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魔戦士クウヤ〜やり直しの魔戦士〜  作者: ふくろうのすけ
第七章 討伐大魔皇帝
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一五二話 クウヤの意志

 あくまで人の側で戦うことを宣言するクウヤ。しかし、目の前の男のクウヤを見る目は冷ややかだった。


 クウヤは目の前の男を警戒し観察している。その男の真意が読めず、いささか混乱してもいた。


 そんなクウヤに対し、男はいたって平静であった。まるで人形のように感情の動きのかけらもなかった。そんな彼が徐に口を開く。


「戦う姿勢は良い。人に対してそれだけの価値があるのか? 大魔皇帝にしても、人の業から生まれたものではないのか? 人に作られた大魔皇帝に滅ぼされたとしても、それは単に自業自得ではないのか? それこそ、人の過ちの結果でしかないと思うが」


 クウヤは男の言葉を聞き、頭をフル回転させていた。うわべだけ聞けば男の言葉はもっともであり、否定しようもない。しかしクウヤは直感的に男の言葉が何かが違うと違和感を感じていた。


 男はそんなクウヤを尻目に言葉を続ける。


「人は自らの過ちは認めず、他人のアラはこれみよがしに責め立てる。そんな人のたちを肯定すると?」


 人の全てが綺麗ではないことはクウヤも分かっている。人の側に立ち、戦うと決意しているクウヤであるが、そんなことは分かり切っていた。


「そもそも、人ならぬ人である君が人を救うことに何の意味があるのか?」


 矢継ぎ早に投げかけられる言葉の圧にクウヤは圧倒される。


「それに、そもそも作られた存在ならば今の考えは予めすり込まれたものではないのかね?」


 クウヤは衝撃を受ける。今の今まで、すべて自分の意志によって選択してきたものが、実はただ単に刷り込まれたもので自分の意思で選んだものでないとしたら……その可能性にクウヤは思いまどう。


「それは……それは……」


 クウヤは一人煩悶する。自分が何故存在しているのか、自分はいかなる存在か。

 人にあだなす大魔皇帝に対抗する手目に造られた生きた兵器。端的に言えばそんな存在である。

 自然には決して生まれ得ない歪な存在をなぜ人は生み出したのか? 人はなぜ魔戦士を作り出し、何を求めているのか? 


 そして一つの思いに至る。


 大魔皇帝は人の過ちが具象化したものである。人はその過ちにより危機に瀕している。具現化した過ちに対抗するために魔戦士を造った。


 人は過ちを正し、やり直すきっかけを求めているのでは――。


 その思いに至り、クウヤは心の中に何か確固たる核のようなものができた気がした。


「……確かに造られたものかもしれません。刷り込まれたものかもしれません。だとしたら、人をより信じられます」

 

 目の前の男はクウヤの唐突な返答に首を傾げ聞き返す。


「それはどういうことかね?」


 クウヤは先ほど至った思いを訥々と言葉に変えていった。


「それは人がやり直すきっかけを欲している証拠だからです……俺の存在が……」


 男は興味深げにクウヤを見つめている。


「もし、人が自らの過ちを悔いていなければ、俺は……存在していなかった。魔戦士としてここには……」


 男は口角を上げ、何とも言えない微妙な笑みを浮かべる。見ようによってはクウヤのことをやや見下すような微妙な笑みだった。


「……ほほお。面白い解釈だ。興味深い。続けたまえ」


「魔戦士の力は人の過ちが生みだした歪みである大魔皇帝に対抗しうる力です。過去の過ちの象徴たる大魔皇帝を打ち倒すことで人は過去を克服し、やり直すことができる……そう思うんです」


 クウヤは男を見る。男は何かを考えるようなしぐさをしている。


「それは過去を封じることではないのかね? 過去の過ちを打ち倒すことでなかったことにするとも言ってもいいかもしれんな」


 男は皮肉めいた口調でクウヤに問いただす。クウヤはまっすぐ男を見据えている。


「いえ、違います。人の歪みが形を持った存在が大魔皇帝です。その歪みを打ち倒すことがなぜ過去を封じることになるのでしょう?」


 男の真意を質すよう、クウヤは男に尋ねる。


「大魔皇帝を打ち倒すことは根本的な解決になっていない。人の歪みから生まれたものを駆逐しているだけで、人の歪みそのものは変わっていないからな」


「……ある意味、生贄ですよ、大魔皇帝は」


 男の真意を少しづつ理解し始めたクウヤは男にそう答える。


「生贄……? どういうことかね?」


 意外な答えに男は驚きを隠さなかった。クウヤは男の反応を見ながら、さらに続ける。


「人は己の醜さ、歪みを直視できません。そのため歪みを正すためには身代わりが必要になるんです」


 クウヤの言葉に合点がいったようだった。


「それが大魔皇帝ということなのか……」


「ええ。大魔皇帝が存在する意義は人の歪みの象徴として滅ぼされることにあると思います」


 ここにきて、やっと男と意思疎通できな気がして、クウヤは少し安堵する。


「……なるほどな。面白い解釈だ」


「おそらく、魔戦士の存在もはじめからそういう役割のために造られたのではないかと思います。でなければ態々こんな茶番を演じるくだらない道化なんて何の価値もないですから」


