『 ムサシの楽園 』
騒乱の渦中から脱したムサシ達は、場所を中央広場からパーティ〈セブンブレイド〉の拠点1階の店舗――〈七宝〉に移した。
流石に行動を共にした女性達全員は店に入れない。そこで、4名の代表者が選出された。
クラン〈エルミタージュ武術館〉から美女2名。妖魅の豹族でビキニアーマー装備の『リタ』と、妖魅の狼族でピンと尖った獣耳とフサッとした尻尾があるボンデージ装備の『サローネ』。
通称〈女子高〉ことクラン〈私立情報之海総合学院付属女子高等学校・フリーデン分校〉から美少女2名。選抜隊隊長の『佐々木 香』と副隊長の『田中 遼子』。
この4名に、ムサシとようやく自分だけの世界から戻ってきたミアを加えた6人で、店舗の奥の応接間へ入り……ムサシだけが早々に退出する事になった。
それは何故か?
選出された4人が、怯えたり萎縮したり緊張したりで話しにならなかったからだ。
4人には、ミアと共に駆けつけてくれた事、その後も手を貸してもらった事について感謝の言葉を述べ、ミアには、工房へ行く、と告げて部屋を出るムサシ。その途端、姿勢よく座っていた4人は詰めていた息を吐きながらぐったりとソファーに沈み込んだ。
「大丈夫ですよ。先輩はみなさんが思っているような怖い人じゃありません」
「――いや怖いよッ! メッチャ怖いよッ!! だって、ドラゴンみたいに迫力とか威圧感とかがあれば『こいつは危険だッ!』って警戒するけど、あの人ソロで古代龍を蹂躙できるぐらい強いんでしょ? ――なのにそんな感じが全然しないんだもんッ!! 全然全くこれっぽっちも殺気を発しないであんな簡単に人間をスクラップにした人初めて見たよッ!?」
「ドラゴンを蹂躙できるかは知りませんが、ジオナイト・スタチューは一撃でした。――一撃ですよッ!? 【ステータス】の補正もなしに素手でッ!? そんなの真人族より遥かに高い身体能力を有する妖魅族の私達にだって不可能ですッ! あの人本当に人間なんですかッ!?」
肝っ玉の太い姐御肌のリタが小娘のように取り乱し、クラン内でトップクラスの戦士であるサローネは青い顔でカタカタ小刻みに震えている。
危険を嗅ぎ分ける嗅覚――それは冒険者にとっての命綱。それに全く引っかからない絶大な脅威は、確かにこの上もない恐怖だろう。その嗅覚に自信を持っている者にとっては尚更に。
「あの……、正直に申しますと、私達も、その……あの方の前でどう振舞えばいいのか……」
「数々の噂も所詮はゲームの話しだと……。それがまさか、本当にあれほど……その、超人的な方だったとは……」
ミアは、当たり障りのない言葉を選ぶ香と遼子の様子に苦笑し、
「先輩は、子供と動物に好かれる優しい人ですよ。基本的には温厚で争いを好みませんし、細かい事は気にしないので、本気で怒らせさえしなければ、先輩ほど付き合いやすい人はいないと思います。……まぁ、確かにアレな部分もありますが」
「――アレって何ッ!?」
「それに『本気で怒らせなければ』って、不興を買ってキレられたらどうすればいいんですかッ!? 死確定ですかッ!?」
「大丈夫ですよ。先輩はキレたりしませんから」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「先輩は、頭のネジが何本か飛んでいて常時キレっ放しなんです。だから、これ以上キレたりしません」
「……じょ、冗談…ですよね?」
心の底からそう願う4人だったが、ミアは苦笑しつつ、
「そうでもなければ、躊躇なく人の手首を握り潰したり、リタさんのお言葉を借りるなら、あんな簡単に人間をスクラップにした後で笑ったりできませんよ」
『…………』
「あれ? み、みなさんどうしたんですかッ!? 急に顔色が……ッ!?」
応接間でミアが安心させようと思って紡いだ言葉で4人を恐怖のどん底に陥れていたその頃、ムサシは〈七宝〉の店頭で、既に引き上げた代表以外のメンバーが置いていったジオナイトの山を、【亜空間収納】でまとめて回収していた。
ちなみに、ストーカーエルフとその配下達から没収した数々のアイテムはここにない。それは何故かというと、ムサシが〈エルミタージュ武術館〉にそれらの売却を任せて預けたからだ。
おそらく〔道具使いの仕事道具〕のように、アイテムを無限に収納できる道具鞄の存在を知らないからだと思われるが、お二人では大変でしょう、と彼女達のほうから申し出てくれたので、ありがたくお言葉に甘える事にした。
一応収納し損ねたものがないか確認してから、ムサシはミアに告げた通り自分の工房へ向かう。
