第四十六話 試験の日
クウヤたちは試験に望む。筆記試験のあとクウヤはある少女たちと出会う。いつもより長めですがお読みください。
試験会場につくと受験生がすでにたくさん集まっていた。少し待っていると試験官の一人が出てきて、順番に受験生を呼び込んだ。試験室に入り、クウヤは自分の席につくととなりにはパッと見、楚々としたショートヘアーの女の子が座った。軽く会釈し、彼女は座る。
試験問題はクウヤにとってはそれほど難しいものではなく、試験開始から程なくして全問回答終了した。ふと隣が気になってチラッとみてみると、隣の女の子も回答終了しているようであった。特にやることの無くなったクウヤは途中退出しようと試験官に合図すると女の子も同じように途中退出した。
試験室をでると、件の女の子がクウヤに声をかけてきた。
「あなた、なかなかやるわね」
年に似合わず大人びた口調の少女は王公貴族並みの社交的な笑顔で近づいてきた。
「君は、だれ?」
「私はギルド連合共和国カウティカ代表首長ペルヴェルサ・プラバス=ネゴティアの第三子女ルーシディティ・プラバス=ネゴティアよ。貴方は?」
「僕は帝国都市リクドー司政官ドウゲン・クロシマ子爵の子、クウヤ・クロシマだけど」
「貴方、貴族だったんだ。そのわりにあか抜けてないわね。まぁ、田舎の司政官のこどもなら仕方ないか」
(高飛車な娘……。こんな娘も受けているんだな)
クウヤは見た目の楚々した雰囲気と全く相反する高飛車な態度に面食らった。
「貴方とは、これから長い付き合いになりそうな気がするわ。もし合格したら宜しくね」
「……何だか、君は自分が合格するみたいに話をしているね」
「『みたい』じゃなくて、『する』のよ。私が不合格なんて予定にないの。この学園に通うことはすでに決定事項なの」
そういいながら、ルーシディティは黒曜石のような輝きの前髪を指先でもてあそびながら、上目使いでクウヤを見つめる。
(すごい自信だな……。よっぽど優秀なんだなぁ。……人間性には難ありだけど)
クウヤはその自信に感嘆した。それとともにクセのある人となりに呆れていた。
クウヤがルーシディティの高慢な自信に呆れつつ感嘆していると、試験終了時間になり受験生たちが試験室から三々五々出てきた。エヴァンもげっそりとした表情ではあったが部屋から出てきた。
「るぅ~ちゃぁ~ん、どこぉ~?」
多少間延びするような発音でルーシディティを呼ぶ声がする。みると巻き毛で茶髪の少女が手を振りながら、ルーシディティのほうへ近寄ってくる。
「ヒルデ、こっちよ」
「るーちゃん、ここにいたんだ。あれ? こちらの方はどなたですか?」
「あぁ、こちらはリクドーの子爵様の息子さん」
「これはこれは、お初にお目にかかります。当家のお嬢様が失礼しました。ルーシディティ様付きの侍女を務めております、ヒルデ・ディヴァデュータと申します。以後お見知り置き下さい」
「リクドー司政官ドウゲン・クロシマ子爵の子、クウヤです」
ヒルデと名のった少女は見事な型通りの挨拶をした。クウヤはその挨拶をみて何となく彼女が苦労しているように思った。この年で礼儀作法が恐ろしく板に付いているのは恐らく、常にお嬢様の無作法を庇うため、ついた癖なんだろうなと想像した。
「……クウヤ、おめぇ何しているんだよ! 女の子を二人も侍らして!」
ほどなくして、エヴァンもクウヤのもとにやって来たが不機嫌な様子がありありとしていた。どうも、厄介な試験を終わらせたすぐあとに美少女二人を侍らしていたことが彼の勘に障ったらしい。
「クウヤ様、こちらの方は……?」
「紹介しとこう。リクドーのエヴァン・マーチャン。彼の親は商人をしている。エヴァン、この二人はカウティカのルーシディティとヒルデだよ」
「カウティカだってっ!? 何でこんなところに……?」
エヴァンが目を見開き驚く。クウヤには何のことか全く分からない。
「カウティカは商人に限らず、あらゆるギルドの元締めみたいな国なんだ。そんな国の子供と絡んで、なにかあったらオヤジの仕事が無くなる!」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃない! 一度、知り合いの商人がカウティカからきた人間と揉めて、干されたのを見たんだ。間違いない! あの国の関係者には絡まない方がいい。ヘタをすればケツの毛まで抜かれるようなえげつない国だから」
