第一〇九話 魔戦士始動
クウヤたちがマグナラクシアに帰還して間もなく皇帝からの召喚があった。クウヤは来るべきものが来たかと気を引き締める。
「……とにかくワシとしてはやるべきことはこちらでやっておく。皇帝とはあまり争わんようにな」
学園長はクウヤが帝国へ向かう前に彼を呼び出した。クウヤはもう以前のクウヤではない。そのことがことさら学園長に懸念材料を積み増していた。直接クウヤに対し何ができるわけでもない。しかし学園長の矜持、生徒を預かる教育者の矜持として、何の支援もしないという選択はできなかった。
「……はい」
クウヤとしても、それなりの権力をもった人物が後ろ盾になってもらえるという安心感は何物にも代えがたかった。彼は比類なき力を手に入れた。しかし、その力をうまく発揮するための根回しや他国の干渉に対しての防備は不十分と言わざるを得なかった。たとえ中身が齢四十を超える人間であっても、経験や知識がなければ赤子にも等しい。学園長のアドバイスはクウヤにとって一筋の光明と言える。
とにかく、皇帝の正式な召喚にはいち早く答えねばならないクウヤは仲間とともに帝国を目指した。
(……まったく、冗談みたいな話だな。まさか年中役立たずの厄介者だった俺が世界の趨勢を左右する魔戦士様とはねぇ……。あてにしてもらえるのは多少有り難いけどね……逃げられんな……)
帝国へ向かう魔導船の船上、クウヤは水平線を見つめながら自らの境遇を憂えた。
転生前のクウヤは特に世の中に貢献している人間ではなかった。もっとより正確に言えば、一部からは『役立たず』、『穀潰し』などと蔑まれる人間であった。その彼が今や回天の力を持つ魔戦士である。このことは知る人が知れば、たちの悪い冗談か、皮肉としか思わなかったであろう。
そのことを自覚しているがゆえにクウヤは憂鬱だった。力があるがゆえに、比類なき力を持つがゆえに逃げることも隠れることもできない存在となってしまったからだ。
「クウヤ、また黄昏れているのですか?」
あてもなく魔導船のデッキで黄昏れるクウヤのもとへルーがやってきた。
「ん……まあね」
「どうして、貴方は何かことあるごとにヘタれるのか理解に苦しみます。世界を動かすほどのとんでもない力持ちながら、何を思い惑うのです?」
ルーはクウヤに情け容赦のない言葉を浴びせかける。対してクウヤは複雑な苦笑を浮かべ、特に反論せずルーの言葉を聞いている。クウヤにしてみれば全てを打ち明けたかった。しかし、この世界の転生者に対する偏見の強さを知っている彼からすれば、ヘタに自分の正体をバラして、自分の下から彼女が去ることが恐ろしかった。仲間たちが自分とたもとを分かつような事態になりはしないかと恐れていた。
「その気になれば、貴方は世界を支配できるのに……もったいない。もっと堂々としなさい! さぁ、胸を張って!」
クウヤはルーに発破をかけられ、無意味に直立不動の姿勢を取る。
「貴方はやれば絶対できる! 覚えておきなさい」
クウヤを指差し、腰に手を当て力強く宣言する彼女は言いたい放題、言うだけ言うとさっさと船内へ戻っていった。
取り残されたクウヤはなんとも言いようのない曖昧な笑みを浮かべ、ルーを見送った。
(あれではげましてくれているつもりなんだろうけれど……気にかけてもらえるだけ有り難いと思っておこうか……)
クウヤもふんぎりをつけ、船内へ戻っていった。
