第一一二話 リクドーへ!
公爵の策謀か父ドウゲンの反乱の疑いを聞く。皇帝より事の真偽をたしかめよとの勅命を受けリクドーへ向かうことになったクウヤたち。その道すがら仲間たちの思いが交錯する。
「父上がそんなことをするはずがない!」
クウヤは拳を力いっぱい握りしめ、公爵に抗弁する。そんなクウヤに対し、公爵は下卑た笑みを浮かべる。謁見室に一触即発の張りつめた空気が流れる。
「何を根拠にそう言うんだ。ワシの情報に間違いはない」
断言する公爵になおもクウヤは抗弁するが動揺の色は隠せない。クウヤの身体はわなわなと震え、公爵を睨み返すのが精いっぱいだった。対する公爵は下卑た笑みを浮かべつつ余裕しゃくしゃくの態度でクウヤを見下す。
「……あ、ありえない、ありえない。父上に限ってそんなバカげたことをするはずがない!」
下卑た笑みを浮かべた口角を更に上げ、公爵はクウヤに挑戦的な口調で言い放つ。
「ならば、お前が直接ヤツのところへ行って確かめてくるといい。陛下、よろしいかな?」
まんじりともせずクウヤと公爵のやり取りを見ていた皇帝は公爵に振られ、口を開く。
「……良かろう。クウヤよ、ドウゲンの下へ急げ。この話が風評ならばそれで良し。もしも事実であるならば……クウヤ、お前が始末せよ! 良いな?」
皇帝の言葉に愕然となるクウヤ。その言葉が信じられず、思わず皇帝に聞く。
「陛下……それは勅命ですか?」
「おおっぴらには出来んが……そう考えよ」
この言葉で皇帝は本気であることを悟ったクウヤ。勅命である以上、撤回されることはなく、達成しなければならない。クウヤは改めて皇帝が万が一の際、父親を粛正せよと命じられたことに恐れを抱く。
「クウヤよ、巷で『魔戦士が反意を持ち、陛下に一服盛った』と噂されているようじゃないか。いい機会ではないか。うまくいけば汚名を返上できるかもしれぬなぁ。 ふっふっふ……はっはっはっは」
公爵は嫌味たらしくクウヤに追い打ちをかける。クウヤの口角からは一筋の赤いものが顎へ伝う。
「……クウヤよ、急ぎリクドーへ向かえ。事は時を待たんぞ。ワシの帝国の安寧のため、お主の力を示してもらおうか」
皇帝は眼前で繰り広げられる見苦しい光景を断ち切るようにクウヤに命ずる。クウヤは何も言わず、頭を下げ謁見室から出て行った。
クウヤを見送った皇帝はおもむろに公爵へ声をかける。皇帝の目には公爵に対する疑念が浮かぶ。
「公爵、お前はクウヤに何をさせようというのだ?」
下卑た笑みのまま、慇懃に頭を下げ答える公爵。
「……すべては皇国の御為にございます陛下。臣はあくまで皇国の安寧と繁栄を願っております」
ぬけぬけと空々しいセリフを並べる公爵に対し、皇帝は嘲笑する。
「ふっ……狸めが。その言葉、違えるではないぞ」
公爵は頭を下げたまま、一言『御意』と答えるのみであった。
「下がるがよい」
皇帝は公爵にそういうと謁見室を出て行った。
謁見室から退場する皇帝を見つめる公爵の目は暗く、暗く、淀んでいた。
――――☆――――☆――――
「おいどういうことだよ、ちゃんと説明しろ!」
宿に戻ったクウヤは事の顛末を仲間たちに話し、急遽リクドーへ向かうことを伝えた。もう一つ事情が呑み込めないエヴァンはクウヤに詰めよる。
「さっき説明しただろう! うちの親父の嫌疑を晴らさないといけないんだ。これは陛下の内々の勅命でもあるんだ。だから……だから、行かないというわけにはいかないんだっ!」
抑えきれないいらだちを思わずエヴァンにぶつけてしまう。エヴァンもクウヤの様子にただならぬものを感じかける言葉に迷う。
「ちっ……しゃぁーねぇなぁ。俺らもついていくからな。異論認めん!」
