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魔戦士クウヤ〜やり直しの魔戦士〜  作者: ふくろうのすけ
第六章 魔戦士降臨編
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第一一八話 激突! 父と子

ついにクウヤとドウゲンの試合の日がおとずれた。

何も知らない観衆の声をよそに父と子は激突する!

 ついにその日はやってきた。

 クウヤと子爵の決闘の日だ。


 御前試合の形をとっているため、闘技場の貴賓席には皇帝が来席し、二人の試合を観戦する。公爵も貴族席に陣取り、例によって薄気味悪い笑みを浮かべ観戦する。


 観戦席には一般市民が事情を知らず、単なる見世物として試合の開始を今か今かと待ち続けている。合法非合法を問わず試合結果を予測する賭け屋が市民を煽り、市民の興奮は否が応でも増していく。罵声にも似た歓声が闘技場を埋めていく。


 この試合の真の意味を知るものはごく限られたものだけだった。皇帝主催の特別試合は通例、殺し合いになることはなく、どちらが死に至る前に試合が止められることになっていた。しかしこの試合はそうではない。そのことを一般市民の観衆は知らない。


 この試合の真の意味を知るルーたちは歓声に取り残されていく。歓声が大きくなればなるほど彼女らには心の重荷が次々とのしかかっていく。眉間にしわを寄せエヴァンは闘技場の中央部をにらんでいる。ヒルデは何も知らない一般市民の歓声に耐えられなくなったのか、両手で耳をふさぎ、目を反らしている。たっだルーだけはまんじりともせず闘技場の真ん中をにらみつけている。


 帝国の闘技場の楕円の広場中央にはクウヤと子爵の二人が立ち、向き合っている。


 徐に貴賓席の皇帝が立ち上がる。すると観衆の歓声は水を打ったように静まり、先ほどまでの喧騒が嘘のような静寂に覆われた空間となる。それと同時に闘技場にいるすべての来場者が立ち上がり、皇帝のいる貴賓席に注目する。


 観衆の注目が一点に集まったところを見計らって、公爵が皇帝の代わりに声を上げる。


「……臣民たちよ! よくぞ特別試合の観戦に訪れた。帝国のまつりごとを司るものとして礼を言う。この試合の意義は諸君らの観戦によってより高められる。この試合はリクドー司政官ドウゲン・クロシマ子爵の名誉と帝国に対する忠誠を文字通り命を懸けて行われるものである。クロシマ子爵は現在とある疑念を持たれてる。その疑惑を晴らすべく己の武勇のすべてをかけ、力を示すということだ。皆の者! しかと彼のものの勇姿をその目に焼き付けよ」


 公爵が高らかに表向きの試合の経緯を観衆に宣言した。観衆はかけらも疑うことなく公爵の話を受け入れ、歓声を上げる。


「しかも、子爵の相手はあの伝説の魔戦士だ! 近頃、復活し連合軍の象徴としても帝国に貢献している。その正体はなんと子爵の子息だ。父親の嫌疑を晴らすために自らこの役目をかってでた! 何とも美しい父子おやこ愛ではないか!」


 公爵の口上に観衆が再び歓声を上げる。観衆は公爵の偽りの筋書きにすっかり飲まれ、信じ込んでいるようだ。


 公爵は満足そうに口元を緩ませ、下卑た笑みを浮かべながら観衆を見渡す。その目には明らかに観衆を見下したような怪しい光が宿る。


「……くそっ! あの狸爺、適当なこと言いやがって」


 エヴァンが渋面で吐き捨てるように公爵の言葉に悪態をつく。


「……こんなことになるなんて。もっとやりようはなかったのかしら…………」


 ヒルデは公爵の言葉にため息をつく。


 ルーは何も言わず、ただ闘技場中央にいるクウヤたちを見つめている。


「……ここまでは公爵の思惑通りってところかしら。これからどうするのだろう……お義父さま」


 ルーが無意識につぶやく。その時、皇帝は右手を上げる。試合開始の合図だ。


「始めよ!」


 皇帝の号令のもと、闘技場の二人が構える。闘技場はどよめく歓声に揺れ、局所的な地震が発生したかのようである。


「……本当にやるんですね」

「当たり前だ。四の五の言わずにかかってこい!」

 

