『 〈食卓の騎士団〉とドクター・ムサシ 』
「…………ッ!? 先輩!」
「大丈夫だ。殺気の類は感じない」
万屋〈七宝〉がある7階を出た時から監視の目がある事には気付いていた。おそらく、教会まで尾行し、一人が監視に残り、もう一人が仲間を呼びに行ったのだろう。そして、教会での用が終わって出てくるのを待ち構えていたのだ。
中央広場の露店や屋台などで客のフリをしていた者達が、ぞろぞろと集りながら向かってくる。その先頭に立つ男には見覚えがあった。確か、ストーカーエルフが原因で起きた騒動の時、撤退する際に『ここは俺達に任せて行けッ!』と叫び、仲間と共に『騒乱罪で全員逮捕するッ!』と怒鳴っていた連中に突撃していった男だ。
ムサシがさりげなくミアを背に庇いつつ相手の出方を窺っていると、その真人族二十歳前後の男性を筆頭とした一団は、まるで軍隊のように二人の前で整列した。
そして、いったい何事かと中央広場にいる人々が息を飲んで様子を見守る中、
「よう、久しぶりだな」
その男はムサシに向かってそう親しげに声をかけた。
「あぁ、あの騒動以来だな」
「ん? まぁ、そうなんだが……やっぱりこの顔じゃ分からんか」と苦笑しつつ自分の顔を撫でてから「――アイアンだ。クラン〈食卓の騎士団〉五代目団長の『アイアン・ストマックマン』」
「……は?」
〈食卓の騎士団〉は、現実離れを予防するための苦肉の策として嗅覚と味覚を制限されていた《エターナル・スフィア》での不遇能力――【料理】を取得している事を入団条件としていた風変わりな戦闘系クラン。クラン間での勢力争いや対戦よりも、レストランの経営、ダンジョンやクエストの攻略に重きを置き、他の消費アイテムよりも効果時間の長い、ステータス上昇効果、状態異常予防効果などの他に最大HP・MP上昇効果などがある特殊な〔料理〕を最大の武器に、モンスターであれプレイヤーであれ抜群の連携で圧倒する集団戦闘を得意とし、その五代目団長のアイアン・ストマックマンは、一流の料理人であると同時に優秀な指揮官として知られていた。
パーティ〈セブンブレイド〉は、協力を要請されてダンジョン攻略や大人数参加型依頼に参加し、彼らと共に戦った事が幾度かある。ムサシ個人では、自分では使わない珍しい食材アイテムを手に入れるとよく彼らに買取ってもらっていた。
そんな訳で、アイアンの顔はよく覚えているのだが、今、目の前でそう名乗っている男の顔と記憶にあるアイアンとは似ても似つかない。
「先輩、先輩」
ミアに背中をちょんちょんと突かれて、ん? と用件を聞くと、
「ひょっとして、知らなかったんですか? 〝あの日〟から仮想世界のアバターの容姿が、現実世界の自分に変化してたって」
「そうなの?」
「はい。精霊族と妖魅族は種族的な特徴が色濃く残っているんですけど、真人族と【変身】前の機巧族は、ほぼリアルの自分自身です」
元々自分ベースのアバターをデフォルトのまま使っていたので知らなかった。
――何はともあれ。
「本当にアイアンなのか?」
「あぁ。なんなら俺達しか知らないような質問をしてみろよ」
「いや、いい。嘘をついていないって事は分かる。だからさっさと用件を言ってみ。俺の事を知っていながらこうして団員ゾロゾロ引き連れて逃がさないよう網を張ってたって事は、なんか切羽詰った事情があるんだろ?」
「あぁ、話が早くて助かる」
アイアンはそう言って――その場で土下座した。他の団員達もそれに倣い、
「――頼むッ! 俺の仲間を救ってくれッ!!」
一団の長が衆人環視の中、額を地面へ擦り付けんばかりに頭を下げて懇願する。
それに対してムサシは、ミアが不安を覚えるほど不機嫌そうに、
「とりあえず頭を上げてくれ。そんな様じゃまともに話を聞く事もできない」
そう言って説明を求めた。
「ギルドを介して〔万能の霊薬〕の正しい使い方を公表したのは〈エルミタージュ武術館〉って事になっているが、その報が齎されたのはお前がフリーデンに帰還してからの事だ。お前は他の誰もしならなかった事を知っている。それなら他の奴らに分からなかった事が分かるかもしれない。何故なら、お前は《エターナル・スフィア》でトップクラスの生産技能を有する【錬丹術師】だからだ! ほとんどのプレイヤーはお前が生粋の戦闘職で、万屋〈七宝〉で売られていた消耗品は他の生産者が作ったものを委託販売しているのだと思っていたようだが、俺はその事を知っている。――だから頼むッ! 俺の仲間を助けてくれッ! 原因は分からない。フリーデンにいる医者と呼べる奴らは全員匙を投げた。――もう頼れるのはお前しかいないんだ!」
「じゃあ、とりあえず行ってみるか」
アイアンの熱弁に対して、ムサシはそっけないほどあっさりと言い、彼らにそのつもりがなくともまるで連行されるかのように、ムサシと一ミアは、フリーデンの上層にある〈食卓の騎士団〉の本部へ移動した。
