの意外さにどよめきが起こる。


「でも、先輩は剣道にのめり込んで、音楽は趣味にしちゃったんですよね……」


 そう残念そうに言ったものの、ミアの内心は複雑だった。


 何故なら、その才能を埋もれさせるのはあまりにも惜しいと心の底から思う反面、当時ムサシには海外への留学話が持ち上がっていて、もし剣道ではなく音楽を選んでいたなら、今のミアを支える大切な思い出を作る事ができなかったからだ。


 ――それはさておき。


 そうなると当然のように、何で剣道を選んだんですか? といった質問や、是非一曲弾いて下さい! といったリクエストが出た。


 それらに対するムサシの答えは、


「やるべき事をやって、時間があったらな」


 ミアはまだ何か話しているようだったので邪魔はせず、そのために設置された会議室にあるような折り畳み式の長机や、元々この広間ホールに置いてあるテーブルの上に、戦利品として獲得したアイテムを並べていく。それはもう次々と、続々と……


「……ムサシくんの魔法鞄って、ひょっとして特別製?」


 《エターナル・スフィア》で一般的に知られていた最大容量の魔法鞄にさえ納まらない量のアイテムを取り出しているのだから、そう思われて仕方がない。事実その通りなのだが、ムサシはしれっと、アイテムを取り出す前に右手の中指に嵌めていた指環を訊いてきた静に見せた。


「――〔スプリガンの指環〕だ」


 それは、嵌めずとも鞄の中に入れておくだけで収納できるアイテムの種類と個数が倍増する特殊ユニークアイテム。説明欄には『秘宝を守護する妖精スプリガンの力が宿る指環。アイテムを小さくして収納し、取り出して元の大きさに戻す事ができる』とある。


 ゲーム時代は、データ化されて収納されるアイテムの種類と個数が増えるだけで、実際に縮小・復元する事はできなかったが、この世界ではその説明欄にある通りの事ができる。


「ある程度の【練気】ができるようになれば誰にでも使えるぞ」


 そう言って、爪楊枝サイズになっていた〔サハギンの銛〕を元の大きさに戻して見せた。


 中堅どころのプレイヤーであれば手に入れるのはそれ程難しくはない。そのため、私持ってるっ! 私もっ! といった声があちこちから上がる。ミアと御前姉妹も持っていた。




 武器、防具、装身具、素材、消耗品、特殊な能力を有する貴重品……広間ホールに所狭しと並べられた品々を観て回る美女・美少女達。


 いったいどうやって分配するのか、その方法をムサシは知らないが、なかなか楽しんでいるようだ。クランマスター権限で能力アビリティ【調査】・技術スキル【鑑定】が使用可になっているので、真剣な表情で鑑定している者達、請われて鑑定した結果を報告している者達もいる。


 ムサシは、〔万魔殿の御霊石〕〔海魔王の御霊石〕、それに危険だからという理由で〔禍つ海の渦旋槍かせんそう〕と〔穿ち啜る海魔の呪銛矛じゅせんぼう〕をもらうという事に同意を得ており、あとは残り物を引き取る事になった。故に今は何もする事がなく、


(落ち着かない……)


 隅っこのほうで居心地の悪い思いをしていた。


 ちゃんと声をかけたらしいのだが、リベルタースを拠点としている冒険者達は、自分達で倒したモンスターから得るべき物は得ている、などの理由で参加を辞退したらしく、今このホールにいるのは〈女子高〉と〈エルミタージュ武術館〉のメンバー、つまり、自分を除いて女性ばかり。


 制服姿やカジュアルな装いも見受けられるが、ほとんどの参加者がパーティでもないのに綺麗に着飾っている。その中でも一部の乙女達がムサシを悩ませていた。


 普段ボンデージやビキニアーマーを装備しているからか、肌の露出や躰の線が露わになる事に抵抗がないらしく、はっきり言って薄い上に露出の多いドレス姿はかなり際どい。まったくけしから――


「――先輩?」


 ジト目のミアに声をかけられて、ビクッ、となるムサシ。それでそちらに吸い寄せられていた視線を引き戻すと、側で控えるようにミアと御前姉妹の見慣れた姿があり、ちょっとほっとする。だが、


