第八十七話 クウヤ起つ
皇帝との交渉が不調に終わり、次の手を考えるクウヤ。クウヤは仲間に魔戦士としての決意をぶつける!
皇帝の私室から出たクウヤは仲間たちのもとへ向かう長い廊下を案内の執事と共に歩く。数少ない国家権力に協力を断られ、その歩みは激戦地から撤退する敗残兵のように重々しい。
クウヤとしては魔戦士になった後、皇帝に後ろ盾になってもらおうともくろんでいたが、その目論見は不発に終わる。他に頼るべき有力な権力者はマグナラクシアの学園長ぐらいしか思いつかない。
クウヤとしては学園長を頼りにするのは本当に切羽詰まり、頼るべきものがないときにしようと考えていた。マグナラクシアは魔大戦後世界の復興と協力を促す媒体として建国された。つまり一種の“緩衝材”とされているのであって、世界の国々を強力なリーダーシップで一致団結させるような国ではない。緩衝材がリーダーシップを発揮することなど考えられなかった。そのため、マグナラクシア国家元首でもある学園長を頼るのはクウヤとしては違うんじゃないかと思っていた。
しかし、皇帝はクウヤの頼みを聞かなかった。
(……陛下の協力がないとなると、かなり苦しいな……何か他に策は無いものだろうか? ダメか……)
クウヤは足取り重く廊下を歩き、なにかいい案がないものかと考えるが、特に閃くものはない。そのうちに己の考えの浅はかさに気づき、自己嫌悪に陥る。よくよく考えれば、皇帝がそんな簡単に動かせるはずもないことは自明だった。そんなことに気づかなかった自分の至らなさに打ちひしがれる。
「よう! 用事は済んだのか?」
突然声をかけられ、クウヤは頭を上げ声の主の方へ向く。そこにはエヴァンたちがいた。
クウヤはカラ笑いし、右手を上げる。
「何の話を皇帝陛下と何話していたんだい、クウヤよー? 結構長かったけど」
クウヤは単刀直入に聞いてくる彼に「エヴァンらしいなあ……」と思いながら、苦笑する。それでも、皇帝陛下との密談の内容を口外するわけにもいかずあやふやな答を返す。
「……クウヤ、そんなに秘密にしなければならないような内容だったんですか?」
奥歯にモノが挟まったような、あやふやな答にルーが業を煮やしたように質問する。クウヤはルーの質問に少しハッとするができるだけ表情に出さないようにして、無難な答を返す。しかし、ルーは不満げだった。
「……そんなに、信用ありませんか……クウヤ? 私とクウヤの仲だというのに……」
どこからともなく取り出したハンカチで涙を拭う仕草をする。クウヤは苦笑しながらも、どうしたものかと戸惑う。エヴァンは手を開き、肩のとこまで持ってきて、降参と言わんばかりにクウヤたちを見る。ヒルデは腰に手をあて、一度大きくため息をつき、いかにも「仕方ないなぁ……」という空気を醸しつつルーに近づく。
「ハイハイ、るーちゃん。クウヤくん、困っているじゃない。ウソ泣きはダメよ」
ヒルデはハンカチを握るルーの手を取り、たしなめる。ルーは舌を少し出し「バレたか」といったような表情を見せる。そのやり取りにクウヤは頭を抱えるしかなかった。
「それより、これからどうするんだ? 用事は済んだんだろう? 学園に帰らなくていいのか?」
エヴァンがクウヤに尋ねる。クウヤは少し考え、答える。
「……ああ、学園に帰ろう。仕切りなおしだ」
他の三人は何が「仕切り直し」なのか分からず頭を傾げるが、クウヤがそのことについて詳しく説明するはずがないと思い、何も言わない。クウヤ以外の三人は信じたかった。いつかクウヤがすべてを話してくれることを。
それから四人は公爵邸から乗ってきた馬車に乗り込み、帝宮を後にする。
――――☆――――☆――――
「あの小僧はもう帰ったのか?」
「はい。先ほど馬車で公爵邸へ戻りました。何か?」
「そうか……いや何でもない。ふと頭をよぎっただけだ」
密議がひと段落し、クウヤのことがふと頭をよぎった皇帝が執事長に話す。
「陛下はことのほかあのクウヤとかいう子供を気になされますね。わざわざ変装して、街へ様子を見に行かれたり……ただお立場はお忘れなく」
執事長は不敬にも胡乱な目で自分の主人を見る。しかし当の主人はどこ吹く風で全く悪びれる気配がない。
皇帝がお忍びで、なおかつ変装して外出することなどありえないことであり、万が一のことを考えるとなおのことである。
にもかかわらず、皇帝はそんなリスクを度外視して、変装、外出した。
このことだけでも、皇帝がクウヤに対し、並々ならぬ興味を持っていることが伺える。
「ああ、わかっとる。しかし、下手な道化芝居よりも笑えたぞ、カウティカの姫とのやり取りは。ふぉふぉふぉ……」
そういって、皇帝は卑下た笑いを私室に響かせる。執事長はただ小さくため息をつき、苦笑いを浮かべるだけだった。
「ところで、先ほどの件頼むぞ。おそらくこれから忙しくなる。あの小僧にも……いろいろ働いてもらわねばな」
「承知しております。滞りなく、手配いたします。それでは失礼いたします」
執事長が退出し、一人残された皇帝は考える目をする。
(あの小僧……あんなことを言い出しよって……。何か隠しておるな。ま、いずれにせよ帝国はあの痴れ者のせいで混乱するだろう。その時にどうワシが主導権を握るかじゃな。しかし……大魔皇帝復活か。にわかには信じられんが、うまいこと利用せんとな。ふぉふぉふぉふぉ……)
皇帝の卑下た乾いた笑いがこだまする私室は得体のしれない闇に包まれつつあった。
