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『 技とスキルと技後硬直 』

 ムサシは知っている。


 《エターナル・スフィア》では、薙刀は【槍】に分類される武器であり、現実世界リアルで薙刀をやっていた巴が、ゲーム世界ヴァーチャルで獲得した【槍の達人】という称号に不満を漏らしていた事を。


 ゲーム開始当初から長杖ロッドを、弓を使い続けていたため、ミアが【杖術の達人】、静が【弓の達人】という称号を持っている事を。


 自分が元の世界リアルの『宮元 武蔵』ではなく《エターナル・スフィア》の『ムサシ』であるように、彼女達もそれぞれが【達人】の称号を持つ『エウフェミア』であり、『静御前』であり、『巴御前』なのだという事を。


 それ故に、相手を格下などと軽んずるつもりは毛頭なかったのだが――


(それでも、無自覚に見縊ってたんだな……)


 相手を見縊るという事は、翻って己が増長しているという事。


 汗一つ掻いていないムサシは、木刀を左手で携え、息を乱してぐったりとへたり込んでいる3人――【ステータス】の補正やスキルに依らない確かな技量を備えた乙女達に目を向けて、内心で己の慢心を戒めつつ、それに気付かせてくれた事への感謝と見縊っていた事への謝罪、2つの意味での謝意を抱いた。


(皆、想像していた以上の手練れだった)


 一番手に名乗りを上げたのは、巴だった。


 薙刀は男女の違いが顕著に現れる武術だといわれており、女性の場合、宮中にあって振袖姿でも使えるよう姿勢を高く保ち、胸部を支点にして梃子の原理を応用し、遠心力を生かして華麗に操る。


 しかし、足幅を広く取る事ができるスカートの巴は、女性らしい薙刀捌きはもちろん、袴姿の男性のように、腹部に重心を置いて膝のバネと腰のキレを生かした体裁きで豪快に操る事もできる。


 当然のように左右どちらの構えからでも同じ様に技を繰り出し、石突付近を持てば手元の動きが切先で何倍にもなる長物ながものの特性を生かして容易に刀の間合いへ踏み込ませず、こちらが踏み込んだら踏み込んだで、柄の中ほどを持ち、その重厚な刃だけではなく石突を多用する事で手数を倍に増やして懐に隙ができる長物の不利を感じさせない立ち回りを演じて魅せた。


 女性らしくまた男性的でもある豪快かつ華麗な薙刀捌きは、見事としか言いようがない。


 二番手に名乗りを上げたのは、静だった。


 静とミアは、どうやら巴と手合わせしている間にその様子を観戦しながら話し合っていたようで、接近されてしまった場合を想定した近距離戦闘を申し込んできた。


 後衛の2人にとって白兵戦技能は護身のための余技。であるにもかかわらずそれを申し込んできたのは何故か? 自信がないから改善すべき点を指摘してほしいのか、逆に自信があるからこそ見てほしいのか……。


 ムサシはそんな事を頭の片隅に置きながら、静と対峙した。


 〔懐刀・嵐馬〕に持ち替えるかと思いきや、大型の和弓である〔禍祓いの弓箭〕を手にしたまま手合わせに臨んだ静。弓の中央ではなく、矢を射た際に最も反動が小さい弓の下から3分の1の位置を左手で保持し、そこから〝気〟を込めると、ピンッ、と清澄な音を響かせてグラスファイバーのような弦が張られた。


 『――の弓』というアイテムは消耗品である矢を必要とするが、『――の弓箭』というアイテムは、矢を番えずに弦を引けばその特殊能力で矢が忽然と出現する。


 無手で弦に指をかけると、『猪の目透かしいのめすかし』と呼ばれる魔除けの効果があるとされ神社などの装飾で見かけるハート型に似た穴があり、先が又の形に開きその内側に刃がある鏃の矢――『狩股かりまたの矢』が顕現し、静は一息に耳の後ろまで引き絞る。


 そして、番えられた狩股の矢が手から離れるその時、弓手ゆんで――弓を保持する左手の手首を返して弦で矢を押し出した。そうしてギリギリまで弦と矢を接触させておく事で、矢筋やすじを安定させ命中精度を上げると同時に最大限矢に勢いを乗せたのだ。


 アーチェリーのような洋弓や小型の弓の場合は顎先までしか弦を引かないため必要ないのだが、大型の弓の場合は、弦を耳の後ろまで引くため、この独特の技法――『角見つのみ』ができないと、放った時に右の耳や頬、左手の内側に弦が当たってもの凄く痛い思いをする事になる。