工房があるのは、店の奥の倉庫。そこには、仲間達と力を合わせて困難な冒険を達成した証、という以外に何の使い道もない思い出の品々がしまわれている。
その倉庫の突き当たりにある棚に安置された、わびさびのある味わい深い陶器の壺――これがムサシの工房だ。
この壺は〔壺公の壺〕という仙人に創ってもらった特殊なアイテムで、その中に小世界を内包している。
ムサシの壺の隣には、打ち砕く鉄と天祐七式の壺があったのだが今はない。旅立つ際に持って行ったのだろう。
ただの壺になっていたらどうしよう、という一抹の不安は杞憂に終わり、〔壺公の壺〕の口を塞ぐように掌を乗せた瞬間、ムサシの姿がその場から掻き消えた。
ふと気付くと、ムサシは壺の中の世界の出入口――清澄な水を湛えた鏡のような池に浮かぶ小島の上にいた。
目の前には岩の上に安置された祠があり、その中に納められている拳大の宝玉に触れると壺の外に出られる。見上げれば、空は青く、白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいた。
「壺の中の世界はちゃんとあった。って事は……」
1つの不安が解消された事で、新たな不安が生じた。
ムサシは振り返り、祠の前から続く丁寧に敷き詰められた石畳の上を進む。小島の端の鳥居を潜り、簡素だが趣のある石橋を渡って向う岸へ。
そして、振り返った時から既に見えていた巨大な武家屋敷へ向かって歩いていると、
『――ご主人様ぁあああああぁ~ッ!!』
その屋敷のほうから、20を超える後ろ足で立ち上がった猫と犬――猫妖精と犬妖精達が駆け寄ってきた。おそらく、匂いで気付いたのだろう。
彼らはムサシのサポートキャラクターで、身長はムサシの腰に届かず、着物の袖をまくって襷を掛け、尻尾用の穴を開けた裾がすぼまっている軽衫袴を着けている。もっといるはずだが、他のみんなはすぐに駆けつけられない所で任された仕事に精を出しているのだろう。
「ご主人様ッ! お帰りなさいませッ!」
そう言ったのは、犬妖精筆頭の『榊』。
「お帰りをお待ち申し上げておりましたッ!」
そう言ったのは、猫妖精筆頭の『樒』。
「遅くなってごめんよ! あぁ~……ッ! みんな元気そうでよかったッ!」
円らな瞳をキラキラさせ、尻尾をふりふりして自分の周りに集ってきた猫妖精と犬妖精達。毛並みもよく健康そうな彼らの姿を見て、心の底から安堵するムサシ。新たに生じた不安とは彼らの安否だったのだが、幸いな事にこちらも杞憂に終わった。
猫妖精達は、ムサシが撫でる前に自らその手に擦り寄ってゴロゴロ喉を鳴らし、犬妖精達は、頭を撫でてもらって気持ちよさそうに目を細めブンブン千切れんばかりに尻尾を振る。そして、一人一人に声をかけながらスキンシップをはかるムサシの表情はでれでれと緩みっ放しで、もしこの姿を応接間で震えている4人が見たなら開いた口が塞がらず、ミアが見たなら自分と再会した時よりも嬉しそうだと激怒した事だろう。
「みんな! 今までありがとうッ! そして、――これからもよろしくッ!」
『ニャアァ――~ッ!』
『ワオォ――~ンッ!』
元気のいい返事をした後、ムサシに付き従う榊と樒を残して、皆それぞれ自分の持ち場へ戻っていった。
この壺の中の小世界は、とりあえず広ささえ確保しておけば、必要なものを自由に創造する事ができ、自由に造り変える事ができる。だが、原則としてこの小世界のものを外へ持ち出す事はできない。だが、外の世界から持ち込んだ種子や球根、苗木などをこの小世界に植え、育て、殖やし、収穫したものは例外で、それらは外へ持ち出す事ができる。
ムサシが外から持ち込んだ多種多様な植物の管理が彼らの主な仕事で、能力【栽培】を取得していないムサシにはなくてはならない存在だ。
そんな彼らの様子を見て、ムサシは予定を変更した。当初はこのまま工房へ直行するつもりだったのだが、まずそれ以外の場所を見て回る事にする。
農耕の神々に祝福された穀物が実る田畑。
仙桃や黄金の林檎、酒の神に愛された葡萄などが生る果樹園。
神酒や仙丹の材料になる幻の蓮が一面に繁殖した大きな池。
特殊な力を秘めた水草を密かに育む湖。
薬効のある植物しか存在しない大草原。
樹齢数千年といった威容を誇る巨木――世界樹の若木を中心に広がる大森林。
霊薬の素材の宝庫である山谷。
その奥深くで洋の東西を問わず様々な神酒が貯蔵されている大洞窟。
――などなど。
ムサシは、榊、樒とともに見て回り、まだ再会を果たしていなかったその場その場で仕事に精を出していた猫妖精や犬妖精達とスキンシップの時を設け、彼らと話をした。
そして、思う。
(ここは、本当に異世界なのか?)
