第一四〇話 邂逅……?
「何事か! しずまれぃ!」
その一喝により、嘘のように先ほどの騒乱が静まった。
「牢番は何をしているのか? 早く騒ぎを治めろ」
奥から現れた人物は牢番を一喝した。奥の暗がりの中にいるので姿ははっきりとわからないが口調からすると職業軍人のようだ。命令口調で矢継ぎ早に騒ぎの収拾にかかる。
牢番は自分の言い分も聞かず事を進められるのが不満らしく、ふてくされている。
「しかし……こいつら」
「こいつら……? こいつらがどうした。お前の役割は何だ。答えろ」
その人物は牢番を詰問する。その鋭い視線に思わず萎縮する牢番。
「い……いえ、何でもありません」
黙り込む牢番に状況を把握したいのか軍人風の男は命令する。牢番はその声に身を縮める。
「まず状況を説明しろ。それからだ」
軍人風の男はさらに要求する。牢番はますます萎縮する。
「まぁまぁ、囚人にも非があることですし、そのぐらいで勘弁してあげてください。役割に忠実なのはいいことですが牢番さんをあまり詰問すると役割にも影響しかねませんよ」
牢番を詰問する軍人風の男を宥めながら制する人物が奥からさらに現れた。その人物は古ぼけた外套をはおりフードを深々とかぶっており、牢獄前が暗いこともあり顔つきはよくわからない。ただ、ルーには柔らかな物腰とその話口調に引っかかるものがあった。
「しかし代表……」
「起きたことをあまりとやかく言っても仕方ないじゃないですか。牢番さんとて、意図的に騒ぎを大きくしたわけではないのですから」
「代表がそうおっしゃるのなら……」
軍人風の男は奥から出てきた男が上官に当たるのか、大した反論もなく引き下がる。
「あぁ……輸送隊だったかな? 代表者はどなたかな? 通常の輸送予定とは異なるようですが?」
代表と呼ばれた男はルーたちに話しかける。
「……輸送隊の隊長は俺だが、今回の輸送は大事なお客様の依頼での特別輸送だ」
隊長が答える。その男は隊長をまじまじとみた。
「貴方がこの輸送隊の隊長ということとで、よろしいか?」
「ああそうだが、あんたいったい何者だい?」
隊長も男の正体を見極めようとしているのか、注意深く観察する。
ルーもその男をじっくりと観察した。
「……ま、それほ大げさに名乗るほどのものではありませんが」
そういうと男は深々とかぶっていたフードから自分の素顔をさらした。
「あ……あんたは。国外追放されて、どこか外国で野垂れ死んだんじゃないのか!?」
隊長はその男の顔を見て、驚きを隠さなかった。
「国内的にはそう広められましたか。幸か不幸か、生きていますよ」
男はそういって朗らかに笑った。
「貴方はタナトス……さん?」
ルーも意外なところで現れた意外な人物に驚きを隠さなかった。
「港でお別れして以来ですかな? それほど日数は経っていませんがここはお久しぶりと言うべきなんでしょうね」
タナトスは笑みを絶やさず、ルーに答えた。
「ちょ……ちょっとまて。なんで姐さんとこの反逆者と知り合いなんですか?」
目の前で展開する光景が理解できず、目を白黒させて頭をひねる隊長。タナトスはそんな隊長に経緯を説明した。
「……じゃ、じゃあ姐さんらは元々反逆者側の人間だったと?」
隊長は若干汚物を見るような目でルーたちを見渡しながら尋ねた。
「その言い方は必ずしも正しくないわ。元々この国の内情には関わっていないんですもの」
ルーは呆れながら訂正した。
「しかし……こいつは畏れ多くも上皇猊下に反旗を翻した極悪人なんですよ。我が国の内情に関わっていないと言われても……」
隊長は不審の念を包み隠さず、ルーにぶつける。
「そうね。貴方の立場ならそう見ることが正しいのかもね。でも私たちの目的は内政干渉じゃなくて……」
ルーは考えながら答えるが、結論はぼかす。へたに件の戦士の件を今出すと説明が難しくなることを恐れたからだ。
「そのあたりの話はここではなんですから、別の場所でしませんか?」