「な……何言っているんだ? こんなことにまで付き合うことなんてない! 関われば関わるほど、ヤバいことになるのがわからんのか?」
エヴァンの申し出にクウヤは驚き、慌てて断る。しかしエヴァンは引き下がらない。
「わかっているから、言っているんだ。お前、万が一のときはお前の親父さんと刺し違えるつもりだろう! 違うか!」
エヴァンの指摘に否定の言葉が出ないクウヤ。クウヤは内心考えていたことをズバリ言い当てられ、返す言葉を見つけることができない。
「クウヤ……貴方そんなこと考えているの?」
クウヤとエヴァンのやり取りを聞いていたルーが聞き捨てならないと参戦してきた。
「……考えていないと言えば嘘になるけれど、そんなことよりこれは俺の家族との問題だ。他人が口を挟むことじゃない」
「……へー、クウヤ。私たちのことをそんなふうに考えていたんだ……ふぅん、なるほどねぇ……」
クウヤは一気に前言撤回したい気分になった。ルーの周りの空気が一気に氷点下に下げるほどの殺気を彼女から感じたからだ。クウヤは一瞬にしてヘビににらまれたカエルになった。
「い……いや、あの……本当に巻き込みたくないんだ、こんなことに。これは俺が一人で解決しないといけない話なんだ」
「へぇ……そうなの。ふぅん…………」
奇妙なほど静かにクウヤの話を聞いているルー。うつむき表情は見ないものの相槌は打つのでクウヤには話が通じていると思えた。
そんなルーの姿に安心しかけたその時、ルーが一喝する。
「ふざけないで! いくら魔戦士になって無敵の力を手に入れたからって何でもできるわけないでしょう! 思いあがるのはいいかげんにして!」
ルーは俯き両手の拳を力いっぱい握りしめ、体を震わせる。クウヤはかける言葉が見つからない。
「貴方は勝手です! 一人で何でも抱え込んで、多少人より力があるからって、何でもできるなんて思わないで! 私たちは貴方の何なんですか? 付属物ですか? おもちゃですか? 私は貴方の……」
ルーは一気に言葉を吐き出す。吐き出すだけ吐き出し、感情が高ぶりすぎたのか泣き崩れ、その場にへたり込む。
ルーは自分の思いを感情のまま一気に吐き出したせいか、途中から周りが聞き取ることが困難なほど支離滅裂な言葉になった。
「……クウヤくん、ちょっと支離滅裂になっちゃたけど、るーちゃんの気持ちは分かったよね?
泣き崩れたルーをなだめながら、ヒルデはルーとは対照的な静かな語り口でクウヤに語り掛ける。クウヤはうつむき、何も答えない。
「るーちゃんと同じで私も悲しいな。クウヤくんは私たちより隔絶した力をもっているわ、間違いなく。でも、私たちは貴方の友人であり仲間だと思っていたの、たとえ隔絶した力の差があったとしてもね……。だから私たちはどんな時でも貴方の力になりたいのよ。お願い、そこは分って」
そこまで言うとヒルデも黙り込む。泣きじゃくるルーの頭を撫でながら彼女も肩を震わせていた。
「クウヤっ! 歯ぁ食いしばれぇー!」
唐突にエヴァンが叫び、クウヤの胸倉をつかみ殴りかかる。クウヤは突然のことで身動きが取れない。
クウヤはエヴァンの拳がクウヤの顔にまともに当たるが、クウヤはなすすべがなかった。
「何が魔戦士だ! こんな簡単に殴られているじゃないか。お前の今の力なんてこんな程度なんだ。わかったか、このっバカ野郎!」
クウヤの目には両目から大粒の涙を流しながら、殴りかかるエヴァンが写る。
「ヒルデを泣かすヤツはこの俺が許さん! たとえお前でもな。よっく覚えておけ」
突然のエヴァンの告白に一同が凍り付く。その雰囲気に当の本人も固まる。
「……ぷ。ははははは……」
クウヤは思わず吹き出し笑い出す。バツの悪いエヴァンは上げたこぶしの下ろしどころを失い、途方に暮れている。
