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『 摩利支天隠形印 』

(あぁ〜……、茜色の空も良いもんだなぁ~……)


 どうでも良い事を考えつつ果てしなく、ぼぉ~~~~っ、としていたムサシは、グイグイッ、と後ろにいるミアに陣羽織を引っ張られて我に返った。


「終わった?」

「何言ってるんですかッ!? 状況は継続中です! ぼぉ~っとしないで下さいッ!」


 ムサシは、えぇ〜……、と嘆いてから、周囲の状況を再確認する。


 そこは、フリーデンの南口ゲート前。


 ムサシの後ろには、その背に隠れるようにしてミア、静、巴がいる。そして、ムサシの前では、代表者1名と10名を超えるその部下達が土下座していた。


 いったい何故こんな事になっているのか?


 正直なところ、よく分からない。フリーデンに戻ってくると、ゲート前で待ち構えていたこの連中が自分ムサシの名前を連呼しながら駆け寄ってきて、いきなり全員で土下座した。その様子から察するに謝っているようなのだが、本来であれば目通りがかなわない下級武士が殿様に直訴するような感じで、言葉遣いが畏まり過ぎていて難しく、何を言っているのかよく分からないので聞く気がなくなって……今に至る。


「話は終わったみたいだけど、結局、この人達はどこの誰で、用は何だって?」


 すぐ後ろのミアに訊くと、頭痛でも覚えたかのように目頭を押さえてからヒソヒソと簡潔に纏めて教えてくれた。


「この人達は冒険者ギルドの職員で、先日はとあるギルド幹部の独断専行で迷惑をかけしまった事を申し訳なく思っているそうです。その幹部は既に処分されたので許してほしいとも言っていました。あと、とにかく一度ギルドに来てほしいそうです」


 ムサシは、なるほど、と呟くと、土下座して未だ地面に額を擦り付けんばかりに頭を下げている者達、その中から一人突出している口上を述べていた男性の前で蹲踞そんきょ――剣道や相撲に見られる、爪先立ちで自分の踵に座るように深く腰を下ろし、膝を開いて上体を正した姿勢――し、口を開いた。


「とりあえず面を上げてくれ。これじゃあ話もできない」


 恐る恐るといった様子で面を上げる一同。そして、ムサシは言う。


「俺は、ギルドに迷惑をかけられた覚えなんてないぞ?」

「は? え? で、ですが……」

「あの時あの場所にいたその他大勢の事は置いておくとして、ミアのストーカーとその仲間達にちょっかいをかけられた。けど、ギルドとあいつらにどんな関係があろうと俺の知った事じゃない。俺にちょっかいをかけてきたのはあいつらだ。ギルドじゃない」


 そうだろ? というと、未だに両手両膝を地面についたままの冒険者ギルド職員一同は、ほっ、と緊張から解き放たれて強張っていた表情を緩めた。――が、


「だからさ、――謝る相手が違うよな?」


 殺気はなく、怒っているようには見えない。だが、抑揚なく紡がれたその言葉に、冒険者ギルド職員一同は、ビシッ、と凍りつき、顔からいっきに血の気が失せ、全身から、ブワッ、と汗が噴き出した。


「ギルドが見捨て、裏切り、あいつらに売り渡したのは、俺じゃなくエウフェミアだ。――そうだろ?」


 睨んでいる訳でも、見下している訳でもない。しかし、凪いだ湖面のように静かな瞳を向けられている冒険者ギルド職員一同は、激怒する古代龍エンシェントドラゴンに睨まれたかのように竦み上がった。


「そっ、それ…は……」

「もし本当に悪いと思っているのなら、過ちを犯したと認め悔いているのなら、謝る相手を間違えたりはしないよな?」


 いっそ優しげとすら言える穏やかな声音。


「もし自分が、そんな形だけの謝罪をされたら、どう思う?」


 それが抑揚なく紡がれただけで、何故これほどまでに精神を圧迫し、どうして恫喝される以上の恐怖を感じるのか……。


「それとな、俺がギルドを見限ったんじゃない。ギルドがエウフェミアを……〈セブンブレイドおれたち〉を切り捨てたんだ」


 荒くれ者が多い冒険者を相手にするギルドの職員達が、目に涙を浮かべ、許しを請う事はおろか呼吸する事すらままならず、芯まで凍えたかのように躰を震わせ……


「分かったか? なら、――もう間違えるなよ?」


 この場で最も偉いと思しき口上を述べた男性職員の肩を、ぽん、ぽん、と叩き、スッ、と立ち上がるムサシ。


 気付くと無意識に身を寄せ合って震えていたミア、静、巴は、どうやら張り詰めていた緊張の糸が切れたらしくパタパタ倒れるギルド職員達を尻目に、何事もなかったかのように帰路についたムサシの背中を慌てて追いかけた。