――――☆――――☆――――
「それで、陛下とはどのような話を?」
公爵邸に戻ったクウヤたちは夕食時、公爵に皇帝との謁見状況について聞かれる。
クウヤたちは横一列にクウヤ、ルー、ヒルデ、エヴァンと並び、テーブルの一番奥に公爵がすわっている。公爵は並び座るクウヤたちを見渡している。
クウヤは本来の皇帝との謁見の目的を隠し、当たり障りのない部分を話す。当然、皇帝との密議については一切触れない。
「そうか……特にはそれ以上ないんだな?」
公爵は口角を上げ、表向き談笑しているように見せるがその目は鋭く一切笑っておらず狡猾な肉食獣にも似た光を宿していた。
「ええ。陛下は僕らの勉学に励む様子にいたく感心されておりました。それから……」
「それから?」
クウヤの発した一言に公爵は食いつく。
「それから、お爺様の政務に対する姿勢と成果にいたく感心されており、『なお一層帝国のため、皇室のため励んでほしい』とのことでした」
クウヤはほとんどでたらめな皇帝の『感謝の念』を公爵に伝える。その言葉を聞き、公爵は当てが外れたせいか、一瞬胡乱な目を見せるがすぐに表情を整え、表向きの笑みを作る。
「……そうか。それは何より。陛下よりそのようなお言葉を賜るとはこれに勝る喜びはない。何にせよクウヤ、それからルーシディティ嬢をはじめとするご友人がたも陛下との謁見で疲れたであろう。何か入り用のものがあれば、近くの使用人に申し付けるとよい。それでは私はこれで失礼させてもらうよ」
公爵はそそくさと中座し食堂を出て行った。公爵が完全に退出したのとほぼ同時にエヴァンがクウヤに話しかける。
「……クウヤよぉ、結構適当な話をしてたけど大丈夫か?」
思わず、クウヤは吹き出しそうになる。食堂にはまだ給仕をする使用人が何人かおり下手なことを話せば、公爵に筒抜けになる可能性があった。そのことにエヴァンは気づいていない。他の三人が焦る。
「な、何を言っているのかな、エヴァン君? お爺様に話したことはみんな事実だよ。大丈夫だから心配しなくていいよ」
「そうなのか? それなら……痛てっ!」
クウヤが多少冷や汗をかきながらエヴァンに説明する。と同時に、ヒルデがエヴァンを太ももを突っついていた。
「謁見のことはもういいじゃない。とりあえず食事に専念しましょう」
ルーはほかの三人のやり取りをごまかすように食事を勧める。
それから、クウヤたちは食事を済ませ、自室へ戻っていった。
――――☆――――☆――――
「あんなところで突っつかなくてもいいじゃない……」
クウヤの部屋に集まり、話をするクウヤたち。エヴァンはヒルデに食堂での件を抗議している。 ヒルデは今の状況をエヴァンに懇切丁寧に説明する。
「……エヴァン君、ここがどういうところかもうちょっと考えて発言してよ。ヘンに疑われるようなことは言わないでね」
「公爵さま本人はいなくなったわけだし、大丈夫じゃないの?」
あまりにものんきなエヴァンに軽いめまいを感じながらも、ヒルデは粘り強く説明する。
「あのねぇ……ここの使用人はみんな公爵の使用人なんだよ。私たちがいないところで、公爵があらさがししろって指示していたらどうするの?」
「そうかぁ……」
それでも、何か納得のいかないエヴァンは不承不承である。ヒルデはため息をつきながら、懇願するようにエヴァンを諭す。
「はぁ……そういうものなの。周りの状況をよく把握してね。お願いだからもう少し頭を使うことを覚えてね」
「ヒルデ、ひどいよぉ……」
エヴァンは涙目になる。その彼にルーが追い打ちをかける。
「ま、エヴァンだから仕方ないかもしれませんが、思いついたことを口にだすのは控えてくださいね。そのことでクウヤや私たちが危うい状況に追い込まれるのは遠慮したいものですから」
「……はい」
エヴァンのつるし上げは彼が折れることで終わる。次にルーの矛先はクウヤへ向かう。
「とはいうものの、クウヤもう少し説明してもらえませんか? 皇帝陛下との密議で話せないこともあるという状況はわかりますが、あまりにも説明が足りないんじゃないですか? 今のままではクウヤのこと、それほど信じられません」
その一言にクウヤは戸惑い、苦笑いする。ルーを見ると腕を組み、こちらを見据えている。簡単には許して貰えそうになかった。
「……言葉足らずで心配をかけてゴメン。詳しく話せなくて……ゴメン。ただ…………オレは…………オレは…………」
クウヤの声はだんだん小さくなり、ほとんど聞き取れないほどかぼそい声になる。彼はうつむき、拳を握り震えている。
「……力を……力を貸してくれないか?」
「え……? なんて言ったんですか、クウヤ?」
うまく聞き取れなかったのかルーは聞き返す。
「力を貸してほしい。これからやろうとすることに」
しばしの沈黙の後、徐にクウヤの口から吐き出された言葉に、他の三人は彼が何を言っているのか理解できず戸惑う。
「クウヤ、何を言っているですか? もっときちんと説明してもらえないと分かりません」
ルーがクウヤに詰め寄る。他の二人もルーに同調する。
クウヤは腹の底から絞り出すような声で、三人の前で宣言する。
「俺は魔戦士になる。魔戦士になって大魔皇帝復活を阻止する!」
突然、降って湧いたような話に他の三人は呆気にとられ、次の言葉がなかなかな出てこなかった。
さぁ、ついにクウヤが決意しました。ルーたちはどうするのか?
次話をマテ!