――――☆――――☆――――
「……本当にお前はクウヤなのか?」
クウヤの容貌のあまりに著しい外見の変化に皇帝は驚きを隠せない。どうやら、皇帝の想定の範囲をあっさり超えたらしい。それもそのはず、魔戦士になる前のクウヤは年端もいかない少年で、それほど体格にも恵まれていたわけでもなかった。しかし今皇帝の面前で相対する若者は引き締まった肢体に得も言えない身体の奥から湧き上がる気迫を纏っている。皇帝としてはその変化がいかなる理由なのか興味を惹かれるとともに目の前の戦士が元のクウヤと一致せず、その正体を怪しんでいた。
訝しげに見つめながらも、クウヤの報告を聞いている。クウヤは恐れをいだきながらも、魔の森、特に『血まみれの魔女』について話す。当然公爵の関与についても言及した。
「――というのが今までの経緯です」
クウヤの報告が終わる。皇帝は何か釈然としない気持ちを抱えたまま、クウヤの報告を聞いていた。
「なるほど魔戦士に無事なれたのは重畳、とはいえ公爵の影がちらつくのは気にいらんな。クウヤ、お前はどうするつもりだ?」
公爵の動きに対しクウヤがどう動くのか尋ねる皇帝。クウヤは思案顔ですぐには答えなかった。
「……当面は公爵の動きを待ち、監視に徹したいと思います」
皇帝はクウヤの答えに落胆の表情を表す。もう少し能動的な回答を期待していた。皇帝としても足元をすくわれるような事態は願い下げだった。そうした事態をクウヤが動くことで未然に防ぐことを期待していたがクウヤの回答は期待にそぐわないものだった。
「ずいぶん、消極的なことだな。魔物の大襲撃を前にそんな悠長構えていて大丈夫なんだな? 魔物討伐にでて戻ってきたら公爵の天下などということはないのか?」
皇帝はクウヤに詰問する。皇帝公爵の動きに対し、万全を期す状態するために、その一翼をクウヤに担わせようと考えていた。自然と口調がきつくなる。
「……公爵は今のところ、帝国を掌握するほどには手駒を揃えてないと思います。詳しいところは調べてみないことにはわかりませんが漏れ聞く限りの情報ではそう推測されます」
クウヤは遠慮がちに皇帝へ答える。公爵への疑念を顕に表ざたにできるほど、クウヤの政治的立場は確固たるものではない。皇帝から言質を取ったわけでもなく、何かあれば簡単に切り捨てられる状況で、思い切った行動はできない。そのため、自然と回答は婉曲的にならざるを得ず、その対応が皇帝の勘気を呼ぶという状況が続いている。
「……ま、よいわ。この話はいずれ時を改めてすることにしよう。まずは魔戦士としての力を披露してもらわねばならん。関係各国代表を招集するので、よろしく頼んだぞ」
皇帝はついに焦れて、話を切り上げた。
「……さて、それでお前の得た力、各国代表に披露する前に見せてもらおうか? 練兵場なら、十分じゃな? 頼むぞ」
「御意のままに……」
クウヤは来るべきものが来たと気を引き締める。
――――☆――――☆――――
帝都の練兵場はことさら巨大な建物である。巨大なだ円筒形の外観をしており、見るものを威嚇するような厳しい彫像が飾られ、内部は露天ではあるが観覧席が設けてあり、収容人数は万を超える。中央部のだ円形の広場で練兵だけでなく、様々な帝国の公式行事が行われる集会広場、様々な競技で競い合う競技場、剣闘士が持てる力と技を競う闘技場の役割も持っていた。
