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第九十七話 それぞれの思い

魔の森へ再び旅立つ前のクウヤを取り巻く人々のささやかな思い。

「……おう。用件だけ先に言う。あの小僧をたぶらかし、骨抜きにしろ。ヤツを我が国の傀儡にするんだ。頼んだからな」


 カウティカ代表からの滅多にない連絡がたったこれだけで終わった。一方的に要件を押し付けるだけのメッセージは、普通ならば落胆することはあっても、喜ばせるようなことはない。


 しかし、ルーにとってはそうではなかった。一方的な連絡とはいえ、『家族』からの連絡はわずかながらに人とのつながりを感じるものであった。


 その一方で、クウヤを取り巻く人間関係を自分の目で見気するうちに、カウティカ代表との関係に疑念を抱き始めていた。『代表は自分をモノとしてしか見ていない』という疑念を。


 しかし内心複雑な思いを抱いたとしても、カウティカ代表からの指令がくれば立場上彼女は拒否できない。彼女の選択肢は……一つだった。


「……仕方がない。いつものこと……いつものこと……」


 自分に言い聞かせるようにつぶやき、己のやらなければならなくなったことに意識を集中する。


「……やるなら、素早く徹底的にやらないとね。前回のことがあるから、下手なやり方はアイツの警戒を招くだけだけど……ま、なんとかできるでしょう。オトコなんてみんな同じようなものだし。ちょっとそれらしいことをすれば、言いなりになるはず。アイツも……アイツだって……」


 『どうせ、オトコなんて』と、考えようとしたがクウヤに関しては意識下で強く否定している自分に気づく。


「……私は……私はカウティカのために何もかも捧げないといけないの! 個人的な感傷は捨てないと……何しているの、ワタシ! ガンバらないと。私はカウティカ第三公女なのよ。実績を示してこそ、この地位にいられるのよ」


 一人煩悶しながら、ムリヤリにでも湧き上がる感情を押し殺そうとした。


「……とにかく、指令は絶対。命を捨ててでも……」


 そう言い聞かせようとすればするほど、自分の中から湧き上がる感情を意識せざるを得ず、それほどまでに強い感情を抱く自分に当惑する。


 ただ、ただ彼女はため息をつくしかなかった。


「……ダメね。気持ちがついてこない。アイツを行かせたくない。引き止めたい。そう思うけれど、カウティカのためじゃない。私が許せない。一人世界を背負うなんて……だから、行かせたくない。そうは思っても、アイツは……バカだから……行くことを選ぶんだろうな。……はぁ。アイツがバカだからっ! ……もうっ!」


 ルーは一人無意味に煩悶するだけだった。


「るーちゃん、何しているのぉ? 行くよ」

「あ……待ってよ、今行く」


 ヒルデに呼ばれ、ルーは駆け出した。


――――☆――――☆――――


「……いつまで続くのかな、こんなことって」


 ヒルデはもの憂げだった。図らずも、魔物の大襲撃や国家間の諍いに巻き込まれ、ほぼその中心にいることなど考えたこともなかった。彼女にとって一番憂鬱なのは、渦中の人物が自分の友人であることだった。


「できれば、何事もなく過ごしたい。私は……ずっと友達でいたい。余計な役割なんて……ほしくない。……ほしくない。ほしくないけれど……放っておいてくれないんだろうな……」


 彼女自身、自分の置かれた立場については理解していた。しかし、それは彼女の望むものではなく、彼女にしてみればとんでもない不幸に取り憑かれたとしか感じられなかった。


「いざということになれば、私が動かないといけないなんて……。私は嫌。したくない。

 でも……本国から密命が出ている以上……私は…」


 ヒルデは手元の紙を見つめ、肩を落とす。その紙は本国から渡されたもので、指示があるまで封印していたものだった。

 しかし、彼女が最も望んでいない指示が本国からもたらされた。

 その指示書に書かれていた指示とは……それは彼女と、本国しか知りえないものであった。


 彼女もまた、今回の事態の被害者とも言えた。彼女の意思には一切関係なく、事態が勝手に進んでいった。


「……仕方がない。私は私のやることをやろう。行かなきゃ」


 クウヤたちと合流し、次の行動へ移ることを決意した彼女。その目にはやるせない自分の境遇に対する諦めと、それでも自分の宿命を背負う覚悟の色が現れていた。

 親友の姿を見つけた彼女は努めていつも通り、声をかける。


「るーちゃん、何しているのぉ? 行くよ」

「あ……待ってよ、今行く」


 親友の顔をさり気なくのぞきながら、もしもの事態が起きないことを切に願う。


「お! お前ら、もう行くのか? クウヤがどこにいるのか知らないか? さっきから姿が見えないんだが」


 クウヤの相棒が彼女たちに声をかける。相変わらず呑気そうな言葉に、思わず頬が緩む。


「……どうした、ヒルデ? なんだかしまりのない顔をしているぞ。何か旨いものでも盗み食いでもしたか?」

「もう、エヴァンのバカ……」


 場違いな言葉に呆れつつ、感謝もした。エヴァンといると余計なことを考えずにいられることに。


(この人がいなかったら、私は……)


