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『 秘奥義・超時空次元断 』

 ムサシは、彼方のパンデモニウムを見据えながら、桃の意匠が施された根付で腰に提げている〔神猿まさるの印籠〕の中から金色こんじきの丸薬を取り出して口に含み、全長およそ3メートル、刀身でだけでおよそ210センチもある〔屠龍刀・必滅之法〕を、すらり、と抜き放った。そして、


「一発勝負、――出し惜しみはなしだ」


 〔秘伝奥義書〕でしか取得・修得できない特殊能力【強化】の――


 躰力値(STR)を3倍に増幅する技術【金剛力】を

 精神値(MIN)を3倍に増幅する技術【不撓不屈】を

 耐久値(CON)を3倍に増幅する技術【鋼之護法】を

 敏捷値(AGL)を3倍に増幅する技術【超加速】を

 器用値(DEX)を3倍に増幅する技術【神の手】を

 活力値(VIT)を3倍に増幅する技術【不死身】を

 幸運値(LUC)を3倍に増幅する技術【幸運の星】を


 ――立て続けに発動する。


 蓄えていた可能性を創造する力エリキシルが足りず、残りの一つ――抵抗値(RES)を3倍に増幅する技術【無病息災】を発動する事ができなかったが仕方ない。


「――ぐっ…ぅ…ぉおぉおおおぉ……~ッ! こ、こいつは……凄いな……~ッッッ!!」


 体内で轟然と荒れ狂う絶大な力を御しながら壮絶な笑みを浮かべるムサシ。


 だが、悲鳴を上げているのはムサシの躰だけではなかった。


 強化されたムサシという存在の周囲に与える影響力がその場の許容限界を突破した事で空間が歪み、ボゴォンッ、と足元の地面が擂り鉢状に陥没し、バリバチバリバリバチバチバチ……ッ、と凄まじい放電現象が発生し、ゴゴゴゴゴゴ……ッ、と天地が鳴動し――この世界が悲鳴を、いや、絶叫を上げている。


 そんな無茶苦茶な強化を自らに施したムサシは犬歯を剥き出しにするように笑い、左手でおよそ90センチある柄の柄頭ギリギリを握り、その中程を支えるようにそっと右手を添え、黒銀地に六芒魔法陣の彫刻が施された小型の鍔を右肩に乗せるようにして、ほのかに赤みを帯びた禍々しいまでに妖艶な屠龍刀を構える。


 そして、メニューの【技能】から〝とあるスキル〟――能力【太刀】・秘奥義【超時空次元断】を選択し、


「――【時空割断の刃成せ】ッ!」


 設定されたキーワードを音声入力したさけんだ――直後、その場から掻き消えたムサシの姿は宇宙そらにあった。


「――~~~~ッッッ!?」


 周囲は漆黒の闇に覆われていて、目の前の惑星は宝石のように青く輝いている。そこは【守護障壁】で保護された状態であっても身を切られるように寒く、ダメージにならない暴風が轟々と音を立てて背後へ吹き抜け――自由落下するムサシの視界の中央、遥か下方にパンデモニウムの姿が。


 躰はスキルの動作補正システム・アシストによって自分の意思とは関係なく動き、屠龍刀を上段に構えながら、片目を瞑る事で意図的に距離感を殺し目の前の光景を平面として捉える。そして、まるで縁が見えない一枚の大きな写真を真ん中で裁断するかのように、屠龍刀を真っ直ぐに振り下ろした。


 派手な光や効果音は何もない。だが、――パンデモニウムの巨体が【守護障壁】のような濃密なマナの層ごと真っ二つに。


 ムサシはその結果に、


(やっちまった……ッ!?)