「……な、なんですか?」


 じぃ――~っと見詰められてほんのり頬を染め、もじもじするミア。


 彼女が纏っている〔妖精女王の勝負服ティターニアドレス〕は、清楚な麗しさとしっとりとした色香を兼ね備える白を基調としたドレスで、ボタンや金具ではなく綺麗な帯や紐が用いられているためどことなく東洋の趣がある。


 見慣れてしまって特にどうとも思わなくなっていたが、改めてこうして見てみると、そんなドレスを纏った浮世離れした美少女である精霊族エルフのエウフェミアは、美女・美少女揃いのこの中でもその麗しさは群を抜いていた。


 清浄な白衣と二股に分かれた緋袴を合わせた〔軍神の巫女装束〕を身に纏うおっとり優しい綺麗なお姉さん系の静と、正統派のメイド服に似て服であると同時に鎧でもある〔近衛侍女の戦闘衣バトルドレス〕で身を包む凛とした武道少女系の巴も、特に意識した事はなかったがトップ争いに十分参加できる麗しさだ。


(うん。こっちのほうがいいな)


 やはり眼福というならこちらだ。あちらの際どさは健全な青少年にとって目の毒だと言わざるを得ない。とは言え、決して嫌いではないのだが。


 ――何はともあれ。


 目のやり場を見付けたムサシが三人の乙女を赤面させもじもじさせていると、


「ム、ム、ム、ムシャ――――~ッ!?」


 突然の奇声に、ビクッ、となるムサシ。それで奇声がしたほうを振り向くと、三人の女性の姿が。先頭の一人はちょっとヤバイんじゃないかと思うほどガクブル震えていて顔色は真っ青。その後ろに二人が隠れている。


 とりあえず今の奇声はなんだったのか訊いてみると、先頭の女性がムサシの名を呼ぼうとした時に背中を押され、驚いて飛び出してしまったものらしい。


「わ、わ、わ、わひゃ――――~ッ!?」

「いや、それもういいから」

「し、しちゅ…失礼致しましたッ! わひゃ…私は【上級防具職人】のおにょ…『おののいも子』でしゅッ…ですッ!」


 そう名乗ったのは、その怯えっぷりがなんだか小動物っぽく見えてきて、ムサシが思わず抱き締めて震えを止めてあげたくなってきた真人族の女性。


 その名前を訊くとサツマイモの皮っぽく見えてきた小豆色のジャージ上下と色気もへったくれもない格好だが、その上からでも分かるほどスタイルが良い。伸び放題といった感じの癖のない黒髪をうなじの辺りで適当に束ね、面差しはなかなかに整っており前髪で目許が隠れている。


 そんなおののいも子の背中を押したり、脇腹をつついたりしていたのが、


「【宝飾職人】の『ANSWERイとウ』。皆さんからは『イトーちゃん』と呼ばれています」


 小柄で華奢な機巧族の無表情娘。モスグリーンのツナギをキチッと身に着けている。


 最後に、前の二人を後ろから見守るように佇んでいるのが、


「【上級仕立屋】の『サリチル・メチル・L・メントール』です。皆さんからは親愛の情を込めて『サリチルさん』と呼んでいただいております」


 真人族の男装の麗人。ビシッと男物のスーツを着こなしている。


「僭越ながら、ムサシ様にお願いがあって参りました。お時間が許すようでしたら、どうかまず話だけでも聞いていただけませんでしょうか?」


 しめたと思ったムサシは、場所を変える事を条件にサリチルさんの申し出を承知する。それは向こうにとっても好都合だったらしく、ムサシは三人に続いて広間ホールを後にした。




 瀟洒な洋館ホームの奥の階段を上がってすぐの所に、『職人部屋』というプレートが掛けられたドアがある。


「こ、ここでしゅ…です! どうぞ中……え?」


 大いに緊張しているおののいも子は前しか見ていなかったので気付いていなかったようだが、ムサシ以外に、ミア、静、巴、それに、いつもと同じ〈女子高〉の制服姿のレナがいつの間にかついてきていた。


