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魔戦士クウヤ〜やり直しの魔戦士〜  作者: ふくろうのすけ
第六章 魔戦士降臨編
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第一〇七話 血まみれの魔女

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いするともにクウヤを愛読いただきますようお願いいたします。

「隊長! 大変です、あ、アレがでました! アレがでたんです!」


 突如天幕内に隊員が飛び込んでくる。隊員の顔はひどく青ざめ、何かにおびえているのか身体が小きざみに震えている。隊長は怪訝な顔で隊員に問い返す。 


「アレとはなんだ? わかるように説明しろ」

「アレです、アレ! 例の『血まみれの魔女』が……!」


 飛び込んできた隊員の報告に隊長以下全員が固まる。しかし、隊長だけは冷静に、努めて冷静に駆け込んできた隊員に聞きただす。


「なんだと? そんなものが現れたのか! 何かの見間違いではないのか?」

「見間違えるはずがありませんっ! あれは……あれは、間違いなく『血まみれの魔女』です」


 そう訴える隊員の目は血走り、顔は青ざめ、少なくとも嘘や冗談を言っているような顔ではなかった。しかし隊長にはにわかには信じられなかった。隊長は血まみれの魔女は何かの誤認か単なる噂の類いで本当に存在するものだとは思っていない。隊員が血相を変えて、天幕の中へ駆け込んだとしても、実際自分の目で見ないことには信じられなかった。隊長は自分で確かめるため、天幕の外へ出た。

 外は暗雲が立ち込め、生暖かい風が勢いよく吹きすさぶ。砂塵が舞い上がり、霧が立ち込めたようになり、周囲の視界は決していいとは言えない状態であった。


「……あれか」


 隊長は嵐の中心とも言うべき地点に目を凝らす。どす黒い霧状の何かが吹き寄せられ、明らかにそこだけ異空間と化していた。その異空間の中心に立つ人影に隊長は意識を集中する。

 その人影はゆっくりと宿営地に向けて歩いている。その後ろには有象無象の魔物の影が見える。その人影が近づくにつれて、だんだんと姿かたちが明らかになってくる。髪は短く切り揃えられていたが、体つきは緩やかな曲線で構成されていて、女性であろうことが見て取れた。


「……女だと? 魔女なのか……?」


 その容姿は女性だった。まがまがしい鎧を身に着け武装しているようにも見えた。しかし、それは明らかに着ているものではなく、よくわからない物体が体に直接取り付けられていて、異様な雰囲気を醸し出している。その表面には赤黒い模様が全身に張り巡らすように入れられていた。一見するとまさに『血まみれ』に見えた。しかも彼女の顔の半分はまがまがしい赤黒い模様で飾られた仮面で覆われていた。


『おやおや……隊長さん自らお出迎えとは光栄なことね。ふふふ……そんなに見つめられたら照れるじゃない』


 人の声のようだったが異様に媚びを売るようなしゃべり口に違和感を与えずにはいられなかった。人としての暖かみが一切感じられないその声はその場にいた人間に人形がしゃべっているような奇妙な感覚を与える。

 クウヤたちも天幕から出て、その“女性”を見た。


「……お前は何者だ? こんなところで何をしようとしている? お前が『血まみれの魔女』か」


 警戒の色も露わに隊長が問う。その“女性”は妙に媚びを売るような人の神経を逆なでするような猫なで声で笑う。


『ふふふ……おやおや、遠路はるばるやってきたのにずいぶんつれない態度だねぇ……。血まみれの魔女なんてセンスのかけらもない二つ名をもらったみたいだけど。ま、どうでもいいか。調査隊は魔物の集団に襲われてあえなく全滅……というお話になる予定だしねぇ』


 笑い声をあげるが単調な声のためどこまで本気で言っているのか皆目見当がつかない。


「……まさかな」


 クウヤはこっそりつぶやく。そのつぶやきを聞くや否や、魔女がクウヤを見つめ、何やら怪しげな笑みを浮かべる。


『おやぁ……どこかで見た顔だねぇ……ねぇ……きみ』


 クウヤの脳裏には一人の女が浮かんでいた。ただその名を口に出すことははばかられた。その女はあの時クウヤとソティスと二人して葬ったはずである。訓練所の仲間たちの犠牲の上で。クウヤはその時の苦い思いを再体験させられていた。その時の無力感とソーンに対する憎しみとが記憶の底から湧き上がるのを感じていた。まるで深い沼地の底から湧き上がる臭気のようにクウヤをさらに不快にさせる。


