第九十六話 謀略の開始
「……遺跡内で声が聞こえました。『魔戦士となるべきものよ来たれ』と」
クウヤの一言が議場を凍てつかせる。各国とも独自の諜報機関の調査により、ある程度はクウヤたちが魔の森へ調査に向かい、重大な発見をしたという情報を掴んでいたものの確証は得ておらず、噂話に毛が生えたモノぐらいの認識しかなかった。しかし、クウヤ本人から語られることによりその衝撃は大きかった。
「……ちょっと待ってもらおうか。クウヤ君の話が正しいとすると、クウヤ君は『魔戦士となる有資格者』と言うことになるが正しいか?」
ペルヴェルサが事実確認のためにクウヤに聞く。クウヤはうなずくと、ペルヴェルサは腕を組み、椅子の背もたれにもたれかかる。
「まったくもって信じ難い。古の魔戦士なんてものが存在するとは……どうやら、大魔皇帝復活も絵空事として一笑にふすことはできないようですな」
議場の思いが初めて一致する。それぞれの国の事情、思惑はあってもそんなことを些細な問題にかえてしまうような事態が差し迫っていることを各国首脳は共有する。
「……厄介な。我が国としてはいち早く事態を終息させたいのだが。それで、大魔皇帝復活はいつの話かな、クウヤ君?」
タナトスはやや挑発的にクウヤに問う。クウヤはタナトスの物言いを意に介さず、淡々と応える。
「まだ分かりません。そう遠くないときとしか、今は申し上げられません」
「それでは何もわからない。何か確たる情報はないのか? それによっては我々の対応も変わろうというもの。国益を左右しかねない事態が差し迫っている以上、曖昧なことは許されない」
タナトスの言うことにクウヤは異論はなかった。ただ彼自身確たる情報を持っていない以上、明言はできなかった。タナトスは腕を組み、クウヤの回答を待つ。
「……猊下の言われることはもっともですが、現状ではこれ以上の情報はありません。それ以上と言われますと想像でお話するしかありません」
なみいる各国首脳の面前という極めて強いプレッシャーのかかる場面でもクウヤは毅然と回答する。ただその内容を裏打ちする情報が不足しており、そのことが各国首脳の疑念の元であった。クウヤもそこのところに不安を感じていた。
「……確かに現状では不確定要素が多いのは事実。しかし、万が一ということを考えると前提として大魔皇帝復活は規定事項として考えるべきでしょう。それに、現状を鑑みればその努力は決して無駄なものだとは言えますまい? 魔の森からの魔物の大海嘯……これだけでも各国が協力して対応する必要のある事案であるという認識は共有できたとおもうのじゃが?」
学園長が助け舟を出すとともに意見の取りまとめを始める。と同時に皇帝に傾いていた主導権をマグナラクシア側に引き戻す。議論の流れから各国はあからさまな拒否の姿勢は見せずらくなってきた。その状況を皇帝は苦虫をかみつぶしたような渋面で眺めていた。
「……クウヤ君からの報告は以上じゃが、皆様方ほかに質問等はございますかな?」
参加者からは特に発言はなかった。
「それから、『連合国軍』創設の件に関しても、御異議ありませんな?」
学園長は目の前の参加者に確認する。すると、参加者の一人から手が上がり、発言の許可を求められる。ペルヴェルサであった。
「……『連合国軍』創設に異議を唱えるわけではないが、陛下の提案をどうするんだ? 魔戦士を、つまりクウヤ君を連合国軍のまとめ役とするのか? 本当にそんなことは可能なのか? そこのところを確認したい」
至極真っ当な、それでいて重大な指摘をする。確かに十数歳の年端のいかない少年に連合国軍の取りまとめ役など普通に考えればありえない話だった。よほどの力量を示すことができなければ、まず悪い冗談としか受け取られることは間違いない。
その疑念に皇帝が提案する。