エヴァン一人、周りを置いてきぼりにして焦る。クウヤは彼の説明を聞いても、もう一つピンと来なかった。そんなやり取りを黙って聞いていたカウティカ代表首長の娘が口を開く。
「あら。随分な言われようね」
「何かあるのかい? あんた」
突然声をかけられ、彼女の方を向くエヴァン。クウヤは後頭部をかきながらごく簡単に説明する。
「エヴァン、言いにくいんだが。彼女……カウティカ代表首長の娘さん」
「ヒッぃ……! 平に、平にご容赦をぉぉぉ!」
エヴァンは驚きのあまりのけぞる。そして間髪を入れず、膝をつきルーシディティに大げさな動きで許しを請う。彼女は横目で彼を見つめ鼻で笑う。
「……まぁ、こんな場所での話だから、我が国に対する非礼な発言は不問にしましょう。お互いもしかしたら机を並べる間柄になるかもしれないのに、出会った早々気まずい思いはお互いしたくないでしょう?」
「お説、ごもっともで……。今後ともよろしくお願いします。へへっ」
普段の姿から想像もできないほど卑屈な態度で彼女にへりくだるエヴァン。その姿に他の二人は苦笑する。
「……まぁ、るーちゃんもそれくらいにして。エヴァン君……だったかしら? もう立って。お互いそれぞれの国を背負ってここにいるわけじゃないんだから、気楽にして」
苦労人の少女が二人の間に入り仲裁する。
「さぁ、もうお昼だからお昼ご飯にしましょ。午後からは実技と面接よ。その前に力つけなくちゃ」
さりげなく、笑顔で昼食に誘い、この場をまとめた少女は厳冬の太陽のような暖かさだった
―エヴァン一人にとっては―
時刻はいつの間にか太陽が一番空高くなる時刻になっていた。
――――☆――――☆――――
昼食後、クウヤたち4人は次の試験の順番を待っている。前の組が手間どっているのか、なかなか呼ばれなかった。暇をもて余したクウヤは魔力球を3球作ってお手玉をして遊び始めた。
「暇……」
「まぁいいけど、そんな余裕よくあるな。こっちはそこまで余裕なんてないぞ」
「ん~。そうはいってもなぁ……。実技はどうでもいいし」
「……ソティス姐の前でそのセリフ言えるか?」
クウヤのボヤキにエヴァンは突っ込む。実技はソティスにみっちり仕込まれたとはいえ、彼は不安で仕方がなかった。一方、口には出さないが実戦経験のあるクウヤにとっては退屈なことにしか思えなかった。
「面白そ~。どうやるの?」
「を? 簡単だよ、魔力を練って……」
重々しくなった空気を入れかえるようにヒルデがクウヤに魔力球の作り方を尋ねる。横目でルーシディティがその様子を冷ややかに見つめる。
「……ヒルデも好きねぇ。そんなもの簡単じゃない」
「るぅ~ちゃんもできるの? やって、やって!」
ヒルデにせがまれ、ルーシディティも魔力球を作った。彼女もいくつか作りお手玉する。クウヤもそれに加わり、彼女とキャッチボールを始める。それをヒルデは無邪気に喜びながら歓声を上げる。エヴァンは彼らを横目で見ながら、まだ試験の不安と戦っていた。
「あ……。君たち試験中じゃ、静かにせんかね」
「あっ、はい」
たまたま通りかかった高齢の学園職員に注意されおとなしくなる。その高齢の職員はまじまじと彼らを見つめうなづきながらその場を離れていった。
(どこかでみたような……)
「次の組、入室してください」
「はい」
クウヤはふと思ったが、試験の時間になったため、意識は試験に集中し件の老職員のことは意識の底へ沈めてしまった。クウヤたち4人は試験室へ入っていった。
試験室は少し広いホールのような部屋で、入り口の真正面に試験官たちが座ってクウヤたちを迎えた。クウヤたちは試験官たちに挨拶し、試験官の正面に用意された席に座って待機する。クウヤが試験官の面々を見ると、先ほどの高齢の職員も試験官の中にいた。真ん中に座っていたので、彼はかなり地位が上の職員のようだなどと試験とは関係ないことをクウヤが思っていると試験官の一人が第一声を上げた。
「これから実技試験を初めます。名前と発動する魔法を言ってから発動してください。それではそちらのあなたから初めてください」
試験官はまずエヴァンを差した。彼は緊張のあまり、手と足が同時に動いていたが何とか所定の位置に着いた。
「エヴァン・マーチャン、風の攻撃補助魔法いきます」
彼は大きく深呼吸したあと、静かに詠唱を始め風をまとう。完全に風をまとうと演舞を始めた。