 内心で頭を抱え、盛大に焦った。


 【超時空次元断】は、当時攻略不可能だと言われていた隠しイベント『異次元の最武頼サムライ』に登場する最武頼ボスのドロップアイテム――〔秘伝奥義書・時空ノ理〕でしか修得できない秘奥義。【太刀】に限らず刀剣系の能力アビリティを取得していれば修得可能で、全戦闘スキルの中で唯一の転位技。発動させると対象の背後に空間転位し、あらゆる防御・反撃を無視して空間ごと切断する。


 その追加効果は、キャンセル、回復阻害と継続ダメージで――


一撃死そくし効果なんてなかったはずだぞッ!?)


 【守護障壁】のような濃密なマナの層を切り裂き、その巨体に深々と切り目を入れられれば十分だったものを、まさか真っ二つにしてしまうとは……。


 これでパンデモニウムが死に、浮力を失って地上へ墜落すれば、リベルタースがそこにいる人々ごと潰滅してしまう――と焦ったのも束の間、


(マジで……ッ!?  ……ヒトデは再生力が強いって聞いた事はあるけど……)


 下方のパンデモニウムに向かって落下し続けるムサシの目の前で、真っ二つにされたヒトデのお化けの断面から肉が触手のように隆起し、下部では左右断面付近の管足がうぞうぞと伸びて絡み合い、互いに引っ張り合って再び一つに戻ろうとしている。


 墜落しないのはありがたいが、あんなのを本当に倒せるのかという迷いが脳裏を過ぎり……まぁいいか、と気にしない事にした。


 ――何はともあれ。


 傷を再生しようとしている今のパンデモニウムには深々とした切れ目が入っている。〝とあるアイテム〟をその体内へ投げ込むには絶好の機会――なのだが、


(あぁ~……、躰が動かねぇ~……)


 【超時空次元断】を発動させるため事前に【練気】したのだが全く足りず、ごっそりと〝気〟を持っていかれた。特殊能力【強化】・技術【不死身】で時間経過による自然回復量が3倍に増幅され、法術スキルによる継続回復をかけられたのと同じ状態であっても回復が追いつかず、躰から力が抜け、手足の感覚と意識が薄れてゆき、酷く寒い。


 ――カリッ


 そこでムサシは、こんな事態を想定して口内に含んでいた金色こんじきの丸薬――〔金丹〕を噛み砕き、飲み込んだ。


 最上級の回復アイテムの一つである〔金丹〕は、噛まずに飲んでおけば、HPが0になるダメージを受けた瞬間に全快して死亡を回避する事ができ、噛んでから飲み込めば即効でHP・MPが全快し、欠損部位が再生される。


(やっぱり、備えあれば憂いなしだな)


 侍として生き様を貫き死ぬ覚悟はできているが、死にたがっている訳ではない。


 一瞬、金色の輝きが全身を包み込み、ムサシは躰の感覚を取り戻した。


 意地で手放さなかった屠龍刀を〔太刀持鞘〕に納め、道具鞄から〝とあるアイテム〟――真鍮製で試験管サイズの円筒を取り出し、パンデモニウムの傷が塞がってしまう前にこれを体内へ投入するため【飛脚】を駆使して全力で降下する。


(ったく、でか過ぎだろ)


 近くに感じて実は遠く、下へ下へと急いでもまだ辿り着かず、その巨体に入れられた切り目は見る間に塞がっていき……ついに、【鋼之護法】で強化されたムサシの【守護障壁】と、パンデモニウムを包み込む濃密なマナの層――その真っ二つにされてからの修復中で薄くなっている部分が接触し、突破した。


 親指で弾くようにキャップをはずし、轟々とうるさい風の中で聞き逃さないようそれを耳元に寄せ、親指で中のスイッチのようなコルク栓をぐっと押し込む。そして、円筒の中で、パリンッ、とガラスが割れるような音がしたのを確認すると、ポイッ、と脇へ放った。


 十二分に速度が出ていたため、真鍮製で試験管サイズの円筒は、投げるまでもなく慣性に遵って塞がりかけた傷からパンデモニウムの体内へそのままの速度で落ちて行く。おそらく塞がりきる前に中心部まで到達するだろう。