 ――それはさておき。


 古代級の剛弓から放たれた矢の勢いはライフル弾に勝るとも劣らず、しかし、ムサシは静が行なった一連の所作を美しいと思いながら臆する事なく斜め前へ踏み込んで躱し、瞬時に間合いを侵蝕した。


 和弓のような大型の弓は小型の弓と比べて、飛距離が長く威力が高い反面、取り回し易さや連射速度で劣る。二射目は間に合わない。


 そこで静は、両手で弓を持ち、薙刀における八相に似た構えをとった。そして、胸部を支点に梃子の原理を応用して遠心力を生かす女性的な扱いで弓を薙刀のように振るう。その姿には、双子の姉妹の面影が色濃く窺えた。


 こちらの打ち込みに対して、その場に居付く事なく摺足でたいを捌いて左右へ躱し、後ろへ避け、回避しきれない攻撃に対しては弓の中央を軸に両端を旋回させて往なしては突き、打ち払っては薙ぎ、受け流しては払う攻防一体の立ち回りでこちらの攻撃の拍子リズムを崩して勢いづかせない。前ヘ踏み込んで木刀の鍔元へ弓を添えるようにして受け止めると、すかさずこちらの手首を掴んで合気道の投げ技を仕掛けてきた。


 そして、瞬時の判断で関節が極まる前にこちらが自ら跳んで投げ技から抜けた時、また弓での足払いを躱すために後退した時、静はその動きに呼応して自らも離れるように移動し、わずかな隙と距離の開きを逃さず矢を射掛けてきた。それができたのは、常に広い視野を保ち、どれだけ激しく動き回っても全員の位置を正確に把握していたからだ。


 その遠・中・近――全ての距離を制する戦い振りには目を瞠らされた。


 三番手は、〔龍を統べる者の杖ドラグーンロッド〕を携えたミア。


 パーティ〈セブンブレイド〉は、『ソロで最強ッ! パーティで無敵ッ!!』というモットーを掲げていた事もあって、能力構成ビルドが後衛型であっても、自分の身は自分で守れるように、と連携訓練の合間に、一対一、一対多の戦闘訓練を行っていた。


 その時、もちろんミアと試合をした事もあったのだが、危なくなるとすぐに光の翅を広げて上空へ逃げていたあの頃とはまるで別人だった。


 くるり、と舞うように、ふわり、と踊るように身を翻すその美しい姿を、一挙手一投足を、目で追うだけで魅了され戦意を喪失しかねない――それ程までに洗練された体捌きと流麗な歩法で全ての攻撃を柳に風と受け流し、強引に捉えようと踏み込めば、絶妙なタイミングで突き出される長杖ロッドや繰り出される足払いが出端を挫く。


 白兵戦でも十分に敵を倒し得るという事を見せ付けてきた静とは対照的に、ミアはあくまで白兵戦技能は護身のための余技であるという姿勢で守りに特化した技術を披露し、精霊族専用法術――【精霊術】を行使できるだけの距離が開いた時点で自分の勝ちだ、と無言でプレッシャーを掛けてきた。


 その『』の源流たる『』の妙技には、言葉にできない程の感動を覚えた。


(――けど、誰もスキルを使ってこなかったな)


 武術スキルだけではなく法術スキルの使用も禁止していない。後の2人は『接近されてしまった場合を想定した近距離戦闘』という事で、法術スキルを使わせないよう立ち回ったが、故意に隙を作って武術スキルを誘っても乗ってこなかった。


(あえて使わなかったのなら良い。けど、使いたくても使えなかったのだとしたら……)


 思い当たる節があるムサシは、これから行なう予定だった修行内容の変更を検討し始めた。




 ――『〈セブンブレイド〉だから7分』


 かつて、メンバーの1人、言祝ぐ命ことほぐみことがそう言ってから、仲間内で行なう1試合の制限時間は7分になった。


 それ故に、今回の手合わせも7分間という制限を設けた。


 7分間――たったそれだけの時間で、巴、静、ミアは、流れるほどの汗を掻き、肩で息をするほど呼吸を乱し、思わず座り込んでしまうほどに疲弊している。それは偏に、集中力を最大限に高めて全力で挑み、死力を尽したからだった。


(ムサシ殿の実力そこを見極めるつもりで挑んだというのに……ッ!?)


