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魔戦士クウヤ〜やり直しの魔戦士〜  作者: ふくろうのすけ
第七章 討伐大魔皇帝
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一五三話 クウヤ、闇に消える


 荒々しい稜線を見せる急峻な山脈が連なり、その麓に深く黒い森が広がる。生暖かい暖かい風が吹き、空には重々しい蒼鉛色の雷雲が立ちこめ、怪しげな光を音も無く散発的に放っている。


 クウヤたちは大魔皇帝の居城とも言うべき遺跡を見下ろす高台にいる。


 クウヤは奇妙な感覚に首を傾げる。まだ大魔皇帝の居場所にはかなり距離があるはずなのに、もう目前まで来てしまったかのような感覚を覚える。おぼろげながら、禍々しい気配に警戒している。


(ヤツは敵だけにこの感覚は正解か。しかし……)


 クウヤは強大な敵を目前にして、奇妙な既視感を感じていた。いつのことだか、はっきりと思い出せないが、確かに昔この場所でこの風景を見たことは間違いない。


(いつのことだ……?)


 クウヤが脳内の記憶を全速力で検索していると、エヴァンはクウヤに声をかける。


「クウヤ、何しているんだ。行くぞ」


「……ああ。わかった」


 クウヤは振り向きざまにつぶやく。脳内検索はそこで中断した。


「これで終わりにしないとな」


「当然です。でなければ、こんな辺境まで出向く意味がありません」


 ルーが何を当たり前のことをとでも言いたげにクウヤの言葉のあとに続ける。


「ほんと、これで終わりにしないとね」


 ヒルデは両手の拳を小さく突き上げる。


「……ねえ、全部終わったらどうする?」


 ためらいがちにヒルデはクウヤたちに聞いた。彼女は何か思うところがあるようだ。ヒルデの問いに真っ先に答えたのはエヴァンだった。


「ん? 俺はとりあえず、国へ帰るな。あとのことはその時考えるさ」


 エヴァンは特に深く考える様子もなく軽いノリで答える。


「……そっか」


 ヒルデは何かを待っているような切ない表情を浮かべる。


「貴女も帰るんでしょ、ヒルデ」


 ヒルデの様子に何かを察したルーがヒルデを励ますように聞く。ヒルデは伏し目がちに微笑む。


「……どうしよっかなぁ。国へ帰っても……」


 ヒルデは少しわざとらしく、エヴァンに聞こえるようにつぶやく。


「帰らねぇのか?」


 エヴァンは不思議そうにヒルデに尋ねる。


「帰るつもりだけど……ねぇ……」


 ヒルデは意味深な笑みをエヴァンへ向ける。


「すぐに帰らないのなら、一緒にリクドーに戻るか?」


 特に他意もなく、エヴァンがヒルデを誘う。ヒルデはその提案に喜びの笑みを浮かべるも、顔を赤らめうつむいてしまう。


「以外とエヴァンって大胆ね」


 ルーはあきれ顔をして、ため息をつく。


「何を言っているんだよ、ルー。そんなに変なことは言ってないぞ」


 エヴァンはルーの言葉の意味がわからず、首を傾げている。


 ルーはそんなエヴァンの様子に大きなため息をつく。


