第八十三話 クウヤとルー ①
二人きりとなったクウヤとルー。ぎこちない会話が続くが二人して帝都見物に行くことになる。
※二話連投です。
エヴァンとヒルデがひと騒動起こしている時より時系列は少し遡る。港に取り残されたクウヤとルー。慣れない場所で二人取り残され、どうしたものかと考えている。
「……で?」
「『で?』とは?」
「質問を質問で返さないでください。これからどうするのです?」
自分の意思が伝わってないことに少しいら立ちを感じるルーに対し、クウヤはそんな彼女の気持ちに考えが至っていない。いら立つルーに対し、クウヤはいつものように飄々としている。
「さぁ、今のところ特に考えていないな」
「……こういう時は殿方が気を利かして、何か考えておくべきものでしょう? あまりにも考えなしじゃありません? ……まぁ、クウヤだから仕方ないかもしれませんが」
あやふやな答え方をするクウヤに突っ込むルー。多少諦めも入りだす。
「……ま、そうかもな。とは言え、このままここでつったっているわけにもイカンだろ? どこかへ行こう」
「そうですね……」
ついに何か諦めたようにルーがつぶやいた後、二人は沈黙する。
実のところ、二人きりで会話することが今まであまりなかった。そのため、いざ二人きりになると何を話せばよいのか判らず、ぶっきらぼうな言葉でしか会話ができない二人である。いつもならヒルデが彼らの仲を取り持つために言葉を足してくれる。そのためことさら言葉を重ねることなく必要最低限の言葉で意思の疎通ができるが、都合の悪いことに今はその頼みの綱がいない。
クウヤはどうしたものかと考えながら腕を組む。
「……せっかく、帝都に来たんだし、見物でもするかい?」
突如、何か意を決したようにクウヤはルーを誘う。
唐突なクウヤの提案にルーは戸惑う。その上彼女は他の二人がまだ戻ってきていないことを気にかける。ルーは気になってクウヤを見る。クウヤは相変わらず飄々としている。そんな彼の態度にルーは心配になる。
「ヒルデとエヴァンは? まだ戻ってきていませんが? どこからか迎えは来ないのですか?」
「エヴァンはさておくとして、ヒルデなら何か連絡する方法あるんだろう、ルー? 一応彼女、ルーの侍女なんだから。迎えは……よくわからんが公爵家から来るだろうが、おそらくこちらの予定に合わせて手回しよく迎えをよこすことはしないな、あの狸オヤジのことだ。港のエライさんに言付けておけばなんとかなるだろう。そんなところでどうだ?」
「ヒルデと連絡をつけられなくはないけど、あれは緊急用で日常的に使うものじゃないけど……。それに仮にも公爵の使いを待たせるなんて大丈夫なんですか?」
確かにヒルデと緊急時に『連絡を取る手段』をルーは持っていた。それは魔法の呪符のようなもので、彼女たちは肌身は出さず持ち歩いていた。その呪符を使うとお互いの呪符が引き合い、お互いのところまで誘導してくれるというものだった。ただ、それは日常的に使うものではないため、待ち合わせの時に使うという発想そのものがなかった。元々、拉致などの緊急事態に備えて携帯しているものだったからである。加えて公爵家に対する態度も彼女のような境遇からすれば驚きであった。彼女の常識ではかなり身分の高い人物に対し、揶揄したり、たとえその人物の使いであっても、待たせるなど言語道断に近い行為であった。この世界ではともすればそれを理由に命を奪われるような事態に発展しかねなかった。
しかし、そんなこの世界での『常識』の枠をいとも簡単にクウヤは飛び出して見せた。
「その呪符は何度も使えるんだろう? だったら、使わないと損だよ。それに公爵に対しても表向きあからさまに面子をつぶすようなことをしない限り大丈夫さ。これでも陛下のお声がかりなんだから。下手に手を出せばどうなるか向こうも理解しているはずさ。ま、そんなわけで少々のことはどうにかなる。この際、難しい話は無しということで。こんなに好き勝手に動ける機会なんて、なかなかないよ」
クウヤは深く考えることなく、軽くルーを誘う。それに対しルーはこの世界の常識をいとも簡単にはみ出す彼に驚きあきれながら、何か考えを巡らし、若干ためらいながらクウヤの誘いにのる。
「……そうね……そうだわ。こんな機会そうあるものじゃないし。そうね、たまにはいいかも……」
何か思うところがあるのか、自分に言い聞かせるようにつぶやく。そのためかルーが少しずつ乗り気になる。その姿はカウティカ第三公女ではなく、市井の一少女であった。周りを警戒し、意地を張る第三公女の姿ではなく、ちょっと気のある異性に誘われ、ためらう少女の姿がかいま見える。
