第八十二話 ゆうしゃ? エヴァン
帝国の港に到着したクウヤたち。しかし、迎えは港にいなかった。
エヴァンは持ち前の好奇心に負け単身街へ繰り出す。そこで……
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「ここが帝都なんだ。マグナラクシアと変わらんな。さすがに世界を動かす国の中心。すげー!」
船のデッキでエヴァンが帝都の港を眺め、感嘆の声を上げる。
水平線には、黒い巨大な軍艦のようなシルエットか浮かぶ。帝国本土を海上から見るとそう見える。港の周辺に建てられた建物が軍艦のマストやほうこうその周りには大小様々な船が行き交い、女王アリを世話する働きアリの群れのようだった。よく見れば、港の向うにマグナラクシアほどではないが、五階建てを超える高層の建物が立ち並び、帝国の繁栄を誇示している。
「確かに、発展している様子はよくわかるわね。マグナラクシアみたいにいかがわしいことをしてなければいいけれど」
「るーちゃんてば……」
ルーが皮肉めいて、帝都の発展ぶりに感心する。かたわらのヒルデはその言葉に苦笑いしている。
「ま、世界で覇権を競う国だから、ほじくりゃやましいことの一つや二つは出てきてもおかしくないだろう。覇権を競う国で自分の手を汚していない国なんて無いよ。綺麗でやましい噂を聞かない国はうまいことやって隠しているだけさ。ただそれは俺たちには当面関係ない話だ。関わってもろくなことがないし……」
クウヤはルーの言葉を肯定しつつ、自分たちとは別の世界の話のように語る。そこには可能な限り世界の覇権競争に関わりたくないクウヤの気持ちがありありとしている。
「そうね。でも出来るかしら、私たちに? 私たちはそんなものと無関係に生きることは難しいと思うけど」
そう言うと、ルーはクウヤを一瞥する。クウヤは視線を合わせず水平線を見つめる。そんなクウヤに小さくため息をつき、ルーも水平線を見つめる。
カウティカ国家元首の息女であるルーにとって世界情勢と無関係に生きることは不可能であった。それはクウヤも同様である。無関係になろうとしてなれるのはエヴァンぐらいで、ヒルデもルーの侍女という立場もあり、どうあっても関係を持たざるを得ない立場ことは明白である。
重々しい沈黙の空気がが四人の間に流れる。
「はいはい、難しい話はここでおしまい! もうすぐ帝都なんだし、楽しいこと考えようよ。クウヤくん、どこかおすすめの場所ってある?」
ヒルデはわざとらしく明るく振舞い、無理矢理その場の重苦しい雰囲気を変える。彼女にしてみれば、自分たちがどうこうできないことに悩まされることが苦痛だった。
ヒルデの思いを感じたクウヤはヒルデの話にのろうとするが、あいにく彼は帝都に不案内であった。
「あぁ、うーん……ごめん、帝都はよく知らないんだ。本土に来ることなんてめったになかったからなぁ」
「なぁんだ……つまんないの。せっかく、帝都で遊べると思ったのに」
少し悲しそうな顔をするヒルデ。その顔を見たせいか、エヴァンがしゃしゃり出てくる。
「ま、いいじゃねぇか。帝都をテキトーに歩きゃなんか珍しいモノの一つや二つ見つかんじゃないの?」
クウヤもルーもヒルデでさえ、やや呆れ顔でエヴァンを見る。クウヤやルーはそんなに自由に出歩ける立場に無いことを今一つ理解していないエヴァンであった。
「……な、なんだよぉ! みんなそんな顔して。なんか変なこと言ったか?」
「はあ……やっぱり、エヴァンだな」
「そうね、エヴァンですね」
クウヤとルーはそう言うと、大きくため息をつく。
「ま、まぁ、いいじゃない。何とか時間を見つけて街に出ましょうよ、ね?」
なぜか気付いたらエヴァンのフォローに回っている自分に苦笑しながら、再び重苦しい空気を醸し出しそうになったのでヒルデが新しい提案をして状況を変える。
そのことを直感的に感じたクウヤとルーは苦笑いしながら、同意する。
取り残されるのは空気が読めない、否、空気を読もうとしないエヴァンであった。
