『 アルトス教団 』
ムサシは困惑していた。それは何故かと言うと、
「よかった……~っ! せんぱい……せんぱいぃ~……~っ!!」
修行を終えて万屋〈七宝〉へ戻ると、奥から玄関まで走ってきたミアが飛びつくように抱きついてきて、涙をポロポロ零し始めたからだ。
「おいおい、どうしたんだ? 何かあったのか?」
そう訊いても、ミアはこちらの胸に額を押し付け、二度と離さないと言わんばかりに、ぎゅぅうううぅ~っ、としがみ付き声を殺して泣き続ける。
どうにかしてやりたいが、答えてもらえなければどうしようもない。なので、まぁいいか、と内心で呟き、気にしない事にしてミアをしがみ付かせたままリビングへ移動しようとすると、ミアが涙目で睨め上げてきた。
その目を見て、ムサシは悟った。自分は非難されているのだと。
(俺、なんかミアを泣かせるような事したっけ?)
ムサシは首を傾げ、ここ最近の自分の行動を振り返ってみる。
ゲーム時代のイベント『天揺蕩う万魔殿』を彷彿とさせる大事件――『海魔事変』終結後、消費したアイテムを補充するため〔壺公の壺〕の中の工房に行った。そして、ICを始める前にメニューを開き、【アイテム】の新規入手アイテム一覧で使える素材はないかと確認した。
そして、能力【亜空間収納】のスキルで自動回収された膨大な数の戦利品の中に、〔禍つ海の渦旋槍〕と〔穿ち啜る海魔の呪銛矛〕という武器を見付けて説明欄に目を通すと、これらがなんと海魔王・ダゴンの武器だという事が分かった。
だが、あの時、海魔王はこれらを装備していなかった。つまり、海魔王はその前に――おそらくパンデモニウム爆散時に――得物を失っていたのだ。
そこで、こう考えた。もし海魔王が万全の状態だったなら、と。
ギルマンのクイーンやシャーマンですら海のフィールド効果――海の霊気を吸収して回復していたのだから、海魔王にそれが不可能だとは考え難い。
撃ち抜けなかったのは予想外で、神話級連発銃〔八之雷〕で結界の外まで吹っ飛ばしたのは偶然だった。
もし、海中やあの水棲系モンスターに有利な結界の中で、えげつない殺傷能力を有する〔穿ち啜る海魔の呪銛矛〕と、防御にも使用可能な特殊能力を有する〔禍つ海の渦旋槍〕を装備した海魔王と戦う事になっていたら……
そこで、ふと気付いたのだ。そういえばこの世界ではまだ水中で戦った事ないな、と。
試しておいたほうが良いだろう。いずれどこかで、海魔王に勝るとも劣らない怪物と不利な状況で戦わなければならなくなった時のために。
思ったが吉日。すぐさま準備を始め、消費したアイテムを補充するだけではなく必要になりそうなものを製作し、翌日、日課の朝稽古を終えてから水中戦の修行のため海へ向かった。
誰にも邪魔されないよう人目につかない場所を探して海岸に沿って移動し、ちょうどいい洞窟があったのでそこを仮の宿とした。そして、海に入り、泳いで、潜って、水の抵抗と水圧を受けながら型稽古をして、休憩がてら海中を散策してついでに素材を採取して……そんな風に、〈セブンブレイド〉だからと決めていた期限である七日間を有意義に過ごし、ちょうど閉まり始めたフリーデンのゲートに滑り込んで真っ直ぐ万屋〈七宝〉に戻った。
(……やっぱり、何もしてないよな?)
