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第九十二話 会議は踊る ②

 会議の開会から時間をさかのぼる。


 帝国「蓬莱」皇帝は貴賓室の舷側窓から飛ぶように後ろへ流れる水面を見つめる。


(なんとも早いものだな。人も貨物も載せる比較的大型の船がとは。しかもこれだけの速さで航行しているにもかかわらず、揺れが少ない……やはりマグナラクシアの技術は侮れんな。マグナラクシアと敵対することは当面我が帝国に利は少ない……。下手に紛争を煽っても迅速に鎮圧しうるということか)


 このとき海運の主力であった帆船は早くても人が全速力で走る程度の速度しか出なかった。しかし、高速魔導船は倍以上の速度で巡航していた。この世界では驚きの速度であり、この速度を持ってすれば世界の海運・流通が一変する可能性があった。それだけでなく、この速度を持ってすれば世界のあらゆるところへ迅速に軍事力を展開可能ということを意味していた。その意味を皇帝は正確に理解した。


 物憂げに窓から流れる水面を見つめる皇帝に執事長が声をかける。


「陛下、まもなく到着いたします」

「うむ」


 執事長は恭しく一礼する。


(さて、リゾソレニアの小僧の要請でここまで来たが、彼奴らの思惑がどんなものか拝見させてもらおうじゃないか。おそらくこの会議の結論如何ではこの世界の勢力が流動化するぞ。その前にとれるものを取らないとな……)


 皇帝の見つめる先にはマグナラクシアを通り越し、まだ見ぬ混沌とした世界を見つめていた。


「ところで、例のあの小僧がこの船に便乗していると聞いたが本当か?」


 皇帝はふと思い出したように、執事長に尋ねる。


「はい。そのようにマグナラクシアから要請がありましたので」

「で、小僧はどうしておる?」

「おとなしく船室にいるのではないでしょうか」


 想像していた答えとは違う回答に、疑問に思う皇帝。ついつい様子が知りたくなる。


「あの小僧のこと、船内をうろついていないのか?」

「実はマグナラクシアから例の子供たちとの接触禁止を強く要請されておりまして、ほとんど船室に閉じ込めるようなかたちにしております」

「船室に押し込めたままとな……学園長たぬきジジィは何を考えて?」

「何でも、リゾソレニアの件を関係者のみに情報を限定したいとのことでした。それ故の接触禁止要請だそうです」

「……ふむ。一応、筋は通る理由付けはしてあるということか。ま、現状で直ぐに会わねばならない理由はない。まもなく到着する時点では捨て置くか」


 クウヤたちが船室に押し込められた理由を知り、ようやく納得した皇帝。特にクウヤたちと面会するべき理由もなく、マグナラクシア到着が近いこともあり、彼らのことは捨て置くことにした。


 マグナラクシアの中央港に皇帝を乗せた船が入港する。

 波止場には儀仗兵が深紅のカーペットの横に並び立ち、軍楽隊が厳かな曲を演奏している。その波止場に魔導船は音もなく滑り込むようにゆっくりと接岸する。


 タラップが魔導船から降ろされ、帝国の近衛兵に先導され、皇帝が下船する。


「ようこそ、マグナラクシアへ。お待ちしておりましたぞ」


 学園長は外交的な笑みを浮かべ、皇帝を歓迎する。


「さすがは、マグナラクシア。このような最新鋭の魔導船を用意できるとは。ぜひとも、この技術を我が帝国にもご教授願いたいものですな」

「はは。さすがにこの船の技術はまだお渡しできません。まだまだ改良の余地のある技術でしてな。一定レベルの完成度に達した暁にはこの技術を世界に公開したしますよ、陛下」


 皇帝の軽い牽制もさらりと躱す学園長。外交的な笑みもここまであった。


「……陛下、わざわざお越しいただいたのはリゾソレニアにおいて、この世界の存亡にかかわる危機が発生したと思われるためです」

「世界の存亡の危機とな?」

「ええ……。立ち話も何ですから道すがらご説明いたしましょう」


 そういうと学園長はマグナラクシア特製の特別車両に皇帝を案内した。


――――☆――――☆――――


「……まったく、学園長の話でなければ信じるに値しないような話じゃわい」


 皇帝は議場の喧騒をよそに学園長の話を思い返していた。


 唯我独尊のリゾソレニアが各国に対し兵力援助を要請した。そのこと自体が異例のことである上にその原因が魔の森方面からの魔中の襲来であるということを聞くと世界がいかに危険な状態に突入しつつあるのか推察できる。