「……なんだよ……みんな、ワケがわからんなぁ、もう……」
一人エヴァンが沈んで行く中、船は港へ入港していく。
――――☆――――☆――――
「さて、上陸したはいいが、どうするかな」
「どこかから迎えに来るとかはないの? クウヤ」
クウヤはルーの質問に首を傾げる。
とりあえず、下船した場所であたりを見渡すがそれらしい馬車などは今のところは見当たらない。
「母上の連絡がうまく伝わっていれば、帝宮からか公爵邸から迎えが来てもいいんだけど……今のところそういうものは来てないようだな」
「待っているのも、メンドーだな。ちょっとその辺を見てくる!」
「おい、エヴァン!」
「もうっ、エヴァンくんたら!」
エヴァン《鉄砲バカ》はクウヤとヒルデの静止も聞かず、港前の雑踏に飛び込む。
するとクウヤとルーはすぐそばにとてつもない殺気を感じ、その方向を見る。
ヒルデだった。
「……ちょっと捕まえてくる」
「お、おう……」
目を座らせ、黒いオーラをまとったヒルデが普段絶対しないような大股で雑踏をかき分け、エヴァンを追いかける。クウヤとルーはその迫力に圧倒されるだけだった。
「おー、すげーな。やっぱり、世界一の街は違うなあ!」
エヴァンは辺りの人の流れを見回しながらしきりに感心している。そんなエヴァンを周りの人々はやや侮蔑にも近い目で一瞬見ては目を背け、彼のそばを素通りしていく。
「おや、ありゃ何だ?」
エヴァンは持ち前の好奇心のおもむくまま、街を歩きまわる。エヴァンの目の前には人だかりがあった。その人だかりの中で何かが催されている。
「さぁ、さぁ、よってらっしゃい、見てらっしゃい。こちらに仁王立ちするのは百戦百勝の剣闘士ゴライアスだ! その強さは帝国内に敵無し! 古の魔戦士に勝るとも劣らないと噂の最強戦士だ!」
いかにもと言わんばかりのナマズのように横に伸びた髭を自慢気にさわる興業主とその後ろで興業主の倍はあろうかという巨体を誇示しているのは、いたる所に金属の鋲をつけた軽鎧を装備した剣闘士だった。その剣闘士は両腕を上げ、腕の筋肉を強調し、自らの強さをアピールしている。
「さてお集まりの皆さん、彼の強さを体験してみませんか? 彼を殴るもよし、斬りつけるもよし。彼の膝を地面につけた方には金貨をさし上げましょう! さあさあ、我こそはと思わう人はいざ!」
興業主は威勢のいい声で周りの観衆をはやしたてる。だが、遠巻きに剣闘士を取り囲むだけで誰も名乗りでない。
エヴァンはその状況見て、悪戯心が湧き上がる。
「おもしろそうだな。おっさん、やるぞ!」
エヴァンが観衆から数歩前に出て剣闘士の前に立つ。
「おー、なんと勇ましい小さな戦士が現れました! 大丈夫かな、僕? 怖くて粗相しないでね」
興業主の侮蔑的とも思えるくすぐりの言葉もエヴァンには全く通じない。
「……能書きはいいから、チャッチャとおっぱじめようぜ。それとも何か仕掛けが必要なのかい? 実は風船だったりして。 ニヒヒ……」
あからさまなエヴァンの挑発にゴライアスは目を細める。
「………小僧、チビッて泣き叫んでも、ママには助けてもらえないぞ。ゴメンナサイするならいまのうちだぜ。ふっ……」
ゴライアスも負けずに挑発するが、エヴァンはまるで意に介さない。
「グダグダ言ってないで、かかってこいよ。ま、風船筋肉じゃ動きようがないか」
「小僧! 言葉には気をつけるんだなっ!」
エヴァンの言葉にゴライアスが激高し、得物の巨大な戦斧をエヴァンめがけ、雄叫びとともに振り下ろす。しかし、エヴァンは動じることもなく、両手剣を構える。同時に彼の体が仄かに光屋を帯びる。
「ヌオぉぉぉリャァァー!」
ゴライアスの雄たけびが辺りに響き渡り、振り下ろされた戦斧の風圧によって、砂塵が濛々と巻上がる。
煙立つ砂塵に隠され、エヴァンの姿が見えなくなり、観衆がザワつく。やがて、砂塵の中から姿を見せたのは巨大な体躯であった。観衆のざわめきは悲鳴に変わる。
しかし、砂塵が消え去ると悲鳴は歓声に変わった!