 ゲートを潜り、拠点がある下層7階へ向かうその道中。


『――えぇッ!?』

「怒っていたんじゃないんですか? あれで?」

「じゃ、じゃあ、怒ったムサシくんって……」

「……笑うんです」

『…………』


 ミア、静、巴は、数歩先を行くムサシの背中をチラリと見てからまた顔を寄せ合って、


「表情と言っている事がバラバラで、もうとにかく怖いんです。さっきみたいに、声は優しげなのに、無感情な瞳で見据えられて無表情で淡々と諭されるのも怖いんですけど……その比じゃないんです」


 怯えた表情で語るミア。姉妹は言葉もなく、ごくりっ、と生唾を飲み込み……


「理解できない恐怖というか、本当はこういう言い方をしたくないんですけど、狂気染みた何をするか分からない危うさが――」

「――おい」


 足を止めて振り返っていたムサシが、追いついてきたミア、静、巴に声をかけた直後、きゃあああああああぁ~――~ッ!? と乙女3人の鼓膜を劈くような悲鳴が響き渡った。


 まるで怪談中に予想外の方向から驚かされたかのように、腰を抜かしてペタンと座り込む3人。静は止まるかと思った心臓に手を当ててゼーハー荒い呼吸を繰り返し、巴はそんな静にしがみ付いて小動物のように震え、涙目のミアは両手で耳を押さえて仰け反っているムサシに猛然と抗議する。


「もうッ、急に何なんですかッ!? ――驚かせないで下さいッ!!」

「それはこっちの台詞だろ」


 ムサシは、普通に声をかけただけなのになんでこんなに怒られなきゃならないんだ、という文句は胸中に留め、泣くほどの事かと首を傾げた。


「まぁいいか」


 子供好きのムサシは、腰が抜け涙目でへたり込んでいる美少女3人の姿に保護欲を掻き立てられ、仕方ないなぁ、などと漏らしながら、一人ずつその両脇に、スッ、と両手を差し入れ、ヒョイッ、と軽々持ち上げて立たせてやる。


 その際、何故か三者三様に、ひゃんっ、とか、はぅ~っ、とか妙な声を漏らして真っ赤になっていたが、それもまぁいい。ちょっと首根っこを咥えられた子猫っぽくて可愛かったが、そんな事より、


「明日――」

「――修行じゃなく、地下鉄の駅のロボットを掃討するんですよね?」


 まだ頬に赤みが残っているミアに言われ、ムサシは目をパチパチさせた。予定について話した覚えはないのだが……まぁいい。手間が省けたと思う事にする。


「では、〈エルミタージュ武術館〉の皆さんには私から伝えておきます」

「〈女子高〉の皆さんにも伝えておきますね」


 巴と静にそう告げられて、ムサシはまた目をパチパチさせ、


「えぇ~と、あぁ~…………じゃあ、よろしく」


 本当は自分一人でやるつもりだった。故に、明日からは自分達だけで精進するよう伝えるつもりだったのだが、考えを改める。


 発案者を含め〈セブンブレイド〉が活動停止状態になった後も攻略を進めてきたのは二つのクランだ。途中から参加する自分が好き勝手に進めて良い道理はない。両クランに協力するという形のほうが良いだろう。


 ムサシが立てていた大雑把な予定を話した後に解散となり、ムサシとミアは万屋〈七宝〉へ、静と巴は〈エルミタージュ武術館〉へ。


 拠点ホームに帰還すると、ミアは相当疲れているはずだが仕事をすると言って居間へ向かい、ムサシは〔壺公の壺〕の中の工房へ直行し、可能な限りの準備を終えると壺の中の小世界で夜の分の稽古を済ませた。