武装女子高生達――〈女子高〉のメンバーは、異世界トリップまたは転生の可能性が高いと考えていた。だが、ギルドの預かり所に預けてあったアイテム、仲間と共に造った拠点、この壺の中の小世界など、ムサシという個人が存在しなければあるはずのものがないものが存在する異世界にトリップまたは転生した可能性よりも、ハッカー集団によって意識だけ拉致監禁され新設された仮想世界でデスゲームを強要されている可能性のほうが高い気がする。しかし、直感はVRなどではないと告げている。
(……まぁいいか。頭脳労働は専門外。兄者と姉上に任せよう)
万が一、復活させる方法はないという結論に至った場合は、その時になってから考えれば良い。なにはともあれ、今は、考え続けても答えが出ない問題の答えを求め続けるよりもやるべき事がある。
一通り見て回ったムサシは、いよいよ屋敷の中心にある工房を目指す。屋敷へ上がる際、【亜空間収納】の応用で装備を〔破戒僧の作務衣〕へ換装した。
屋敷は天井が高い平屋作りで、工房はそのほんの一部。他の大部分では風通しが良いよう全ての襖や障子が取り払われており、採取された植物の日陰干しや、陽の光に弱い植物が栽培されている。
そこでは主に猫妖精達が活き活きと働いており、その姿を見てムサシはふと思いついた。皆を呼び集め、絶望の森からフリーデンへ到るまでに採取し、調合する前に加工する必要がある植物素材を道具鞄から取り出す。それを見せて任せても良いかと問うと、二つ返事で引き受けてくれた。
そして、ムサシが彼らに素材を預け、その場から移動しようとしたその時、
「――あなた」
そんな女性の声が聞こえ、それに榊が反応し、樒と共に声がしたほうへ。ムサシが、あなた? と首を傾げてそちらに目を向けると、猫妖精と犬妖精の女性達がいて、
「――~~~~ッッッ!?」
一溜まりもなかった。まさに瞬殺だ。
ホーム内と同じく、この壺の中の小世界でも都市結界の影響は及ばない。そうであるにもかかわらず、最高レベルの淫魔の【魅了】ですら無効化するムサシの状態異常耐性を以ってしても抗えなかった。
その脅威の存在とは――
「ご主人様が不在の間に生まれた子供達です」
ものすごく可愛いッ!
めちゃくちゃ可愛いッ!!
この可愛過ぎる存在を目の当たりにした瞬間、VRとか異世界とかそんな事はもうどうでも良くなった。
榊が奥さんの『椿』から子供を受け取り、ムサシに向かって、抱いてやって頂けますか? と問うと、感動のあまり声が出てこないムサシはコクコクと何度も頷き、即座にその場で腰を下ろして胡坐を掻く。すると、その周りに樒の奥さんである『棗』を始めとしたお母さん達が集り、子供を差し出した。
「あぁ~……~ッ! みんな可愛いなぁ~ッ! 今までいろんな宝を手に入れてきたけど、この子達に勝る宝はなかったなぁ~ッ!!」
妖精族は非常に長命であるため子孫を残そうという意識が薄く、1度の出産で生まれてくるのは基本的に一人。環境によって成長の速度が変化し、外敵が存在しないこの安全な壺の中の小世界ではゆっくりと育つ事ができる。
それ故に、服を着ていない犬妖精の子供2人と猫妖精の子供3人は、人間の赤ちゃんのハイハイに相当する4足歩行も相俟って、生後2,3週間の愛らしい子犬、子猫そのものだった。
ムサシが、よしよし~、と撫でていて犬妖精の子供に、カプッ、ガジガジ、と甘噛みされたり、背中をよじ登って肩に乗った猫妖精の子供に、ペチペチ、と頬に猫パンチされたりするたびに、親御さん達は、なんと畏れ多い事を……ッ!? と慄き震え上がったが、ムサシはでれでれと相好を崩して上機嫌。