 巴は、息を乱す事も汗を掻く事もなく平然と佇むその姿を見て戦慄し、


(私達が不覚を取ったロボットラードーンをたった一人で倒したって聞いていたから、強いだろうとは思っていたけど……ッ!?)


 静は、【ステータス】に頼り切ったものではない卓越した技量に驚嘆し、


(先輩が本気を出していたら、凌ぎきれなかった……ッ!?)


 ミアは、流れ落ちる汗の冷たさに、ブルッ、と躰を震わせた。


「ムサシ殿、質問してもよろしいですか?」


 考え事をしていたムサシは、声を掛けられてそれを中断し、おう、と承諾する。


「その木刀には、やはり〝気〟を纏わせているのですか?」


 そう問いつつムサシが手にする木刀へ目を向ける巴。何度か武器破壊を狙って刃で斬りつけ、石突で打ち据えたのだが、傷一つ見当たらない。つい先程、小刀で削って成形していたのを見ていたというのに。


「少し違う。木刀の外側を〝気〟の膜で包み込んでいるんじゃない。木刀の内側に〝気〟を通して、表面に滲み出た分で覆ってるんだ」

「スポンジに水を吸わせるような感じですか?」


 そう問う静に、良い例えだ、と返してから、より正確を期するなら、と前置きして、


「肉眼じゃ確認できないけど、この木刀は膨大な数の原子の集合体で、原子と原子の間には隙間がある。その隙間に〝気〟を通した――木刀の内部に存在する空間を〝気〟で埋め尽くしたんだ。そうすると、木刀これが一つの巨大な原子みたいな状態になって、破壊不可能な剛体と化すだけじゃなく、〝気〟と一緒に意思を通わせれば己の一部のように操る事ができるようになる」


 巴と静は〝気〟の奥深さに驚嘆し、ミアは、勉強嫌いの剣バの口から『原子』や『剛体』といった科学の用語や知識が飛び出した事に驚愕した。


「他に質問は?」


 そう問うと、はい、と律儀に挙手するミア。ムサシが促すと、


「ひょっとして、先輩が使っている歩法って、『まろばし』ですか?」


 無形むぎょうくらい――剣を手にした自然体のまま、常に摺足すりあしで滑るように移動する緩急自在の歩法。それについて半信半疑といった様子で問われたムサシは、少し困ったような顔をして、


「そうだ……と断言はできないけど、そう呼んで差し支えないものにはなっていると思う」


 その答え方にも、『転ばし』という歩法についても興味を持った姉妹が尋ねると、ミアが困ったように微苦笑しながら、


「私達が通っていたのは、子供達に剣道も教えている古武術の道場だったんですけど、道場主の若先生と先代道場主のおお先生は、親子二代揃って中二病をこじらせた結果、武の世界にのめり込んでいったような人達で……」


 頭の切り替えがしっかりとできる人達だったので、剣道や古武術の指南は問題ないのだが、それ以外では、同好の士や子供達相手に時代小説やラノベに登場する必殺技やその術理などについて熱く語る上、同じ事を何度も何度も……嫌になるぐらい何度でも初めて語るかのように話す癖があり、門下生のほぼ全員をうんざりさせていた。


 だがしかし、本当に話を初めて聞く新人を除いてただ1人、剣道バカ略して『剣バ』と散々言われて、俺ってバカなんだ、と自認していたが故に、覚えの悪いバカな俺のためにわざわざ何度も話して聞かせてくれているんだ! と誤解していたムサシだけが何度でも真剣に話を聞いていた。


 人一倍稽古熱心で努力家な上、ちゃんと話を聞いてくれるムサシの事を気に入っていたのは若先生だけではない。隠居して道場にあまり姿を見せなくなっていた大先生も実の孫のように可愛がっていて、表の自宅縁側に招いては祖父と孫のように並んで座り、お茶と茶菓子頂きながらフィクションとノンフィクションがごっちゃになった武術の話を何度でも延々と語り、ボケたんじゃないか? と門下生や家族から真剣に心配されていた。


