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『 呼びかけた冒険者って・・・ 』

 狩りに出かけて獲った3羽の山鳥を絞め、作業の流れをイメージしながら天然の修行場に戻ったムサシは、まず道具鞄から〔練成盤〕と木材を取り出した。


 この〔練成盤〕は、ランクⅣまでの【錬金】【合成】が可能ないわば中級品で、最上級品を手に入れて使わなくなり預かり所に預けてあったもの。およそ1メートル四方の銀色の金属板を2枚張り合わせたもので、〔練成盤〕を〔練成盤〕たらしめる練成陣は2枚の合わせ目にあるため、見た目はただの四角い銀の板。


 木材は、交易都市メンディを出発した後、フリーデンへ到る行程で通過した森や山で伐採したもの。


 人が入らない森は、大きく成長した木々が密集し、生い茂る枝葉のせいで地上に日の光が届かないため、次の世代や他の植物が育たない。故に、森のためにも間引いてやったほうが良い。


 上級職【錬丹術師】へ至るために修得した知識系スキルでその事を熟知しているムサシは、森のため、また使い道はいくらでもあるだろうと、これまでに伐採した大量の樹木を道具鞄〔道具使いの仕事道具〕の特殊スキル【亜空間収納】で回収し、所蔵している。


 能力アビリティ【調査】・技術スキル【分析】でその木材の構成を理解し、〔練成盤〕を用いて分解、再構成して製作したのは、某ファストフード店のものを参考にした包み紙。それを十分な枚数用意してから、このまま〔練成盤〕でテーブルと椅子の製作に取り掛かる。


 さて、どういったものにしようかと考え……道具鞄から取り出したのは、数種類の金属と鉱石。浮遊石や精神感応金属のようなファンタジーなものから、鉄など元の世界リアルにも存在するものまで、必要なものを必要なだけ〔練成盤〕の上に乗せた。


 瞼を軽く閉じて集中力を高め、触れた指先から〝気〟――体内霊力オドを流し込み、意識が超加速された頭の中で作業工程を正確無比に想い描く。


 《エターナル・スフィア》では不可能だったこの方法でのレシピ集にないアイテムの製作は、極端にICアイテム・クリエイション成功率が低下する。しかし――


「まぁ、この程度なら、な」


 包み紙同様、イメージ通りのものが完成しているのを見て満足げに頷いた。


「アイテム名は……〔伸縮式浮揚台〕で良いか」


 道具鞄にしまった後、【アイテム】の一覧で探した時にそうだと分かれば良い。


 そんな訳で、適当にアイテム名を設定されたそれは、B5ノートサイズの金属とも樹脂とも判別のつかない質感の漆黒の板。四隅に薄く緑青に発光するL字型の縁取りがあり、片面にだけその中央に、高さ約1センチ、底面は一辺が約2センチの正方形の薄く緑青に発光するピラミッドのような結晶が象嵌されている。


 その結晶が象嵌されている面を下に向けて漆黒の板の部分に〝気〟を込めると、最大で4畳ほどにまで拡大し、薄く緑青に発光する四隅のどれか一つに〝気〟を込めると宙に浮かび、込める量で高さを調節する事ができ、触れた状態で【作業終了、元に戻れ】のキーワードを詠唱する事で元のノートサイズに戻る。


 ちなみに、【亜空間収納】があるのにわざわざ伸縮式にしたのは、現在使用している〔練成盤〕では、盤上に収まるサイズのものしか製作できないから。


 今後も出先で何かが必要になりその場でICを行なう事があるかもしれない。ムサシは、万屋〈七宝〉ホームに置きっ放しにするのではなく、これからは〔壺公の壺こうぼう〕も持ち歩こうと心に決めた。


 そして、この調子で背凭れのない一人用の腰掛け――〔浮く椅子〕を四つ製作した後、〔伸縮式浮揚台〕を1畳ほどの大きさにして浮かべ、必要な道具を用意して料理を開始した。


 まず、炭壺の蓋を開けておく。その中には前回使って火が消えた炭と〔火守ひもりおき〕――空気中の酸素と反応して高温で燃え続ける石が入っており、密閉して無酸素状態にできる壺の蓋を開けておけば勝手に火がつく。


