第六十四話 闇の目
クウヤたちは魔の森で魔物に襲撃されていた。執拗なまでの襲撃に辟易する。
そのようなクウヤたちを冷ややかに見つめる目があった。
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「くそっ……!」
トゥーモの街を出て森の奥へ分け入り、どこかしらピクニック気分のクウヤたちを魔物が襲う。魔物たちはまるで何者かに誘導されていきたかのように調査隊の退路を断つように散発的に襲ってきた。それもかなり執拗に……。
「しつこいっ! なんで今回に限ってこんなに……」
魔物の襲撃の執拗さは歴戦の勇士である隊長ですら愚痴をこぼすほどで、魔物を倒してちょっとでも気を抜くと次の魔物の群れに調査隊は殲滅されかねなかった。
「案内人、どうなっているんだ! こんな話は聞いてないっ!」
「分からない。我々も想定していていない事態だ。とにかく、今できることはいち早く森を抜けることだ」
「……チッ」
普段温厚で声を荒げる事ない隊長の怒号にクウヤたちは自分たちが置かれている状況の深刻さに思い至る。緑の魔物だけでなく本物の魔物の襲撃を受け、まさに危機的状況であった。調査隊の面々に更に緊張が走る。
その時、周りの草むらがざわめいた。
「来るぞ!」
隊長の一声に、クウヤたちを含めた調査隊員全員か緊張する。そのとき、草むらから黒い影が草をかき分け現れた。全員が戦闘態勢をとる。
(なんて姿だ……)
そう感じたのはクウヤだけではなかった。新たに現れた魔物の姿はどこで殴られたのか頭がひしゃげているもの、片手片足がかけているものなど、どうやって移動してきたかさえ分からないものさえいた。そして、それらの魔物の目には光がなく、どこか明後日の方を漫然と見つめていた。よく見れば、倒したばかりの魔物も混じっていた。
現れた魔物たちは動く死体であった。動く魔物の死体たちが調査隊の前に立ちはだかる。
(くっ……。なんて匂いだ)
クウヤたちはその匂いに思わず鼻を覆う。現れた動く死体たちの中にはかなり腐敗しているものもあり、耐え難いほどの腐敗臭を漂よわせ、腐汁を垂れ流すものさえいた。
「……気をつけろ。動きは鈍いが簡単には倒れんぞ!」
隊長の指示に隊員たちは思い切って動く死体におおきく振りかぶって切りつけた。動く死体は鮮血ならぬ腐汁を吹き出し跪くがその緩慢な動きを止めることはなかった。
「くそっ……! 倒れろ!」
「一気に燃やすってのはっ! そのほうが早いだろっ!」
「ダメだ。森に燃え広がる!」
「一気にふきとばせば……」
「調査隊員が調査対象もひっくるめてふっとばはすのはダメだろう!」
「ちっ! あれもダメ、これもダメってどうすりゃいいんだよっ」
「とにかく叩き潰すしかない! ごちゃごちゃ言わずに殴りまくれ!」
隊員たちの怒号が飛び交い、現場は多数の動く死体の登場で乱戦となり混乱した。
乱戦となりながらも、クウヤたちは比較的冷静に状況を見ていた。
「クウヤ、どうする?」
「とにかく、魔物の数を減らすことを優先する。ルー、電撃で奴らを牽制、ヒルデも手伝ってくれ。エヴァン、とりあえずルーとヒルデの後始末をするぞっ!」
クウヤとエヴァンが前衛となり、ルーとヒルデが後衛となって、動く死体たちを迎え撃つ。
「行きますっ! 『裁きの雷よ、我が手に集いて、彼の者を穿け』 いけー!」
ルーが魔法で雷を生成する。その雷槌は動く死体を焼き、その動きを止める。腐肉の焼ける煙の中、クウヤが上段から剣を振り下ろし、袈裟懸けに切り捨てる。
「次っ!」
クウヤは気合一閃、次の標的を目指した。
「よぉし、私も! 『数多に広がる清らかなる水よ、我に集いて彼の者を清めよ』!」
ヒルデの前に水の玉が形成された次の瞬間、その水が散弾のように不浄なる存在に襲いかかった。清めの水に撃ちぬかれ、その不死体はぼろぼろになる。それでもなお動きを止めないものもいた。
「でやっ!」
エヴァンがボロボロになった不死体を力任せに打ち据え、解体していく。
「……なかなかやる子たちだ。我らもそれなりに働かねば」
「ああ、そうだな」
案内人の魔族もクウヤたちの活躍に刺激されたのか、次々と動く死体たちをただの死体に戻してった。
なんとか現れた動く死体を元の死体へ返した調査隊の面々を隊長が一旦集めた。
「全員無事か? 魔物に引っかかれたりしたものは傷口を聖水でよく洗え。腐汁を浴びたものも、できるだけ洗いおとしておけよ」
簡潔に指示を出しつつ、隊員たちの安否を確認する隊長。その手際の良さは歴戦の勇士を彷彿とさせる姿であった。
「小僧ども、ケガは無いか? ケガが無いならケガした連中の手当てにまわってくれ。それが終わったら、荷物の点検を頼む」
