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兎と蝸牛

作者: 裸の王様

俺は、もう終わってるんだよ。


それがあいつの口癖だった。

あいつとは僕の親友だ。あいつは愛する人がいなかった。親がいなかった。兄貴もいなかった。姉貴も弟も妹もいなかった。


親戚のおばさんの家で肩身の狭い思いをしてたらいし。

クラスでは特別友達が少ないわけではなかったし、むしろ人気者と言っても過言ではなかっただろう。

ただあいつは何か他のやつらとは違っていた。はたからみれば皆と仲良くやっていたが、その心には何枚もの分厚い壁があるように思えた。


僕はいわゆる“ぼっち”って奴だ。変な性格で自分の考えを人に言いたくない、伝えたくない奴だった。

俺は別にそれでもよかった。友達なんていなくても、CDとイヤフォンと音楽プレイヤー、あとは少しの金があれば充分だ。むしろ、人と付き合って行くのは面倒なので嫌いだ。


けどあいつはそんな俺にも普通に話しかけてきた。僕も初めは嫌がったがそれでもあいつは話しかけてきた。

俺だけではない。ブスでもキモオタでも、美人でも、だれにでも普通に接していた。


あいつとは妙に馬があった。

腹を割って話したこともあった。

いや、腹を割って話したこともあったと思うだ。馬があったと思っていたのも、親友だと思っていたのも僕だけかもしれない。

それでも僕は、あいつを親友と認めていたかった。


そんなあいつは昨日自殺した。さっき学校から電話が来た。

校長はいじめがあったのかとか警察が行くだろうが余計なことは話すなとか、自分の首にしか興味がないらしい。

不思議と腹はたたなかった。けれど、世間の非情さに少し恐怖を覚えた。


今日は夏休みの最終日だ。なぜあんな日に自殺したのかと不思議に思ってる自分がいる。

驚くほど冷めている自分に腹がたつ。

涙はでない。

ただ無性に眠い。

きっと現実を受け入れたくないから、体が睡眠に逃げようとしているのだろう。


もう寝た方がいいのだろうか?

今日はもう寝ることにした。


俺を追ってみろよ


夢を見た。夢の中のあいつはなにも言わなかった。けど、その顔が言っていた。


“俺を追ってみろよ”と。


だが追うとは具体的にどうすればいいのだろうか。

まさか僕に死ねと言うのか?

いやそれはないだろう。少なくともあいつは人を死に誘うようなやつではない。

なら、どうすればいいのだ?

あいつは何故自殺したのだ?


数十分考えたがわからない。もう学校へ行かなくてはならない時間だ。

とりあえずこの話は置いておこう。

どうせ夢かなにかだ。そこまで考える必要もないだろうし。


遅刻してはならないというよくわからない思考が僕の体を学校へと推し進める。

ふと、この思考は何なのかを考える。

だが途中でやめる。

なぜやめたのだろう。

いや、理由はわかっている。そこを考えては、自分のなにかが崩壊しそうな気がしたんだ。


食パンを食べながら制服に着替える。二枚食べ終えた頃に準備ができた。


『行ってきます』


既にだれもいない室内に言葉が虚しくこだまする。


母親はいない。僕を生んですぐに死んでしまったらしい。

父親はまだ仕事にから帰ってきていない。もう二日目だ。

他には誰も住んでいない。自分の家庭ながら寂しく思う。


僕の家は徒歩三分で駅があり、そこから四駅で高校につく。なかなかいい立地だ。

そうこうしてるうちに駅が見えてきた。切符売り場で切符を買う。改札を通るときに同じクラスの女に会う。目が赤い。確かあいつの幼馴染みだっけか?昨日はきっと泣きはらしたのだろう。


『あの』


なんと話しかけてきた。だがちょうどいいことに僕はイヤホンをしている。ちょっと気の毒だが面倒事は嫌いだ。なので無視を決め込むことにした。

その女はしばらく後ろに立っていたが電車が来た頃には何処かへ行ってしまった。


電車の一番端の席に座る。イヤホンから音楽が流れだし僕は世界と決別して行く。この瞬間だけが本当に自由になれた気がする。

前の席のサラリーマンがあくびをした。一昨日には人が死んだのに呑気なものだ。そう思うと腹がたって来る。世間とはこんなもんなんだろう。

無性に寂しく思う。



教室の中は妙に静かだ。

あいつを探す。いない。地に脚が着いていないとはこんな感じだろうか。人の死という現実が急にのし掛かってくる。


生徒たちがこそこそ喋っている。むかつく。

きっとあいつのことを話しているのだろう。喋るのならどうどうと喋ればいいじゃないか。


できることなら扉を開けてここから出ていきたい。だができない。

腹がたつ。腹がたつ。腹がたつ。

自分はなんて情けないのだろう。

そんなことを考えていると先生が入ってきた。


『もう知っている人もいるでしょうが………』


先生の言葉はありきたりでテンプレ通りで重みの一つもなかった。

そのあとのことはよく覚えていない。体育館に連れていかれ学年集会をしたあと夏休みの話をされ、四時間で帰った。



家に帰る途中またあの女にあった。今日はついていないななどと思っていると何か話しかけてきた。


『あの』


声が小さくてよく聞こえないが一応返事をしてみ

る。


『何?』

『こ、これ。』


その手には一枚の手紙があった。


『これがどうしたの?』

『よ、読め?』


なぜ上から目線なのか。しかも疑問系だし。緊張してるのか?