 次に、野菜を加工する。取り出したのは、レタス、トマト、タマネギ。既に一枚一枚水洗いして水気をきった状態のシャキシャキレタスを適当な大きさにカットし、洗浄済みの瑞々しいトマトと既に皮が剥かれた状態のタマネギをスライスする。


 新鮮な食材を新鮮な内に、設備が整ったより作業しやすい環境で予め洗浄して使いやすいようある程度加工しておけるのは、内部の亜空間には時間という概念が存在しないため収納したその時の状態が保たれる、という道具鞄〔道具使いの仕事道具〕の特性があればこそだ。


 それから山鳥を調理する。絞めておいた3羽の山鳥を職人顔負けの手並で捌き、適当な大きさに切り分けて鍋に入れ、ちょうど浸るぐらいまで水を入れる。炭壺から赤く燃えた炭を七輪型の焜炉へ移し、鍋をかけ、少量の岩塩を加えて沸騰しない温度でしっかりと火を通す。鍋から取り出して骨を丁寧に取り除いたら、棒棒鶏バンバンジーのように身を解し、数種類のハーブ、岩塩、ブラックペッパーなどを粉砕してブレンドしたオリジナルスパイスを適量振りかけて和えておく。


 そして、仕上げ。バターや卵を使わないため糖質は少なくタンパク質は多いという低カロリーでヘルシーな、生地を茹でてから焼くのが特徴のドーナツ型のパン――ベーグルを半分に切り、下半分の上に、レタス、タマネギ、トマト、解した鶏肉を乗せ、特性粒入りハニーマスタードをたっぷりとかけて上半分を乗せる。これで、ムサシ特製チキンのベーグルサンドの完成だ。


 これだけでは飽きるかもしれないので、他に鳥肉の替わりにロースハムとチーズを挟んだもの、炭火で炙ったベーコンを挟んだものを用意した。


 保存する手段はあるし、足りないよりは余るほうが良いだろう――そう考えて量産した3種のベーグルサンドを、事前に用意した包み紙で包んで種類別に積み上げる。コップ代わりのビーカーに瓶入りの牛乳を注ぎ、食後にハーブティを淹れるため水を満たした薬缶を焜炉にかけておく。


「おぉ~いっ、……と、ここから呼んでも気付かないか」


 片付けは、表面の付着物はその場に残してアイテムそのものだけを収納するという【亜空間収納】の裏技を用いれば一瞬なので後でまとめてする事にして、ムサシは、昼食の準備ができた事を知らせるため、精神を集中して己の内側に意識を向けている3人の許へ向かった。




 裏面の中心に小さなピラミッドのような薄く緑青に発光する結晶が嵌め込まれているスケートボードのような形の背凭れのない浮かぶ一人用の腰掛け――〔浮く椅子〕というそのままの名が付けられたスツールは、〝気〟を込めると浮上し、止めてから次に〝気〟を込めると下降し、止めてまた〝気〟を込めると浮上するといった具合に高さを調節する事ができる。空間にしっかりと固定される〔伸縮式浮揚台〕とは違って水平を維持したまま上下方向に遊びがあり、わずかにしなってお尻にフィットする飴色の光沢がある合板と相俟って、なかなかに座り心地がいい。


 ミア、静、巴は、この2つのアイテムにも驚いていたが、それ以上に、


『んんんん~~~~ッッッ!?』


 お勧めのメニュー、チキンのベーグルサンドを頬張り、モグモグと数回咀嚼してからその美味しさに目を瞠った。


「これ、すごく美味しいですッ!!」

「このハニーマスタードが絶品ですねッ!!」


 絶賛する静と巴。ミアは、じぃ~~っ、とベーグルサンドを見詰めた後、


「先輩、【料理】の能力アビリティを取得したんですか?」


 ムサシは、その問いに、してない、と答えてから、


「ハーブやスパイスには薬効があるものが多いし、ソースやドレッシングを作るのに調味料を混ぜる作業は、まさに【調合】だろ?」


 薬物に関する知識は【錬丹術師】に勝る者はなく、【料理】と【調合】は一部必要とされる技術スキルが被っているのだと説明する。そして、その他には、モンスタードロップの〔秘伝極意書〕でのみ取得可能な特殊能力――消耗品の回復量やダメージ、効果時間を上昇させる【アイテム有効活用法】や、最高品質の素材を見抜き最良の状態で確保できる【素材集めの極意】など――の効果もあるのだろうと内心で付け加えた。


