『 この世界での戦闘 』
そこは、自由都市フリーデンと空港都市エレフセーリアを結ぶ地下トンネルを、フリーデン側から3分の2ほど進んだエレフセーリア寄りの地点。
彼我の距離はおよそ500メートル。トンネルは一直線ではないため、ここからギリギリコードネーム『ダンジョンボス』の存在を確認できる。それは、あちら側からも確認できるという事だが動きはない。もっと接近できるかもしれないが、指揮官はここがダンジョンボスのギリギリ索敵範囲外と判断したらしく、停止と待機の命令が通達された。
作戦通りなら、これからエレフセーリア側の救出部隊が攻撃を仕掛け、ダンジョンボスを引き付けつつ後退。その隙に、こちら側のメンバーで緊急避難スペースに立て篭もっている要救助者6名を確保し撤退となるのだが……
「先輩、まさかダンジョンボスって……」
「おう、初めて見た」
「という事は、他のゲーム世界か、この世界固有の敵……」
「って事になるんだろうな」
レナにもダンジョンボスについて訊いてみると、自身を含め誰一人として知らないとの事だった。
「ただ、交戦した仲間の報告で、サイバディタイプの機巧族並みに強力な武装を内蔵した〝バリア持ち〟だという事は分かっています」
護圏とは、高レベルの敵が保有する特殊能力で、物理・法術を問わずあらゆる攻撃を無効化する。
そのバリアを保有するが故に『バリア持ち』と呼ばれる敵を倒すには、まず『護圏破壊』しなければならない。
その方法は、一般に知られているものだけで3つある。
1、機巧族専用の特殊装備〔バリアブレイクショット〕を使う。
2、バリアの無効化可能ダメージを上回る一撃を叩き込んで破壊する。
3、バリアブレイクするまで攻撃を連鎖させ累積ダメージで破壊する。
「今回の作戦にはダンジョンボスの撃破は含まれない……という事は、〔バリアブレイクショット〕を所有する機巧族の方の協力は得られなかったという事ですか?」
ミアの問いに、沈痛な面持ちで頷くレナ。
そして、次の瞬間、思いがけない問いが飛び出した。
「あ、あのぅ、……やっぱり、ムサシさんでも倒せませんよね?」
「え? 倒していいの?」
ムサシがそう訊き返すと、レナとミアは揃って、えっ!? と目を丸くした。
「いや、だって、ここまで皆で協力して攻略したんだろ? なら、当然ボスだって自分達の手で倒したいだろ?」
そう思ったからこそ口出しを控えたが、構わないのであれば即行で倒す――といった旨を伝えると、通信要員としてエウフェミア小隊に配属されたレナは、ちょ、ちょっとお待ちになって下さいませッ!? と大いに狼狽えながらムサシの話を上へ報告する。
その一方で、ミアはムサシに詰め寄り、
「先輩ッ! 初見の相手だって言ってたじゃないですかッ!? それなのにどうして倒せるなんて断言できるんですかッ!?」
「出し惜しみするつもりがないからだ」
何でもない事のように言って、今回は人命が懸かってるからな、と続けると、ミアは唖然として目をパチパチさせていたが、
「で、でも、バリアはどうするんですか? いくら先輩でも、たった一人でバリアブレイクするなんて不可能でしょう?」
当然の事ながら、〝バリア持ち〟は護圏破壊されるまでじっとしていてはくれない。バリアで守られているが故に防御で動きを止める必要がないため、一気呵成に攻め立ててくる。
一撃で破壊するほどの攻撃となると、武術スキルの奥伝技や上級の法術スキル、〔秘伝奥義書〕でしか修得できない秘奥義や秘術が必要になるのだが、発動準備時間が長い上にその間は身動きが取れず、その無防備な状態で一撃食らえばスキルの発動を阻止されてしまう。
累積ダメージで破壊しようにも、その間に一度でも攻撃を受ければ連鎖は阻止されてしまう。そして、たいていの〝バリア持ち〟は、バリアが破壊されそうになると、自身を中心とした周囲を薙ぎ払う範囲攻撃を放ってくる。
故に、〔バリアブレイクショット〕を所有する機巧族を除くと、単独で護圏破壊するのは不可能だと言われているのだが……
「そうでもないぞ。裏技を使えば」
裏技? と驚くミアを見て怪訝に思ったが、すぐに、あぁそうか、と合点がいった。〈セブンブレイド〉でクエストに臨んだ際には一度も使った事がない。何故なら、メンバーの1人、天佑七式が〔バリアブレイクショット〕を所有しているからだ。
「バリアブレイクする裏技なんて……って、そうでしたね」
「ん?」
「先輩は、『他人から聞くより自分で見つけるほうが楽しいだろ』って言って、何か発見しても一切公表しなかったから、先輩しか知らない事がたくさんあったじゃないですか。7体の古代龍全ての出現場所とか、隠しイベント【異界の佐武頼】のクリア報酬で修得できる特殊スキルとか……」
「いや、俺だけって事はないだろ」
「いいえ、先輩だけです」
ミアは昔を懐かしみ、そう言って微笑んだ。
結論から言うと、コードネーム『ダンジョンボス』を倒す許可が下りた。
やはり、自分達の手で、という意見も少なからず上がったそうだが、一刻も早く危機に瀕している仲間を助けたい、という意見が強く、最終的には、このトンネルを安全に利用できるようにするという目的さえ達成できれば良い、という事で纏まったらしい。
ミアは心配してくれているようだったが、ご武運を、と信じて送り出してくれた。
そんな訳で、ムサシは独り、ロボットのセンサーにどこまで通用するか分からないが一応【隠蔽】のスキルを発動させて、ダンジョンボスに接近する。
ちなみに、ムサシ以外の救出部隊メンバーも能力の【隠蔽】は使用していない。それは、術者達によってメンバー全員に法術の【隠蔽】がかけられているからだ。
(さて、どこまで近寄れるかな?)