本来なら団員以外の立ち入りが禁じられている拠点内に招き入れられ、ムサシとミアがアイアンに案内されたのは幹部用宿舎の一室。
「俺だ。入るぞ」
ドアをノックして部屋へ入り、ムサシとミアに入るよう促すアイアン。
この部屋の主は植物が好きらしく、観葉植物やハーブの鉢やプランターが幾つもある。調度品も素材そのものが持つ油分によって艶やかな光沢が生まれた木製のもので揃えられており、上品で落ち着きのある空間が作られていた。
「またヤブ医者を連れてきたのか?」
ベッド脇のスツールから無遠慮に苛立ちと不信感をぶつけてきたのは妖魅の狼族で、十代後半ほどの男性。それを、こらっ、と優しく窘めたのは、ベッドに横たわっている精霊族ドリアードの女性。
〈食卓の騎士団〉のホーム内は、クランマスターの権限によって戦闘系技能ほか幾つかが使用を禁じられているが、限定的に都市結界の効力が解除されている。使用可の能力【調査】・技術【分析】で二人の頭上に名前がAR表示された。
妖魅族の『餓ル牙』は初対面だが、
「よう、アニス。久しぶり」
『アニス』こと精霊族の『スターアニス』は知己で、確かゲーム内でアイアンと結婚していたはずだ。
「え? ムサシ君なの? 本当に? ちょっと見ない間にすっかり大きくなっちゃって」
親戚のおばちゃんのような事を言って微笑むアニス。肌が小麦色なので顔色からは窺い辛いが、明らかに憔悴している。
「ムサシ……って〝神威の絶刀〟の……ッ!?」
どうやらムサシの良くない噂を知っているらしく、驚愕する餓ル牙。アイアンはそんな餓ル牙に声をかけてムサシに席を譲らせた。
「アニス、ちょっと舌を見るからべぇーってしてくれ、べぇーって」
顔や肌の色を診る『望診』は済んでいるので、その呼吸音を聞き、息の臭いを確かめ、舌の色や状態を診る『聞診』を行なう。それから、自覚症状の有無や躰の状態を事細かに聴く『問診』に続いて、脈などを計る『切診』を行なった。
実のところ、ファティマの隠れ里の診療所で老師の手伝いをしていたムサシは、戦闘的な【硬気功】よりも、医療的な【軟気功】のほうを得意としており、今した『四診』を行なわずとも体内の〝気〟の運行を診れば正確な診断を行なう事ができる。だが、あえて四診をして見せた。それは、万全を期すためという以上に、患者のためになるからだ。
老師曰く『患者は、医者が成すべき事を成す事で安心を得る。成すべき事を成さねば不安を覚える』。
どれだけ診断が正確であろうとも、数秒間手首に触れただけで終わりでは、本当に大丈夫なのだろうか? と患者は疑問に思い、不安を覚える。それでは出された薬を安心して飲む事はできず、指示を守らないかもしれない。
だからこそ、患者の話をしっかりと聴き、ちゃんとした手順を踏んで見せる。そうする事で、患者はしっかり診てもらえたと安心し、出された薬を飲もうという気になり、ちゃんと指示に従おうと思えるのだ。
「どうだ? アニスだけじゃない。他にも似たような症状で動けなくなった奴らがいるんだが……」
診断が終わったのを察したのだろう。アイアンがそう声をかけてきた。
「何人かの医者に診せたって言ってたよな?」
「あぁ。診断結果は全員揃って『異常なし』。〈食卓の騎士団〉の事を知っているからか、どいつもこいつも精の付く料理を食べさせてやれと言うばかりで薬もよこさねぇ」
苛立ちを隠そうともしないアイアンと餓ル牙。ムサシは、そんな二人の様子などお構いなしに、
「その医者達はヤブじゃない。判断は正しい」
餓ル牙は、なんだとッ!? と激昂したが、ムサシはやはりお構いなしに告げる。
「これは病気じゃない。あえてこの症状に名前を付けるとするなら、――『MP回復薬依存症』だ」
「はぁ? MP回復薬依存症?」
「スポーツ後の水分補給のために飲むスポーツドリンクみたいな感覚で、戦闘終了後に使ってるんだろ?」
三人の反応を見ると、どうやら図星のようだ。
「……確かにそうだ。俺達は〔マジカルベリー〕〔フレッシュセージ〕〔ホーリーバジル〕〔マギシード〕などMP回復効果の高い希少なスパイスを自分達で栽培しているからな。今はもう世間に出回っていないが、俺達はそれらから製作したMP回復薬を常時一定数確保している。だが、何故分かった?」
「そうでもなければこんな状態にならないからだ」
そう言ってから、ムサシはミアに説明を任せる。それはミアにとって復習になるからで、決して説明するのを面倒がったのではない。
「先日、修行に付き合ってもらった時、先輩に言われたんです。――『回復をアイテムに頼るな』と」
あの時にムサシがした説明をしっかりと理解し、自分の言葉で説明するミア。そして、