タナトスはルーたちにそう提案した。
「それは構わないですが……隊長さんもですよね?」
ルーはタナトスに確認した。隊長が抵抗感を示している以上、その抵抗感の元に聞かないといけないような気がしたからだ。
「そうですね、来てもらえるならそれに越したことはないです」
ルーの心配をよそに何事もなくルーに同意する。
「……反逆者の話など聞く気はないが……」
隊長は嫌悪感を隠さない。
「私としては来てもらいたいのですが」
ルーは毅然と隊長に言い切る。隊長は何かを考えている。
「……許可証所持者としてのご命令ですか?」
隊長はまわりの隊員の様子を見ながら、ルーに尋ねた。
「……そう思ってもらってかまわないわ」
ルーは隊長の質問の意図がすぐには掴めなかったが、少し考えて隊長の質問を肯定した。
「了解しました。それでは行きましょうか」
隊長は顔をやや伏せながらまわりを一瞥し、ルーとタナトスとともに移動する。
三人は特に会話もなく、薄暗い洞穴を歩く。ルーは他の二人の様子をうかがっている。
タナトスはとある扉の前にたち、部屋へ入るよう促す。
他の二人はタナトスに促され戸惑いを感じながらも、部屋へ入る。
部屋の中には簡素なテーブルと椅子があり、三人はそれぞれ席についた。
「さて、どこから話しましょうか」
ルーと隊長はけん制するように沈黙を守るので、タナトスが口火を切って話し出す。
「……まず、私はここで反上皇活動をしているわけではありません」
腕を組み、部屋の壁にもたれ胡散臭げに隊長は何も言わずタナトスの話を聞いている。
「私はこの国を動かした者の責任として、この国の政策により困窮した人々を助けたいと思い、今の活動を行っています」
「するってぇと、政治的な考えは一切ないと?」
隊長は抱いている疑念を包み隠さず、タナトスへぶつける。
「ええ。そのつもりです」
タナトスもそのことは予想済みなのか淡々と答える。
「しかし、ここが猊下に反抗する亜人たちの巣窟であり、猊下の意志にそぐわないものどもの巣窟である以上、いくらあんたに政治的意思がなかろうと関係ないのでは?」
隊長は歯に衣着せぬ言い様でタナトスに対する不審の念を吐露する。
「その懸念はもっともです。ですが、そんなことはさておいてこのアジトに集まっている者たちは政治的理由でここに集まっているわけではありません。そのことはご理解なさっていますか?」
タナトスは隊長にはっきりと言い切る。隊長はそのような切り返しを予測していなかったのかあからさまに動揺を見せる。
「……そ、そんなことはどうでもいいことで猊下に仇成すものが群れていている巣窟にあんたのような人が混ざっているだけで猊下に対する反逆とみなされるんだ。そんなことすら分らないのか、あんたは?」
タナトスは静かに隊長の弁を聞いている。
「あんたはかつてこの国の政を私し、この国から追放された身でありながら、反逆者の巣窟で単なる賊と化した亜人どもの救援をしているという。明らかに猊下に対する反抗ではないか」
タナトスは静かに語り始める。
「……上皇猊下の信奉者であればそういう見方もあると思います……事実かどうかは別にして」
ここに来て初めて、タナトスは怒気を込めた。
「貴方が言う『反逆者』たちが何ゆえこの場所に集ったかよく見てください。彼らの話に耳を良く傾けてください。上皇猊下……いやこのリゾソレニアという国が何をなしてきたのか、いや彼らに何を強いてきたのか貴方なら理解できるはずです」
そう言い切るとタナトスは毅然と隊長の目を射抜くかのように睨む。その気迫に隊長は気圧される。
「……ということは、あんたは教えを曲げるのかい? 教えによれば亜人たちは前世の行いが悪しきものであったがゆえの境遇のはず。その教えを曲げるのならば正当な理由を示してもらわないと」
隊長はタナトスに気圧されながらも、反論する。
「では、貴方のいう『前世の罪』とは何か?」
タナトスは隊長に抑揚なく問う。