能力【隠匿】・技術【隠蔽】は、透明化するスキルではない。〔ティンクトラ〕獲得者――ミア曰く、この世界では『聖痕持ち』と呼ばれるらしい――の全身を包み込む【守護障壁】に【隠蔽】の効果を付与し、その者が存在するという情報を隠蔽する事で極端に影を薄くして気付かれ難くする。
相手が人間であれば、カンストしているムサシの能力【隠匿】・技術【隠蔽】なら、背後に立っても気付かれず、視界に入っても気にされない。
こんなスキルが存在するからこそ、都市結界は市壁を超えて侵入しようとするモンスターを拒絶するのみならず、〔ティンクトラ〕の機能を封じる効果も備えているのだろう。
――それはさておき。
コードネーム『ダンジョンボス』は、立ち上がれば3メートルを超えると思われる4腕2脚のドラゴンのようなロボット兵器。現在はトンネルのど真ん中で緊急避難スペースの分厚い金属製のドアのほうを向き、両膝をついた駐機姿勢で動きを止めている。
能力【調査】・技術【分析】でAR表示された情報を見ると――
名称は『ラードーン』。
頭部口腔にはバーストレーザー砲、両肩から伸びる一対の巨腕には衝撃波を発振する振動砲、胸部には……といちいち挙げていてはキリがないほどの武装を内蔵しており、それ以外にも、背部の畳まれた翼のように見える細長いコンテナは多連装マイクロミサイルポッドで、両脇の下に備わった一対の人間サイズのアームには、始めから装備していたのか奪ったものなのかは定かではないが、多銃身回転砲塔式機関銃と突撃銃を装備している。
他には【能力】、【技術】、装甲の構成素材などなど、知ろうとすればしただけ情報を得る事ができる。しかし、〝聖痕持ち〟の【ステータス】からも消えた項目――『Lv』『最大HP/HP残量』『最大MP/MP残量』の情報はなかった。
《エターナル・スフィア》とこの異世界では、【ステータス】のパラメーター効果や【能力】、【技術】に変化が生じている。だが、最大の違いはやはりこれだろう。
この世界での戦闘は、HPの削り合いではない。即死効果のあるスキルでなくとも、たいていの生物は首を刎ねれば死亡し、急所を突けば一撃で仕留められる。
そして、それは敵に限った事ではない。護圏破壊と同じ様に『障壁破壊』されて【守護障壁】を一時的に失えば、その間、ナイフの一突き、鉛弾の一発が致命傷になりえる。
それ故に、いつダンジョンボス――『ラードーン』が動き出しても即座に反応できるよう高い集中力を維持し、慎重に接近する。
ラードーンは無反応。
左手を鞘に添えて親指を鍔にかけているが鯉口はまだ切らず、右手は、だらん、と躰の脇に垂らしたまま距離を詰める。
ラードーンはまだ無反応。
軽く重心を落とし即座に抜刀できるよう腰に余裕を持たせた状態――『居合腰』で滑るように間合いを詰め……ついに一足一刀の間合いに捉えた。
それでも、ラードーンは無反応。ピクリとも動かない。
(拍子抜けって感は否めないけど、好都合っちゃ好都合か)
ラードーンの正面、手を伸ばせば届く位置に立っても反応はない。
ムサシはそのまま、ス――…、と刀を振り回しても届かない位置まで後退した。
そして、緊急避難スペースの分厚い金属製のドアを背後に庇うように立ち――勢いよく愛刀の抜き放つ。
その途端、【隠蔽】が自動的に解除されるとほぼ同時に、カメラ・アイを保護するシャッターが開いて光が灯り、まるでびっくりして飛び上がるような勢いでラードーンが立ち上がり、駐機姿勢から臨戦態勢へと移行した。
《エターナル・スフィア》の戦闘系スキルの内、武術スキルには、『初伝技』『中伝技』『奥伝技』『秘伝技』、アイテム〔秘伝奥義書〕でしか修得できない『秘奥義』が存在した。
初伝技、中伝技、奥伝技にはⅠ~ⅩのスキルLvがあり、【長剣】【槍】といった【能力】の熟練度を規定値まで上げるとスキルを修得する事が可能となり、そのスキルを規程回数以上使用すると、一定の確率でLvが上昇すると同時に『秘訣』を得て性能が向上する。そして、最高のスキルLv・Ⅹ――『神髄』に至ると、性質が変化するものもある。
(――先手必勝ッ!)