 子爵は泰然自若と斜に構え、クウヤに立ちふさがる。一方クウヤは剣を大上段構え、その姿は己の群れ《プライド》を守る老ライオンとその群れを乗っ取ろうと挑戦する若ライオンであった。


 お互いにらみ合い、牽制しつつ出方を見ながら距離をつめる。観衆も息をのみ、二人に注目する。


 先手をうったのはクウヤだった。


「うぉおぉりゃぁー!」


 クウヤは雄叫びをあげ、子爵に打ちかかる。クウヤは激しく子爵を打ちすえ、剣と剣が激しくぶつかり火花がほとばしる。しかしクウヤの激しい斬撃を受けてなお、子爵の位置は微動だにせず、クウヤの攻撃を受け流す。クウヤはさらに激しく子爵を打ちすえる。子爵の口元がわずかに歪む。


「クウヤ、魔戦士になって幾分マシになったかと思えば……大したことはないな。お前は一体何をしてきたんだ! その程度で大魔皇帝と一戦交えようなど、片腹痛いわ!」


 今度は子爵がクウヤの斬撃を受け流しながら反撃に移る。クウヤの斬撃は全く子爵には通じず、逆に右へ左へ受け流される。子爵はまだ余裕があるのか不敵な笑みを浮かべている。


「父上……強い。勝てるのか? 下手すりゃ、こっちがヤバいぞ……」


 クウヤもいささか焦りを感じる。クウヤは決して手心を加えているわけではなかった。にもかかわらず、子爵がいとも簡単に攻撃を受け流すので、驚愕するしかなかった。


「まだまだだな、クウヤ! お前は力任せに物事を解決しようとする傾向がある。早く直せ」


 子爵はそう言いながら、激しくクウヤを打ちすえる。対するクウヤはその斬撃を受け止めるので精一杯だった。


「くっ……しのぐだけで精一杯だ」


 子爵の攻撃を受けるたびクウヤは後ろへ後ろへと追いやられる。一回斬撃を受けると、一歩分下り、二回受けると二歩分下がった。


「このままでは……」


 クウヤは剣撃での不利を悟ると斜め後ろに飛び、子爵から距離を取る。子爵は訝しげにその動きを見ている。


「小細工なら意味はないぞ。もっとお前の全力をだせ」


 子爵は剣を突き出し、クウヤを指す。その上、挑発するように鼻で笑う。


「クソっ! 魔戦士が聞いて呆れる……この程度なのか俺は! なんだ……? この心の奥から湧き上がるものは……?」


 クウヤは子爵の挑発に憤りを感じる。否、圧倒的な力を持つはずの魔戦士である自分が子爵に圧倒されていることが許せなかった。強烈な怒りの感情をクウヤは感じないわけにはいかなかった。まるで火山から激しく吹き上がる溶岩のような熱く激しい衝動、殺戮の衝動とも言うべき黒い衝動が体の中から湧き上がるのを感じる。


『イカリコソ、チカラ。イカリ二ミヲマカセヨ』

「なんだ? なんの声だ?」


 クウヤの頭に内なる声がささやく。己の内側から湧き上がる黒い衝動に身を任せ、目の前の敵を屠れといざなう。暗黒の力に身を任せ、ただ衝動のまま敵を滅せよと誘う。


「なんなんだよ、これ? ……ぐっ、頭が……もうろうと……」


 クウヤは内から湧き上がる得体のしれない気配に呑み込まれ、おのれの意識を保てない。


「……ごぐぅぅ、ぐぁぁ……」


 クウヤは獣のようなうめき声を上げ始め、黒いオーラをまといだす。暗黒の気をまとい、漆黒の鎧に身を固めた彼は黒い戦鬼と化していた。感情の高まりに我を忘れ、力の制御ができず暴走し始めた。


