第七十五話 クウヤの帰還 ③
クウヤは義父ドウゲンの執務室へ向かい、帰還の報告をする。
魔の森の出来事を話し、ある決意を述べるがそれがドウゲンの怒りを買う。
お読み下さい。
クウヤはドウゲンの執務室へ向かう。ノックををし、室内へはいるクウヤ。
入り口の正面でドウゲンはいつものごとく執務机で書類を整理している。時折、眉間にしわを寄せながら、次から次へと決済していく。クウヤが少し躊躇し、声をかけずにいると、ドウゲンから声をかけた。
「よく戻ったな。学園で何か問題を起こしていないだろうな? お前の立場はわかっているな? 問題を起こせば、お前一人の問題ですまないということを努々忘れるなよ……何をつったっている?」
クウヤはドウゲンが開口一番、一気にまくし立てるよう小言を言われたため、どう反応してよいかわからず、ただ黙って小言を聞くしかなかった。
「……只今戻りました。帰還早々ですが、父上に学園長からの書状です。これを」
クウヤは仕方なく、紋切り型の帰還の挨拶をし、小言を全く受け流して、ドウゲンに学園長からの書簡を渡した。ドウゲンは怪訝そうにその書状を見つめ、受け取る。
「……何の書状だ? 何か学園で問題を起こしたからじゃないよな? ……国章入りの封印? これは……」
少しの間、いぶかしげに書状をもてあそんでいたドウゲンが封印を見て驚く。
「一応、『学園長から保護者へ』の書状ということで預かってきました。そういう前提で読んでください」
「帰還早々、とんでもないものを持ってくるな、お前は……」
「この書状に関しては僕の責任の範囲外です。そのような言われ様は心外です」
ドウゲンはあきれ顔でクウヤに文句を言うが、クウヤは取り合わない。
「しかし……何用だ? マグナラクシア代表自らこんな辺境の司政官に書状なんて……」
相も変わらず眉間にしわを寄せたまま、マグナラクシア代表兼学園長からの“保護者への手紙”に目を通すドウゲン。
「何……」
手紙の内容に驚きを隠せないドウゲンは手紙の文面とクウヤの顔を思わず交互に見た。
クウヤはただその場に直立不動だった。
「……クウヤ、魔の森での出来事を話してくれるか?」
「藪から棒になんでしょう? 書状にそんなことが書かれていたのですか?」
「それは答えられん。が、気になるだろう。ま、想像してもらうしかないがそういう関係の話だ。それはともかく、一応、“保護者”としては一時行方不明なった挙句、魔戦士の秘密に触れたなどと言われてもにわかに信じられる話ではない。少なくとも当事者から直接話を聞かんわけにはいかんだろう、何があったか話せ」
ドウゲンは机に肘をつき、上目遣いでクウヤを見つめる。その姿は子供を心配し、何があったか確認したいという父親の雰囲気ではなく、犯罪者にその罪を告白させようとする諮問官のような凄みがあった。
クウヤはその凄みに巻き込まれそうになるが、無言で必死に抵抗する。
「……何か話すとまずい事情でもあるのか? とにかく、魔の森で何があったのかだけでも話せ。お前は父親をそんなに心配させたいのか? このことをカトレアが聞いたら、何と言うだろうな……」
ドウゲンは急に口調を和らげる。義母の名前を出したり、クウヤ相手に硬軟織り交ぜ、事の真相に迫ろうとする。
(なんで、父上はこんなに聞きたがるのかなぁ……)
クウヤはドウゲンの言動に訝しがる。そう不審に思いながらも、義父からの重圧は耐え難く、苦痛なものでしかなかった。
「……早く、話せ。そうそう時間をとるわけにはいかんのでな。今ここで話せるだけでいいから、話さんか?」
ドウゲンは若干軟化した口調でクウヤに迫る。ただその目は笑っていなかった。獲物を狙う猛禽のごとく鋭い光が宿り、クウヤを射抜く。
「分かりました……」
クウヤはとうとう根負けし、魔の森での顛末をドウゲンに話しだす。ドウゲンは相変わらず眉間にシワを寄せ、静かにクウヤの話を聞いていた。
「――ということで、魔の森で偶然、大昔の遺跡に辿り着いたわけです」
「そこで、お前は『秘密』を知ったということなんだな? なんだか出来過ぎた話だな。偶然に辿り着いたにしては不自然な気がする」
「僕もそう思います。魔の森で攻撃を受け、その攻撃を回避するために森の奥へ逃げたら、遺跡……攻撃そのものが何者かによる誘導の可能性は否定できません」
ドウゲンに魔の森での出来事を語るクウヤ。ドウゲンはその話を聞いて、何者かの意思を感じる。クウヤもおぼろげながらその何者かの意思を感じていた。
なおもクウヤは話を続け、遺跡内での話をした。『試練』の内容も包み隠さず。当然、、前世の記憶も何もかも……。
その話をドウゲンは何も言わず聞いていた。
しばしの沈黙の後、ドウゲンが口を開く。
「とはいえ、お前はどうするつもりなのだ? 何者かの作為があるかもしれんが遺跡で魔戦士になると約束して来たのだろう? それはどういうつもりなのか? 単に逃げ出すための方便……というわけじゃなさそうだな」