その様子を見た親御さん達が、なんと寛大な……ッ!! と感動し、ご主人様への尊敬と敬愛の念をより一層強めていた事など露知らず、その愛らしさに魅了されてメロメロのムサシは、やるべき事も忘れてじゃれ付いてくる子らと存分に戯れる。
ムサシが本来の目的を思い出したのは、膝の上や腕で抱っこされたまま眠ってしまった子らを、起こさないようそっと親御さん達に返した後の事だった。
屋敷の中心には清浄な水を湛えた池があり、その池の中央に佇む数寄屋造りの小さな建物がムサシの工房――その出入口。工房と屋敷は一本の渡り廊下で連絡されている。
榊と樒に見送られ、ムサシは工房へ足を踏み入れた。
地上階には螺旋階段しかなく、それを3階分ほど降りたところに存在する広大な地下空間がムサシの仕事場。
ムサシが取得した生産系の能力は、全ての回復アイテムを製作できる【錬丹術師】に必須の【調合】【錬金】【細工】【合成】の4つと、【レシピ集作成】という非常に便利なスキルが使えるようになる【書画】を加えた計5つ。
スキルLvが上がって製作できるアイテムが増えると、それを製作するために必要な道具や工作機械も増えた。そこで、動線を考慮してそれらを機能的に配置した結果、地下の広大な空間は大きく、【錬金】と【合成】、【細工】と【書画】、【調合】の3つのエリアに分かれている。
螺旋階段は部屋の中央に位置し、自分の領域を懐かしげに眺めながらぐるぐると降りてきたムサシは、まず3つのエリアを順に巡り、特殊な道具の数々、超科学文明の遺産である各種工作機械、永久機関である万能の錬金炉などなどの状態を確認し、ちゃんと使用できるかどうかを確かめていく。
「……よし、問題なし。後は……」
ムサシが最後に確認しようと残していたもの。それは、おそらく人の手で創り出す事は不可能だと思わせる凄みを帯びた、非売品にして譲渡不可の特殊なアイテム。
その名は――〔パラケルススの円卓〕
真円の天板は、複雑精緻な練成陣が刻印された薄い板が幾重にも重ねられて積層型の練成陣を構築しており、それを大地に根を張った世界樹の四方八方に広がった枝が支えるという意匠の円卓で、一つの世界と森羅万象を象徴している。
ICには、『手作業』と『装置』、この2つの方法がある。始めは手作業でしかアイテムを製作できない。だが、能力【書画】・技術【レシピ集作成】を修得した状態でICを実行すると、成功と同時にレシピ集に記録される。そして、工作機械や練成陣などの装置にレシピ集から指定すると、工程が自動化され短縮される。
ただし、手作業なら最高でLv・Ⅶのアイテムが製作できるのに対して、『装置』ではLv・Ⅰのアイテムしか製作できない。
だが、この〔パラケルススの円卓〕を用いれば、能力【錬金】と【調合】の技術、またはそのどちらかが含まれる複合技術で製作可能なアイテム限定だが、手作業で作り出した最もLvの高いアイテムを『装置』で製作する事ができる。
しかし、それはあくまで《エターナル・スフィア》での事。この世界ではまだ『装置』でアイテムを製作した事はない。
「とりあえず、試してみるか」
ムサシは、〔パラケルススの円卓〕の上に、容器の材料も含む各種素材を置く。そして、この後どうすれば良いんだ? と首を傾げつつ円卓に触れ――
「――~~ッ!? あぁ~……、慣れないな、この知っているはずのない知識を思い出す感覚は……」
しかも、今回はIC関連の膨大な知識をいっきに思い出したため、目眩に似た感覚に襲われた。
「……〝あの日〟、前後不覚に陥ってこの世界で我に返るまでの間に仕込まれた、か……?」
それ以外に考えられない。だが、だとするならいったい誰に?