 ――翌日。


 ムサシは、日課の朝稽古の後、ミアと朝食をとり、連れ立って地下鉄の駅へ。


 すると、そこには既に〈エルミタージュ武術館〉と〈女子高〉こと〈私立情報之海総合学院付属女子高等学校・フリーデン分校〉の主力メンバー、更には、ソロやパーティで攻略に協力していた有志達の姿が。


「……野郎共はどこで何してるんだ?」


 またしても自分以外に男が一人もいない。そんな状況につい文句を漏らしたものの、まぁいいか、と気持ちを切り替えて攻略に乗り出した。


 ムサシは、ミアをリーダーとして、前回と同様に通信要員として〈女子高〉から派遣されたレナード、それに静と巴を加え、『エウフェミア小隊』を結成した――が、その後別行動する事に。ミアと姉妹、それに何故かレナードにまで、それではパーティを結成した意味がない、とブーブー文句を言われたが仕方がない。


 何故なら、ミア達程度の【体内霊力制御】では、〔ティンクトラ〕に干渉して【ステータス】と【技能】を封印する都市結界の影響下ではたいして役に立たないからだ。


 そんな訳で、まず最も小さい隔壁を開放してムサシが先行し、邪魔な機械系モンスターメタルを排除してルートを確保。そして、〈エルミタージュ武術館〉メンバーと有志達が都市結界の影響外であるフリーデン~リベルタース間のトンネル内に存在するメタルの掃討を担当し、メタルの射程外から攻撃が可能な銃器を主武装とする〈女子高〉メンバーが都市結界の影響下にある駅構内の掃討を担当する。


 ミア、静、巴、レナードは、〈エルミタージュ武術館〉のメンバーと共に、スキルを使用できるトンネル内での掃討作戦に参加し、ムサシは〈女子高〉メンバーと共に駅構内を徘徊するメタルの掃討を開始した。


 そして、それは、えぇ~~~~ッ、と何故か盛大に寄せられた不平不満を押し退けて二手に分かれ、ムサシが駅構内で単独行動している時の事だった。




 普段はしない〔戦極侍せんごくざむらい戦装束いくさしょうぞく〕の鉢金――額から前頭部を覆う防具まで装備し、手に携えるのは〔名刀・ノサダ〕。右手人差し指に嵌めている指環――〔フォースナイフ〕の力で生成した柳の葉型の手裏剣を打って先制し、疾風の速さで敵中を駆け抜け、迅雷の一刀を持って斬り捨てる。


 そして、残心を解き、通路を埋め尽くすメタルの残骸を見て思わず呟いた。


「面倒臭ぇ~」


 何が面倒なのか? それは、戦闘が、ではなく、これを一つ一つ回収するのが、だ。


 今回もメタルの残骸をもらって良い事になっており、【心眼】の知覚範囲内の敵を一掃するごとに回収しているのだが、都市結界の影響下で【技能】が封印されているため、【亜空間収納】でまとめて回収する事ができないのだ。


「ギルドで『特権』とやらをもらえば使えるらしけど、頂戴って言ってもらえるとも思えないしなぁ~。――ん? 都市結界の効果で封印されているのなら、その封印を無効化すれば良いのか……」


 不意に閃いた名案。その感覚は、例の知らない事を思い出す感覚に近い気がする。


「物は試し、か」


 都市結界の影響下でも修行で開眼した【太刀の達人】としての【心眼】は閉じていない。そこから鑑みてもいけるはずだ。


「――【オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ】」


 福徳、蓄財、水難、火難避けの神として一般民衆にも広く信仰されたが、元来は武士や忍者の守護神であり、護身・隠形の秘法の本尊、『摩利支天まりしてん』の真言を唱えながら隠形印――左手の親指を行者、残りの四指を摩利支天とイメージして、その親指を四指で握って拳の形にし、右手を五大明王であるとイメージして、左手の拳を右掌で下から包み込む形――を結ぶ。


「…………」


 発動を示すようなエフェクトはない。だが、成功したという確信がある。そこで、左掌にある聖痕をクリックしてみると、実にあっさりメニューを開く事ができた。


 ムサシが使用したのは、能力アビリティ【護身】の特殊技術スキル【摩利支天隠形印】。聞かされた話からの想像を遥かに超えた苦労の末に〔戦極侍の戦装束〕を手に入れた際、称号【摩利支天の化身】を獲得すると同時に修得となったスキル。