「あいつはあの時俺が……俺が……」

『……葬ったとでも?』


 その一言にクウヤが目をみはり、魔女をにらむ。魔女は媚びを売るようににやける。


『そんな怖い顔しないの。昔のことよく覚えているじゃない。また会えるとは奇遇ねぇ』

「……さあ、何のことやら。あなたのような人、記憶にはない」


 クウヤは剣に手をかけ、魔女をにらむ。魔女は何とも言い難い人を不快にするような笑みを浮かべる。


『あらあら……怖い怖い……ふふふ……そんなに怖い顔しないでよ。昔、りあった仲じゃない。うれしいわぁ……もう一度殺りあえるなんて』

「やっぱり、お前は……お前はソーン!」


 クウヤは剣をかつてソーンと呼ばれていた魔女に向ける。魔女は全くひるみもせず、怪しげな笑みを浮かべたままだった。


『どこかで聞いた懐かしい名前ねぇ……昔そんな名前だったかしら? この体になってから昔のことあまり思い出せないのよ。ま、そんなことはどうでもいいわ。あなたともう一度殺りあえるのが一番大事っ!』

 

 魔女の声色が猫なで声から一変し、殺気のこもった声になり、得物の鞭をふるう。鞭が空を切り、クウヤの足元を打つ。クウヤは飛び上がり、その鞭の一撃をかわす。


「く……! ソーン! お前は誰に再生されたんだっ!」

『そんなこと、あんたにゃ関係ないことでしょうが! おとなしく殺されるだけでいいんだよ、てめぇは!』


 魔女の鞭がクウヤを強かに打ち据え続ける。クウヤは鞭の攻撃を耐え忍ぶばかりで攻撃に出ない。耳障りな狂気に満ちた魔女の声にクウヤだけでなく遠巻きに見ていた調査隊の面々は顔をしかめる。


「ヴェリタに拾ってもらって、再生されたのか!」


 クウヤは頭に浮かんだ名前を魔女に投げかけた。

 すると魔女は目を見開き、クウヤをにらみつける。拳を力強く握りしめ、体を小刻みに震わせている。明らかに怒りをあらわにしている。


『……ヴェリタだと? 奴らが何をしてくれた…………』


 魔女の目は血走り、狂気の光がさらに強くなる。狂気に満ちた目でクウヤを睨みつけている。


「……ヴェリタからも捨てられたのか。哀れな……」


 クウヤがつぶやくと、魔女は錯乱したように叫び始めた。


『……哀れなだと……? キサマ……キサマ……キサマ……本気で言っているかっ! キサマのせいで……こんな体になったのだぞ! わかっているのかっ!』


 魔女は取り乱しクウヤに喚き散らすがクウヤは反対にあわてふためく様子はない。


「さあ……そんなこと知ったこっちゃないんだけどね。あんた、あそこで何をしていたか覚えていないのか? あそこであんた自身の命で償うべき罪を犯したんだ。今度こそ息の根を止めてやる!」


 クウヤは魔女を倒すべく、剣を構えなおす。クウヤの脳裏にはリクドーの森にあった訓練所で死んでいった仲間たちの顔がよぎる。魔女によって実験動物扱いされ、最後には魔導兵器として命を散らした仲間たちの顔が。一層クウヤの顔がひきしまる。


「数多の子供を物扱いした報いだ、ソーン! 今の姿は罪深いお前にはお似合いだよ。むしろそんなお似合いの醜い姿にしてくれた誰かさんに礼を言いたいぐらいだ」


 たたみかけるようにクウヤは続ける。魔女はクウヤの言葉に狂気に満ちた笑い声を突如あげ始めた。


『うふふふ……あぁはっはっはっはぁ……くっくっくっく……』

「何がおかしい! 完全に詰んで気でもふれたか?」


 魔女は焦点の合わない目でクウヤのほうを見て、形容のしがたいほど気味の悪い笑みを浮かべた。


『くっくっくっく……嗤わずにはいられないわ。この姿にしたのはあんたもよく知っている人物だからねぇ。せいぜい足をすくわれないようにねぇ……くっくっくっく』 

「……俺の知っている? どういうことだ、ソーン! 苦し紛れのでまかせ言うんじゃない!」


 魔女は相変わらず薄気味ある笑みを浮かべたまま、クウヤを凝視している。攻守逆転し、魔女が優位に立っているような状況になってくる。クウヤの表情に若干の動揺が浮かぶ。


『くっくっくっく……面白いねぇ。あんた、本当に何も知らないお坊ちゃんなんだねぇ……くっくっく。ふっふっふ……嗤わせてくれるねぇ、本当にあんたバカぁ? あっはっはっはっは……』


 魔女は嘲笑をやめる様子はなく、その様子にクウヤはいらだちをためていく。


「何を知っているのか知らないけれど、あえて聞こうとは思わない。あんた程度なら、屠るのは簡単だ。いい加減過去の過ちを悔いたらどうだ?」


 何とか感情を抑え、魔女の優位に立とうとするクウヤ。しかし、魔女はいやらしいにやけ顔を崩す気配もない。


『くっくっく……何を言っているんだろうねぇ、この子は。くっくっく……あたしに悔いることなんてないよ。あたしは無用のモノに利用価値を見出し、実用化しようとしただけ。だれに文句を言われる筋合いはないわ!』