「ダメでしょうか?」

「いえいえ、どうぞどうぞ!」


 ドアを開けて促すおののいも子。ムサシは道を譲り、先に許可を得たミア、御前姉妹を入室させて、


「レナ、ちょっと良いか?」


 呼び止めたレナに、道具鞄から取り出した〝それ〟を差し出した。


「こ、これは……?」

「リベルタースでレナが〝気〟を込めた力晶石を預かっただろ? あれを精製して弾頭に加工して作ったんだ」


 〝それ〟は、5.56ミリライフル弾のペンダント。薬莢の底に雷管プライマーを保護するキャップを取り付け、そこにある穴に宝飾用の細い鎖を通してある。


「こ、これ、頂いていいんですかッ!?」

「おう。レナのために作った物だからな。あとそれ、実際に使える弾だから、いざって時は躊躇わずに使えよ?」

「――絶対に使いませんッ!! 一生大切にしますッ!!」

「えっ? あぁ~……、まぁいいか」


 それはもうレナの物。使おうが使うまいが、それはレナの自由だ。


 それにしても、レナは頬を薔薇色に染めて目をキラキラと輝かせおり、これだけ喜んでもらえれば作った甲斐があるというものだ、とムサシが満足していると、不意にじとぉ~~っとした視線を感じて振り向く。ミアと姉妹が、サッ、と顔を逸らした。


「――それを見せて下さい」

「ひぃッ!?」

「それを、もっと、よく、見せて下さい」


 反射的に抱き締めるように守ったものの、無表情で詰め寄るイトーちゃんの迫力に負けて、ど、どうぞ……、とおずおずペンダントを差し出すレナ。


 やはり生産職として気になるのか、三人はムサシ達や涙目のレナを余所に顔を寄せ合ってつぶさにそれを観察し、これが力晶石……? とか、精製して弾頭に加工……、とか、この宝飾用の鎖も……、などと小声で話し合っていたが、不意に、ぐりんっ、と顔をムサシに向けた。


 サリチルさんが丁重にお礼を言ってレナにペンダントを返している間に、おののいも子とイトーちゃんは、先程の様子が怖くて若干引いているムサシに詰め寄り、


「あれ、ムサシさんが作ったんですかッ!?」


 怯えて緊張していたのが嘘のような興奮した面持ちで訊いてくるおののいも子に、お、おう、と答えると、


「ムサシさん、実は生産系技能持ち?」


 どうやら、アイアンのように【錬丹術師】と知っていて用がある訳ではないらしい。まぁね、と答えると、イトーちゃんが尊敬の眼差しを向けてきた。




 ドアに『職人部屋』というプレートが掛けられている部屋は、ウォーク・イン・クローゼット付きのワンルーム。足の踏み場を残して、部屋の約半分のスペースには完成品らしいビキニアーマーとボンデージを装着させた数体のマネキンが並べられており、


「お願いというのは、これ全部と〔ジオナイト鉱石〕や他の希少鉱石をトレードしてほしいんです」


 もう半分のスペースには、〔呪符〕〔巻物〕〔封魔弾〕など攻撃用のアイテムがうず高く積み上げられていた。


「よくこれだけ集めたな」


 ムサシは感心と呆れが半々といった様子で、それらを端から【鑑定】していく。


「本部のメンバーを総動員して集めましたから」


 なんでも、報告書に目を通していた〈エルミタージュ武術館〉のクランマスターが、地下弾丸トンネルでのラードーン戦でムサシが〔呪符〕を使った、という部分に注目してメンバーに命じたらしい。


「なるほど。『海老で鯛を釣る』ってやつだな」


 途端に口篭る三人。


 〔呪符〕にせよ〔巻物〕にせよ、これらいわゆる『マジックアイテム』は、ゲーム時代とは違って、この世界ではある程度の【練気】ができなければ発動させる事ができない。つまり、【体内霊力制御】を会得していない者には無用の長物。


 おそらく、廃品回収のように、店の隅や倉庫で埃を被っていたものをただ同然で引き取ってきたのだろう。それも、買い手がいるという情報が流れて値が上がる前に、短期間でいっきに。


 〈エルミタージュ武術館〉がこれらを買い集めるのに使ったと推測される費用と等価で〔ジオナイト鉱石〕とトレードするなら、小指の爪の先程度の欠片一つという事になるが、


「心配しなくて良い。俺はこれらの本当の価値を知ってるからな。全部【鑑定】するのにしばらく掛かるから、その間に希望する素材とその数量を紙に書き出しておいてくれないか?」


 三人は、ぱっ、と顔を輝かせ、おののいも子とイトーちゃんは何故かウォーク・イン・クローゼットの中へ駆け込んで行った。

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