彼の演舞はつむじ風であった。彼が訓練用の木剣を振るう度、周囲に風を巻き起こし試験官の手元にある書類等を吹き飛ばしかけた。彼の演舞が終わるまで試験室内は強風が吹き荒れた。
一通り演舞を終えたエヴァンが最後のポーズを決め、静止している。試験官たちはしばらく呆然と彼を見つめている。彼の演舞が試験官たちの予想の遥か上をいくものであったため、試験官たちは度肝をぬかれ一瞬、我を忘れていた。彼が気をつけの姿勢に戻ったのを見て、試験官たちは自分たちの役割を思い出す。しかしその声は驚きで震えていた。
「……け、結構です。席についてください」
次に呼ばれたのはルーシディティだった。彼女は静かに立ち上がり、エヴァンと同じ位置についた。
「……ルーシディティ・プラバス=ネゴティア、電光発動します」
ルーは静かに詠唱に入った。彼女の合わせた手のひらの間がほのかに明るくなり始める。それとともに彼女の手の中の輝きは青白いごく小さい稲妻を周囲に飛ばし、放電を始める。すると彼女は一気に魔力を込め、電光を拡大した。強烈な青白い光が試験官の目を射る。あまりの強烈な光に試験官全員一瞬盲目になり、その暗闇をぬけるためにしばし時間が必要となった。暗闇をぬけたときには彼女はすでに所定の位置で次の指示を待っていた。
「……たっ大変、結構でした。ありがとう」
その声を合図に彼女は席に戻る。試験官たちは互いに顔を見合せ、何やらささやきあっていたがすぐにクウヤたちのほうを向いて、試験を再開した。つぎはヒルデの番だった。
呼ばれたヒルデはすっと立ち上がり、エヴァンたちと同じように試験官たちの前に歩みでる。
「ヒルデ・ディヴァデュータ、炎と氷の同時生成します」
その一声に試験官たちがどよめく。複数の魔法を同時に発動することはかなりの高等技術であり、それに加えて相反する魔法を同時に発動することは至難の技とされていた。ヒルデは詠唱に入る。特殊な詠唱法はまるで鳥のさえずりのような、教会音楽のような不思議な響きを持っていた。その“音楽”が終わると広げた彼女の両手平にわずかながら光が宿る。
しばらくすると右手から炎が上がり、左手から何か光る塊が次第に大きくなっていった。ヒルデはその炎と光る塊を手の平に載せたまま、試験官たちの方へ歩み寄り、手の平のものを見せた。手の平の上には小さな炎と氷の塊が確かに存在していた。試験官たちはそれを確認し感嘆の声を上げる。
「結構です。ありがとう」
試験官の一言で、手の平の炎と氷を合わせ、対消滅させヒルデは席に戻った。試験官たちはまたもや何事かささやき合っている。
「それでは、最後の君。お願いします」
クウヤは立ち上がり、所定の位置へ歩いてゆく。
「クウヤ・クロシマ、火炎弾7連発、火旋風演舞行きます」
クウヤは詠唱を始めるが、通常の詠唱ではなく戦闘用の短縮詠唱で火炎弾を生成した。試験官たちはもはや何が起きても驚かないほどの光景を見てきたはずだったが、それでも彼の一連の魔法発動を目の当たりにして、驚かずにはいられなかった。
クウヤは生成した火炎弾を自分の周りを回転させる。火炎弾が回る中さらに詠唱を重ねる。火炎弾の回転速度が早まり、次第にクウヤを取り囲む火の旋風となった。火の旋風まとったクウヤは木剣をふるうたび、熱気が試験官たちやエヴァンたちをつつむ。
炎の魔神と化したクウヤの振るう剣の速度が上がり、試験室内に熱の暴風が吹き荒れる。この様子に試験官たちだけでなく他の3人も息を飲み、試験室内の目がクウヤに釘付けになる。すると炎の魔神は突然動きを止める。同時にあれだけ激しく燃え盛っていた炎が一瞬で消える。クウヤはそこに仁王立ちしていた。ほんの一瞬、彼の体に黒い霧がまとわりつく。高齢の試験官はそれを見逃さなかったが、他の人間は全く気づかなかった。
「結構です。疲れ様でした。実技試験はこれで終了です」
試験官のその声に、クウヤたちは試験室を後にした。
「……学園長、あの子たちはいったい? 魔法に関する能力の高さは抜きん出ています」
学園長と呼ばれた高齢の試験官は静かに頷く。
「正直、クロシマ君だけはかなりのものと思っていたがこれはかなりの拾い物だな」
「将来が楽しみですね、学園長」
「あぁ、彼らは我々が正しく導いてやらんとな」
学園長とその他の試験官たちは得がたい素材を手にれたことに満足し、試験室を出て行った。
やっとこ、主要メンバーが揃い始めました。彼らの活躍をご期待ください。