現状では、クウヤたちを特別扱いする余裕はなかった。現状では次の魔物の襲撃が有るかどうか予測できないため、早々に調査隊を目的地へ移動させなければならなかった。そのため隊長は彼らを治療や襲撃により散乱した荷物の回収にまわし、調査隊を移動できる状態へ急いで戻そうとした。
そういう状況を体で感じていたクウヤたちは何一つ不平を言わず、黙々と隊長の指示に従い作業をこなす。現場の雰囲気が彼らを駆り立てる。
「状況はどうか?」
「多少ケガ人がでましたが、移動可能です。荷物も何とかなります」
隊長の問いかけにクウヤが簡潔に答える。その答に満足したのか隊長は微かに口角を上げる。
「よし、出発だ!」
調査隊は何とか態勢を立て直し、出発した。
その後も魔物の襲撃は続いた。しかしその襲撃は嫌がらせ程度のものだった。
(おかしい……。何か引っかかる……)
クウヤは魔物の襲撃をしのぎながら、違和感を持った。襲撃の頻度に比べて攻撃の程度が貧弱に感じられたからである。そこで、彼は隊長のところへ近寄った。
「隊長、何か変じゃないですか?」
「何がだ、クウヤ?」
クウヤは自分の感じた違和感を隊長に伝えた。隊長は思案顔になった。
「……わからんが、とりあえずその話は後にしよう。このあたりをぬけることを優先する。いいな!」
隊長は魔物の襲撃について気にはなるものの、隊の安全確保を優先した。とにかくこの場所にとどまり続けることが目下最大のリスクであることは明らかだった。
クウヤはその状況を体で感じていただけに違和感を持ちつつも、引き下がらざるを得なかった。
「何か裏がありそうなんだが……」
「魔物、しかも動く死体を使役できるなんて、そんなことをできるような存在……そんなには沢山いないよね……」
クウヤとルーは回りを警戒しつつ話し合う。
「案外、本当のことかもね」
「……何がです、クウヤ?」
クウヤの唐突な言葉にルーは首を傾げる。
「例の“血まみれの魔女”だよ。彼女が実在していて、あの動く死体を使役していたとしたら……」
ルーはクウヤの話を聞き、少し考えた。
「にわかには信じがたい話だけど、あり得ない話ではない気がするわ。そうなると目的が気になるわね。それにもし本当に彼女が復活したなら、彼女を復活させた何者かがいないといけなくなるわ。一体何の目的で……。……思い過ごしであってほしいわね、そんな恐ろしいこと……」
珍しいことに、ルーは自分の考えた可能性に恐れを抱いていた。いつもなら自分の考えに自己陶酔する傾向のある彼女がこのときばかりは違っていた。
「何れにせよ、俺たちの知らないところで何者かが悪事を企んでいるのは間違いなさそうだな」
「何者かは分かりませんが、面倒ですね……」
クウヤとルーは自分たちの至った結論に意気消沈する。相手が得体の知れない存在であるということが彼らに恐れを感じさせていた。
「とりあえず、急いでこの森を抜けようぜ。考えるのはその後でもいいんじゃないの? こんな森で魔物になんかにやられたら、悩むこともできやしない」
明るくエヴァンが二人を励ますように声をかける。至極単純だが、真っ当な言葉にクウヤたち二人は何故か顔を見合わせ、吹き出した。
「確かに。違いない。エヴァンなのに正しい」
「そうね。間違いないわ。エヴァンなのに」
「何だよ! 『エヴァンなのに』って! ヒルデ、何か言ってやってよ、コイツらにっ!」
エヴァンはヒルデに助けをもとめたがヒルデはにこやかに笑って、手を振るだけだった。
「ヒルデ……」
エヴァンはただうなだれて、歩き続けた。調査隊もそんなクウヤたちを笑って見つめていた。
(バカやっていられるうちはまだましなんだが……。このまま何もなく無事調査が終わることを期待したいけど……)
クウヤは口にはしなかったが先行きに漠然とした不安を感じていた。何者かによって魔物が誘導された可能性について否定する材料が現在のところ全くないためであった。そのため調査隊の緊張が継続し、疲労が溜まっていくことをクウヤは感じていた。なんとか精神的に抵抗しようとあえて緊張感のない雰囲気を作り出すクウヤたちを森の暗がりから冷ややかに見つめる目があった。
(……まだ、余裕が有るようね。これからどんどん追い詰められるとも知らずに。ふふっ……。アハハハ……)
不気味な笑い声を残し、闇の目の持ち主は闇夜のような黒い外套を翻し、森の奥へ消えていった。
そんな闇の目に見られているとも知らず調査隊は更に奥へと魔の森を分け入っていった。
クウヤたちの動向を見つめる冷ややかな目。何者でしょうか? クウヤたちはこれからどうなるのでしょうか? お楽しみに。
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