「……しょうがない連中だなぁ。わかったよ、俺一人ではいかないよ」
クウヤは『ヤレヤレ、しょうがないな……』という雰囲気を醸し出して、仲間の同行を認める。
「ただし……今回は正直かなり危ない。命のやり取りをすることになるかもしれない。そこは覚悟しておいてくれ」
クウヤの忠告に臆する仲間はここにはいなかった。
――――☆――――☆――――
「それで、お義父様とどのようなお話を?」
リクドーへ向かう船上、ルーはクウヤに尋ねる。ルーにしてみればクウヤが自己破壊的な考えを持っていることが不安でならなかった。ドウゲンとの対応次第ではクウヤが相討ちもしかねないと言う懸念がどうしてもルーの中で払拭できないでいた。
「まだわからないけれど、ことの真相を質す以外にないな。とにかくあって話さないことには何とも……」
「そう……でも、無茶なことはしないで。そこが心配……」
「ああ。無茶はしないさ」
クウヤはそう言うと微笑み、ルーの頭を優しくなでる。少し照れたようにルーは視線を逸らすがまんざらでもない様子である。
「……もう。子供じゃないです……」
しばらくクウヤはルーの髪の感触を楽しむかのように撫で続けた。恥ずかしかったのか、延々と撫で続けるクウヤにとうとう抗議するルー。少しむくれながら、潤んだ目で上目づかいにクウヤを見る。クウヤも少し照れて、撫でていた手を引っ込める。
「……クウヤのバカ」
ルーはそう言い残して、クウヤの下から走って船内へ向かっていった。クウヤは呆然とルーを見送る。
そんなところへヒルデがやってくる。
「あ、るーちゃん! あ、あれ……? どうしたの……? おーい……」
ヒルデがルーの走ってきた方を見るとクウヤが突っ立っていた。
「クウヤくん……貴方また何かしたの……?」
ヒルデの顔が無機質な動きでクウヤのほうを向く。クウヤはヒルデの姿に背中を強烈に走る悪寒を感じる。思わずクウヤは両手を上げ、無実を主張する。その後ヒルデに言い訳するためにしばしの時間が必要だった。
「まて……お、落ち着いて。落ち着いて。何もしてないから……」
「じゃなんでるーちゃんが走っていったのかなぁ……? 何もしていないならあんな感じにならないと思うけれどぉ……」
クウヤは焦った。ヒルデの威圧感は闘技場で倒したはるかに上回るものだった。凍てつく視線でクウヤを射続けるヒルデはいまだ納得しない。
「……いや、その……ルーの頭撫でてたら……急に……あんな感じで……」
ヒルデの圧力についに屈したクウヤはとうとう吐かされる。
「……そう。他には……?」
「何もしてません! 本当です、信じてください!」
クウヤはヒルデのさらなる追求に食い気味に弁解する。その勢いは今にも土下座でもしかねない勢いだった。
「そう……そこまで言うなら信じてあげる」
ヒルデの言葉を聞き、クウヤはホッと胸をなでおろそうとした。しかしその時、ヒルデは左手を腰に当て、右手でクウヤを指差す。そしてクウヤに言い放った。
「クウヤくん、るーちゃんを泣かせるようなことをしたら承知しないから!」
そういうとヒルデは足早にルーを追いかけ、船内へ戻っていった。クウヤはなすすべなくヒルデを見送る。
「クウヤ、災難だったな」
と、エヴァンがにやけながら肩を叩く。
「……うるさいな、ほっとけ。それに見てたのなら助けろ。死ぬかと思ったぞ」
「おーおー、天下の魔戦士様も女の剣幕には勝てませんてか? はは!」
エヴァンに肘打ちされ冷やかされるクウヤ。クウヤは赤面し拳を握りしめ体を震わせ、恥辱に耐えている。
「……そう言えば、出発前、『ヒルデを泣かすヤツはこの俺が許さん!』とかなんとかぬかす誤字もいらしたような気がしたんですがご存じないですか、エヴァン君?」