ドウゲンは遺跡での話を聞き、クウヤの秘めた決意を薄々感じた。そう質問され、クウヤの表情が少し曇る。
「……やらなければならいことができました。これは僕でなかれば、できないことです。人でなない作り物の自分が言うのも変かもしれませんが、それが人のためになる……かと。それが『魔戦士になる』ということです」
クウヤは伏し目がちにドウゲンに対しとつとつと話し、最後に顔を上げ、ドウゲンの顔を見据え、自らの決意をはっきりと宣言した。その宣言を聞いたドウゲンは驚く。ただ驚くだけでなく、その表情には幾分の申し訳無さと後悔のような色が浮かんでいた。
「……そうか。そう決めたか……」
「はい。もう後戻りはできないと思います」
二人の間に重々しい沈黙の時間が訪れた。まるで時間が何か重い金属に変わったかのように重々しく、冷たく二人にのしかかる。
「……それで、お願いが」
「……なんだ?」
「僕を廃嫡してもらえませんか?」
「廃嫡……だと!? どういうことか説明しろ」
想像もしなかったクウヤからのお願いに虚を突かれ、驚きとまどうドウゲン。クウヤをにらみ、事の子細の説明を強く要求する。
クウヤは一呼吸おいて、説明し始める。
「魔戦士となれば、諸外国の反発、反感を買うのは明らか。国内にも騒乱を引き起こすかもしれません。そうなれば国にもこの家にも多大な迷惑をかけることになります。そんな事態を避けるため、可能な限り、個人としての決断であり、国、家は一切関係が無いことを諸外国を含め、国内にも示したいんです。廃嫡となれば、その意志は明確になると思うのですが……」
「あくまで、国や家に迷惑をかけないために……ということだな?」
「はい、その通りです」
クウヤは一気に理由を述べる。そのことばかりに気を取られていたため、ドウゲンが拳を握り、微かに震えているのに気づかない。
「ぶぁっかぁもぉーんっ!」
クウヤの説明が終わると堰を切ったようにドウゲンの怒りが大爆発した。ドウゲンは固く握りしめた拳を机に一度激しく叩きつけた。机の天板を叩き割るかというほどの激しさだった。
その一撃に体をすくめ、何も言えなくなったクウヤ。ドウゲンがそこまで激しく感情を露わにしたことがなかったため、一瞬目の前で何が起きたのかわからなかった。
「お前は何を考えているんだ! その程度のことで、諸外国の目をごまかせるかっ! 考えが甘いっ! お前のことだ。どうせ、実子の弟と妹ができたから、養子の自分が身を引けば相続争いを避けられるとか浅はかな考えでも持っているんだろう。頭を冷やして、考えなおせ!」
「しかし……」
「反論は認めん! 決めるのは当主であるわしの仕事だっ! もう一度言う! 廃嫡するかどうかはわしが決めることだ! お前は黙ってわしの決定に従え、いいな」
「はい……」
ドウゲンのあまりの剣幕にクウヤは同意する以外に選択肢がなかった。
「……とにかく、魔の森で起きたことについてはわかった。ご苦労だった。それから、廃嫡の件は当分保留だ。魔戦士の件も含めて口外は禁ずる、いいな? いけ。あまり客人を放置するわけにはイカンだろう」
クウヤは何も言い返せず、無言で頭を下げる。そしてそのまま退室した。
「影。いるか?」
「……御身のそばに」
ドウゲンが影に声をかけるとまもなく、部屋の暗がりから影が現れる。
「……『親の心子知らず』といったところでしょうか?」
「……いつからそんな無駄口を叩くようになったんだ、お前は? そんなことより、各国の動向と国内、特に公爵と陛下の動きをさぐれ」
珍しく、影がドウゲンに絡む。影に絡まれドウゲンもわずかながらに口元が緩む。しかし、次の瞬間、口角を引きあげ指令を下す。
「……公爵はともかく、陛下もですか?」
「そうだ。陛下はあれで相当な狸だ。下手に心許すと後ろから刺されかねん」
ドウゲンがそういうと影は「御意」と言い残し、いずことなく消えていった。
「あいつは何かと手を焼かせる……あの幼子が……そんなことまで考えるようになったか」
ドウゲンは窓から外を眺め、感慨にふける。目を細めたのは外の光が強かったからだけではないようだ。
「……恐れていた事態が目前まで迫っているようだな。さて、いかにしたものか……」
しばらく、瞑目したあとドウゲンは執務に戻った。
――――☆――――☆――――
この時帝国は特に波風も立たず、平穏を保っていた。他国への表立った干渉はしておらず、火種となりうるいざこざはあるものの大きなものではなかった。しかし、水面下では各国の思惑に従い蠢動を始めていた。
水面下で渦巻く策謀の闇にクウヤの行為がいかなる一石を投じることになるのか。
この時それを知るものは誰一人としていなかった。
今日は短めでした。
いかがだったでしょうか?
次話ご期待ください。