 仲間たちはクウヤの異様な雰囲気に息を呑み、思わず拳を握る。観衆もクウヤの変化に驚きざわめいた。


「おいおい、クウヤの奴大丈夫か……?」

「クウヤくん、変な雰囲気だけど大丈夫……だよね?」

「クウヤ……」


 しかし、子爵は仲間たちとはまったく異なる反応を示す。


「……愚かなヤツ。闇の衝動に飲まれたか。力を制御できていないな。未熟者めが……!」


 子爵はつぶやき、先程までの態度とは打って変わって、闘気を前面にあらわにしクウヤにむかう。

 

「まったく、お前は小さいときから何かと手のかかる子供だなっ! いい加減、もう少し大人になれ!」


 子爵は戦鬼と化したクウヤに切りかかる。激しい剣撃の割に、子爵の口元はわずかにゆるみ笑っているようにも見える。


 一方クウヤは我を忘れ、一個の戦闘機械となり子爵に挑んでいる。しかし、その攻撃は子爵には有効打とはなっていない。


 仲間たちはクウヤと子爵の激しい攻防に動揺を隠せない。何かあれば、観覧席を飛び出し、クウヤと子爵の試合を止めに入りかねない雰囲気になっていた。


 一方、当事者の一人である子爵は激しい攻防の割に嬉しそうである。


「しかし、こうして打ち合うのも久しぶりだな。確かに身体が大きくなった分、多少重くはなっているな」


 激しい応酬にもかかわらず、子爵は楽しんでいる。その顔は幼き日のクウヤを鍛える父親の顔であった。


 子爵の想いを知らず、クウヤは相変わらず鬼のような雰囲気で襲いかかっている。


 余裕の子爵の姿にルーたちはあっけにとられ、魂を抜かれたように呆けている。


「お義父さま……?」


 しかし、ルーは違和感を感じていた。わずかではあるが子爵の動きに精彩を欠き始め、笑みを浮かべてはいるが尋常でない量の汗をかいているのに気づいた。


 子爵のわずかな変調にもお構いなく、クウヤは子爵に襲いかかる。次第に子爵がクウヤに押され始める。子爵の表情にあった余裕も次第に消えていった。


「……やっと本気を出してきたな、クウヤ! よし、かかってこい!」


 子爵はなおもクウヤを挑発する。しかしクウヤには届いていないようだった。狂戦士のように獣のような雄たけびを上げ、ただひたすら子爵を襲うだけだった。


 突如、クウヤは子爵から距離をとった。距離を取り、剣を縦一文字に構える。すると剣に魔力を込めたのか、刀身が妖しく揺らぐ。黒いオーラに覆われ、地獄の闇を召喚し身体にまとっているように見える。


 クウヤから放たれる尋常ならざる雰囲気に観衆は息を呑む。


 クウヤは黒い禍々しいオーラがまとわりつく剣を大上段から振り下ろす。膨大な数の黒い気弾が振り下ろされた剣から放たれ、子爵を襲う。


「……! ぬぉぉぉぉ!」


 子爵は気弾を斬っては捨て、斬っては捨てを繰り返すが数が膨大で対応しきれない。


「……ちっ、これが魔戦士の力の一端か!」


 クウヤは情け容赦なく、子爵に黒い気弾を浴びせ続ける。獣のような叫びを上げ、さらに浴びせかける。


 子爵はたまらず斜め後ろに飛び、気弾を躱しつつクウヤから距離を取る。


「……まったく楽しませてくれるな、クウヤ。まだ隠し玉を持っているだろう? 出し惜しみするな!」


 肩で息をしながら、子爵が吠える。一方、クウヤは息を切らす様子がない。クウヤの目は妖しく紅く光り、すでに人ならざる人、戦士ならざる狂戦士の振る舞いを強くする。黒いオーラをまとい、一人の戦士というより、一匹の悪鬼というべき様相を更に強くする。


 観衆たちは闘技場で繰り広げられる激しい戦いに戦慄し、身動きが取れない。闘技場で剣闘士の試合を見ることの多い観衆であっても、目の前で繰り広げられる戦いはこれまで見たこともない激しい戦いだった。通常、闘技場で行われる剣闘士の試合はある程度筋書きが決まっていて、程々のところでお互いの決着をつけることになっていた。それゆえにまったく筋書きがなく、全力で殺し合う目の前で繰り広げられる試合と迫力がちがうことは明らかだった。


