第二十四話 潜入!
単独でスラムへの調査を実行したクウヤ。そこに現れた"陰"による襲撃!クウヤはどうするのか?
ちょっといつもより長めですがお読みください。
クウヤはスラムを彷徨う。目当てはヴェリタの導師であった。今まで集めた情報からヴェリタの関係者が孤児を集めていることははっきりした。そこで、彼自身が囮となって、ヴェリタの関係者をおびき寄せ、あわよくば根拠地へ潜入しようと画策したためであった。
(スラムをさまよえば、何か接触があると思ったんだけど……。外れたかな?)
あたりを見回しながら、クウヤはただひたすら歩き続ける。ふと見ると、怪しいマントとフードをかぶった男が目の前を歩いていた。
(なんだか、あからさまだな……)
などと思いつつ、他に当てのないクウヤはとりあえず、尾行してみることにした。マント男はクウヤの動きには気づいていないような素振りだった。マント男は何事もなく歩いてゆき、ある路地に入っていった。しかし彼はマント男を見失い、あたりを見回すが見つからない。仕方なく彼はマント男を探し、路地を奥へ進む。
ほとんど先の見えない路地を進むと、突然背後に気配を感じた。彼が振り返るより早く背後から、首筋に短剣を押し当てられた。動きを止められた彼の額を汗が一筋流れる。背後の気配から、低くドスの利いた声で彼の耳に突き刺さる。
その声に彼は背筋が凍る思いをした。クウヤは慌てつつ、なんとか返答をする。彼はなんとか後ろの気配の正体を確かめ、できるなら一撃を加えようとスキを伺うが、そのスキが全く見当たらなかった。彼はこの状態に戦慄し、更に恐怖を感じた。生まれて初めての殺気に血の気が引いていった。
ところが、『子供は家へ帰れ』の一言を残し、煙が掻き消えるように気配が消えた。彼はその瞬間、振り返る。路地の暗闇の中に微かにだが件のマント男が走り去るのを見た。彼はその姿を見て、へなへなとその場にへたり込んだ。
(何だったんだ今のは……?)
しばらくへたり込んだあとクウヤはヨロヨロと立ち上がり、歩き出した。
思わぬ伏兵に戸惑ったクウヤであったが当初の目的を思い出し、スラムを彷徨う。周りの気配に多少萎縮しながらも、手がかりを捜す。
「ほんとに手がかりが見つかるのかな?」
先の見えない路地を注意深く、先へ先へとクウヤは進む。すると仄かに明るい通りへ出た。人通りも絶え、あたりに人の気配はなかった。彼は通りに沿って明るいほうへ向かって歩きだす。その時、彼は殺気を感じ、剣を構える。
(なんだ、この殺気は!)
突然、暗がりから黒い気配が飛び出し、クウヤに襲いかかる。クウヤはその襲撃を何とか受け流し、身構える。その黒い気配は感じたことのあるものだった。
「なぜ、家へ帰らない。家無し子と言うわけでもあるまい」
黒い気配はクウヤに問う。その低く殺気のこもった声は先程のマント男のものだった。クウヤは身構え、次の攻撃に備えつつマント男を見据える。
「何者だ!」
「……何者でもない。……それが故に何者でもある。……ただの“影”とだけ名告っておこう」
自然体で佇み、クウヤに対し大した構えもなくマント男はクウヤの問いに答える。訳の分からない彼はどう対処しいいのかわからず、狼狽する。
「どこかの手のものか!」
「……ふっ。相当焦っているな。その焦り、命取りだぞ。戦場においてその焦り、ヌシの命を失くす原因だぞ!」
影と名告ったマント男はどこか周りの雰囲気にそぐわない奇妙な口調でクウヤに話しかける。クウヤは影の正体がわからず、ますます混乱する。とりあえず彼は身構え、身を固くする。その姿を見た影は行動を開始する。
「……戦場でそんなに硬くなってどうする。参るっ!!!!」
「……!!」
影の速攻に防戦一方のクウヤは影の刃を凌ぐので精一杯だった。影はそんな彼の様子に薄ら笑いを浮かべ、更に攻撃する。彼は耐え切れないとみると、影の刃を渾身の力で跳ね除け、後ろへ飛び距離を取ると同時に詠唱する。影は構えを解き、自然体で佇む。彼は絶好の機会とばかりに魔法を発動、影に向け炎を放つ。
「いけぇぇっ!」
クウヤの炎は影に命中した。……が影には何一つダメージを与えていなかった。まるで、降りかかったホコリを払いのけるように彼の炎を払いのけニヤリと笑い、再び襲い掛かる。
「先程のものは何ですかな? 子供の火遊びはいけませんなぁ。悪い子にはお仕置きをっ!」
