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第三話 仮りそめの平穏

お待たせしております。第三話公開します。お楽しみ下さい。

「はっ!」


「どうした! 踏み込みが甘いぞ!」


 ここは帝国「蓬莱」本土から離れた海沿いの一植民都市である。その司政官の屋敷の庭で、少年と司政官の父親が剣術の訓練に明け暮れている。


 少年は少しクセのある黒髪を汗に濡らし、肩で息をしている。少年が剣を振るたびに汗がほとばしり、汗が海沿いの強い日の光を反射し光の残像をつくる。


 対照的に父親は息の乱れは少なく、淡々と少年の剣を受け流している。


 しかし剣と剣は激しくぶつかり合い、火花を散らすほど激しい。少年は剣を右へ左へ打ち込むが、父親にすべてなぎ払われる。業を煮やした少年が唸り声を上げ、父親に向かって剣を振り上げる。


 剣が父親を捉える刹那、父親の剣が少年の剣を跳ね上げた。少年の剣が大きな弧を虚空に描き、飛んでいく。父親の剣が為すすべのなくなった少年の喉元につきつけられる。少年はそのまま、へなへなとへたり込む。


 とたんに父親の厳しい顔が緩む。


「だいぶやるようになった。が、まだまだだな、クウヤ」


「さて、一息ついたら魔法の鍛錬だ。いいな」


 そう言い残すと、クウヤの父親はその場を立ち去った。


(父上はなぜこんなに激しい訓練をするのだろう? 普段はあんな昼行灯なのに……)


 息を切らせながら、ゆっくりとクウヤは立ち上がる。父親の真意を図りかねるクウヤは激しい訓練に多少嫌気がさしていた。いい加減激しい訓練はサボってしまおうかなどと不遜な考えが心に浮かぶ。


「何をしている! 急いでこっちに来い!」


「はいっ! 今行きます」


 父親に急かされ、クウヤは急いで魔術の鍛錬に向かった。



――――☆――――☆――――



 クウヤがこの家の子供として暮らし始めて、2年が経つ。


 この屋敷に来てからは普通の子供として育てられている。ただ、普通の子供と違うのは、ほぼ毎日のように行われる激しい剣術と魔法の鍛錬である。常々クウヤにはこの訓練が後々かならずクウヤの身を守ると言い聞かせて鍛錬させている。もっとも当の本人であるクウヤは迷惑顔であるが…。


 あの日のことはクウヤ自身は覚えていない。クウヤの父親、ドウゲン・クロシマ子爵もあえてあの日のことを語ってはいない。


 クウヤがこの屋敷に連れてこられたあの日、異変が起きた。


 クロシマ子爵に連れられたクウヤは放心状態であり、周りからの問いかけには反応しなかった。改めて記憶の封印を行うために魔導士が準備を始めたときに起きた。


「魔導士様、患者が!」


 儀式の補助をしているエルフが魔導士にクウヤの変化を知らせた。


「ぅぅぅぁぁぁ……嫌ぁだぁっ! 落ちぅ……人がぁぁ……落ちてくぅぅぅ……暗闇が燃えるぅ! ぉぁぁぁあ……暗闇が燃やしにくるぅぉぉ……!」


 クウヤがとても子供とは思えないような声で呻き、悶え苦しみ始めた。 クウヤの体が激しく痙攣する。


「記憶の封印がこんなに早く解け始めるとは……!」


 魔導士は焦燥に駆られる。おもむろに痙攣しはじめたクウヤの身体を魔導士は押さえにかかる。クウヤの手が魔導士の腕をきつく握る。


「なんて力だ! こんな年端もいかない子供がこんな力を……!」


 その時クウヤの恐怖が最高潮に達した。


「いやだぁ!!!!!」


 クウヤはそう叫ぶと闇の霧をまとい始め、彼を中心に空気が動き出した。


「!?」


 魔導士は目の前に展開される光景に思わず息を飲んだ。


 魔法陣の中央に横たえられたクウヤを中心に闇の渦が発生し、その渦にきずられるように風が巻き起こる。室内の紙くずなどが舞い飛び、さながら小規模な嵐が発生しているかのようであった。時折、どこからか放電し稲光が室内を我が物顔で飛び交い始める。戸惑う魔導士に対し、エルフは冷静に短縮詠唱を始める。