「……そ、そんなものベリタのものなら当たり前のことだ……亜人どもは人としてなしてはならぬ罪を犯したんだ」
タナトスの問いに隊長はなおも強弁し抵抗する。しかしその表情はうつろで目は泳いでいる。
「人としてなしてはならぬ罪とは?」
対してタナトスは淡々と隊長を問い詰める。まっすぐ隊長を見つめ返答を待つ。
「そ……それはあんたのほうが分っているんじゃ……」
隊長はなすすべがなくうろたえる。顔には冷や汗がしたたり、息も荒い。
「つまり、私の見解を信じると?」
タナトスは意地の悪い笑みを浮かべ、隊長に問い返す。
「そうはいっていない! ただ罪の内容に関してあんたのほうがより具体的に……」
「私は前世の『人としていなしてはならぬ罪』なんて知りませんよ」
「そ、そんなはずはない。仮にも猊下のおそばに仕えた者が知らないはずはない!」
飄々と返答するタナトスに隊長はじれてくる。
「タナトスさん、いいかげん話を元に戻しませんか?」
タナトスと隊長のやり取りに飽き飽きしていたルーが二人の話を切る。
「いやいや、本題から話がずれてしまったようですね。申しわけない」
意外なほどあっさりタナトスは謝罪し、かるく頭を下げる。
「いやしかし……」
「それでは話すべきことを話しましょうか」
隊長が抗議しようとしたがルーが遮る。ルーとしてはこの国の内情に関する他の二人の言い争いに付き合うつもりはなかった。
「……それでと、今私は図らずもここで亜人たちのとりまとめ役になっているわけですが、貴方がたはどうしてこちらに?」
ルーはリゾソレニアで困窮する亜人たちを手助けし、襲い来る魔物を駆逐するとある戦士を探していることをつげる。
「それで、タナトスさんは何かご存じで?」
ルーは静かに話を聞いているタナトスに聞いた。
「もしかして、あんたが魔物を排除していもしない謎の戦士の噂を流しているんじゃないだろうな」
ルーとタナトスの話に強引に隊長が割り込む。
「まあまあ、隊長さんそんなに結論を急がずに。確かに私もその話については存じています」
タナトスは意味ありげな笑みを浮かべ答えた。
その時、扉を叩く音がする。
「どうぞ」
タナトスは扉を叩いたものを招き入れた。例の軍人風の部下が入ってきた。
「代表、例のお方が……」
そこまで話したところでタナトスは発言を制した。
「さてさて、なかなかいいタイミングです。お二人とも一緒に来てください」
タナトスはルーたちを招き部屋の外へ出ていく。
ルーはタナトスについていく。
「あ……そうそう、他の二人も呼んできてください」
タナトスは軍人風の部下にエヴァンとヒルデを呼びに行かせた。
「タナトスさん……何があるんです?」
「まあまあ、見てのお楽しみですよ」
タナトスはルーの質問をはぐらかし、意味ありげな笑みを浮かべる。
しばらくしてエヴァンとヒルデの二人がルーたちのもとへついた。
「何なんだよ、いきなり。何の説明もなくついてこいなんて」
エヴァンは説明がないことに不満を漏らす。
「さて、揃いましたね。行きましょうか」
不平を漏らすエヴァンに答えず、タナトスは歩き出した。
「ちょ、ちょっとまって、どういうことですか?」
黙って事態を見守っていたヒルデが特に説明がないまま話をすすめるタナトスに抗議する。
しかし、タナトスは不敵な笑みを浮かべ、何も答えない。
「タナトスさん!」
ヒルデは珍しく声を荒らげるがタナトスは意に介さない。
タナトスの反応に四人は何も言わず、ついていくしかなかった。
しばらく歩くと集会所のような広間に到着した。
「さて、運命のご対面と参りますか」
タナトスにしては珍しく冗談めかして四人を招き入れいる。
そこには、ズタボロの外套をまとったガタイのいい男が立っている。
外套の隙間からは黒光りする鎧が見え隠れしている。
ルーはその姿に衝撃をうけ、まるで稲妻の魔法が直撃したように硬直する。
目の前にいるのは……。
彼……?




