第五〇話 搾取
皇帝の私室でクウヤと皇帝と一対一で話し合う。皇帝から一方的な要求をつきつけられ、公爵邸に戻ってからは公爵の気味の悪い猫なで声に悩まされる。その時、クウヤはある事実に気づく。お読みください。
「なぜ、あのとき賊に気づいたのじゃ?」
皇帝はクウヤに問う。クウヤはどう答えるべきか判断しかね、いいよどむ。あのときはわずかな違和感を感じ、念のため詠唱し万が一の事態に備えたにすぎなかったからである。
「気づかいは無用じゃ。有り体に申すがよい」
クウヤの様子から彼のためらいを感じた皇帝は彼に気にせず思った通りに述べるよう促す。
皇帝に促され、クウヤは探り探り説明を始めた。
「……確信があったわけではありませんでした。ただ、何か違和感を感じて万が一の事態に備えた……というところです。その違和感が陛下をねらった賊のものだとはおもいもよりませんでした」
クウヤは完全に賊と認識して備えた訳では無いことを強調した。しかし、彼の答に感じ入った皇帝は感嘆の声をあげる。彼の思惑に反して。
「そうか……。しかし、その年で賊の気配に気づくとは大した奴じゃ! 衛兵たちにお主の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわ。ふぉっふぉっふぉ」
クウヤの答に乾いた笑いで反応する皇帝。クウヤはそんな皇帝に恐れ入るばかりだった。
だが、皇帝はすぐに真顔になり、クウヤに問いかける。彼の思いを全く考えない問いに彼はますます混乱する。
「ところで、ものは相談なんだがな、クウヤ。お主、余のために働く気はないか? 無論、それなりの報酬はやろう。どうじゃ? 」
突然の申し出に面食らったクウヤは戸惑いの色を隠せなかった。しばらく彼は思い悩み、やっとのことで答えた。
「……陛下、お申し出は非常にうれしいのですが」
「ダメか? 何か事情でもあるのか? 」
クウヤは恐る恐る遠回しに断ろうとした。明らかに不満な様子で皇帝は彼にその理由を聞き返す。
「これから学園で学ぼうというものがどれほど陛下のお役に立てるか分かりません。逆に陛下にお伺いします。なぜ、私のようなものを?」
「知りたいか? クウヤよ。ただ、理由を聞いてしまえば後には退けなくなるぞ。それでもよいか?」
さりげない皇帝の脅しにクウヤはすくみあがり、頭を抱え悩む。皇帝直々の依頼を無下に断るわけにもいかず、苦るしまぎれにした質問が彼をさらに窮地へ追いやった。皇帝の様子をみるかぎり、戯れに言ったようでもなかった。彼にしてみれば、戯れであって欲しいというのが偽らざる心境だった。
しかし例のごとく、皇帝はクウヤの思惑など気にせず話を勝手に続け始めた。
「実はな、そなたの出自はある程度調べてあるのじゃ。公爵が何かこそこそと蠢いていて、それにそなたが何らかの関係していることもな。そこでじゃ、クウヤ。そなたには公爵の動きを知らせてもらいたいのじゃ。これは帝国の安寧のため、どうしてもやらねばならんのじゃ。わしは表だって政に関わるわけにはゆかぬ。そなたのようなものに手助けしてもらわないと何もできんのじゃ。わしが内々にそなたのことを調べたかぎり、その力は十分にある。それ故じゃ。可能な限り、身の安全は保証しよう」
帝国の最高権力者にここまで言わせた以上クウヤには逃げ道がなかった。
逃げ道の無くなったクウヤはやむを得ず、首肯した。
「そうか、やってくれるか。そうか、そうか。ふぉっふぉっふぉ。まぁ、当面はおとなしくしているが良い。時が来れば使いを出そう。頼んだぞ」
皇帝はクウヤの承諾に満足したが彼は身勝手な皇帝の申し出に精神的に消耗した。がっくりと肩を落としクウヤが部屋を出ようとすると、皇帝が今一度声をかけた。
「……そうそう、今日ここへ来た理由は特に成績優秀なお主にワシから直々に奨学金を与えるということにしておいてくれ。まぁ、実際に支給してやるがの。こちらの用事はこれで終わりじゃが、なにか欲しければ、そこの執事に言うが良い。今日の活躍の褒美じゃ」
皇帝は言いたいことを言うだけ言うと、人払いし何やらし始めた。この部屋を一刻も早く離れたかったクウヤは皇帝の話を聞くだけ聞くとさっさと部屋を出て行った。その後を執事が慌てて彼を追いかけ、出口まで案内した。
こうして、クウヤと皇帝の邂逅は皇帝の一方的な要求を彼が押し付けられる形で終わることとなった。
――――☆――――☆――――
帝宮を離れるときにはすっかり日は落ち、夜の帳の中クウヤは公爵邸に戻った。ここにきた時とは違って、公爵が彼を出迎えた。しかも満面の笑みを浮かべて、まるで最愛の親族を迎え入れるかのような歓迎ぶりであった。クウヤは思わず一瞬、眉をひそめる。
