第十五話 惨劇
爆発の余波が未だ続き、屋敷内は未だ騒然として落ち着く気配がない。子爵は執事長の状況報告を聞いてから渋い顔をしている。食堂内は未だ多くの負傷者で溢れかえり、野戦病院のような雰囲気となったままである。クウヤは何もできず子爵のそばで立ち尽くすのみだったが、ソティスは特に指示が無さそうだったので、けが人の治療の手伝いをし始める。
クウヤは子爵のつぶやきがふと気になりだし、考え込む。クウヤには“破壊工作”という単語を聞くが初めてだったし、そのような行為を行う理由など想像の範囲を著しく超えた世界の話であったので理解ができなかった。
「父上、いいでしょうか?」
「なにか? 気になることでもあるのか?」
「“破壊工作”とはなんのことでしょう?」
その言葉に子爵たちは一瞬凍り付く。その時、執事長がクウヤと子爵をそっと退出するよう促す。子爵は婦人にその場を任せ、クウヤと執事長と食堂をそっと抜け出し、子爵の私室へ向かう。子爵は眉間にシワをよせ、険しい表情のまま歩き、執事長もやや険しい表情で続く。クウヤはそんな二人の表情を見ながら事態を今ひとつ飲み込めないままついていく。
無言で三人は部屋に入り、子爵は椅子に深々と座る。執事長とクウヤはそれに向かい合うように立った。三人の間に重々しい空気が漂い、少しの間沈黙の時が流れた。その空気に耐えられなくなってきたクウヤが遠慮がちに口を開く。
「……それでさっきの話ですが……」
「…………ぁあ。破壊工作のことか」
子爵はいかにも渋々といった雰囲気で訥訥と語り始める。
――最近、帝国内で何者かによる破壊工作が頻発していた。その手口は、火炎の魔法を時間が経つと発動する物品を帝国の重要拠点などに置くという手口であった。その破壊工作者の正体についてはまだはっきりしていないが、某国によるもであろうということまでは掴んだ。狂信的な方法から狙いは内部かく乱ではないかと推察される――
「…ということだ。その破壊工作の手がこのリクドーにまで及んできたらしい」
「そうなんですか」
「このことはこの屋敷内の連中に限らず、街のものにも知らせるわけにはいかないのでな。お前もこの件に関してはしゃべるなよ。事態をややこしくしないためにも、黙っていろ。いいな」
「…はい」
「ソティスはこのことを知っているのですか」
「あぁ、彼女には大体のことを知らせてある。とはいえ、屋敷内であまりこの件について二人で話をするなよ」
苦渋に満ちた表情のまま、子爵は言葉を続ける。おおよそのことについては理解したつもりのクウヤであったが、未だ持って実感を持てないためか、不思議そうな顔をして静かに子爵の話を聞く。クウヤはなぜこのような破壊工作を行うのかいろいろ思いを巡らした。内部かく乱というが国の中を混乱させてどうしたいのか、想像の範囲を超えていたため思いつきもしなかった。
その時、扉をノックする音が聞こえ執事長がでる。執事長はノックをした使用人と何やら密かに言葉を交わしたあと、子爵のもとへやって来る。
「子爵様、特定できたようです」
「うむ、行こう。クウヤついてこい」
執事長はクウヤを連れて行くことに意義を控えめに唱えたが、子爵はそんな執事長を制し部屋を出ようとする。執事長は一礼し、一歩下がりクウヤと子爵のあとにつく。子爵を先頭に3人は部屋を出る。部屋の外には使用人がたっており、どこかへ先導し始める。
混乱の続く廊下を歩き、クウヤたち一行は屋敷の裏手にある物置についた。物置は爆風で壊されており辛うじて、原型を類推できる程度しか痕跡が残っていなかった。物置と屋敷のあいだには大きなくぼみができており、屋敷の一部も破壊されていた。
「酷いな。修復にはしばらくかかりそうだな」
「は。急ぎ手配します」
子爵と執事長はそんな言葉を交わしながら、爆心地を見聞する。クウヤは少々飽きたか、子爵たち二人とは距離をおいて現場を眺める。クウヤは何気なく爆心地付近を眺めると、いくつかの赤黒い物体が周囲に散らばっているのに気づく。クウヤは点々と散らばるその物体を目で追う。その物体の一つを凝視したときその正体に気づく。
その物体は肉片であった。しかも、肉片の中に子供の手のようなもの混ざっていた。その付近を見ると、次々と人の一部のような肉片が散乱する。その部品をよく見れば獣人の子供の一部であろう特徴が見て取れた。クウヤは何がなんだか分からず、周囲をさらに見渡した。すると物置近くの草むらに屠殺され、処理されたような獣人の子供の肉塊が落ちていた。無残に臓物を撒き散らし、肋骨が顕になったものもあった。
「!」
クウヤは完全に混乱し、声にならない声を上げ立ち尽くした。子爵と執事長はその声を聞き、急いでクウヤのもとへやって来る。
「これは…。ここまでするのか……」
子爵は目を見開き、現状のひどさに驚く。執事長は立ち尽くし呆然とするクウヤを屋敷内へ連れて行く。子爵はためらいながらも使用人に肉塊の回収を命じ、一瞬忘れかけた自らの役割を果たす。しかし、子爵は役割を果たしながらもやるせない気持ちで空を見上げた。空はいつもどおり青く透きとおっていた。