そもそも、この七日間はどっぷり修行漬けで会っていなかったのだから、何かできるはずがない。
ムサシは本気でそう思っていた。だがしかし、
「――朝起きたらいなくて、日課の修行だと思っていたらそのまま七日間も音沙汰なしなんて、いったい何を考えているんですかッ!?」
ようやく泣き止んだかと思えば、いきなり怒られた。だが、悪い事をしたと思っていないので謝れない。自分なら口先だけの謝罪などされても不快なだけだ。
なので、黙って正座して言いたい放題に言わせておくと、しばらくしてまたしくしくと泣き出した。なんだか情緒が不安定だ。少し心配になってきた。
言っていた事も簡潔にまとめてしまうと『独りにしないで』という一言に尽きるので、落ち着くまでは可能な限り近くで見守ったほうが良いかもしれない。だが、修行やICの時は独りで集中したい。ではどうするかと考えて……
(……まぁいいか)
下手の考え休むに似たり。なるようになるだろう。
その日の夜は、寝た後にいつの間にかもぐりこんでいるいつもとは違い、起きている内にやってきて布団にもぐりこんできた。
まぁいいか、と気にせず眠り……翌日、習慣とは恐ろしいもので、何も考えずいつも通り夜明け前に起きて日課を終えて戻ると、昨日の今日でこれかと盛大に怒られた。
「先輩、またお店をやりませんか?」
何とか食事抜きだけは勘弁してもらって美味しく朝食を頂いた後、リビングの一角、小上がりの座敷でまったりしていると、ミアがそんな事を言い出した。
「ミアがやりたいならやれば良い。できる範囲で協力するよ」
親切心からそう言ったのに、メチャクチャ睨まれた。情緒不安定過ぎるだろ、と思ったがもちろん口には出さない。口は禍の門だ。
なんだか苛々しているので、話題の変更を試みる。
「そういえば、あれどうなった? 古の賢者について知り合いの教団関係者に訊いてくれるって言ってただろ?」
「一番詳しいのは、中央区画1階の中央広場にある教会にいる司祭様だそうです」
ミアは、会いに行きますか? と問い、ムサシは、行ってみるか、と答える。
そして、二人は身支度を整えてホームを出た。
ムサシは普段通り、鉢金を除く〔戦極侍の戦装束〕を纏い、〔フォースナイフ〕と〔名刀・ノサダ〕〔妖刀・殺生丸〕の大小二本差し。その他にいつもの装身具を装備しているが、人目を引く〔屠龍刀・必滅之法〕は道具鞄の中にしまっておく。
浮世離れした絶世の美少女であるミアはただでさえ人目を引く。そこで、〔神霊の光煌翼〕ではなく、〔妖精女王の勝負服〕の上にフード付きの外套――〔ミラージュマント〕を纏い、左手薬指に〔魔導神の指環〕。〔龍を統べる者の杖〕はミアの魔法鞄の中。
「…………なんかご機嫌だな?」
隣でミアが何故かにこにこしているのに気付いてそう訊くと、
「そうですか?」
ミアは、ごく自然に、当たり前のように自分の歩調に合わせてくれているムサシを見上げてお澄まし顔でそう言い、不思議そうに首を傾げるのを見て、くすっ、と笑った。
軌道エレベーターの残骸を利用して築かれたとされている積層型の都市フリーデン。その中央区画1階の中央広場へ向かう道中、ムサシは、ミアが話す自分が修行に出ていた七日の間の出来事に耳を傾けていたが……
「祝勝会?」
「はい。〈エルミタージュ武術館〉のみなさんが、先輩が帰ってきたらもう一度やろうって」
ちなみに、既に一度、〈エルミタージュ武術館〉と〈私立情報之海総合学院付属女子高等学校・フリーデン分校〉が共同で開催し、あの戦いに参加した人達全員を招待して盛大に勝利を祝ったらしい。
「参加する男は?」
「先輩だけです」
「なら断る」
女だらけの会場で男一人。楽しんでいる自分の姿が全く想像できない。
「先輩ならそう言うだろうと思って、みなさんにも伝えたんですけど、『絶対にやるから協力してね!』って、すごく張り切ってましたよ?」
「えぇ~……」
ムサシは心底弱りきった様子で、ミアはそれが可笑しくてつい笑ってしまった。
ちなみに、貸し切る予定の店――〈スミソニアン食物館〉は、〈エルミタージュ武術館〉メンバーによって経営される大衆食堂。メニューが豊富でどれも美味いと評判らしい。
――それはさておき。
常に自然体のムサシはどんな風景の中でも不思議と馴染んで見えるため、意外にもそうと気付かれず、ミアが着ている〔ミラージュマント〕には【認識阻害】の能力があり、フードを被って〝気〟を込め能力を発動させれば人目を引く事はない。
七階を出た所から監視している輩がいる他には、あれ? とか、もしかして……、といった感じで見られる事こそ幾度かあったものの、結局、騒がれる事なく目的地に到着した。