「おお……素晴らしい……さすがは本物クウヤ。迫力がちがう。しかし、不良品とはいえ我が複製品(子爵)もなかなかやりおるわい」


 観衆が驚愕するなか、公爵は一人ほくそ笑む。試合を見る限り、クウヤ(原型)子爵(複製品)は互角である。魔戦士の複製品として子爵を仕立て上げた公爵がほくそ笑まないはずがない。


「……ヤツ(子爵)が勝とうが負けようが、これでわしの研究が間違っていないことが明らかになった! うまく皇帝を丸め込めば……フフ……ようやくわしの悲願がかなう」


 公爵はまだ成就しない企ての結果を想像し、いつものきみの悪い笑みを浮かべる。


 その横で皇帝も思いを巡らす。


「なるほど……公爵が熱を上げるのもわからんでもない。これほど凄まじい戦士の戦いを見れば万人がひれ伏さざるを得まい……だからこそ……だ。公爵の手からヤツの企みを取り上げねば、帝国に諍いの火種を残すことになる。何としても、ヤツから取り上げねばならんな、この力、そしてこの力を作り出す技を……」


 皇帝は気味悪くほくそ笑む公爵を尻目に己の謀に思いを巡らしていた。その目には謀略者としての光と公爵に対するある種殺意にも似た感情が宿る。


 外野の思惑とはまったく関係なく、闘技場では激しい戦いが続く。


「……まったく、ここまでくると魔戦士が化け物じみているのがよく分かるな」


 子爵は苦笑いを浮かべ、傷だらけになった剣を構える。一方クウヤは相変わらず、化け物じみた雰囲気のまま狂戦士状態で子爵と対峙している。


 突如、クウヤが雄たけびを上げ、子爵に襲いかかる。


「ちっ……! ええいっ!」


 初めて子爵がいらだちを顕にしてクウヤの攻撃をしのぐ。額を伝う汗は子爵の激しい動きで周囲へ撒き散らされる。時折クウヤの剣が子爵の身体をかすめ、汗とともに血潮が撒き散らされる。


「……潮時だな」


 子爵はつぶやき、クウヤに向け剣を突き立てる。クウヤは子爵の剣を弾き、大上段から剣を振り下ろす。子爵はすんでのところでその剣を躱す。


 子爵はその勢いを利用しクウヤの懐深く入り込み、クウヤの腹部へ痛烈な拳の一撃をくわえた。


「ぐ……ふ……」


 クウヤはその一撃で崩れるように両膝をつく。それと同時にクウヤを覆う黒い瘴気のようなモヤが晴れる。


「まったく世話のやけるヤツだ。そろそろ独り立ちしてもいいころなんだがな」


 そうつぶやき子爵は崩れ落ちたクウヤにゆっくりと背を向け、皇帝が鎮座する貴賓席のほうへ歩みだす。


 そのとき、ルーの叫びが闘技場を切り裂く。


「お義父さま! あぶないっ!」


 その声に子爵は反応し振り向く。眼前には剣を構えたクウヤがいた。不意を突かれた子爵は慌てて力任せに剣をふるう。


 クウヤと子爵が交錯し、闘技場は静寂に包まれる。


 クウヤはがっくりと膝をつき、剣を杖代わりになんとか持ちこたえている。子爵はゆっくりとクウヤのほうを振り向き、歩み寄る。非常にゆっくりとした動きに観衆は目を奪われる。クウヤもなんとかゆっくりと立ち上がり、子爵のほうを向く。


「……クウヤ……見事だ」


 振り向いたクウヤに子爵は倒れこむようにすがる。クウヤは何が起きているのか分からず、目を見開き、ただ目の前で起きていることを眺めるだけだった。


 呆然とするクウヤは子爵を抱きとめた自分の手を何となく見た。


 その手は赤く鮮血に染まっていた。

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