「……まぁいいか」
頭を振って目頭を揉み、脱線しかけた思考を元に戻すと、ムサシは道具鞄から取り出した手拭で額に滲んだ脂汗を拭った。それから、後頭部の高い位置で結っている髷を解いて総髪にし、その手拭を被る。
これが、【錬丹術師】としてICを行なう際のムサシの基本スタイル。
気息を整えて〔パラケルススの円卓〕に手をつき、目を閉じて集中力を高める。そして、〝気〟――体内霊力を流し込んだ。
練成陣を用いた『装置』でのIC――能力【書画】・技術【レシピ集作成】で作成されたレシピ集の補正を受けて、脳裏に作業工程が正確無比に想起され、意識が超加速された頭の中でICが始まり、【体内霊力精密制御】に努める。
微動だにしないムサシが頭の中で作業を始めると同時に、〔パラケルススの円卓〕の表面に刻印されている複雑精緻な紋様――練成陣が発光し、上に置かれた素材が光の粒子に分解され、卓上で渦巻き、舞い踊る。そして、新たな形に集結して再構成された。
その神秘的な現象の開始から終了までに要した時間は、およそ1分。
脳裏で進行していた作業工程が完了し、ゆっくりと目を開いた。すると、思い描いた完成品と同じものが〔パラケルススの円卓〕の上にある。
蓋がスポイトになっている魔術的な紋様が刻まれた香水を入れるような小瓶と、その中で揺れるほのかに紅の輝きを帯びた半透明の液体。
それを、能力【調査】・技術【鑑定】で調べると、情報がAR表示された。
――〔万能の霊薬 Ⅵ=Ⅶ〕
ランクは幻想級。Lv・Ⅰなら1回分、Lv・Ⅶなら7回分。魂・霊体が存在していれば肉体を復元し対象を完全復活させる。
ただし、それは〔ティンクトラ〕獲得者以外の場合。獲得者の場合は、一欠けらの肉片からでも肉体を復元し、生命活動停止と同時に分離した〔ティンクトラの記憶〕と再融合させる事で復活する。
要するに――
「〔ティンクトラの記憶〕だけじゃ無理、か……」
機巧族の兄者なら、種族の固有能力によるエネルギー化と再構成で、金属生命体の躰――『サイバディ』に【変身】していたはず。ならば、今から探してDNA情報を持つ金属部品の破片でも回収できれば復活させられるかもしれない。しかし、【人柱之儀】で肉体が光と化して消失してしまった姉上は……
「兄者だけを復活させても、姉上の事を忘れて幸せそうに笑ってる未来が全く想像できないんだよなぁ~。……やっぱ2人一緒じゃなきゃダメだな」
『酒は百薬の長』というからなのか、《エターナル・スフィア》で最高ランクの回復アイテムは神酒の類。それは蔵代わりの大洞窟に貯えられており、榊、樒と共に巡った際に調べてみたのだが、2人を復活させられるものはなかった。他は経口摂取する必要があるため使えない。
これで、現在の自分の知識と技術では2人を復活させられないという事がはっきりした。あと残る可能性は、今のところ〔ティンクトラ〕を創造した古の賢者だけ。ミアは、アルトス教団の人に訊けば何か分かるかもしれないと言っていた。知り合いに教団の関係者がいるとも言っていたので期待しよう。
「それにしても、生産職の人達はどうしてるんだ?」
実際にやってみて確信した。
《エターナル・スフィア》でICの成功と失敗を別けるのは、能力の熟練度と技術のLvだけだった。
しかし、この世界では違う。
『装置』の内、工作機械なら問題ない。だが、練成陣を用いるICには、最低でも【体内霊力制御】の技術が必要不可欠。どれだけ熟練度とスキルLvが高くともそれなしでは始まらない。そして、練成陣を使わずに【錬金】と【合成】を行なう方法はなく、この2つは高ランクのICには必ず絡んでくる。
ミアや中央広場で見た冒険者達の様子から鑑みるに、【体内霊力制御】という技術は知られていないようだった。という事は、この世界の工業には魔法的な要素がないという事になる。つまり、地球で作れなかった物はこの世界でも作れない。薬なら、塗ってすぐ傷が消えるようなまさにファンタジーな効果は望めない。
その推測が的を射ているなら、《エターナル・スフィア》の生産系プレイヤーがこの世界で製作できるアイテムは、ランクⅡの希少級止まり。NPCの魔道具店で売られていた秘宝級すら製作できない事になる。
「……まぁいいか」
ふと思考が脱線している事に気付いて呟いた。
ここへ来た目的。それは――
「さてと、これ以上ミアに知り合いの死を見せないよう、いろいろ作っておくとしますか」
それに、ソロプレイ中にHPを全損したとしても、自らに甦生アイテムを使う事はできないため持ち歩いていなかったのだが、1つでも道具鞄に入っていれば、ファティマの隠れ里で〝ジェーン〟を助ける事ができた。そうなっていれば、詳しく話を訊く事ができただろう。
それと同じ轍を踏むつもりはない。
今は不要でも、いつ何が必要になるか分からない。そして、都市の中ですら安全とは言えない。それを思い知ったからこそここへ来たのだ。
今の自分にはゲーム時代にはなかった知識と技術がある。《エターナル・スフィア》には存在しなかったものも作れるだろう。あわよくば、【体内霊力制御】修得の助けとなるものが作れるかもしれない。
気合を入れたムサシは、とりあえず〔蟲籠〕――昆虫系モンスター専用の封印具を道具鞄から取り出し、中に封印されている軍隊蟻の一種、特攻蟻の処理から始める事にした。