「それでは、クウヤ君の力量を見せてもらえばいいのでないかな? 魔戦士としてのな……その超絶した力を見れば、誰も疑念を挟むことはあるまい。それに朕も後見として力を尽くそうではないか。後見に関しては学園長にもお願いしたい。よろしいかな?」
そこまで言うと、皇帝は意味有りげな不敵な笑みを浮かべる。わざわざ『学園長』と強調したのはマグラクシアに主導権を渡さないという言外の宣言でもあった。
「……ということは陛下、クウヤ君が魔戦士となって力量を示してからのことという認識で良いのですな?」
ペルヴェルサは皇帝に確認すると皇帝は首肯する。ある程度納得のいく答えをこの場から得たのか、学園長に目配せする。
「……どうやらご懸念は晴れたようですな。それでは仔細ついては事務方へ一任するとして、先ほどの議論の結論を今後の我々の活動指針とすることで、ご意義ありませんな?」
踊りに踊った会議はここに終結する。ただ、参加者のどの顔も晴れ晴れとした様子はなかった。この会議の結論が各国にとって、バラ色の未来を確約するものではなかったからだ。軍事力の抽出は避けられず、連合軍編成のために様々な資源を割り振られなければならないことは必至だった。そのことを考えると各国首脳が頭を抱えたくなるような事態が待っていることは容易に想像できる。
ともあれ、世界の未曾有の危機に対して協同して当たるという合意ができただけでも、会議の成果はあったと言えよう。利害対立する国が(たとえそれが表面的なポーズであったとしても)合意したという事実は大きかった。
「それでは、本会議を閉会とする。各国、各位にあっては各々の職務において責任を果たされるよう願います」
学園長の宣言により、会議は閉会した。取り敢えず最低限の成果を上げることができ、学園長は大きく息を吐き、大任を果たせたことに安堵する。
「さて、これから更に忙しくなるわい。差し当たってはリゾソレニアだな……全く厄介この上ないのう」
参加者が三々五々控室へ移動するのを尻目に、学園長は目下一番の懸念事項であるリゾソレニア支援について意識を集中する。
そこへクウヤたちがやってきた。
「学園長、あんな程度の話で良かったんですか? 内容的には他の人が報告しても、大差ないように思うのですが」
クウヤの話を聞いて、学園長は苦笑する。
「いやいや、あの話はお前さんが直接話すことが重要なのじゃ。あんな突拍子もない話に真実味を持たせるなら、どうしても必要なことだったんじゃ。お前さんはやり遂げた。気に止むことなど何もないぞ」
そう言われクウヤは胸を撫で下ろす。心なしか仲間たちも何度の表情を見せる。
「さて、これから更に忙しくなるぞ。お前さんたちにも、働いてもらわなければならん。特にクウヤ、お前は急いで魔の森へ行き、魔戦士の試練を受けねばならん。その準備を急ぎするようにな。かの試練は誰も受けたことない試練。ぬかりのないようにな」
規定事項で言わずもがなのことであったが、改めて言葉にされると、とてつもない試練のように感じる。クウヤは一言、「はい」と答えるだけであった。
「先に行っているぞ」
エヴァンがクウヤに声をかけ、ルーとヒルデを伴い、議場を後にする。クウヤもそれに続こうと踏み出した。
「クウヤよ」
学園長が声をかける。クウヤは足を止め、学園長のほうを向く。
「……生きて戻れよ」
クウヤはただ頷くだけだった。クウヤも駆け足でエヴァンたちを追う。
――――☆――――☆――――
リゾソレニアの控室でタナトスはクウヤについて考えている。
「……クウヤ・クロシマか。あの子供は確かに訓練所にいた。あの訓練所は大掛かりな事故によって、廃止になったと聞いているが……あの子供と何か関わりがあるのだろうか?」