「なんだよ、なんか文句あるのか?」


 エヴァンはルーの態度に不満をしめす。クウヤは仲間たちのやり取りに表情を緩ませた。


 その時、生ぬるい風が吹き抜けた。


 とたんにクウヤは表情を固くし、あたりを警戒しだした。


 クウヤたちは得体のしれない気配を感じ、空を見上げるとどす黒い雲が異常な速さで沸き立つ。


 クウヤにはその気配の正体が直感的にわかった。


 ヤツだ。そのおどろおどろしい気配をクウヤが間違えるはずもなかった。


「何……? 何なの?」


 ルーは突如現れた禍々しい黒雲に戸惑いを覚えるがなんとかこらえ表にはださない。エヴァンもヒルデも同様だった。


 一人、クウヤは意味ありげな笑みを浮かべる。その黒みがかった笑みはこの状況を予測したようである。彼は眉をひそめ、沸き立つ黒雲を睨んでいる。


「現れたか。直々のお出迎えとはうれしい限りだねぇ」


 クウヤの皮肉めいた言葉に呼応するようにあたりにおどろおどろしい声が響く。


『わざわざ来たか、愚か者どもめ。しっぽ巻いてひきこもるかと思っていたが、殺されに出向いてきた蛮勇には特別にほめてつかわす』


「うるせー。ぶったおされるのはおめーだよ! すぐにぶったおしてやるから待っていろ」


 エヴァンは得物を黒雲に対し突き立てるようにふるう。


「ほんと、つくづくうっとうしいわね。必ず倒してあげるから覚悟なさい」


 ルーは弓を引き絞り、黒雲に狙いを定める。


「これで終わりにします。あなたにはこの世から退場してもらいます」


 ヒルデも槍を構え、黒雲をにらむ。


 そのそばで、どこか冷めた感じで仲間たちのやり取りを聞いているクウヤだった。


(……この状況、やはり昔経験している)


 クウヤは既視感デジャヴを感じながら、大魔皇帝をにらみつける。


『何度余のもとへ来たとしても同じこと。貴様らに一抹の希望もない。直々に余が愚か者のお前たちに引導を渡してやるから、感謝するがいい』


 黒雲からはクウヤたちを侮蔑する声が響いてくる。


「……何度打ちのめされようとも、この魂ある限り何度でも立ち上がる。何度でもやり直して見せるさ。大魔皇帝! 貴様を打ち倒すまでは!」


 クウヤは黒雲へ向けて剣を突き立てる。


 黒雲からは高笑いが響き、禍々しい気配がさらに強くなる。


『ほう……その意気や良し。特別にほめて遣わすぞ。褒美もやろう……受け取れ!』


 目の前の黒雲が大魔皇帝の声とともに凝集し始める。凝集したその姿は禍々しく、この世の憎悪と悪意の塊というべき姿をしており、悪鬼を通り越し、悪神というべき雰囲気を醸し出している。


 全身を覆う鎧のような鱗は黒光りしながらところどころ鮮血のような紅い妖しい光を放っている。頭には巨大な角が二本はえ血のように紅く光る目がクウヤたちを睥睨へいげいしている。全身からは黒いオーラのような瘴気を吹き出し、後光のように大魔皇帝の背後に存在している。


(まったく、何をどうすればこんな悪意の塊みたいな存在になるんだ。やっかいすぎるぜ)


 クウヤは思わず舌打ちする。


 それでも、クウヤたちは目の前の敵と戦おうとしている。

 