(とはいえ、現状で自国の負担を減らし、おいしいところだけ持っていこうとすることはどの国も同じ。我が帝国とて、現状では国益を差し置いて話を進めるわけにはいかんな)


 皇帝は当てもなく議場を見回す。


 リゾソレニアのタナトスはとにかく自国の現状について強調し、何とか早急に兵力の派遣と関係する物資の供給の約束を取り付けようと言葉を重ねる。しかし、そんな言葉をカウティカのペルヴェルサはのらりくらりとかわす。いつまでも延々続く茶番劇にうんざりした様子で話を聞く学園長がいる。時折、皇帝もまた要らぬ火の粉が飛び火しないよう、口を出したが議論の流れを決定づけるまでには至らない。

 

 いつ終わるともなくどの国がどれだけ兵力を供出するのか、またその戦力をどの国が指揮するのかでもめていた。各国とも指揮権はわが手に、兵力は少なくするために責任を回避し、あるいは責任を押し付けあうことで何とかけりをつけようと議論するがそんなことで結論が出るはずがない。そんな混乱した状況が数時間続いた。


「……議論が紛糾しているので一旦ここまでの議論で話をまとめたい。兵を差し向け、魔物の討伐については同意いただけますかな?」


 あまりの紛糾ぶりに業を煮やした学園長はとにかく合意事項の確認だけでもしておこうと発言する。各国代表もさすがにここまで紛糾すると時間の浪費以外何物でもないと悟り、学園長に同意する。


「……では、いま議論になっているのはどの国がどの程度兵力を供出し、誰が指揮するのか……ということでよろしいな?」


 学園長の問いかけに参加者全員が同意する。


「現状では、意見がバラバラで結論はでないと思われます。しばし休憩をはさんで仕切り直したいと思いますが如何ですかな?」


 参加者は互いに顔を見合わせたが、特に代案もないため、なし崩し的に同意する。


 会議は一旦休憩となり、参加者たちは三々五々席を離れ、各国の控え室へ戻っていく。


「さて……このまま議論を続けても意味はなさそうじゃが……とはいえ、リゾソレニアの事態を放置するわけにもいかんしな。誰かあるか! 誰かっ!」


 控室の皇帝は人を呼ぶ。その声に執事長がすぐさま反応し、御前に現れる。


「……各国の様子はどうか? このまま、会議を続けていてはリゾソレニアが魔物に食われつくされるぞ。何か突破口になる材料はないか?」

「恐れながら、陛下。現状ではなかなか難しいかと……」


 その回答に皇帝はいらだちを隠さない。


「とはいえ、リゾソレニアが落ちてからでは遅いぞ。なんとしても早急に答えをださないと最悪の場合我が帝国への悪影響も考えられる」

「御意。しかし、万が一の事態でも本土への魔物の襲撃はありえないのでは? 海を遠く隔た我が本土への魔物の上陸はまずないかと」


 執事長の答えに皇帝は癇癪を起こす。あまりにも期待していた答えとはかけ離れた答えだったからだ。


「愚か者! 本土に影響がなくても、貿易相手国やリクドーのような我が勢力下にある都市が落ちてみろ、我が国の収入は大きく減じるぞ。そのことを懸念しておる」

「……失礼いたしました。となると、各国の意見を早急にまとめて対応する必要がございますな」


 執事長が慇懃に謝罪する。しかし、そのことが皇帝の癇に障りさらに激高する。


「だから、そう言っている! 各国の弱みをつかみ、兵力物資を供出させよ。兵力物資の郵送はわが帝国の独壇場。それをもって、兵力の代わりとするよう働きかけろ。それから、輸送を引き受ける以上指揮権も帝国に引き渡せとな。急げ!」

「仰せのままに。しかし、単刀直入に各国に要求しても飲みますまい。いかがなさいますか?」


 そこに至って、皇帝は冷静さを取り戻す。そのあたり海千山千の皇帝とその工程の扱いに慣れている執事長の無意識のコンビプレイである。


「魔の森の事情を知っているものをあの場へ呼ぶのも一興か……あの小僧の話使えるかもしれん」

「といいいますと、例の『大魔皇帝復活』という話でしょうか……?」

「そうじゃ。あの話を知っているのはおそらく我が帝国と学園長ぐらいじゃろう。他国への牽制には使えるかもしれん。至急、学園長に面会し、あの小僧を会議の場に呼び出させろ」

「仰せのままに」


 執事長はそのまま、控室を辞する。皇帝は控室でさらに考えにふける。


(うまく利用すれば、帝国に利益をもたらすかもしれん。というよりいかに我が帝国が主導権を握れるのか……だな)


 皇帝は薄暗い控室で策謀をめぐらせていた。

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