クウヤはエヴァンに言われっ放しなのは癪なのか、エヴァンをからかいだした。今度はエヴァンが赤面し、体を震わせている。
「クウヤ、おまっ……な、なんてことを言うんだ。あれはつい口に出たというか……なんと言うか……」
エヴァンは言葉に詰まり、恥辱に耐えている。
「あー、なんだ、そのぉ……魔戦士クウヤさん? お互いこの辺で休戦といきたいところなんですがよろしいですかな?」
いかにも今の話題をやめることがお互いの利益のためだと主張したいような口ぶりでクウヤに提案するエヴァン。
「……しょうがないですなぁ。エヴァンさんがそうおっしゃるのなら」
クウヤはいやらしい笑みを浮かべ、エヴァンに握手を求める。エヴァンも口を引きつらせ、クウヤの手を握る。お互いの顔が近づき、見合う。二人とも笑みを浮かべているが目が笑っていない。
「お前なぁ……覚えておけ。何かあったら絶対へこませてやる」
「はっはっは。なかなか面白いことをおっしゃる。その時は魔戦士が全力でお相手しようじゃないですか」
甲板に二人の乾いた感情のこもらない笑いだけが流れていた。
――――☆――――☆――――
男二人がバカやっているころ、ヒルデはようやくルーを捕まえた。
「るーちゃんどうしたのよ? 急に走ったりして」
ヒルデに声をかけられ、ルーは振り向く。その顔はかなり紅潮していて、かなり興奮しているようだった。
「……ヒルデ……何でもないわ」
ルーは少し息も上がり、明らかに上気しているのだが言葉の上では平静を装う。ヒルデはすこしため息をつき、ルーのすぐそばによる。
「何でもないことないでしょう? そんなに赤い顔をして」
「何でもないわよ……」
ルーはヒルデの追及にしらを切り通そうとするがヒルデには通じない。
「そんなにクウヤくんに頭撫でてもらうのがうれしかった?」
「な……! そ……そ、そんなことないわ?」
にこやかな笑みとともに放たれたヒルデの言葉にルーはさらに赤面し、慌てふためきだした。
「そんなに慌てふためくことないじゃない。別に責めているんじゃないから……」
そこまで言うとヒルデは急に声のトーンを落とす。ルーも何事かと思いヒルデの手を握る。
「……私は……私個人は応援しているから……でも私たちの使命を忘れないでね……なんか複雑。クウヤくんとるーちゃんが仲良くなればなるほど悲しくなる。るーちゃん、クウヤくんのこと……本当に……」
ヒルデが最後まで言う前にルーがヒルデの言葉を遮る。
「大丈夫! 私は仮にもカウティカ第三公女よ。その役割は一日たりとも忘れたことはないわ。だからそんなに心配しないで」
いつの間にか涙目になるヒルデの涙をぬぐいながらルーはから元気で答える。
「それよりヒルデ、貴女はどうなのよ? あのおバカ大将から何か言われましたけど……」
ルーはにやけながらヒルデをからかいだす。
「な……な、に言っているのよ? 大丈夫よ私は、大丈夫?」
自分でも何が大丈夫なのかわからないままヒルデは赤面し、何とかルーに弁解しようと言葉を紡ごうとするがおかしなことになった。しどろもどろになり赤面するヒルデを唐突に抱きしめるルー。
「……ありがとう。私は大丈夫。何があったとしてもね……国のことも、私たちがしないといけないことも、そして……クウヤのことも。大丈夫、何とかするわ」
ルーはヒルデに力強く語る。ヒルデもルーを抱きしめ、小さくうなづいた。
「本船はまもなリクドーへ到着します。乗客の方は下船準備をお願いします。繰り返します。本船は間もなく――」
船内にリクドー到着の案内が流れる。クウヤたちはそれぞれ、気を引き締め、リクドー上陸の準備に取り掛かった。