『お、お願いします!!』ダッ


行ってしまった。どうすればいいのだろうこれ。

とりあえず手紙はバックにしまい帰ってから読むことにした。



家に帰りつく。まだ誰も帰って来てないようだ。今は何時だろうか?時計を確認してみるとちょうど5時だ。

特にやることもないのでCDを聴くことにした。

自分の部屋に入りヘッドフォンをつける。

だんだん時間の感覚がわからなくなってくる。

視覚も今は邪魔なだけだと、目を閉じる。

歌い手になっているような気分に酔いしれながら、空を飛んでいるような感覚にとらわれる。


僕は今、誰よりも自由だ。

それは確かでそれだけが確かなのだ。


どれ程の時間がたっただろうか…。

不意に後ろから肩を叩かれる。

後ろを振り向くと死んだはずのあいつが立っていた。何か喋っているようだがヘッドフォンをしているので聞こえない。

聞こえないはずなのにあいつの声が聞こえる。

いや、聞こえると言うよりは脳に響くかな。


お前はまだ、本当の自由にはなれてないだろ?


確かにそう言った。

どうやら僕は幽霊を信じないといけなくなってしまったようだ。


だがチャンスだ。あいつになぜ自殺したのかを聞ける。

僕はすぐにヘッドフォンを外した。

だが急な頭痛と目眩に見舞われ、意識が途切れて行く。

途切れ行く意識のなかであいつは何を言ったのだろうか?唇が動いていた。


お…れ……は…………………。


気づくと僕はベットの上で寝ていた。

今のは夢だろうか?きっと夢だろう。僕はまだ幽霊なんて非現実的なものを信じなくてすんだ。

だが僕の脳は夢の中のあいつに何を言わせたかったのか。


お前はまだ、自由ではない…か。

ヘッドフォンは外れていた。



時刻は九時。

夕食を食べた僕は、勉強机に向かっていた。

勉強は好きだ。新しい知識を自分の脳が吸って行くあの感覚は心地いい。


父親からはさっきメールが来た。今夜は帰れないと書いてあった。今夜もだろ。そう言いたくなった。


そう言えば手紙を貰っていたな。

鞄から手紙を取り出す。

改めて見てみると奇妙な手紙だ。その手紙は、小さく切り取ったノートを折り畳んでいるだけの、

手紙と言うのも烏滸がましいような代物だ。


僕はその手紙をみて第一にこう思った。“これはまだ見てはいけない”と。

とりあえず自分の直感に任せて今はこの手紙を見るのを止めといた。

そして再び机の上のノートと参考書に目線を戻す。

手紙は机の引き出しの一番奥にしまっておいた。



それからの生活はなにもなく普段通りに進んでいった。あいつが死んだのに世間はなにも変わらずに、学校のなかでもあいつが自殺したのは無いことになっていった。ただ、俺の胸のモヤモヤを残して。


僕の日常には変化が訪れないのか。そんなことをいつも考えていた。

だが変化は突然に訪れた。あいつが自殺してから二ヶ月たった頃のことだ。

僕のクラスに転校生が来たのだ。



秋谷如月(あきたにきさらぎ)です。』


その女は薄気味の悪い笑みを浮かべている。

美女と言えばかなりの美女なのだ。

だが、僕にはとても気味が悪く思えた。


『そうだな…。如月は睦月(むづき)の隣に座ってくれ』


僕のそんな気持ちを感じ取ったのか教師は非情にもそう言った。周りの男子は羨ましがっているが僕にとっては最悪の展開だった。

あと今更だが睦月とは僕のことだ。


転校生の女は僕のとなりに座りこう言った。


『よろしくね、睦月君』


よろしくなんてお断りだ。こんな気味の悪い奴とは知り合いにもなりたくない。

だが、社交辞令としてはしといたほうがいいのだろう。

僕は無愛想によろしくと言っておいた。


『君……?』


転校生は突然と頭上にはてなを浮かべた。


『くくくっ。君、面白いねえ、こんなタイプは初めてだよ。』


何を言ってるんだこいつは。

今の会話の中にどこか面白いところがあったか?


『君にとっては面白くもなんともないだろうねぇ。』


転校生はそう言ってまたもや薄気味の悪い笑みを浮かべている。

いや、そんなことはどうでもいいんだ…。こいつは今、僕の心を読んだ…?