 ――それはさておき。


「『転ばし』ってのは、その大先生と若先生が話してくれた『玉が転がる』という意味を持つ古流の歩法、正確には〝重心の操法〟だ」


 玉の重心は常に中心にあり、転がる事はあっても決して倒れない。


 人間の歩行は二足での重心移動。その運動は非常に不安定であり些細な事でバランスを崩す。


 躰の中心に重心を定める事で玉になりきる。


 地面を蹴って進むのではなく、特殊な膝の使い方を用いて意図的にバランスを崩す事で歩を進める。


 足の上下運動を排し、躰が限りなく浮かないよう心がけて進む。そのための摺足。


 素早く動くために歩行の無駄を全て削り落とせば必然的にそうなる。


 ……などなど。


「俺が使っているのは、その要訣を可能な限り思い出して踏まえ、あくまで自分なりに形にしたもの。だから、そうだと断言はできないんだ」


 ムサシは思わずといった様子で天を仰ぎ、先生に見てもらえればはっきりするんだけどなぁ~、とこの異世界では叶わないであろう願いを口にした。


「ちなみに、ここにくるまで使っていた走法は【難場なんば走り】な」

『そ、そうだったんですかッ!?』


 スポーツ界でもトレーニングに取り入れられるなど比較的知られている走法だが、陸上短距離の金メダリストを置き去りにするような速度で走り続けていたムサシの走法がまさかそれだとは思いもせず、ただついて行くのに必死でその走り方をよく見ていなかった姉妹は声を揃えて残念がった。


「それより、確かミアは、若先生が実際にやって見せてくれた時、一緒にいたよな? ――どう思う?」

「先輩の歩法は、『転ばし』だと言っていいと思います」


 ミアは断言した。


 だが、実のところはよく覚えていなかった。おそらく、当時の自分は普通の運足と何が違うのか分からなかったのだろう。しかし、今は目の当たりにした歩法の凄さが分かる。


 最も重心を安定させられる摺足で自然体を維持したまま移動するため、一切隙が生じない。それに、普通は地面を蹴って前へ進むが、この歩法には地面を蹴るため足に力を込めるという準備動作がないため初動が極めて捉えづらく……おそらくは完全に消す事もできるはずだ。


 自分にはそれが本当に『転ばし』なのかは分からない。けれど、そう呼んで差し支えないものにはなっていると思う、と今の先輩が言うのであれば、それで十分。


「よし! じゃあ、これからは【転ばし】と呼ぶ事にしよう!」


 ムサシが満足げにそう宣言すると、


「では先輩、その【転ばし】を伝授して下さい!」


 ミアが、ずいっ、と詰め寄り、


『わ、私にも是非ッ!』


 姉妹が揃って懇願する。


 3人がそう望むのであれば指南するに吝かではない。だが――


「それに返事をする前に訊かせてくれ。手合わせの際、スキルを使わなかったのは、技後硬直を嫌ったからだな?」


 3人に分かり易いよう、いわゆる残心に相当する動作補正システム・アシストのあるスキルを使用した直後のシステム的な硬直――『技後硬直』というゲーム時代に使われていた言葉を用いたが、この世界でスキルを使用した後にくるのは、硬直ではなく脱力。立ち眩みにも似た虚脱感は強力なスキルほど、ゲーム時代であれば消費MPが多かったスキルほど強く、ものによっては数秒間身動きが取れなくなる。


 ミア、巴、静は、確認するムサシの言葉を肯定した。


 スキルを使わなかったのは、確実に直撃ヒットさせる自信がなかったからでもあるが、それ以上に、ムサシを前にして身動きが取れなくなるのはもちろん、例えわずかでも動きが鈍る事を嫌ったからだった。


「技後硬直は回避できる」


 ムサシが結論から述べると、3人は一瞬きょとんとした後、


「――本当ですかッ!?」


 ミアと静も驚いている。だが、3人の中で最も顕著な反応を示したのは前衛型の巴だった。


 モンスターが襲い掛かってくる。それが見えているのに躰が動かない――これは、とても恐ろしい事だ。HPが0になっても確実に復活できたゲーム時代ですら怖かったが、本当に死んでしまうこの世界での恐怖はその比ではない。


「私達は、ムサシ殿に倣った『ステータス重視型』ですからスキルなしでもある程度戦えますが、そのせいで戦えなくなってしまった人を大勢知っています」


 『ステータス重視型』とは、戦闘系スキルの修得よりも、【ステータス】の各パラメーターを上昇させる事を優先した能力構成ビルドの事。こちらは圧倒的に少数派で、大多数派は、ハイランクの武器防具に定められている要求値――装備するために必要とされる最低限の値までパラメーターを上昇させるに止め、通常攻撃を大きく上回るダメージを与えられる戦闘系スキルの修得を優先する『スキル重視型』。