皇帝との謁見の数日後、そのだ円の広場の真ん中にクウヤは立っている。正面には皇帝専用の観覧席があり、皇帝がクウヤの姿を見下ろしている。皇帝の観覧席の下に貴賓席があり、皇帝の好意でクウヤの仲間たちがクウヤの様子を見守っている。皇帝の私的な催しということで観覧席には観客はなく、皇帝のごく近習のものだけが貴賓席や貴族席にまばらに腰かけているだけだった。
「クウヤよ、遠慮はいらん! お前の持つ力を十分に発揮せよ!」
広場の中央に一人立つクウヤに対し皇帝は言い放つ。クウヤも己の得物を掲げ、皇帝の言葉に答える。
皇帝の発声により、広場に魔物が引きずり出される。引きずり出された魔物は小山のような巨大なトカゲのような魔物だった。ただのトカゲと違い背中にはとさか状の突起がいくつも並び、身体を覆う鱗は凹凸があり、吠えるたびに口元からは何物でも切り裂きそうな鋭い牙が見え隠れする。
何十人もの兵士が魔物を縛る鎖を引き、魔物の動きを抑えている。魔物は鎖を今にも引きちぎるばかりに暴れている。
「それでは始めっ!」
皇帝の合図とともに、魔物を抑えていた兵士が猛然と駆け出し、魔物から蜘蛛の子を散らすように離れていく。魔物はほどなくして己を縛る鎖を振りほどいた。そして、目の前のクウヤを敵と認識したのか、大きく吠え、威嚇する。
クウヤは得物を構え、魔物を視線で射抜かんばかりに凝視している。
「クウヤ、やってしまいなさい!」
「……クウヤくん、大丈夫かな……あんな大きな魔物相手に」
「あいつ、大丈夫かな? 相当でけぇぞ、あの魔物」
仲間も固唾を飲んで、クウヤを見守る。
第一手は魔物からだった。咆哮一番、クウヤに突進する。クウヤは難なくその突進を魔物と戦う姿を見世物にする闘獣士のごとくサラリとかわす。かわされた魔物は砂煙を上げ、その巨躯の持つ運動エネルギーを相殺した。魔物は再び咆哮し、クウヤへ突進する。
クウヤは同じようにかわすがクウヤを通り過ぎた魔物はさっきとは違っていた。いつの間にかざっくりと体側が切り裂かれ、暗赤色の体液を傷口から滴らせている。その傷をつけた剣さばきに気づいた者は練兵場内には存在しなかった。ただ魔物がクウヤの横を通過したようにしか見えなかった。
魔物は痛みからか練兵場の建物を揺るがすほどの大声で咆哮する。練兵場内にいるすべてのものがその咆哮に驚かされた。それは皇帝ですら例外ではなかった。しかし、クウヤはただ一人その咆哮に打ち勝った。魔物の常識はずれの咆哮にいささかの動揺を見せることはなかった。
「……なんと……」
皇帝は絶句し、そして悟った。今目の前にいるクウヤは以前のクウヤではないことを。紛れもなく伝説の魔戦士が目の前に降臨していることを。そしてそれがクウヤ、新しいクウヤだと。
皇帝の驚愕をよそに一人と一匹は激しい戦いを繰り広げていた。クウヤが一太刀浴びせれば魔物は二回突進し、クウヤの連続攻撃を許さない。
クウヤは一進一退の攻防に奇妙な高揚を感じる。魔物を切るときの感触、飛び散る血しぶき、一歩間違えば死を迎えるという緊張感……。それら一つ一つが、クウヤの心を高揚させる。魔物を傷つければ傷つけるほど、自分の中からあふれ出る歓喜に戸惑うばかりだった。
以前のクウヤであれば、戦闘中にそのような感覚に陥ることはなかった。クウヤは自分の中に戦うことに歓喜の声をあげる『魔物』を飼っているような気がした。
(これが……魔戦士……なのか……?)