影は一気にクウヤとの距離をつめ、彼をめった打ちにする。対抗策の無い彼はなんとか耐えるだけであった。打ち据えられるだけ打ち据えられた彼は崩れるように膝を地面についた。そんな彼を影は襟首を捕まえ、持ち上げる。
「だから、子供は家へ帰れといった。ボロボロになって打ち捨てられるだけだ、戦場では」
影は襟首を掴んだ手を離す。クウヤはボロ布のようにその場に崩れ落ちる。
「まだ戦場に立てる技量はないようだな。そんなことではお使いも出来ん。さっさと家へ帰って母親に甘えていればいいものを……」
影はクウヤを蔑んだ口調で諭す。クウヤは己の無力を体に叩きこまれた。そして己の無力に屈辱を感じ、自分に対して猛烈な怒りを感じた。その怒りで全身が震える。
「おやおや、こんなに震えて……。この様では、周りの人間のお荷物になるだけだな。この場で処分だな」
影は仄かに口角をあげ、クウヤをつかもうとする。その瞬間、クウヤの怒りが爆発した。彼の体が黒いオーラに包まれる。彼は渾身の力を込め、影に斬りかかる。影も余裕をもって受け止めた! ……はずだった。
「何!?」
暗闇をまとったクウヤの短剣が影の短剣をへし折り、マントの一部を切り裂く。影はその瞬間、彼を突き飛ばし距離を取る。彼は体勢を崩しつつも、魔法を発動させる。全身にまとった周りの暗がりよりも暗い闇を両手に集め、影に投げつける。影は初めて見る魔法に狼狽する。影は防御するも、後ろへ吹き飛ばされ、身動きが取れなくなった。影は死を覚悟した。クウヤはゆっくり影に止めを刺そうとゆっくり近づいていくる。彼が上段に短剣を構え、影をさそうとした瞬間、崩れ落ちた。
「何が……」
クウヤは気を失っていた。あまりのオーバーワークにより体がついて行かなかったためだ。影は状況を把握し、ほっと胸をなでおろした。
(これほどまでとは……)
影はクウヤの潜在能力に戦慄した。影は今まで経験したことのない恐怖をクウヤに感じると同時に、彼の将来を憂える。これだけの潜在能力があれば、下手をすると一軍を壊滅させる戦士になりかねなかった。当然、各国の関心を買い、場合によっては抹殺の対象となることは必至であった。
(親方様が直に頼まれた理由がこれか……。面白い……)
影はすぐさまクウヤの治療に入る。ある程度治療が進むと、クウヤが正気を取り戻した。
「……ん? え?」
「動くな。まだ終わってない」
クウヤは状況が理解できなかった。今まで命のやり取りをしていた相手が自分を治療していることが全く彼の理解の範囲を超えていた。彼はどうすることもできず、されるがままであった。
「ナゼ……?」
「今は言えん。ただ敵ではないことは信じろ。……動くな。これで全快だ」
そう言うと影は回復魔法を発動させ、クウヤを回復した。影の両手から放たれた光がクウヤを包み、彼の傷を癒していく。全快した彼はゆっくりと立ち上がる。
「……ありがと、というべきなんでしょうか?」
「……くだらないことを聞くな。礼はいい。それよりスラム外れのヴェリタの集会所へ行け。そこで出入りする導師に話をしろ。いいな。おヌシの探しているものが見つかる」
影はそれだけ言うと、クウヤを残し暗闇へ消えた。クウヤは呆然と影を見送る。しばらくクウヤはその場に立ち尽くしていた。クウヤは自分の置かれた状況がほとんど理解できず、どうしたら良いのかわからなかった。しばらく立ち尽くした後、クウヤは少しずつ歩き出す。最初は戸惑いがちだった歩みが次第にしっかりとしたものへ変わっていく。何事か決意し、クウヤはスラム外れに向かって歩いてゆく。
スラム外れまで歩いてくると、目の前に灯りが見える。目的の集会所にたどり着いたクウヤは辺りを見回し、様子を探る。
「如何されたかな? 幼子がこんな時間に出歩くとは不用心な」
集会所の中からクウヤに声をかけたのは、ヴェリタの導師のひとりであった。そこでクウヤは一芝居打つことにした。
「ここに来れば、寝床にありつけるって風の噂で聞いたから来てみたんだ。ホントなの?」
「雨露をしのぐ場所を捜してここまで来たのかい? ヴェリタは迷えるもの、困窮する者の味方です。さぁ、奥へ入りなさい」
そういうと疑う様子も無く、導師はクウヤを奥へ招き入れる。彼は内心、小躍りしたくなるような心地で導師についていった。