 そんなことを考え、微かに頬を染める。


「んなことより、早いところクウヤを見つけようぜ。行くよ」

「あ、待って、待ってよ! るーちゃん、行こう」


 ヒルデは先に駆け出すエヴァンを追いかけた。


――――☆――――☆――――


「まったく、ややこしい話だよなぁ……。面倒なんで魔の森ごとぶっ飛ばせば話は早いだろうに」


 親友の巻き込まれた事態について彼は彼なりに考えていた。

 思考が若干斜め上に行きがちという点をのぞけば、理想的な友人と言える。彼は彼なりに友人たちを真摯に心配していた。


「……よくわからないけど、みんなそれぞれに抱えているものがあるんだろうなぁ。そんなこともっと表に出してみんなで力を合わせれば難しくはないだろうに……。


 ま、それができればみんなあんなに抱え込んだりしないか……何とかしたいけど、はっきり口に出してくれないと、動きようがないんだよなぁ実際。俺はそんなに察しのいいほうじゃねぇからなぁ……。もっと察しのいい人間になれればみんなをもっと勇気づけられるのになぁ……宴会でも催すか?」


 彼は理屈ではなく、直感で本質的なところを捕まえることに長けていた。これが彼の他の人にはない優れた点で、惜しむらくはその直感をうまく表現できず、適切な行動をとれないところであった。そのため問題点がどこにあるのか直感的に最短距離でたどり着くが、そのあと問題解決への道筋を大きく迂回してしまうことが多かった。


「……ま、難しいことはクウヤやルーに任せるか。めんどうなことはあいつらのほうがうまくやりそうだ。俺はヒルデとしっぽり……あれ、なんでそうなるんだ?」


 どうしても斜め上の答えしか出せないようである。これゆえ仲間からも残念な人間と思われていることにまだ気が付いていない。


「とにかく今はクウヤと合流して、魔の森だったったな。次のやることは……」


 彼は彼なりに真面目だった。たとえその行動の行き着く先が斜め上にたどり着いたとしても、彼は真面目だった。誰がなんと言おうと、彼は彼なりに真面目だった。


 そんなところに彼女の姿が目に入る。


(お? ヒルデ……何か思いつめて……? ルーもなんだかしけた顔してるなぁ。まったく……どいつもこいつも、どうして問題ばかり抱え込むんだろうなぁ……もっと気楽にやる方法だってあるだろうに……よし!)


 彼は彼なりに思いやりを示すことにした。心から心配している娘に対して。ついでにその親友にも。


「お! お前ら、もう行くのか? クウヤがどこにいるのか知らないか? さっきから姿が見えないんだが」


 彼には彼女の顔が憑りつかれたものが出て行ったような呆けた顔に見えた。


「……どうした、ヒルデ? なんだかしまりのない顔をしているぞ。何か旨いものでも盗み食いでもしたか?」

「もう、エヴァンのバカ……」


 彼にはよくわからなかったが、彼女は恥じらいを見せる。彼はどうしたらいいのかよくわからなかったので、クウヤを探すことでこの場を誤魔化す。このあたりが彼――エヴァンの特質だと言っていい。


「んなことより、早いところクウヤを見つけようぜ。行くよ」

「あ、待って、待ってよ! るーちゃん、行こう」


 三人連れ立って、共通の友人を探しに行くことになった。


――――☆――――☆――――


 三人がクウヤを探しているとき学園長は窓から外を眺め、物思いに耽っていた。


「あの場では、クウヤを魔戦士にして連合国軍の旗頭とすると言ったものの、本当にそれでよかったのじゃろうか……? もっと他に彼らを巻き込まずに済む方法はなかったのじゃろかのう……? 大人の事情に巻き込んでしまって本当に……」


 学園長は答えの出ない問をつぶやきながら、あてどもなく思考を巡らせる。確かに、マグナラクシアの盟主として、あの会議の場では決断せざるを得ない場面ではあった。しかし、学園長――教育者――としての立場で考えると、決してベターな選択でもなかった。間違いなく国家間の政争に彼ら、特にクウヤは政争の具として、巻き込まれるのは火を見るより明らかだった。

 教育者が態々生徒を政争の具として政治の現場に放り込む――その行為は倫理的に許される範囲を逸脱したものであるとしか学園長には思えなかった。

 マグナラクシアの長と学園長の兼任、これが今ほど重荷に感じたことはなかった。


「……クウヤよ、すまぬ。尻拭いをさせてしまって。事態が落ち着いたら、この責はきっととるからな」


 学園長は誰に聞かせるともなくつぶやき、窓の外を眺め続けた。


「とにかく、生きのびろ。これから得る力を生き残るため に存分に使え。世界のことなど気にするな。生きのびれば、何か新しい可能性を見つけられるかもしれん。大人の事情なぞお前たちには元来関係のないものなのだから……」


 この時の学園長は間違いなくマグナラクシアを統べる長の顔ではなく、一介の教育者の顔であった。


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