クウヤの目には、いつものルーとは少し違うそんなルーの姿が映る。
(……ルー? ルー……だよね? どうしたんだろう……)
クウヤは思わず心奪われ、何も口には出さず彼女を見つめている。ルーもそんなクウヤの様子に気がつく。
「何、クウヤ? そんなに見つめても何も出ませんよ。そんな所でつったってないで、早く行きましょう」
「え? ちょっ、ルーさん? ルーさんって! ルゥぅー!」
ルーはクウヤの腕を引き、否、クウヤを引きずり街中へ歩き出す。哀れクウヤはリードで引きずられる飼い犬同然であった。
それでもルーの歩みは止まらない。まるでほんのひと時、公女でも何でもないただの少女でいられる時間を惜しむように……。
――――☆――――☆――――
クウヤはルーに引きずられながらも、港の管理事務所と言うべき、荷役ギルドを探しだした。荷役ギルドはやや古ぼけた建物の中にあり、来訪者を歓迎しているような雰囲気ではない。クウヤたちはおっかなびっくり扉をあけ、建物の中に入る。扉を開けると、正面にはバーのような設備が見え、向かって右側にカウンターがあった。二人はそのカウンターに近づき、中をうかがう。カウンターの中には受付嬢らしき人物がいる。受付嬢は少しずり落ちそうになった眼鏡を左手で持ち上げ、書類の整理をしている。
「すいません、おじゃまします」
「はい、どちら様でしょう? あら、坊やたちどうしたの? 迷子になったの?」
カウンターの中から二人の姿を見た受付嬢は状況を呑み込めず、小首を傾げながらクウヤたちに尋ねる。
「港を管理しているのはこちらのギルドでいいんですか? ちょっと言付けをお願いしたいのですが」
「管理しているのはここでいいけど、言付けって貴方のお父さんかお母さんに?」
クウヤは苦笑ながら、首を振る。相変わらず受付嬢は小首を傾げ、仮面のような笑みを浮かべている。
「たぶん、公爵家から迎えが来ると思うんですが、僕たちちょっと帝都を見学したいんでここでしばらく待っていて欲しいって言付けて欲しいんですが……」
クウヤは作り笑いしながら、事情を説明する。しかし、受付嬢は不思議そうにクウヤたちを見るだけだった。
「ごめんね、ボク。公爵様とはどんな関係が? 公爵様の名前を騙ると子供でも重い罪に問われるわよ? わかる?」
彼女の眼鏡が光り、クウヤたちを値踏みするような目になる。
予め予想していたとは言え、あまりにも予想通りの反応にクウヤとルーは顔を見合わせ、苦笑する。
仕方がないという顔でクウヤは身につけていたペンダントを彼女に見せる。
「何、これ? …………こ、これって!」
途端に受付嬢の表情が変わる。それまでの仮面のような笑みはどこかへ消え去る。
クウヤの見せたペンダントには、双頭の鷲の意匠があった。この意匠を装飾品に使えるのは公爵家の直系一族または傍系でも直系に極近しいものだけである。つまり、クウヤが公爵家に連なる者としての身分証明ということになる。
「も……もしかして、僕って公爵様の……隠し子?」
まるで見当違いの結論にクウヤはズッコケ、ルーは苦笑している。
「……い、いや、孫です」
「あ、お孫さん……お孫さんなんだ。これは失礼しました。お孫さんとはつゆ知らず、失礼の数々平にご容赦を」
受付嬢は急にかしこまって、謝罪する
あまりの変わりようにクウヤは当惑する。
「いやいや、そこまでかしこまらなくても。お忍びなんでね。他の人には内密にして欲しいんだ」
「わ、わかりました。秘密は厳守いたします。ところで、そちらのお嬢さんは……どなたです?」
「あぁ、こちらはギルド連合共和国カウティカ代表の第三公女ルーシディディ嬢です。こちらも内密な訪問で、公式には訪問していないことになるんで、そこのところよろしくお願いします」
受付嬢は目を見張り、まじまじとルーを足の先から頭のてっぺんまで見つめる。どうやらまだ信じ切れていない様子をみせる。仕方なく、ルーは懐から、ある装飾品をとりだす。その装飾品はコインと縄とが複雑に意匠された金と宝石類で飾られたペンダントのようなものだった。それを見たとたん受付嬢はまたもや目を見張る。取り出したものはカウティカの紋章であり、その紋章を持つものはカウティカの国家代表に連なるものの証だった。
「それじゃ、よろしく。あ、忘れてた。僕の名前はクウヤです」
そういってクウヤはギルドのある建物を出ていく。受付のカウンター内であまりにも衝撃的なモノを見て真っ白になった受付嬢をを残して。
いかがだったでしょうか? 珍しく事件らしい事件は起きていません。たまにはこんな二人の時間があってもいいと思います。
引き続き、クウヤとルー ②をお楽しみください。