エヴァンは両手剣の先を地面につけ、肩のあたりで構え、ゴライアスの戦斧をその刀身で受け止めていた。
「なっ……!」
「おっさん、この程度なら魔の森にゴマンといるぜ! はっ!」
エヴァンは受け止めた戦斧をはじき飛ばす。ゴライアスはその勢いに負け、握った戦斧に流されよろめく。
「……小僧! 面白いじゃねぇか! これなら手加減なしで行けるぜっ」
ゴライアスは弾かれた戦斧の勢いを利用し、エヴァンを上段から叩き切ろうと彼の得物を振り下ろす。エヴァンは両手剣を戦斧に合せ、弾く。戦斧を弾くたび打ち合わせたところから火花が飛び散る。ゴライアスは火花ごしにエヴァンを睨む。
「チっ……! さっきから、弾きまくりやがって!」
ゴライアスは次第に余裕を無くしヒートアップするが、片やエヴァンは涼しい顔である。
「おっさん、もう遊びは終わりかい! この程度の演武で終わりってことはないよねっ?」
「演武だとぉー!」
ゴライアスはますますいきり立ち、今まで以上に激しく戦斧を打ち付ける。エヴァンは受け流すばかりで反撃しない。
「おらおらおらおらぁぁー! 小僧、さっきの威勢はどうしたぁっ! ガキは家でオッパイ吸ってりゃいいんだよっ……なにっ!?」
エヴァンはゴライアスの戦斧を弾き、距離を取る。
「やっと準備運動が終わったぜ。さて、いき……」
「エヴァンくん!」
エヴァンが両手剣を構え、ゴライアスに再度斬りかかろうとした瞬間、彼を呼び止める声がする。
「何、勝手なことをしているのっ! ダメじゃないのこんなところでアブラを売って」
「うわ、ヒルデ……何を突然」
先ほどまでの余裕の態度はどこへやら、エヴァンはヒルデの乱入に混乱する。大股で歩き、肩をいからせながらエヴァンのそばへ歩み寄るヒルデ。
「何をしているか小僧!」
そんなところへ、ゴライアスが襲い掛かってくる。剣闘士の目前にはエヴァンだけでなくヒルデもいる。彼女の存在にはお構いなく戦斧を振り下ろす。
「ヒルデ、危ない!」
エヴァンはヒルデとの間に割って入り、ゴライアスの戦斧を受ける。ヒルデは弾かれ、地面に転がる。
「いったぁ……何するのよ!」
すっくと立ち上がったヒルデは肩をいからせ、エヴァンに近寄る。怒りに燃えるヒルデはなぜかエヴァン以外眼中にない。
「危ないから来るな! 離れろ、ヒルデ!」
エヴァンは必死に叫ぶが、怒りに燃えるヒルデには伝わらない。
「エヴァンくん戻るわよ」
ヒルデはエヴァンとゴライアスの間に割って入って、エヴァンを連れて行こうとする。
「小娘、邪魔をするなっ!」
ゴライアスの戦斧の目標がヒルデに変わる。彼の戦斧がヒルデに振り下ろされる。ヒルデは目をつぶり、両腕でかばおうとする。
観衆は口々に悲鳴にも近い声を上げる。
戦斧を振り下ろしたゴライアスはそのまま動かない。やがて、崩れるように倒れこむ。
何が起きたか判らない観衆は自分勝手に声を上げる。やがて、彼らは信じられないものを見る。
崩れ落ちたゴライアスの巨躯の向こうに、少女をかばい両手剣を構え立ち尽くす少年の姿を。
「あれ? エヴァンくん、何しているの? 何があったの?」
「……あのねぇ。ま、怪我が無いみたいだからいいけどね」
素に戻ったヒルデは自分が置かれた状況を把握しきれないでいたが、周りの状況を確認し自分の状況をようやく理解する。そんな彼女を呆れながら、どこか満足気に彼女を見つめるエヴァンがいる。
その表情にヒルデは一瞬心奪われ、夢見心地の表情をする。
エヴァンは思い出したように踵を返す。
「……さて約束のモノ、いただこうか」
エヴァンは興業主に手を伸ばす。伸ばした途端、何者かに頭を叩かれる。
「もう、エヴァンくんたら! ダメじゃないの、大人相手にカツアゲなんて。馬鹿なことしてないで、クウヤくんたちのところへ帰るよ」
「え? え……? ちょっ、ま……」
哀れ、エヴァンは引きずられるようにヒルデに連れて行かれる。ただ、そのときのヒルデは満面の笑みを浮かべていたという。
後には何が起きたかを理解できず、立ち尽くす観衆と興業主がいるだけだった。
えー、ま、いわゆる閑話的な回でした。
ちょっとハードな内容が続いたので息抜きと思っていただければ幸いです。