 説明欄には、『(他者が行者を)見る事も、知る事もできず、捉える事もできない。また行者は危害を加えられたり欺かれたり、惑わされる事もないし、縛られたり責められたりする事もない。そして、自ら望むところを成就できる』とある。


 《エターナル・スフィア》での効果は、トラップ無効化、フィールドダメージ無効化、三次元レーダーにも映らない能力【隠匿】・技術【隠蔽】を超える完璧な透明化。


 しかし、この異世界では、その説明欄にある通りの効力を発揮できるようだ。自ら望むところを成就できるかは己の努力次第だろうが、少なくとも都市結界の効力に縛られないという事は証明された。


 目の焦点認証で対象を設定し、【亜空間収納】でまとめて回収する。


 その後、どうせ掃討するのだからと、ついでにメタルを利用して【摩利支天隠形印】の効果を検証する事にした。


 結果、機械であっても行者ムサシの存在を認識する事はできず、触れるとその触れられた固体だけが行者を認識できるようになり、行者が攻撃すると【摩利支天隠形印】が自動的に解除された。また、行者が触れた相手も他に認識できなくなるという効果はないようだ。


 ――なにはともあれ。


 こうして、【亜空間収納】で残骸をまとめて回収できるようになった。そして、


「――ん?」


 何度目かの戦闘の後、通路を埋め尽くす残骸を見ながら、前回の分もまだ手付かずだというのに、今回の分も加えて能力アビリティ【錬金】で分子レベルに分解し元素別のインゴットに再構成する作業を延々と繰り返さなければならないのか、とうんざりし、ゲームの時のようにアイテムがドロップしてくれれば楽なのに、と心の底から思ったその時――唐突に左掌にある聖痕が発光した。


「なんだ?」


 訝しげに眉根を寄せ、とりあえず聖痕をクリックしてみる。すると、AR表示されたメニューの中で【技能】のアイコンが点滅しており、誘導されるようにそれを選択すると、


「ん? どゆこと?」


 道具鞄〔道具使いの仕事道具〕の特殊技術スキルだった【亜空間収納】が、能力アビリティ【亜空間収納】へと変化し、技術【無限収納】並びに【戦利品自動回収】を修得していた。


 技能を取得・修得するために必要なエリキシルの残量を確認してみたところ、一目見て分かるほどごっそりと減っている。そして、以前一通り確認したのだが、こんな技能は『取得・修得可能技能一覧』にはなかった。


 という事は、つまり――


可能性を創造する力エリキシルは、新たな技能を創造する事もできるのか……」


 それとも、本当に自ら望むところを成就できるという事なのか……。


 考えても分からないし、考えている場合でもなくなった。


 無音で飛行する先行偵察のフライヤー――機体下部にビームガンが搭載された戦闘ヘリを小型化してデフォルメしたような、全長およそ1メートルの飛行型対人用半自律兵器――を視界の隅に捉え、ムサシはとりあえず『ON/OFF』を切り替えるタイプのスキル【戦利品自動回収】をNOにする。


 すると、メタルの残骸が今まで【亜空間収納】で回収していた時と同じ様に消え、


「おぉ~、マジかッ!?」


 メニューの【アイテム】を開き、新しくできていた『新規入手アイテム一覧』に目を通すと、そこにあったのはメタルの残骸ではなく、各種素材アイテム。


 つまり、この【戦利品自動回収】は、【無限収納】での回収や、【錬金】で残骸を分子レベルに分解して元素別のインゴットに再構成する作業など、ムサシが取得・修得している技能でできる範囲の手間を省いてくれるスキルのようだ。


「これは良いな」


 柳の葉型の手裏剣でフライヤーを撃墜し、愛刀を携え後続に備えるムサシ。


 【戦利品自動回収】は、一度ONにしておけば都市結界の影響下であっても自動的に発動するため、一々【摩利支天隠形印】を使って都市結界を無効化する必要もなくなった。


 掃討が加速する。


 地下鉄駅構内を一陣の風が吹き抜け――その後には、まるで初めから存在していなかったかのように、メタルの姿が忽然と消え失せていた。

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