「クウヤ、陛下を身を挺して守ったそうだな。なかなかやるではないか。さすがは我が孫だ」
それが公爵の開口一番の言葉であった。クウヤはその言葉を聞いて愛想笑いするしかなかった。
「……それで、クウヤよ。陛下の私室へ呼ばれたそうではないか? 一体何を話してきたんじゃ? 教えてはくれんかの」
気持ちの悪い、使い慣れない猫なで声で公爵はクウヤに尋ねる。クウヤは出迎えたときの公爵の態度がこの屋敷に着いたときとあまりにも違うため、胡散臭いものを感じる。
(あまりにも違いすぎる。不味いことがあるのかもしれないな、陛下と個人的な関係をもつと……)
クウヤはとっさに嘘をついた。
「陛下よりお褒めの言葉を賜り、成績優秀につき、奨学金を下賜していただくことになりました。それだけです」
「本当にそれだけか? 何か頼まれごとはされなかったのか?」
「……はい、他には何も」
クウヤは公爵の目を見据え、はっきりと言い切った。毅然とした彼の態度に公爵は付け入る隙を見つけることができず、わずかに目をそらし、次の言葉を儀礼的に続けざるを得なかった。
「そうか……。ま、陛下よりお褒めの言葉を賜るだけでなく奨学金まで下賜していただけるとはこれにまさる名誉はない。よくやった! 今日はゆっくり休め。明日朝一番の船でマグナラクシアへ向かうのであろう? 」
「はい、それでは閣下失礼します」
クウヤが形式的な挨拶でその場を離れようとした。しかし、公爵はそんな彼を呼び止める。
「仮にも祖父と孫でそのような杓子定規な挨拶はないであろう。お祖父様とよべ」
「それでは、お祖父様失礼致します」
それだけ言うとクウヤは足早に部屋へ戻っていった。公爵はクウヤが視界にあるうちは好々爺を演じていたが、彼が見えなくなると豹変する。謀略をめぐらせる策謀家の顔に。
「執事長! いずこに?」
「ここに。旦那様」
「皇帝の動きが気になる。探りを入れろ! ……内々にな」
「はっ、かしこまりました」
公爵は皇帝が個人的にクウヤと接触したことに不信を抱く。公爵は皇帝の横槍が入ることを懸念していた――クウヤに関係するある秘密が公にされることを恐れていた。
(まだ、公になる訳にはいかない。アレが完成するまでは……。なんとしても素材のことは公にならないよう手配しなければ。苦労して拾った異世界からの素材の素性を今は公にするわけにはいかんのだ!)
――――☆――――☆――――
クウヤは部屋で着替えるとすぐにベッドへ倒れこみ、微睡みの闇へ落ちていった。
微睡みの闇の底から、封じられたはずの記憶の断片が沸き上がってくる。
(また、昔の……。一体なんの意味があるんだろう? こう繰り返されると……)
――クウヤの目の前には、彼自身が何人かの人間に囲まれ、責め立てられている。
全員、学生服のような格好をしている。彼の学生時代の記憶の断片のようだ。
しかし、何故かその人の輪の中に皇帝と公爵とおぼしき人物もいる。
過去と現在の記憶が雑ざりあっている。
「流、全部お前が悪いんだから責任取れよ! 」
「やだよ、何も悪いことしていないのに」
「うるさい! お前が全部責任取ればみんな丸く収まるんだ!」
「そんな……。どうして、何時も僕が損な役割を引き受けないといけないの? そんなのおかしいよ」
「うるさい! お前はその程度の人間でないといけないんだ! お前ごときが、とやかく言っていいことじゃない! 言うことを聞け! 黙って言う通りにすればいいんだ!」
「むちゃくちゃな……」
……
……
「夢?」
ひどい夢に起こされたクウヤは薄暗い部屋で、物思いにふける。
(どうも、前の僕はひどい状況にいたらしいな……。いまも変わらんか)
クウヤは一人苦笑する。浮かび上がってくる記憶をたどると、彼は何かと他人に難癖を付けられ、搾取されるようだった。そしてそれは今も変わっていない。
(そういえば、陛下や公爵の顔もあったような……? 今と昔が雑ざっている。あれ? もしかして転生しても、変わってない? )
そこまで、考えが至ると静かにクウヤは肩を落とした。
一人クウヤが寝床で落ち込んでいると、窓の外の空が白みだす。小鳥たちがさえずりだし、彼の心中とは真逆の爽やかな朝が忍び寄るようにやってきた。
(朝か……。支度するか。ゆっくり落ち込んでいる暇さえないんだなぁ……)
ボヤきながら、クウヤは着替えを済ませ、魔導学園国に向かう準備をする。
太陽は水平線から上り、完全に夜が明けていた。
いかがだったでしょうか。やっぱりクウヤ君はこういう運命なんでしょうか?どこへ行っても報われない彼を応援してください。