『んん?別に読んだわけではないんだよ。』


やっぱ読んでるよな…。

気持ち悪い……。


『だから、心を読んだ訳じゃないんだって。』


そう言って転校生はまたくくくと笑った。

俺は今、どんな顔をしているのだろうか。きっと豆鉄砲で射たれた鳩のような顔をしているだろう。

本当になんなんだこの女は…。


『今日の放課後に教室に来てくれ。絶対くるんだよ?』


そう転校生は言って教師に視線を戻した。

詳しくは放課後…か…。

こいつに対して、少し興味がわいた。気味が悪いのには変わらないが。

僕は教師の話に意識を戻すことにした。



放課後、僕は転校生を待っていた。

誰もいない教室にいるとあいつと話していたのを思い出す。

よく放課後の空き教室で話したもんだ。

そう言えばあいつが死んでから僕は一度も泣いていないな。親友なのにそれでいいのか?

もしかして親友だと思っていなかったのは僕も同じではないのか?


不穏な考えが頭を過る。僕はその思考を止めないといけないことを知っていた。だが止められないことも知っていたのだ。


確かに僕にとってあいつは親友だった。よく話したし相談事も……あれ?思い出してみるとあいつからは一度も話されてない。

よく考えれば僕もあいつに……。


これ以上のことは考えてはいけない、と僕の脳が言っている。わかっている。わかっているが止められないのだ。

僕は必死で思い込む。


そうだ、あいつと俺は親友だろ?。

いいじゃないかそれで。いいんだよそれで。

いいん…だ…よ……それ……で………。




じゃあ、なんだ?


なんなんだよこの頬を伝う生暖かいものは!?




『何を泣いているんだい君は?』


突然の声にビクリとして、ゆっくり後ろを振り向く。

そこには死んだはずのあいつ…ではなく、約束していた転校生がいた。


『泣いてないよ』


僕は泣いていたことを否定する。


『泣いてたじゃないか』


こいつは何をニヤニヤしてるんだ。

人が泣いてるのを見てそんなに楽しいか?


『ニヤニヤするなよ。僕は、泣いてないよ……』


駄目なんだ。これを肯定したらあいつと僕は…。


『嘘をついてなんの特になると言うんだ。目を真っ赤にして言われても信用できないな』


なんなんだこいつは。五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い。


『泣いてないって言ってんだろ!?』


なんなんだ僕は。何故僕は怒鳴っているんだ?


『いきなり怒鳴らないでくれよ。ビックリするなあ。』


『五月蝿い。僕は泣いてなんかない!!』


『はいはい、わかったよ。泣いてないよ君は』


そうだ。僕は泣いていない。だってなく理由なんかなにもないもんな。


『それで…、私の正体のことを話したいんだが。その前に顔を洗ってきたらどうだい?その顔だとその…ちょっと話しにくいんでね。』


『僕は泣いていない。だから顔は洗わなくてもいい。』


我ながらカッコ悪い台詞だ。


『君は強情だな。なら、君の顔が汚くて見ているととても不快なので洗ってきてくれないか?』


『………』


ここまで言われても洗いに行かないのもあれなので僕は無言で教室を出ていった。



バシャシャシャ

水で顔を洗っていると冷静さが戻ってくる。

よく考えてみるとさっきの言動はかなり恥ずかしい。赤くなった顔を水で冷やす。


それにしてもなんなんだろう、あの転校生は。

僕は廊下を歩きながら思考を巡らせる。

超能力?心が読めてるとは思うけど…。自分で読めてる訳でないって言ってたしなー。


うーん、考えてもわかるわけがないし折角教えてもらえるんだからここは甘えとくか。

そう思い僕は、教室への道取りを早足で歩き出した。



『私はね、人の心が読めるんだ』


転校生はそう言った。


『でもさっき心が読める訳ではないって…。』


『そうなんだ。読めないんだよ。正確には君の心は…ね』


『でも僕が思ったことを当ててたじゃないか。』


『うーんっとね、何だろう。君の心には扉があるんだよ。ここから先は入らせないぞって言う。こんなの初めてでさ。いやー、君とあえて本当に嬉しかったよ。』


『何で僕と会えたのがそんなに嬉しいんだよ。』


無愛想に言ったあとで気づく。

そりゃ嬉しいか。小さな頃から相手の考えてることが全部わかるんだもんな。悪口も、その人の悪いところも、知らなくてよかったこともいっぱい。

考えるだけでゾッとするよ。よく人間不振にならなかったなこいつ。

こう言うのは謝っとくに限るな。


『ごめん。今の質問は無かったことにしてくれ』


『君に、良いことを教えてあげよう』


『何だよ』


『一度言った言葉は無かったことにはできないんだよ』


夕暮れの赤が教室を染めつつある。


『はぁ、僕にどうしろと言うんだよ。面倒事は止してくれよ。』


『そうだな。私は今、物凄く深く傷ついた。』


『だから?(そこまで傷ついたようには見えないけどな)』


『この傷を癒すには……そうだね………』




君には……私と、付き合って貰おうかな





転校生はニンマリと薄気味の悪い笑みをうかべてそう言った。




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