 敵は強大で自分たちの力は小さい。がそれでも彼らの未来を守るためにはこの戦いを避けることはできなかった。


『己が力の矮小さ、思い知るがいい』


 大魔皇帝はクウヤたちの目の前に巨大な木の幹のような腕を差し出した。


 その指から黒い雷がほとばしり、クウヤたちの目の前に直撃する。爆音とともにクウヤたちは土煙の中へ姿を消す。


「まったく、派手にやってくれるな」


 クウヤは土ぼこりをはらい落としながら、ぼやく。


 その姿に大魔皇帝に対する恐れはない。仲間たちも臆する様子はない。


 クウヤたちが構えるや否や、彼らの間近に大音響とともに何かが落下した。


 突然の衝撃波に面喰いながらも必死に耐え、その場にとどまろうと踏ん張るクウヤたち。


「何が……」


 クウヤはあたりを見渡す。土煙が晴れるとクウヤたちのすぐ目の前に巨大なクレーターがいつの間にかできていた。


「なっ……!」


 その巨大さに思わず絶句するクウヤ。仲間たちも同様に驚きを隠せないでいる。


『小手調べ程度で驚くでない。本番はまだまだ先だぞ』


 大魔皇帝は高笑いとともに禍々しい魔力を練り始めた。


「ちっ……! 次来るぞ。動け!」


 クウヤは仲間たちに指示を出しつつ、魔力を集中し始める。


『まずは……そこの小娘どもだ』


 大魔皇帝はルーとヒルデに狙いを定め、黒い稲妻を放った。


「!」


 ルーたちは言葉にならない悲鳴を上げる。


 大音響とともにクウヤたちの視界が奪われた。


「何が……!?」


 完全な闇に覆われ、クウヤは慌ててあたりを見回すが……。


 見えるものは何もなかった。


 わずかに、仲間たちの悲鳴のような音を聞きながら、クウヤは必死に自分がどうなっているのかを確かめようとあがいていた。


 やがて霞が晴れるようにクウヤの視界が開けてきた。


 眼前には彼女たちが蹂躙され横たわる姿だった。


「ルー! ヒルデ!」


 クウヤは声を張り上げ、彼女たちを呼ぶ。


 だが、クウヤの呼びかけに二人の反応はないに等しかった。


 クウヤは思わず唇をかみしめる。口角にはわずかに血がにじむ。


 その様子をあざ笑う声が聞こえる。


『小さき愚か者よ、これでもまだ続けるというのか。お前たちに服従以外の未来はない』


 何の感情も込められていない冷たい声が暗に服従を強制する。


「……やかましい。自分の未来は自分で決める。お前のような存在に決められてたまるか」


 クウヤは回復魔法を唱え、横たわる二人の仲間を回復する。それはクウヤの大魔皇帝に対する抵抗の意志の表れでもあった。


「……クウヤ」


 クウヤの回復魔法により、ルーたちはよろよろと立ち上がる。彼女たちは肉体的には限界を迎え、立つのがやっとに見えたが、その眼にはまだ力があった。


 エヴァンが二人のそばへかけより、立ち上がるのを手助けする。


「まったく歯ごたえがありすぎるぜ……」


 エヴァンは強がりながらも大魔皇帝の異常な強さに恐れの色をみせていた。


『あきらめよ、愚かなるものどもよ。汝らの力はアリのひと噛みにも劣る』


 抑揚なく、大魔皇帝はクウヤたちをさげすむ。


「まだ……まだ、終わらない、終われない!」


 クウヤは剣を構え、大魔皇帝に立ち向かう。


『愚か者め、思いしるがいい!』


 大魔皇帝は黒煙にまぎれ、禍々しさが増大する。それにともない、大魔皇帝から徐々に強大な魔力の気配が増大する。その持てる魔力を解放するように大魔皇帝から放たれる魔力はクウヤを圧倒する。


 クウヤが大魔皇帝を凝視するといつの間にか魔力が大魔皇帝の前に毒々しい球体を形成し始めていた。


「……く! あれは!」


 クウヤは大魔皇帝の前に現れた存在が何者なのかははっきりわからなかったが、その危険性については本能的に察知した。


『ふふふふ……ははははは……思い知るがいい! おのが矮小さを!』


 大魔皇帝は暗黒の何者かをクウヤに向け放った。


 まったく光を放ちもせず、反射もしない漆黒の塊はクウヤに向けゆっくりと近づく。その存在は周囲のものを取り込み、近づいてくる。


 クウヤは半端な力ではその存在に対抗できないことを本能的に悟る。


「持てる力をすべてぶつけるしか……」


 クウヤは目をつぶり、瞑想状態に入る。するとクウヤの眼前には大魔皇帝が作り出した存在とはまったく真逆の光り輝く存在が現れだす。


『そんなもので我が力を退けられると思うか。愚か者め』


大魔皇帝はクウヤの作り出した存在をせせら笑う。

『己が矮小さを悔み、消え去るがいい』


 大魔皇帝が作り出した漆黒の存在はクウヤを彼が作り出した光もろとも呑み込み、彼と仲間を漆黒の闇へと消し去った。

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