 クウヤは自嘲めいた口調で、男に語る。


「……それでも、君はあえてその道化役を引き受けると?」


「ええ。そのために造られた存在ですから」


 クウヤは自らの役割を自覚した。自覚すればするほど、なんと馬鹿げた役割だと思えて仕方なかった。クウヤは大魔皇帝を人のあやまちの生贄と言い表したが、クウヤ自身は人の愚かさの象徴のように思えてやるせなかった。


「ふむ……それで君『個人』としては満足なのか? 君の話を聞いていると君自身の意志が見えない。何が君をそんなふうに魔戦士を演じさせるのかね?」


 男は自嘲するクウヤの様子に疑問を持った。クウヤの話では特に強制されるわけでもない、弱みを握られてやらざるを得ないわけでもない。にもかかわらず、魔戦士として人のために戦うクウヤ自身の意思が見えなかったからだ。


「……そうですね。こんなくだらない茶番、誰かほかの人に代わってもらえるものなら代わってもらいたいですよ。でも……」


 クウヤは大きくため息をついてうつむいた。しかしすぐに音の顔をまっすぐ見て、自らの意志を述べる。


「その茶番は魔戦士である俺しか演じることできないし、それだけが魔戦士として人のためにできる唯一のことだから。そしてそれが魔戦士の存在理由、いや俺の存在理由、存在価値だから」


 興味深げに男はクウヤの話を聞いている。


「その役割を演じることが自分の存在価値を証明するものだと?」


「そういうことです」


「なるほどな」


 男は満足げにうなずく。その表情は明らかに変わっていた。


「先へ進むために、過去の歪みはない方がいい。それが魔戦士としての結論です」


 クウヤも男に話をするうちに気持ちの整理ができた。その表情には決意の色が浮かんでいる。


「……後悔はないのか?」


 改めて、男は何かを確認するようにクウヤへ聞く。


「後悔しないために必死なんですよ」


 クウヤは自嘲気味に答える。それでもクウヤの目に宿る決意の光は色あせることはなかった。


「そうか……ならばもう何も言うことはないな」


「行くが良い。今の君ならば迷うこともないだろう」


「『試練』は……」


 突然の男の宣言にあっけにとられるクウヤ。思わず、男へ気の抜けた質問をしてしまう。今までの試練であれば、クウヤの心の傷をまともにえぐるような精神攻撃がほとんどあったため、かなり拍子抜けしてしまう。


「『試練』とは決意や意志を試すもの。君はすでに自らの意志と決意を示した。君にはこれ以上必要なかろう」


 男はこともなげに説明する。クウヤはただ男の説明を聞くしかなかった。


 唐突な展開に、状況を呑み込めないクウヤに男はこの場からの退場を促す。


「早く行きたまえ。君もそれほど時間に余裕はないはずだろう?」


 男はそう言い、とある場所を指し示す。その場所は仄かに光が宿り、うっすらと周囲を照らしている。


「……わかりました。それでは」


 クウヤは状況の変化を徐々に受け入れ、その光る場所へゆっくりと歩いていく。クウヤはその光の上に立つ。


「……あの」


 クウヤはためらいがちに男へ声をかける。


「なんだね。何かあるのか」


 男はまだ何かあるのかと、いぶかしげに聞き返す。


「貴方の名前を教えてください。まだ伺っていなかったので……」


「なんだそんなことか。我が名は――」


 その時、クウヤは光に包まれ、消えていった。


「行ったか……我が希望。否、人の希望よ。我は大魔皇帝と共に滅ぶもの。人のあやまちとともに消え去るものだ。覚えておくがよい」


 男は誰もいない空間に静かにつぶやいた。


――☆――☆――


 まばゆい閃光に視界をさえぎられ、クウヤはとっさに目をふさぎ光を防ぐ。ゆっくりと目を開くと仄暗い室内にいた。


 クウヤは元の世界へ帰還した。


「……戻ってきたのか?」 


 クウヤは改めてあたりを見渡す。クウヤの周りには見慣れた笑みが彼を取り囲んでいた。


「よう。遅かったな」


 エヴァンはいつも通り、街中で待ち合わせたようにクウヤを迎える。


「やっと戻ったか。ちょっと時間がかかりすぎじゃの」


 学園長は皮肉交じりにクウヤを迎える。ただその口調はクウヤを避難しているようなものではなかった。


「よかった。やっと戻ってきた」

 ヒルデは変わることなく素直にクウヤの帰還を喜ぶ。

 

「……クウヤ。遅いわよ……あんまり遅いから、おいてくところだったわよ」


 ルーは声をかけた中で一番クウヤを非難するような言葉であった。しかし、言葉とは裏腹に顔は紅潮し、クウヤの帰還を待ちに待っていた雰囲気があふれている。


「いや、悪い悪い。ちょっとばかり長居してしまって」


 クウヤはルーの言葉に心地よさを感じていた。戻るべきところへ帰ってきたという安堵感をかみしめ、一同を見渡す。


「ただいま、みんな」


 そのクウヤの言葉に一同はうなずいて応える。


 その和やかな雰囲気を咳払い一つで壊すものがいた。


「……さて、感動的な再会の場面で申し訳ないが、それぞれ役目を果たしてもらわないとな」


 ハウスフォーファーは一人真顔で一同を見渡している。


「ああ。そうだね、先生。やることやらないと」


 クウヤはハウスフォーファーに応える。


 クウヤたちは学園長の執務室を出て、旅立つ。


 向かうは大魔皇帝のところへ。


 人の歪みの権化である大魔皇帝を倒すために。

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