 ――何はともあれ。


 食事と共に会話が進む。


「ペリペティアから……という事は、飛行船でエレフセーリアへ?」


 ミアの問いに、双子の姉妹は揃って、はい、と頷いた。


 静と巴は、この3年間、ムサシがどこで何をしていたのかを訊きたかったようだが、ムサシは食事中にほとんど話さない。


 それは、『ものを食べながら話してはいけません』『しっかり30回以上噛みなさい』と両親にちゃんと躾けられているから。料理を口一杯に頬張って30回以上よく噛み、そうして口の中のものがなくなるとまたすぐ口一杯に頬張ってしまうため話す暇がないのだ。


 そこで、姉妹は先に自分達の事を話し始めた。


 話によると、〝あの日〟、2人は自分達と同じくクランに属さないプレイヤー達と臨時のパーティを組み、とあるクエストに挑戦するため、プレイヤーが活動拠点とする主要都市の一つ――『高山都市ペリペティア』にいたらしい。


 そこは、剣のように鋭い山々が林立する高地の山岳地帯に存在し、隣接する山々の頂に築かれたそれぞれの街を吊り橋やジップスライドで連絡した高所恐怖症の人には堪らない天然の要害。地上を移動してここへ到るのは不可能ではないが、通常は飛行船で移動する。多くの戦闘系クランが拠点を構えている事でも知られていた。


 そのペリペティアの空港からエレフセーリアへ渡航し、エレフセーリアから護衛団を伴う貨物を輸送する集団に同道してフリーデンへ。街を彷徨っていると、フリーデンに拠点を置くクランに所属しているという知人と巡り合い、仲間に紹介され、所属しなくても構わないからと引き止められて〈エルミタージュ武術館〉の食客となった。


 そして、行く当てがないにもかかわらず所属する事を拒む自分達の我が儘を許し、その上で衣食住を保障してくれるその恩義に報いるため、例の地下トンネルを安全かつ有効に利用できるようにしようという活動に協力し―ーというくだりで、


「――んむッ!?」


 話を聞きながらも食事の手を休めなかったムサシが、唐突に目を剥いて唸り声を上げた。


 驚いた3人は、ビクッ、と躰を震わせ、ミアが、どうしたんですか? と問うと、ムサシは牛乳で口の中のものを呑みこんでから、


「あのトンネルを安全に使えるようにしようって呼びかけた冒険者って、姉上と兄者だったのか?」

「はい。あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「『とある冒険者』としか聞いてない」


 ムサシは、ぬぅ、と唸り、食べかけのベーグルサンドを包み紙で包み直し、テーブルとして使っている〔伸縮式浮揚台〕の上に置き、腕組みして思案する。


(――七支刀セブンブレイドは七つの切先を有する一本のつるぎ。一つの切先が一方を指し示せば、他六つの切先も同じ方向を指し示す)


 それがパーティ〈セブンブレイド〉。


 フルメタルあにジャッキーじゃ言祝ぐ命あねうえが掲げた目的なら、それは〈セブンブレイド〉が成し遂げるべき目的だ。


 しかし、2人は今〔ティンクトラの記憶〕になっていて身動きが取れず、ミアはつい最近までストーカーエルフに付け狙われていたせいで万屋〈七宝〉ホームから出られなかった。で、自分を除く他の3人は、今ここにいない。


 あいつらの言い分はおそらく、打ち砕く鉄テツが『言い出しっぺがいないんじゃ話にならねぇ』、天佑七式テンが『やる理由がなくなった。続ける意志はない』、カナタが『先輩達がやらないなら僕も』といった所だろう。


 それで自分は? と自問し、そんなの決まっている、と自答する。


(――中途半端は気に入らない)


 問題は優先順位なのだが……


(考えるまでもない、か……)


 2人なら自分達の事は後回しにしろと言う。絶対に言う。


 それに、復活させる方法が分かっていないため、いつになるか分からない。


 ムサシは、はぁ……、とため息をつき、腕組みを解いて食事を再開する。


 その様子を見ていたミア、静、巴は、あえて何を考えていたのか訊かなかった。それは、わざわざ訊くまでもなかったからだ。


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