ラードーンと相対したムサシが、修得した数少ない武術スキルの中から選んだのは、剣を得物に選んだプレイヤーならまず間違いなく修得している初伝技――
「七支刀流刀殺法――旋風斬りッ!」
大きく踏み出した左足を軸に、高速で時計回りに一回転して大きく右足で踏み込みながら〝気〟を充溢させた愛刀を横薙ぎに振り抜いた――その瞬間、爆発的に発生した怒濤の如き霊威を帯びた衝撃波が自身を中心とした周囲を薙ぎ払い、正面にいた全長3メートルを超えるラードーンを木っ端のように後ろへ吹っ飛ばす。
砲弾のような速度でほぼ水平に後ろへ弾き飛ばされるラードーン。
それをほぼ等速で追うムサシ。
その勢いのまま壁面に叩き付けられたラードーンにムサシが肉薄したその時、神髄に至った【旋風斬り】の余波で吹き飛ばされそうになるのを何とか堪え、遠くからその戦いを注視していた者達は、揃って、斬るッ!! と思った。しかし、次にはバリアの存在を思い出し、それではダメだッ!! と内心で頭を抱える。
だがしかし、次なるムサシの一手は、誰も予想だにしなかった――
「――【守護法陣】ッ!」
ゲーム開始時から選択した種族に関係なく全プレイヤーが修得済みの技能――能力【護身】の防御スキル。
発動呪文詠唱後0秒で白銀の魔法陣がその足元に顕現し、ムサシを半球形の光の防壁が包み込む。
そして、トンネルの壁に阻まれて後退できず、左右に逃れる余地を与えられなかったラードーンの護圏と間近で展開された【守護法陣】の光壁が激突し、せめぎ合い――ラードーンのバリアが薄氷の如く砕け散った。
護圏破壊されたラードーンは、そのままなす術もなく光の防壁に弾き飛ばされて再度後ろの壁に激突し、そのままトンネルの壁に押し付けられ、めり込んでいく。
更にムサシは、【守護法陣】の効果が切れる直前、柄頭を握る左手だけで愛刀を保持し、右手で道具鞄から漆黒の呪符――〔黒帝封魔凍結符〕を取り出すと、〝気〟を込め、表面に黒い光で特殊な文字が浮かび上がった符をラードーンに向かって投じた。
符は一直線に飛んでラードーンの胸に貼り付き、【守護法陣】の効果が切れた瞬間、
「――【急々に律令の如く成せ】ッ!」
ムサシは素早く飛び退りながら、〝気〟を込めた瞬間から符と霊的経路で結ばれている右手で刀印――人差し指と中指を揃えてピンと立て他の指を握り込んだ形――を結び、符に込められている術を発動するよう命じる。
符が一瞬で、ボッ、と燃え尽きた直後、ラードーンが見えなくなるほど凄まじい水蒸気が発生し……それが収まった時にはもう、ラードーンは凍結して完全に動きを止めていた。
戦闘開始からここまでに要した時間は、およそ1分。
ムサシは、ラードーンの機能停止を確認してから残心を解いて納刀し、【念話】でミアに終わった事を知らせた。
〔黒帝封魔凍結符〕は、対象から強制的に熱を奪って凍結させる呪符。
ラードーンの機体表面から滴る液体に注視すると、AR表示された内容から、それが冷やされて液化した空気中の窒素や酸素だという事が分かった。
それは、少なくとも摂氏マイナス196度以下まで冷却されたという証。おそらく絶対零度かその付近まで熱を奪ったのだろう。ゲームの時は温度まで気にしなかったが、とんでもないアイテムだ。
「――先輩ッ!」
案の定、真っ先に駆け寄ってきたのはミアだった。その隣にはレナがいる。それに続いてフリーデン側のメンバー、少し遅れてエレフセーリア側のメンバーがやってきた。
救出部隊のおよそ半数は緊急避難スペースのほうへ行ったが、残りの半分、主に前衛メンバーが反対側のムサシの元へ。ミアの話しによると、なんでも今の戦闘を解説してほしいらしい。
「解説って言われてもなぁ……」
はっきり言って専門外だ。しかし、そんな事はお構いなしに質問がきた。