自分の変化に改めて驚きを感じながらも、今は目の前の魔物をいかに屠るか、それに集中することにした。
すでに何度か繰り返される衝突により、魔物には確実にダメージが与えられ、満身創痍となっていくのが明らかだった。一方、クウヤにはさしたるダメージはなく、魔戦士の持てる力を十分アピールしている。皇帝だけでなく観客となっている近習は、一太刀ごとにその興奮度を上げ、盛んにクウヤへ声援を送る。
魔物は自らがなぶられていることにひどく憤るかのように興奮し、盛んに威嚇の声をあげる。しかし、当の相手であるクウヤはいくら吠えようともまったくすきを見せない。
魔物は自分の丸太のような太い尾をクウヤに向け、打ち据えた。もうもうと上がる砂塵にクウヤの姿が消える。どうやら尾による一撃は魔物の最高の一手だったらしく、勝利宣言するように咆哮し、砂塵の中へ突っ込む。
「クウヤ……? クウヤっ!?」
「クウヤくん……!」
「クウヤっ!」
砂塵の向こうから小山のような魔物のシルエットが見える。クウヤの姿は見えない。ルーをはじめクウヤの仲間たちは思わず声を上げる。
やがて砂塵が消えるとうずくまり動かない魔物の姿がはっきり見えるようになる。しかしクウヤの姿は見えない。
「クウヤ……? クウヤは……? クウヤはどこ?」
クウヤの姿を見つけることのできなかったルーはあからさまに取り乱し、さっきまでの威勢の良さはどこかへ行ってしまった。
すると、魔物の身体を登る人影が見える。
「……! クウヤ!」
ルーは目ざとく、彼の姿を見つける。当のクウヤはまるで幼子が小高い丘の頂上に立ち、嬉しげに手を振っているようにも見えた。
「はっはっは! さすがは魔戦士! 巨大な魔物を倒して、幼子がはしゃぐ程度とは!」
皇帝が立ち上がり、感嘆の声をあげる。
「おもしろい! クウヤよ否、魔戦士クウヤよ、大儀である。次の用意を!」
皇帝はクウヤにねぎらいの言葉をかけるとともに広場へクウヤと戦わせる次の相手を支度させる。
魔物の死骸から貴賓席に向け飛び降りる。
広場へ入るためのゲートが開き、クウヤの方へ何者かの影が移動していく。その影は明らかに人形をしている。大勢の人間がクウヤめがけ走っている。
「クウヤよ、次はその者どもを倒せ! 容赦はいらん、叩き潰せ!」
皇帝の非常な命が下る。クウヤに人を殺せと命じたのだ。さすがのクウヤもいささか動揺する。彼は人殺しに手を染めたことはあるが、できればしないにこしたことはないと思った。しかし、襲ってくる者たちは目は血走り、およそ理性の欠片もないようなひどい顔をしている。クウヤは構えながら、観察している。
「その者どもはいずれ死を与える者どもじゃ。クウヤよ、油断すればお主といえども、足元をすくわれるぞ。躊躇するなよ……ふっふっふ、はっはっは!」
皇帝はそう言って、豪快に笑い出す。
死刑になる囚人をかき集め、クウヤを倒せば無罪放免してやるとでも言い含められたのであろう。クウヤはそんなことを思いながら、呪文の詠唱を始める。
「唸れ業火よ!」
クウヤの一言で狂気に満ちた目の集団の上に太陽のごとく輝き、燃え盛る炎の球を発生させる。
「滅殺!」
クウヤの一声で、炎球が襲い掛かってくる群衆を蹂躙する。断末魔の声をあげられた者はまだマシな方で、多くは声を上げる間もなく、地獄の業火の中で苦しみ、悶え苦しむこともなく蒸発した。
あとに残されたのは、炭化した死骸の一部と灰だけだった。
瞬殺された光景を目の当たりにして、クウヤの仲間たちは絶句する。練兵場にいた末端の兵卒だけでなく同席していた近習の貴族たち、皇帝ですらその光景に息をのんでいる。
クウヤは怪しい気を放ち、生き残った者を睨んでいる。残された者たちはクウヤの姿の中に悪魔でも見たように怯えおののいている。
クウヤは徐に剣を構える。
「……! クウヤっ! だめぇぇー!」
クウヤが何をしようとしているのかいち早く悟ったルーが叫ぶ。しかしその声はクウヤには届かなかった。
振り下ろされた剣から放たれた風の刃は、まるで麦を刈るようにあっさりと残された者たちの命を刈りとる。
あとには黒い戦鬼と無残に二分された死骸が転がるだけだった。