 そして、ムサシは能力【護身】・技術【受け身】を発動して体表面に着地した。全力降下から激突するようにした着地の衝撃は、パンデモニウムの巨体をわずかにとはいえ傾がせるほど。しかし、落下によるダメージや吹っ飛ばされた際の追加ダメージを減少・または0にするスキルにより無事だった。が、一息つくまもなく即座に走り出す。


 パンデモニウムの体表面は、砕けたりひび割れたりする事はないものの踏み固められた地面のようで、走るのに何の不都合もない。全力疾走から跳躍し、更に【飛脚】でほんの少しでも遠くへ離脱するために駆けに翔け――


 ――パンデモニウムが大爆発した。


 ムサシがその体内に投入した真鍮製の円筒とあるアイテムの正体は、【錬丹術師】のみが作り出せる《エターナル・スフィア》で最上級の威力と効果範囲を誇るオカルト爆弾――〔アルマゲドン〕。〔天使の涙〕と〔悪魔の血〕から抽出されるエンジェル因子とデーモン因子が接触する事で周囲の霊気マナと反応し、大爆発を起こす。


 パンデモニウムは、あれだけ濃密なマナを纏っていた。その上、まるで膨らませた風船のようにパンパン。なので、これが最も効果的だろう思ったのだが、大正解。それを例えるなら、気化したガソリンが充満した屋内で火を点けるようなもの。『安全な核爆弾』とも言われる燃料気化弾頭弾と同じ原理で、パンデモニウムはエメラルド色の劫火を撒き散らして爆裂飛散した。


 空中を蹴って全力跳躍した後、ムサシはクルリと躰ごと振り返ってその光景を眺め、幻想的なエメラルドの劫火に目を細める。


 その爆炎は横へ横へと世界全体を舐め尽すような勢いで広がっているが、程なくして鎮火する。それは何故かというと、まず、爆心地は爆発の衝撃と超高熱によってマナと空気がない真空状態になり、次に、広がり続けている炎共々、周囲のマナと空気が吸い込まれるようにそこへどっと流れ込む。そして、その空間は落ち着いて常態へ戻るまでにしばらくの時を要し、その間は空気中のマナが極端に薄くなっているため炎が消える、という訳だ。


 既に十分距離をとる事ができたので、爆炎が自分に届く事はない――そう判断して特に危機感は覚えなかったのだが、


「――なッ!? ぐッ……ぉおおおおおぉッッッ!! なんじゃこりゃあああぁッッッ!?」


 パンデモニウムから自分に向って一直線。遥か後ろに音を置き去りにして砲弾のように飛来したバスケットボール大の球体を、ムサシはまるで真剣白刃取りのように両掌で、ズパァアァンッ! と間一髪でキャッチした。


 いったいどれほどの運動エネルギーを有していたのか、そんなものの受け止めたムサシの躰は更に加速してぐんぐん空高くへと押し上げられ――海面を勢いよく突き破って海上へ飛び出した。


「……はぁッ!?  ……なんだこりゃ?」


 このまま宇宙に飛び出してしまうのでは、という危惧を抱いていた事も忘れ、ムサシは目の前に広がる光景に絶句する。


 日の光を浴びて煌くサファイア色の海が見渡す限りに続き、水平線は緩やかな弧を描いていて、方々に目を向ければ島らしきものものも幾つか確認できた。


 それは、つい先ほど宇宙うえから見た光景とは全く違う、まるで別の世界のような雄大な景色。


 驚かされる事態は更に続き、唐突に全ての【強化】系スキルの効果が切れてしまった。以前使用した際に持続時間を確認したのだが、その時に比べて遥かに短い。


 どういう事かと考え……ふと閃いてメニューを開き、【アイテム】の新規入手アイテム一覧を確認すると、やはり、能力【亜空間収納】・技術【戦利品自動回収】が発動していた。まだ生きた空中機動要塞パンデモニウムの中にいたモンスターのものと思しき、あの爆発の衝撃と超高熱の炎の中で壊れる事もなく燃え残った等級の高いアイテムが大量に並んでいる。その中には〔生ける万魔殿の棘皮〕〔生ける万魔殿の肉〕〔生ける万魔殿の骨〕などもあった。