「なっなにを……」


 魔導士が突如詠唱を始めたエルフに声をかけようとした瞬間、詠唱が完成し魔法が発動する。エルフの両手が体の前で組み合わされると、両手が光を放ち始め、光の玉となる。刹那、その光をクウヤに向けて振りかぶり投げつける。放たれた光は拡大しながら、クウヤへ飛んでいき、彼を包み込んだ。


(……くっ、なんて力。こんなに強いなんて!)


 エルフはさらに魔力を込め、闇の氾流を押さえ込む。エルフより放たれた魔力は光の奔流となり、クウヤは光の繭に包まれる。光の繭となったクウヤは激しく光を放つと、闇の嵐は収まっていった。


「いったいなにが……」


 魔導士は目の前で起きたことに対して、ただ見つめるしか出来なかった。


「いったい何が起きたんだ?」


 魔導士はエルフに尋ねる。


「恐怖による魔力の暴走でしょう。……かわいそうに相当ひどい体験をしたみたいですね。しかし、この子の魔力は異常ですね。なんでこんな魔力の持ち主が……」


 エルフの言葉が終わらないうちに魔導士が遮った。


「すまないが、それ以上の詮索はやめてもらおうか。それ以上詮索するなら、それなりの措置を取らなければならなくなる」


 魔導士が先程の動揺が嘘のように冷徹に言い放ち、殺気に満ちた強い言葉でエルフの言葉を遮った。


「重ねて言うが、患者の詮索はやめにしよう。記憶の封印作業を続けようか」


「……わかりました」


 エルフは不承不承ながら、作業を続けた。


 魔導士は記憶封印の呪文の詠唱を始める。エルフも同じく詠唱を始める。次第に魔方陣が青白く輝きだし、二人の術者もほのかに青白いオーラに覆われてゆく。魔方陣と術者たちの輝きが最高潮に達すると同時に詠唱が完成した。術者たちからクウヤに向け光が放たれる。光に包まれたクウヤが一段と輝やいた。