 それもそのはず。【ステータス】の各パラメーターは、アイテムや付与系の法術スキルで一時的に上昇させる事が可能であるため、貴重なGPグロウアップ・ポイントを割り振ってまで上げる必要性は低く、何より、現実リアルではありえない、味わえない大迫力のバトル、動作補正システム・アシストを受けての痛快かつ壮快なアクションは、圧倒的な自由度に並ぶ《エターナル・スフィア》最大の売りだった。


 つまり、大多数のプレイヤーは、スキルを使わなければモンスターに有効なダメージを与えられない。


 そうであるにもかかわらず、技後硬直が恐ろしくてスキルを使えない。


 それでは、ゲーム世界のものより強い、この異世界のモンスターは倒せない。


 現実世界リアルでは、そのほとんどがインドア派のゲーマーや荒事とは無縁の社会人。この異世界での現実に直面し、命懸けの戦いで死の恐怖を思い知ったのなら、戦いを避けようとするのは当然。むしろ、それを知ってもなお戦い続けられるほうがどうかしていると思われても仕方がない。


 巴の話に、静とミアも頷いた。


 そして、戦闘系の能力構成ビルドでありながら戦えなくなった者達は、街で得た最低限の稼ぎを日々の生活で失い、戦闘や狩りができる者、能力アビリティ【錬金】や【合成】に頼らず新たなアイテムを開発する事ができる者などは富を増やし、格差の拡大が深刻な問題に……とか、大規模クランがそういった人材を囲い込み、更には好条件を提示して中・小規模のクランから引き抜いて事業を拡大し……とか、修行とは関係ない方向へ逸れたので、ムサシは手を打って3人の注意を引き、話を元へ戻す。


「そもそも、技後硬直は何故起きるのか? それは、スキルを使った瞬間、発動に必要なだけの〝気〟が体内から強制的に抜き取られるからだ」


 ゲーム時代は、スキルを発動するとMPを示す数値とゲージが減少するだけで、プレイヤーにはMPを消費する感覚などなかった。しかし、この異世界では〝気〟が躰から抜ける感覚が、血が躰の外へ流れ出てしまうような感覚がある。それ故に、消費MPが多いスキルほど、酷い虚脱感に襲われるのだ。


「では、何故そんな事になるのか? それは、動作補正システム・アシストを利用した場合、その発動工程には【練気】が含まれていないからだ」

「じゃ、じゃあ、スキルを発動する前に【練気】しておけば……ッ!?」

「そうだ、そのスキルを発動させるのに必要なだけの〝気〟を【練気】しておけば、スキルを使っても技後硬直に陥る事はない」


 ただし、【練気】した〝気〟が足りていなければ当然その分だけ抜き取られる感覚があり、逆に多過ぎると余剰分は霧散して無駄に失われてしまう。


「会得したいって気持ちは分かった。――けど、【転ばし】の伝授は後回しだ。今は新しい事を覚えるよりも、できるようになった事をより確かにするべきだと俺は思う」


 動作補正システム・アシストを利用した場合、可能性を創造する力エリキシルを費やしてスキルを修得しさえすれば、誰もが過不足なく必要なだけの〝気〟の消費で、使用者の心身の状態に影響されず毎回必ず、同じ速度、同じ威力の技を繰り出す事ができる。


 だが、発動準備が完了した事を知らせる発動光でスキルの発動を察知され、阻止キャンセルされる、回避・防御される、カウンターを狙われる、技後硬直に陥る、などの短所が挙げられる。


 一方、【体内霊力制御】【体内霊力精密制御】を会得し、自ら〝気〟を操って技を繰り出す場合、威力を調節でき、応用する事も可能であり、動作補正を利用する場合に挙げた短所を全て解消できる。


 しかし、それを会得するためには修行が必要不可欠であり、しかも絶対に会得できるとは限らない。その上、敵と距離をとる事ができる後衛ならまだしも、敵との距離が近い前衛が激しく動き回りながら攻防の最中さなかに【練気】しつつ制御して技を繰り出すのは至難の業であり、高度な熟練を要する。


 そこで、ムサシは、前者と後者の中間――【体内霊力制御】とスキルを併用した戦闘方法の習得を3人に勧めた。


 視線を交わし、頷き合い、ムサシの指示に従う旨を伝えるミア、静、巴。


「技後硬直を回避し、なおかつ無駄をなくすためには、〝気〟の知覚と【練気】の精度を上げる必要がある。そのために最適な修行方法は、瞑想だ」


 小さな舞台のような巨石の上で車座になり、結跏趺坐して瞑想を始める3人。


 それは、1人で狩りに出かけたムサシが戻り、昼食の準備が整うまで続けられた。


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