 魔女は自信たっぷりにクウヤへ反論する。彼女の認識では孤児は利用価値のないごみでそのごみに利用価値を見出した自分の功績を認めろと言わんばかりの口調だった。彼女の態度により一層の怒りを感じるクウヤ。怒りで体が震える。


「お前は……お前は……お前はぁっ!」


 クウヤは咆哮とともに魔女に斬りかかる。魔女は抵抗するが抵抗むなしくすべての剣撃を避けることは不可能だった。剣が彼女の前を通過するたび、血しぶきが右へ左へと飛び散る。

 それを見ていた仲間たちはクウヤの姿に恐怖する。剣をふるうクウヤの姿は仲間たちには黒い悪魔に見えていた。そのことにクウヤはまったく気づかず、剣をふるう。


『……くっくっく、良いねぇ……良いねぇ、その表情……まさに悪鬼羅刹……ふさわしいじゃないか……その黒い鎧こそ世界の破壊者……大魔皇帝の従者……くっくっくっく……あっはっはっ……はっは……』


 クウヤに切りきざまれ相当のダメージを追っているはずなのに魔女は倒れない。文字通り血まみれなりながらも彼女の口は閉じられることはなかった。


『帝国も大変ねぇ……獅子身中の虫って言うのかしら? お前みたいな、破壊しかできない出来損ないや陰謀大好きなお偉いさん……大変ねぇ……くっくっくっく……ま、最もそんな酔狂な人がいたからこうしてここに立っているのだけれど……くっくっくっく』


 クウヤはその発言に耳を疑う。帝国内に手を引くものがいることを魔女がほのめかしたからだ。クウヤは考える。その可能性が最も高いのは……。


『おっと、考え事をしている場合じゃないよ、坊や! あんたはここで……! ぐふっ……な……ぜ……?』


 魔女はクウヤに襲いかかろうとするが、突然動きが止まる。彼女は後ろから刃に貫かれ、崩れ落ちるように前のめりで倒れた。


「あんた……? なんで?」


 倒れた魔女が振り向く視線の先にはある人物がいた。その人物を驚愕と憎しみのこもった目で魔女はにらむ。クウヤも一撃を放った人物を見て驚愕していた。その人物は魔族の案内人だった。魔族の案内人が魔女に対し一撃を放ったからだ。


『……あんた、魔族かい……くっくっくっく……都合が悪くなるとトカゲの尻尾切りかい……魔族も……げっ、がふっ……』


 魔族の案内人は振り向いた姿勢の魔女に蹴りを入れる。彼女は蹴られると同時になんとかその場を逃れようと手を伸ばし、貼って逃げようとする。しかし案内人はそんな彼女に馬乗りになり、自らの短刀をの背中から深々と差し込み、彼女の心臓を貫いた。わずかに短刀をひねると魔女は言葉の途中で、恨みがましい視線とこの世のものとは思えないような異様な声を残し力尽きた。腕を伸ばし、あがくように地面に指跡をつけて。


「どうして……あんた、なんでそんなことを……」


 呆然とするクウヤに対し、案内人は淡々と短刀の血のりをぬぐい、立ち上がる。


「……私は目の前の障害物を片付けたにすぎません。それよりもうここでの目的を果たしたのでしょう。ならば早々に引き上げるのが筋というものではないですか?」


 あまりにも事務的に語る案内人にクウヤは怒りを通り越して呆気に取られていた。


「……当面の脅威は去った。全員引き揚げ準備だ。急げ! 早々に引き上げるぞ」


 隊長は案内人の言葉を受けたように引き上げを隊員たちに指示する。

 クウヤは引き上げ準備に急ぐ隊員たちを見ながら考えていた。ソーンを血まみれの魔女に仕立て、調査隊を襲わせた存在について、そして魔族の行動について。目の前には自らの血でできた血だまりに苦悶の表情でこと切れた魔女の骸が横たわる。


「ソーンは帝国内の誰かに再生されたようなことを話していたな……。帝国内でそんなことができるのは……一人しか思いつかない。これはかなり厄介な事態になるな……。魔族も何か隠しているかもしれない……なぜあのときだけ、直接関与してきたのだろう……? もしかして……?」

「おーい、クウヤ! ボーっとしていないで手伝え」

「……わかった、すぐ行く」


 エヴァンの声に反応し、思考を中止する。そのまま引き上げ準備を手伝う。

 

 ソーンの再生を手引きした何者かが帝国内で暗躍している。その事実だけでもクウヤにとっては厄介な話だった。その人物について心当たりのあるクウヤは気がはやるのを抑えながら、魔の森を後にする。さらに、同行中、積極的に行動しなかった魔族があのときだけ、自発的に直接行動にでた。その行動から魔族に対しても疑念をいだき始めたクウヤ。クウヤの前途は魔の森上空にかかる暗雲のように見とおしがたたなかった。ただそれでもクウヤたちは帰路を急ぐ。それ以外彼らに選択肢はないように。

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