 そして、光がなくなった。


「……術式終了。これで記憶の封印は完了だ」


 魔導士は額の汗を拭いながら、大きく息を吐いた。


「お疲れ様です。患者を移動します」


「頼む。そっとな」


 魔導士はエルフにクウヤを託した。エルフはクウヤを抱きかかえ部屋をゆっくり出ていった。


 エルフたちを見送ると、魔導士は腕に鈍痛が広がるのを感じた。


「……ん? なんだこの痛みは?」


 ローブを脱ぎ、腕を鏡で確認する。腕にはくっきりと赤黒い手形が付いていた。


「さっき掴まれたときについたのか……。なんて力だ……。子供の力じゃないな、これは」


「かなり手こずったみたいだな」


 部屋の入口から突然声をかけられ、魔導士は思わず振り返る。


「たいちょっ……。今は子爵様とお呼びすべきでしたね」


 クロシマ子爵が様子を見に魔導室に入ってきた。


「まぁ、この場ではそれほど鯱張る必要はない。それはさて置き、かなり派手にアレは暴れたみたいだな」


 子爵は室内の惨状をみてため息をついた。中央の魔法陣付近以外の場所はあらゆるものが乱雑に散乱していた。


「はぁ、一時封印が解けかけたときにかなり暴れました。しかし子爵様あの子は一体なにものなのでしょう? 魔力といい腕力といい子供のものではありません」


「腕力も桁違いなのか?」


 子爵は怪訝そうに魔導士に尋ねる。


「はい。この腕を見てください。子供の力でここまでの手形がつくことはありません。まるで屈強な戦士に力いっぱい握られているような感覚でした」


 魔導士は子爵に腕を見せた。子爵は魔導士の腕を見て目を見張りながら答えた。


「酷いな。確かに子供の仕業とは思えない……。今のところあの子はあの実験の副産物……とでも考えておこうか」


「副産物……? ですか。一体あの村で何をしていたのです?」


 魔導士はかなり怪訝な調子で子爵に尋ねる。


「実は私も詳細について知らされていない。まぁ知っていたとしてもそれほど簡単に口外するわけにはいかないがな」


 子爵は両の手のひらを上に向け肩をすぼめながら、ややとぼけた調子で魔導士の質問をはぐらかす。


「ただ、おまえも分かっているだろうが、あの村やあの村で起きたことはもはや存在していないことになっている。口外はするなよ。特に最近、周辺諸国の動きが怪しい。他国の間者も増えているようだ。くれぐれも言動には注意しろよ」


 子爵は有無を言わせない強い口調で魔導士に釘をさす。


「……わかりました。ところで子爵、あの子をこれからどうされるおつもりですか? 記憶は封印したので滅多なことで魔力の暴走は無いとは思いますが、万が一ということを考えると公にもできません。ましてや孤児院へあずけることもかなり危険かと……」


 子爵は思案しながら、小首を傾げ手で顎を撫でながらつぶやく。


「当面は、うちの養子としてとどまらせようと思う」


「大丈夫なのですか? かなり危険性が高いと思うのですが……」


 魔導士は不安げに子爵に尋ねる。


「どのみち、外には出せそうもないのだから危険性はそうたいして違いはあるまい。身近においておけば、対処も早い。それに……」


 子爵は何かを言いかけてやめた。


「それに? なんです。何かあるのですか」


 興味深げに魔導士は子爵に尋ねる。


「いやなんでもない。それに実は既に養子にするつもりで、準備はしている」


 こともなげに子爵が答える。


「準備とは?」


 意外そうに魔導士は子爵に尋ねる。


「今日補助をしたエルフがいたろう? あれがそうだ」


 子爵の説明では、彼女を家庭教師兼護衛役として常にクウヤのそばにつけ、暴走の監視と経過観察を任せるつもりだという。ついでにクウヤに魔力の制御を覚えさせ、いかなる場合でも暴走をコントロールさせるつもりであった。また、あの村の出来事を嗅ぎ回る不逞の輩からクウヤを守らせるつもりだという。


「とにかく、ご苦労だった。世話になったな。外でゆっくり休め」


 子爵は魔導士の労をねぎらうと、魔導士を部屋の外へやんわりと追い出した。


「さてさて、これからどうしたものか……。やれやれやっかいごとが増えたな」


 周りのガレキと化した家具などを見ながら子爵はつぶやく。言っていることはただの愚痴だが、内心はそれほどこの新しい厄介事を嫌がっていなかった。むしろ本当に自分の子供ができたような父親の顔に一瞬なったが、瞬間的に冷徹な策略家の顔に戻る。


(しかし、公爵はどうでるか……。どこまで誤魔化せるかな……。ヴェリタ教国も動き出したようだが……。まぁ向こうの出方次第だがな。当面は大人しくするか)


 一頻り考えを巡らせると子爵は魔導室を出ていった。


――――☆――――☆――――


 このとき「蓬莱」周辺では表向き平穏を貪っていた。200年前に起きた「大魔戦争」の後始末のため、戦争を生き残った国々による”談合”によって仮りそめの平穏を保とうと画策した。すべての国が何らかの被害を被り、他国との覇権を争う余裕をなくしたための妥協策であった。


 先の大戦の痛手より徐々に回復するにつれ、国々の軋轢も高まったが、復興を優先するためにとった相互依存関係がよくも悪くも国々の軋轢の暴発を抑制していた。そのことを関係する国々が理解しており、表向き抜け駆けする国はなかった。そして世界は停滞と怠惰の時間を浪費するだけの歴史積み重ねるだけであった。ただ200年の停滞と怠惰を打破するが如く「蓬莱」が先の実験を実施するまでは…。


 停滞していた歴史が再び水面下で蠢動を始める……。

ゴールデンウイーク特別公開ということで次話公開は4月29日とさせていただきます。

ご期待下さい。

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