 フリーデンの地下鉄駅構内にいたホーンラットを始めとする小型モンスター場合は、威力過剰な攻撃でバラバラになってしまうと使い道がないため回収されなかったが、巨大なパンデモニウムの場合は飛散した骨片や肉片でさえ巨大で、使い道も希少価値もある。それ故に、敗北による死亡が確定した時点で戦利品として回収されたのだ。その上、幸運な事に、爆裂飛散したパンデモニウムの欠片は全て空中で回収されたため、落下物による地上の被害は皆無。


 つまり、全ての【強化】系スキルの効果が切れたのは、おそらく目的が達せられたからだ。


 以前は『効力と持続時間を確認するため』に発動させた。だからこそ時間ギリギリまで効果が持続した。そして、今回は『パンデモニウムを撃破するため』に発動させた。故にその目的が達成された時点で効果が終了した。そういう事なのだろう。


 以前発動させた時は放電現象や天地が鳴動するような事はなかった。それは、【強化】系スキルの重複発動が原因だと思っていたが、ひょっとすると強化倍率が違っていた可能性もある。今後こんな馬鹿げた強化が必要になる事態に遭遇したいとは思わないが、起死回生の奥の手となる技能なので、折をみて精確に把握しておいたほうが良いだろう。


 徐々に減速し、上昇の勢いと引力が拮抗して空中で静止した後、引力に遵って真っ逆さまに落ちて行く――その間中思考に沈んでいたムサシは、海面に突っ込む寸前になって、はっ、と我に返り、咄嗟に大きく息を吸い込んだ。海面を割って下へ下へと沈んで行くと、そこはやはり空で、見上げても海面などなく……


「なんだったんだ、今の? ……まさか天国?」


 宇宙うえからは見えず、地上したからも見えない。しかし、宇宙うえから落ちてきた時にはなかったが、地上したから昇ってきた時にはあった。


 水に潜る時と同じように止めていた息を吐き、首を傾げる。そして、考えても分からず後頭部を掻こうとして、ようやく抱えている物の事を思い出した。


「本当に分からない事だらけだな」


 ふぅ、と一息つき、躰の力を抜いて自由落下するに任せ、とりあえずパンデモニウムから飛んできたバスケットボール大の球体――でかい真珠のようなそれを見詰める。すると、能力【調査】・技術【鑑定】が自動発動し、〔万魔殿パンデモニウム御霊石みたまいし〕とAR表示された。


 『御霊石』とは、悪魔や魔獣であれば魔力が、精霊や霊樹であれば霊力が、神獣や堕神であれば神力が、その体内で結晶化した球体で、ボスモンスターが極希にドロップする非常に貴重な素材アイテム。


 パンデモニウムがシステム的に不死だったため、《エターナル・スフィア》には存在しなかったアイテムだ。まだ辛うじて生きている内にその体内で発生した爆発の衝撃で体外へ弾き飛ばされ、死亡後【戦利品自動回収】が発動する前にムサシの手許にあったため、道具鞄〔道具使いの仕事道具〕内部の亜空間に送られなかったのだろう。


 通常の御霊石はソフトボール大なのにこの大きさ。しばし、でっかいなぁ~、とその巨大さに驚きと呆れが半々といった様子でしげしげと眺め……


「――さてと」


 気持ちを切り替え、それを道具鞄にしまう。


 想定外の事も想定したつもりで、それすら超える事態に遭遇した。だが、まぁいい。考えても分からない事は考えない。しっかりと記憶に留めておいて、今は成すべき事に集中する。パンデモニウムは逃走する暇も与えず撃破した。あとは、放出されたモンスターを全滅させれば終了だ。


 ムサシは、ゲーム時代のイベントクリアまでの流れを思い出しつつ空中で体勢を整え、【踏空】で空中を蹴って【飛脚】で加速し、この戦いを終わらせるべく全力でリベルタースへ引き返した。

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