《エターナル・スフィア》にも存在していた『アルトス教団』とは、神格化された古の大英雄『ラーサー・アルトス』の言葉に従って、英雄や勇者、またはその仲間となって支える者や導く者の育成・支援を目的に掲げる組織。ゲーム時代、冒険者ギルドで『依頼』を受ける事ができるのに対して、こちらでは『試練』を受ける事ができた。
中央広場に面した教会の大扉は、夜になると閉まるが昼間は開け放たれている。
「――あっ」
建物に入るとそこは礼拝堂で、見覚えのある光景を目の当たりにしてふと思い出した。
先輩? と不思議そうに振り向いたミアに、ちょっとね、と答え、列柱でそれとなく礼拝堂と区別されている手前の通路を横断し、そこに設置されている台の上の壺に銀貨を一枚放り込む。それを見てミアも思い出したらしく、ムサシに倣って壺の中に御布施の銀貨一枚を投入した。
礼拝堂の中には、整然と並べられた長椅子で世間話に興じる老人達、両手を組み合わせて祈りを捧げる信者、モップで床を磨いている神官など、ムサシが想像していたよりも多くの人の姿がある。
二人は中央の通路を進み、祭壇の前にいる人物の許へ。その身に纏っている法衣や雰囲気からして、その人が司祭様で間違いないだろう。
年齢不詳の美しい女性司祭は神官と何やら話をしていたが、二人に気付くとそれを中断し、三歩前へ進み出た。
ムサシとミアはある程度まで近寄ってから並んで足を止め、一度両足を揃えてから小さく三歩進む。そして、ムサシは帯から抜いた大刀を躰の前で立てて持ち、鞘を掴む左手に右手を重ね、得物を持たないミアは掌を自分の胸に向けて両手を重ね、左肘から重ねた両手、右肘までを一直線にする。
女性司祭がミアと同じ姿勢になってから、剣道の礼と同じく、三人は腰を30度曲げて視線を相手からはずさないよう一礼した。
「ようこそ。我々はあなた方を歓迎いたします」
両手を下ろし、そう言って微笑む女性司祭。
ゲーム時代は、この『御布施』と『礼儀作法』の有無でNPCから得られる情報の質と量が変化した。今の相手はNPCではないが、礼儀を尽して悪い事はないだろうと思ってやってみた訳だが、好印象を持ってもらえたようだ。
「有難く存じます。本日は、司祭様にお尋ねしたき儀があり参上致しました」
ごく自然に時代がかった侍っぽい台詞を口にするムサシ。ミアはその横で、誰? と言わんばかりに目をパチパチさせ、女性司祭は柔らかく微笑んで、
「そのように畏まる必要はありません。もっと楽になさって下さい」
女性司祭はムサシとミアを教会の奥へと促し、三人は応接間へ移動した。
室内は鉢植えの観葉植物と品の良い調度品で整えられており、ムサシとミアは座るよう促されて横長のソファーに並んで腰掛け、テーブルを挟んで対面に女性司祭が座る。
まず名乗り合い、ミアと女性司祭――『ヨハンナ』が世間話をして、ムサシは話を振られた時だけ簡潔に答えた。そして、ヨハンナの身の回りのお世話を任されている女性神官が三人分のお茶を運び、テーブルに置いて退室したところでいよいよ本題へ。
「私に訊きたい事とはなんでしょうか?」
「単刀直入にお尋ねします。司祭様は、〔ティンクトラの記憶〕からその主を復活させる方法をご存知ですか?」
ヨハンナは、いいえ、と首を振り、
「大切な仲間を亡くし、その可能性に一縷の望みを抱いた者達は多くいました。けれど、それが叶ったという話は聞いた事がありません。『死者は甦らない』『一度分離してしまった〔ティンクトラの記憶〕は二度と肉体に戻せない』――それが私達にとっての常識だったのです。……つい先日、傷付いた肉体を修復し、分離してしまった〔ティンクトラの記憶〕を戻す方法があると知るまでは」
その情報を齎したのが誰なのかは知っているらしく、ヨハンナは探るようにムサシを見詰める。だが、当のムサシはそれを気にした様子もなく静かな眼差しでヨハンナを観ながら、
「伝説や噂の類で構いません。例えば、古の賢者と関わりがあった誰かが何かに敗北し、生存は絶望視されたが奇跡の復活を果たした、というような」
「それは……敗北からの復活、再起、そして勝利は英雄伝説の王道ですから。我らのラーサー・アルトスも辿った道です」
「その伝説となった英雄達が復活した場所は?」
「――聖地『エルドランド』」
その地名をムサシは知らなかった。隣を窺うとミアも知らないらしく首を横に振る。
「ラーサー・アルトスが仲間達と共に築いた伝説の都。その所在は、この大陸の中央にあると云われていますが、正確な場所を知る者はもう残っていません」
『大陸の中央』と『正確な場所は分からない』という事が分かれば十分なので、ムサシは他に古の賢者と関係のある土地の事を聞こうとしたのだが、
「それはどういう事ですか?」
