8、嵐のように。
朝食の後、柚は後片付けを買って出て、そのあと部屋の掃除をさせてもらった。
その間、ロージアはふたたび仕事に熱中していた。
柚は、ロージアが真剣にデザインに取り組んでいる横顔をちらちらと横見しては、掃除の手を止めていた。
柚のそんな掃除もなんとか終わり、そろそろお昼時かな。という頃、それはやって来た。
「ロージっ、居るのか? 邪魔するぞっ!!」
そんな声が聞こえたかと思うと、仕事部屋の、外に面した大きめの擦りガラスが、ガラっと開いた。
姿を現したのは、腰まである紫色のサラサラした髪をふり乱し、銀色の大きな瞳をした、背の高い細見の青年。
彼はすでに、ロージアの仕事部屋に片足を踏み込んでいたが、柚を目にするなり、
「ロージっ、おまえ結婚してたんだっけ?」
突拍子もない青年の発言に、柚もロージアも、顔を耳まで真っ赤にしてしまった。
「ばっ、バカっ。お客さんだ。 ちょっと預かってるんだ。ジル、ちょっかい出すなよ。」
「そっかあ~。これで親父さんもうかばれると思ったんだけどなあ~。」
ジルと呼ばれた青年の、そんなつぶやきなど、2人には届かないほど、2人は動転していた。
「へえ~、ユズちゃんっていうんだあ。オレは、テルオン・ミヒャエルパーマー・ジリアエノウスⅨ世。けど、長いからジルでいいよ。ロージもそう呼んでるし。」
「あははは。本当に長いね。」
そもそもジルは、ロージとお昼を一緒に食べようと思って来ていたのだ。
だから今、3人はロージアの家の前に、組み立て式の木製のテーブルを出して、そこでジルの持ってきたお昼を食べながら話をしていた。
「けど、いいなあ、ロージ。こんなかわいい子が家にいて、しかも掃除も洗濯もしてくれるだなんてっ。 ユズちゃん。ロージになんかされたら、すぐにオレに助けを呼ぶんだよっ。オレん家隣だし。」
そう言って、ジルはロージアの家の左の方を指差したが、それらしき家どころか、建物さえ見当たらない。
「バカっ。おまえん家、隣っつっても、100mは先だろ? っつーか、なんかされたらってなんだよ。」
ユズはクスクス笑いながら、
「100mってすごいね。」
それにはジルが得意げに。
「だろ? これでも近い方なんだぜ。他の家までは、1km以上離れてる。それにしてもさあ、歴代の王たち。オレん家もロージん家もほぼ国への献上品を作る職人家系なのに、王都から離れたこんな森の中に住まわせるなんてひどくない?」
「王都ってそんなに離れてるの?」
「オレらの足で、歩いて半日。ユズだったらきっともっと掛かるよ。」
ロージアにそう言われ、柚は目を丸くした。
いずれ王都には行く必要があるのだ。
「そんなに?」
そう言って柚は、自分の足元を見た。
柚の足元はローハーだ。
柚のそんな心配をよそに、2人は仕事の話を始めていた。
「王子の婚約の話し、聞いたか?」
「結納品だろ?」
「あー、おまえのとこにも話来たの?」
「なんだよそれ?」
「だっておまえんとこカーボンじゃん。なに納めるんだよ。」
「ひ・み・つ。」
「なんだよっ、きもいなあ。今、鳥肌たったぞ。」
「あはは。いや、ホント、納めるまでは企業秘密なんだよ。新開発の試作品だ。」
「ジルも職人なの?」
「そーだよ。」
ジルは、よくぞ聞いてくれた。と、言わんばかりに答えた。
「何の職人なの?」
「カーボンだよ。」
柚の頭の中には?マークが溢れた。
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