16、ホラーかと思った。
見えてきたジルの家は、敷地も、家も、というか、家はお屋敷だった。
その大きさは、もちろんロージアの家とは比べ物にならないぐらい大きい。
「ねえ、やっぱ今日、泊まってかない?」
にっこり笑って言うジルに、柚は顔を引き攣らせるばかりだった。
「嘘だよ嘘。 ユズちゃんって、からかうとおもしろ~い。」
そう言って、笑うジルの手は、ここまでずっと柚の手を握ったままだ。
つい勢いで手を繋いでしまったが、ここまでずっと繋がれたままなのを、柚は気にしていた。
そんな柚の思ったことを、ジルに見透かされたかのように、ジルはもう一度柚を見ると、ニっと笑った。
「ユズちゃん。工場はこっちだ。」
ジルにそう言われて通されたのは、ロージジアの家が丸ごと入ってしまうぐらい広い部屋だった。
部屋には、柚の分からない大きな機械がいくつもあって、そのひとつひとつが別の役割を果たすらしい。
柚は、ジルにいろいろ説明されたが、内容が柚には難しかったのと、いまだにジルが柚の手を繋いだままなのとが気になってしまってそれどころではなかった。
だから柚が意を決して、ゴクリと唾を飲み込むと、ジルと目が合った。
そのジルの目が意味ありに細められると、パッとジルが繋いでいた手を離した。
そのことに柚が一瞬動揺してしまったのを、ジルには気づかれてしまっただろうか?
けれどジルは、またニっと笑うと、
「ちょっと難しかったかなあ?」
今のことが無かったかのように、柚もそれに、
「うん。ちょっと。」
そう言ってハニカンだ。
その後は、本当にさっきまでがなんだったのだろう? 柚がそう思うほどに、ジルは普通に、柚の目的の作業をする機械を見せてくれた。
「こんな感じどうかなあ。」
ジルの見せた糸の先端は、まるで髪の毛、まるでまつ毛だった。
「すごい。 ぴったりだよ。」
柚もさっきまでのことは無かったかのように興奮していた。
「ところで、ユズちゃんの作りたいものって何なの?」
オレ、そこ聞いてなかった――。
そう言って、ケラケラ笑うジルに、柚が顔を寄せると、一瞬、ジルの顔が赤くなりたじろぐ。
そんなジルを、不思議そうに柚は見ながら、何度も瞬きをした。
そのたびにお人形のような柚のつけまつげが、バサバサと上下する。
「これだよ。」
そう言って柚は、また瞬きをした。
とは言っても、ロージア同様、ジルもいったい何のことだかわからないようだった。
やっぱりこの世界につけまつ毛は存在しないのかな? 柚はそう思いながら自分のまつ毛を指差した。
「えっ?」
案の定、ジルはそれでも何の事だか、良く分からないみたいだった。
とはいえ、柚もはしたなく人前でつけまつ毛を取り外すわけにはいかない。
「このまつ毛なんなだけど、自分のに付けたしてるの。」
そう言って、クイっとジルに顔を寄せた。
「あっ。」
その瞬間、ジルはうろたえると小さく声を漏らし、また顔を赤らめた。
けれど、
「つ、付けたしてるの? 触っても、いい?」
「いいよ。」
動じない柚に、ジルは、動揺を取りつくろうように、柚のまつ毛に手を伸ばした。
その指先が柚のまつ毛に触れる。
こそばゆさに柚が瞼をギュッと閉じ、思わずジルがまつ毛を摘んでしまい。
「アっ!」
はらりとジルの指先からつけまつ毛が落ちた。
初めて体験するそれは、ジルには衝撃的すぎた。
「うわあっ!? ゆ、ユズちゃんオレっ!! 責任とって結婚します~。一生大切にするから許して下さい。」
そう言って、ジルは柚を抱きしめた。
柚としては、ジルのその行動にこそびっくりし、
「やっ!! えっ!? これ、つけまつ毛だから。」
そう言って、ジルをなだめながら、逆側のまつ毛も外した。
「ええっ~。」
そのまつ毛を取るという異様な光景に、ジルは目玉が飛び出そうな勢いで驚いたのだった。