ミアは気になったらしい。
「奪われたのです。『オークの魔王』によって」
ヨハンナは深い悲しみと強い憤りを押し殺した静かな声で告げ、聖地の奪還は全アルトス教徒の悲願なのです、と続けた。
ミアはかけるべき言葉が見付からず、ムサシはそれを聞いて次の目的地を決めた。
その後、一応ラーサー以外の伝説となった英雄が復活した場所や、古の賢者縁の地の事を訊いて質問を終え、
「私もムサシ様にお尋ねしてよろしいでしょうか?」
当然そうくるだろうと思っていたので、どうぞ、と促す。
「ムサシ様も、お探しになるのですか? 復活の方法を」
「はい」
「それはやはり、フルメタル・ジャッキー様と言祝ぐ命様のために?」
「兄者と姉上はまだ死んでいません」
ヨハンナのほうがわずかに、えっ!? と声を上げるタイミングが早かったため、ミアは何とかそれを堪える事ができた。
「話をする事も自力で移動する事もできないような有り様ではありますが」
「で、ですが、お二人はたしか、『オーク事変』の時に……」
「はい。戦闘中行方不明になっています」
「…………ッ!?」
ムサシの言葉に嘘はない――ヨハンナはそれを感じ取ったらしく何事かを思案し始め、それで話は終わったのだと思ったムサシが席を立とうとしたので慌てて引き止めた。
「噂では、あの『パンデモニウム』というらしい巨大なモンスターをムサシ様がお一人で倒したという事になっているのですが、それは本当ですか?」
「はい」
ムサシの簡潔過ぎる返答に、ミアは表情を強張らせたヨハンナの、え? それだけ? という心の声を聞いた気がした。
「……い、いったいどうやってあんな巨大なモンスターを?」
「お答えできません。手の内を知られたとしても何の支障もありませんが、自分から晒すつもりはないので」
「そ、そうですか……。あ、あとこれも確証のない噂レベルの話なのですが、あのモンスターの大群を率いていたのは海の魔王で、それをムサシ様がお一人で倒したというのは、事実なのですか?」
「はい」
それを聞いてミアが思わず、えっ!? と声を上げた。
「そうなんですかッ!? あの時戻ってくるのが遅かったのは一人で海の魔王と戦っていたからなんですかッ!?」
「今は司祭様と話をしている最中だぞ」
うぐぅっ、と唸ったミアは非を認めて、はい、と頷き、ヨハンナに、失礼しました、と謝罪してしゅんと肩を落とした。
「ムサシ様、海の魔王を討ったという証を何かお持ちですか?」
「証? 海魔王・ダゴンの得物や御霊石の事ですか?」
どうしても剥ぎ取る気になれなかったのだが、いつの間にかスキルで自動回収されていた。他に甲殻や鰭などもある。
ヨハンナは、あるのですね……、と深刻な表情で呟き、また何事かを思案し始めた。
その後、ヨハンナはまだ他に訊きたい事がある様子だったが、やはり司祭様というのは暇な役職ではないらしい。先程お茶を運んできてくれた女性神官が仕事の事でヨハンナを呼びにきた。
「是非また近い内にお話を聞かせて下さい」
残念がるヨハンナに、ムサシとミアは感謝の言葉を述べてから辞去した。
「やっぱり、堅苦しいのも椅子に座ってじっとしてるのも苦手だ」
教会を出てから、何となく肩や首を回しつつぼやくムサシ。そして、ミアに、先輩、と呼ばれて、今度はミアにパンデモニウム撃破や海魔王との戦いの事などを根掘り葉掘り訊かれるのか……、と内心でうんざりしていたのだが、
「どうして、ジャッキー先輩と命先輩のために復活の方法を探すのですかって訊かれた時、あんなふうに答えたんですか?」
ムサシは、え? そっち? と思いながら、
「あんなふうに、って?」
「普段の先輩なら『はい』の一言ですませるはずなのに、話をする事も自力で移動する事もできないような有り様ではありますが、とか、まだ死んでいません、戦闘中行方不明です、とか……」
そう言われてみると……
「…………なんでだろうな?」
ミアが二人の〔ティンクトラの記憶〕をギルドへ持っていってエリキシルを継承していないため、ギルドは二人の死亡を確認していない。未だ行方不明のまま。そして、当然の事ながら、〔ティンクトラの記憶〕は話したり自力で移動したりしない。
嘘ではないとはいえ、ミアの言う通り『はい』で良かったはずだ。それなのに自分は何故そんな答え方をしたのか?
「…………そう答えるべきだと思ったから、なんだろうけど……」
ムサシは、うぅ~ん、としきりに首を捻り、
「……そうですか。分かりました」
ムサシの事なら誰よりもよく知っていると自負しているミアは、もうそれ以上追及しようとはしなかった。何故なら、それはきっと誰かを思いやっての事なのだとなんとなく分かったからだ。