「バリアブレイクしたのに、どうして斬らなかったんですか?」
真っ先にそう訊いてきたのは、隣に並んでラードーンを見ているミア。
「こいつが何で動いているか分からなかったからだ」
ものによっては、トンネルが崩落するほどの大爆発を起こす可能性があった。それに、クリーンなエネルギーで動いているとは限らない。爆発の規模はそれ程でなかったとしても、有毒物質が撒き散らされたり、放射能で汚染されたり……など、考えられる限り最悪を想定して考慮した結果、凍結封印という方法を選択した。
「何故、初伝技の【旋風斬り】だったんですか?」
「その上位スキルではダメなんですか?」
そういった類の質問が多数寄せられ、答えなければ解放してもらえそうになかったので回答する。
能力【太刀】・技術【旋風斬り】は、衝撃波を伴う高速の回転斬り。効果範囲は、自身を中心とした周囲。刀身部分にしか攻撃判定がなく、衝撃波は敵を大きく吹っ飛ばすだけでダメージは与えられない。
衝撃波の中で無数の真空の刃が乱舞する中伝技【旋風裂斬】、衝撃波で周囲を吹っ飛ばしてから正面直線上を竜巻で薙ぎ払う奥伝技【旋風衝烈波】では、バリアに弾かれ掻き消されてしまう。しかし、衝撃波に攻撃判定のない初伝技【旋風斬り】だと、バリアに弾かれる事なく〝バリア持ち〟を吹っ飛ばす事ができる。
「――ただし、それはゲームの時の話だ。今回は自分の経験から最適だと判断した技を選択したに過ぎない。機会があれば自分達でいろいろ試してみてくれ」
それに、実のところ、ムサシは【旋風斬り】のスキルを使用していない。あれは、以前使ってみた際に体感した【体内霊力制御】と動作を自らで再現したもの。
つまり、なんとこの異世界では、スキルの動作補正なしでも必殺技が使えるのだ。
――何はともあれ。
「質問はここまでだ! 今はまだ作戦中だぞ!」
ムサシはそう言って、次の質問がくる前に逃げ出した。
向かう先は、緊急避難スペース。そちらには、立て篭もっている6名と特に親しい者や回復系法術を修得している者、医薬品を抱えた者達が集っており、自分が行ってもする事はないだろう。だが、雇われた者として勝手に帰る訳にはいかない以上、他に質問攻めから逃れるための口実になる場所がない。
ムサシの後にミアとレナが続く。そして、ムサシがいなくなればそこにいる理由もなくなり、結局、全員が緊急避難スペースのほうへ移動した。
そうして、万が一に備えて待機している一部の者達を除き、救出部隊の面々が勢揃いした訳だが、そこにはムサシ以外の男が1人もいない。しかも、4分の1は肌の露出が多いビキニアーマー装備、4分の1は躰のラインが露わなボンデージ装備、そして、残りの半分は、学園指定の制服や体操着、水着などなどという、美女・美少女の集団。
目のやり場に困る上、居心地が悪い事この上ない。
早く帰りたいと切に願いつつ緊急避難スペースへ赴くと、何やら手間取っていた。
何事かと訊いてみると、ドアには鍵が掛かっていて、ドアが分厚いせいで叩いても叫んでも向こう側には届かず、〔開錠キット〕や使い捨ての〔万能キー〕はあるのだが、鍵が壊されていて金属製のドアを開ける事ができないらしい。
それを聞いたムサシが道具鞄から取り出したのは、〔開錠キット〕や〔万能キー〕と同じく鍵が掛かった宝箱を開けるためのアイテムの1つ――〔開錠符〕。
できる事なら、【侍】として、陰陽師や大陸のほうの術者のような真似はしたくないのだが、ラードーン戦のときと同じく手段を選んでいる場合ではない。
符を投じてドアに貼り付け、刀印を結んで命じる。すると、壊れている鍵が音を立ててはずれ、ドアがゆっくりと開き始め――
「…………ッ!」
ムサシは、ドアの向こう側から漂ってくる濃密な血の臭いに眉根を寄せた。