リクドー近郊にかつてあったリゾソレニアの(表向きはベリタ教の)訓練所はクウヤたちによって叩きつぶされた。現上皇ディノブリオン一派の策謀により、リクドーなどから孤児を集め、様々な処置を行い生体兵器に改造していたあの訓練所である。クウヤにより壊滅されたあと、そのまま放置されていた。タナトス自身はそのような非道な実験を認めず、自らの権力が及ぶ範囲ではそのような実験などはやめるよう通達を出していた。それゆえ、その研修所も完全に放置されることになった。
ただ、上皇ディノブリオン一派の蠢動は収まることはなく、タナトスの目の届かないところで細々と非道な実験を繰り返しているとの噂が絶えない。
「……しかし、あの子供が仮にクウヤ・クロシマとすると何故名を隠し、間諜まがいのことをしていたのだろうか? いちど、時間を作って話をせねばならんな。上皇一派の過去の振る舞いを知るためにも」
そこまで考えると、一旦その考えを傍に置き、目下一番の懸念事項である魔物襲撃に意識を切り替えた。
――――☆――――☆――――
「代表、これからどうなさるおつもりで?」
「……我々のすることは一つだ。この状況を利用して儲ける。ただそれだけだ。我らは商人、いつ、いかなる時も稼ぐことが商人たる我らの義務」
カウティカの控室でペルヴェルサと側近は会議の結果を受け、当面の方針を話し合う。ペルヴェルサは商人としての本性をあからさまに宣言する。
「しかし代表、あまりあからさまな利益追求は他国、特にリゾソレニアからの反発が予想されますが……」
「そこを上手くやるのが商人たる我らの技術。如何にあの原理主義者どもから巻き上げられるか……考えるだけでも、ゾクゾクしてくるわ。フフフフ……」
ペルヴェルサは得られる利益を想像し悦に入る。側近はヤレヤレといった顔で、苦笑する。こんな状態の代表にあれこれ言っても、あまり益のないことを知っている側近は話題を変える。
「あの少年――クウヤとか言ってましたね――あちらのほうはいかがしましょうか? 魔戦士の力を身に着けることなんて可能なんでしょうか、あんな年端のいかない少年が?」
側近がクウヤの存在に疑問を呈するとペルヴェルサは興味なさそうに、カウティカの行動原則を繰り返す。
「可能かどうかなんぞ、我々で分かろうはずもなかろう。問題なのは利益だよ、利益。あの小僧の力をいかに利用して金に換えるか、それが我々の一番の問題であろう、違うか?」
側近はとりあえずうなずくしかない。さらにペルヴェルサは続ける。
「……利益になるならないにかかわらず、もう手は打ってあるではないか。あれを使って我々に有利なように誘導できればよし、仇なすならばあれに……」
ペルヴェルサは次の言葉を放つ代わりに首を切るしぐさをする。言うだけ言うと
彼は興味なさそうに卓上の書類をかたずけ始める。
「しかし……お嬢様は……できるんですか、万が一の時に?」
側近は人間として常識的な範囲での疑問を代表にぶつける。しかし、代表の答えは常識的な範囲を簡単に逸脱する。
「できるかどうかじゃない、やらせるんだよ! あいつはそのために飼ってきたんだ。そのためにどれだけ経費を費やしてきたか、お前も知っているだろう。そうさせるためにおまけも付けてあるんだ。これで役に立たなければ我が国は丸損だ」
側近に対し声を荒げる。側近は何も言わず、頭を下げる。
「ま、とにかくそっちのことはあれに任せて、我らは我らのやるべきことをやるだけだ。お前もやるべきことをやればよい」
そういうと側近を手で追い払う。彼自身はやる気なさそうに手元の書類をもてあそぶ。
側近が一礼して、控室をでると徐に例の通信機を取り出す。
「……おう。用件だけ先に言う。あの小僧をたぶらかし、骨抜きにしろ。ヤツを我が国の傀儡にするんだ。頼んだからな」
それだけ言うと通信を切った。
「あとはアレがきっちりやることをやってくれれば問題ないがな……あまり期待はできんが、果報を待つか」
ペルヴェルサは通信機をもてあそびながら、考え始めた。