「……だから、回復をアイテムに頼ってはいけないんです」
そう締め括った。
「……つまり、今のアニスは、躰が自力で〝気〟を精製しなくなって回復アイテムなしには生きられなくなる、その一歩手前って事か?」
ムサシが首肯すると、餓ル牙が詰め寄ってきて、
「御託はいいッ! 姉さんはどうすれば治るんだッ!?」
「姉さん?」
アイアンによると、今は精霊族と妖魅族だが、アニスと餓ル牙は元の世界ではリアル姉弟らしい。
「――運動させろ」
簡潔に治療法を告げるムサシ。それを聞いたアイアンと餓ル牙は揃って、はぁ? と間の抜けた声を漏らし、アニスも目を丸くする。
ムサシはもう一度、運動させろ、と繰り返し、
「ふ、――ふざけるなッ!! 姉さんはベッドから起き上がる事もできないんだぞッ!! もっともらしい御託を並べて期待させやがってッ! 何が〝気〟だこのペテン師がぁッ!!」
掴みかかってきた餓ル牙に片手の掌を向け、ギリギリまで威力を落とした【衝霊波】で軽く吹っ飛ばした。
無様に転倒しただけでダメージがなかった餓ル牙は、上体を起して目を見開き、アイアンとアニスもクランマスター権限で戦闘系技能の使用が禁止されているホーム内で必殺技を使った事に驚愕している。
ムサシは、そんな三人の事などお構いなしに、ん~――…、と語るべき内容を頭の中である程度整理してから、患者に向かって、
「今のアニスの状態を例えるなら、長い宇宙ステーション暮らしから地上に戻った宇宙飛行士だ」
躰を支えるための力を必要としない無重力空間だと筋力はどんどん低下し、長期間の滞在を経て地上に戻ると、自力では立ち上がれないほどにまで衰えている。だが、ちゃんとリハビリを行なえば、また普通に日常生活を送れるまでに回復する事ができる。
「まだアニスの躰の〝気〟を精製する機能は完全には失われていない。だから、今ミアが説明した通り増やす事ができる。相当しんどいだろうけど、あとはアニス次第だ」
次に、アイアンに向かって、
「MP回復系のアイテムの使用は厳禁だ。あと食事にさっき言ってたような特殊な素材は使うな。元の世界で食べていたような、普通の滋養に富んだ美味い料理を食べさせてやってくれ」
それから、アイアンの返事を待たずアニスに向かって、
「リハビリするなら無理は禁物だぞ。少しずつ地道にな。――それじゃあ、お大事に」
ムサシはそう言って席を立った。そして、
「次に行くぞ。他にも似たようなのがいるんだろ?」
似ていても同じとは限らない。そう思って一応アニスと同じ様に原因不明とされていた症状で身動きできいなくなった者達を診て回ったのだが、結果は、全員MP回復薬依存症だった。
ならば、アニスにも言ったが、あとは患者次第。自分が成すべき事はもうない。それでミアと共にお暇しようとすると、アイアンが団員に持ってこさせた布袋を差し出してきた。ジャラジャラと高額貨幣が入っていそうな音がしている。
「ありがとう。お前のおかげでようやく希望が見えたよ。今回は無理に来てもらって悪かったな」
アイアンは、診察料、情報提供料、迷惑料などを込みで用意した報酬を渡そうとしたが、
「確か、アイアンはアニスと結婚してたよな?」
唐突な質問に戸惑いつつアイアンが肯定すると、
「嫁さんの命と仲間達の命の代金がそれっぽっちなのか?」
ムサシは、醒めた表情で布袋を指差した。
「……分かった。何でも言ってくれ。俺にできる事なら何でもするし、何でも差し出す」
アイアンが、自分と仲間達の命以外なら何でも差し出す覚悟で言うと、
「俺はお前達を助けた。だから、今度はお前達が困っている人達を助けろ」
「……そ、それだけか?」
拍子抜けしたように言うアイアンに向かって、そんな訳ないだろ、と返し、
「助けながら『情けは人の為ならず』と説いて回れ。助けを求めるフリをして騙し、人助けしようとする者を食い物にする外道悪党を駆逐しろ。ただし、ちゃんと更生の機会を与えてやれ。安易に殺すな。そうして、困っている人がいたなら助けるのが当たり前だという世界を作るために力を尽くせ」
「お前……それ本気で言ってるのか?」
呆れたように言うアイアンに向かって、当然だ、と返し、
「そうなれば、戦友の力を借りるのに土下座する馬鹿野郎もいなくなんだろ」
「……~~ッ!? お前……ッ!」
アイアンはようやく気付いた。ムサシがずっと怒っていたのだという事に。
「今のお前からは何一つ受け取るつもりはない」
そう告げると、ムサシはミアを促して〈食卓の騎士団〉のホームを後にし、
アイアンはしばらくの間、仁義に厚い戦友の背に向かって深々と頭を下げ続けた。
その後、ムサシとミアが〈食卓の騎士団〉に連行されたと知ったクラン〈女子高〉が、二人を救出するため中層から攻め上るという事態が発生したが、それは余談だ。




