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6 疑問と不安

 奈津美は、帰り道、一人悶々としていた。


 あんな話を聞いたら、嫌でも考えてしまう。


 自分は、旬にとってただ都合のいい女なのだろうか。


 カオルにああ言われたし、奈津美だってそう思う。……思いたい。だけど、あの話はやけに説得力があって、そんなことない、と否定しきれない。


 そう思うと、最悪だ……と、自己嫌悪に陥る。

 他の人間の話を聞いただけで、自分の彼氏をそういう風に思うなんて……


 旬がそんな風に思っているはずないじゃないか。

 旬は、素直な性格だし、嘘をついたらすぐ分かる。というより、元から嘘を吐いたりなんてしない。そういう人間が、他人をいいように使うなんてこと、できるはずがない。


 大体、旬は甘えてばかりというわけではない。相変わらずデートの時に割勘を嫌がって払いたがっているし、別に何もせずに食わせて貰おうという意識はないはずだ。……未だに奢れるほどの懐は持ち合わせていないが、それはこの際どうでもいい。


 何だか、そう考えるとだんだんポジティブになってきた。


 そうだ。それに、旬は奈津美のことを嬉しそうに話してたと言っていたではないか。……主にスタイルを。


 旬は女性の胸が好きらしい。いつも抱きついてくる時は胸を触るし、二人きりの時は『ナツのオッパ〜イ』と嬉しそうに言いながら顔を埋めている。

 いつだったかは、ある童謡の替え歌で変な歌を作っていた。


ナツ〜のオッパイいいオッパイ・すごいぞ〜すごいぞ〜

巨だ〜いマシュマロでできている・でかいぞ〜でかいぞ〜


 ……カオルなんかが聞いたら爆笑だったんじゃないだろうか。さすがに言えないので分からないが。



 とりあえずこれも一応誉め言葉として取れば、嬉しい(?)わけだし、胸は旬の好み通りということで、喜ばしい限りじゃないか。


「はぁ……」

 奈津美は思わずため息をついた。


 何だか、無理矢理旬のいい所を探してるみたいだ。勿論、全部本当にいいところなのだが、必ず粗も一緒についてくる。


 考えすぎて、何が何だか分からなくなってきた。不安になってくる。


 自分にとっての旬はなんなのだろうか。旬にとっての自分はなんなのだろうか。


 自分の気持ちに自信がなくなってくる。自分の気持ちが分からない。


 奈津美は旬じゃないとだめなのか……旬は奈津美じゃないとだめなのか……

 もしかしたら、代わりなんていくらでもいるのではないか……

 どこからともなくそんな考えも出てきてしまう。


 そう考えると、とても寂しくなった。



 奈津美は自宅のコーポの階段を重い足取りで上り、三階まで辿り着く。部屋へ向かいながら鍵を出そうと鞄の中を漁った。


 鞄の中に入れた手が、携帯に触れる。

 そういえば、今日は友達と買い物に行くから帰ってきてからこっちから電話する、と旬にメールを送ったのだった。


 よりにもよってこんな時に、電話すると言ってしまった。こんな気分で、旬と電話したら、声に出てしまうような気がする。メールすると送っておけばよかった。と、奈津美は後悔した。



 更に悶々としながら鍵を探り出し、奈津美は自分の部屋のドアを開けた。中に入り、鍵とチェーンをかけてしっかりと戸締まりをしてから中に入る。

 何も考えずとも毎日の習慣で、奈津美は部屋に入るとまずエアコンをつけてからコートを脱ぐ。


 いつもはそれからテレビをつけたり、化粧を落としたりするのだが、今日は鞄から携帯を取り出すと、そのままベッドに寝転んで携帯を開いた。

 操作をし、リダイアルを表示する。基本的にかけるより受ける方が多い奈津美だが、それでも一番上にある番号は旬だ。

 このまま、発信ボタンを押せば、旬に繋がる。それが躊躇われた。


 旬は待っているかもしれない。いつもメールも電話も、よこすのはほとんど旬の方だから……


 そう思ったらするしかない。

 大丈夫。旬の声を聞いたら、きっといつも通りにできる。


 奈津美は意を決して通話ボタンを押し、耳にあてた。



 ――プルル


「もしもし、ナツ?」


 早い。呼び出し音が一回鳴る前に旬は電話に出た。奈津美が電話すると、いつもこれぐらいの早さで出る。これに少しほっとした。


「うん。……相変わらず出るの早いわね。今何してたの?」

 いつも通りの話し方、いつも通りの声の調子。それを心がけて奈津美は話す。


「ナツの電話待ってた」

 嬉しそうな声が返ってきた。それは、その言葉が本当だという証明になっている。


「そう……」

 電話してよかったと思った。やっぱり、声を聞いたら安心できる。声だけで、さっきまでの重い気持ちが軽くなった。


「ナツ? 何かあった?」

 旬は急にこちらを伺うようにそう言った。


「え……何で?」

 内心どきっとしながら、奈津美はそれが出ないように努めて聞き返した。


「んー……何か声が元気ない。いつもと違う。気のせい?」


 気のせいじゃない。旬は、たったこれだけのやりとりで奈津美の異変に気付いたらしい。

 何でこういうとこばかりは鋭く感知できるのだろう。


「ううん。何もないよ。ちょっと友達と飲みすぎたからかな」

 そう言って、誤魔化した。


「えっ……ナツ飲んだの? 大丈夫?」

 今度は心配するような口調だ。


「どうして?」


「だってナツ、酔ったら荒れるじゃん」

 旬が言っているのは、明らかに一年前のことだ。


「なっ……荒れないわよ! あの時は特別だったの!」

 奈津美は、ムキになって声をあげる。自然と、いつもと同じ調子になった。


「へへっ。そっか」

 ヘラヘラと笑う顔が頭に浮かぶ。しまりがないような顔だけど、奈津美は旬のその顔は嫌いではない。


「……ねぇ、旬。……旬は、何であたしなんかと付き合ってるの?」

 思わず、そんな言葉が出てきた。


 自分で言って、気持ち悪い。こういうことは『あたしのこと好き?』とか『あたしのどこが好き?』のような、聞かれるとうざったい質問と同じ類で好きじゃない。なのに聞いてしまった。それだけ今の気持ちに余裕がなくなってしまったのだろうか……


「何でって……そこにナツがいるから?」


「…………」

 何か聞いたことのあるフレーズのようになって返ってきて、奈津美はそれに対する言葉を失う。


「何か違う?」


「うん」


 何かというか、全く違う。


「え〜……つうか、何でいきなり?」

 旬に痛いところを突かれてしまった。


「別に…今思ったから、何となく……だって普通引くでしょ? 酔っ払いの女とか。ていうか、旬がホテルに誘ったのって下心?」

 自分でも珍しいほどに奈津美は早口で口数多く喋っていた。

 焦るとこうなるんだ、と、自分で初めて知った。


「ん〜……まぁ、ぶっちゃけ?」

 素直にあっさりと旬は肯定した。


「だって、目の前でオッパイのおっきいお姉さんが『帰りたくない』っていうもんだからさ?それでちょっと、まぁ……うん」

 流石にちょっとばつが悪そうに、旬は言っている。


 それは、確かにあの時は奈津美の方がそうなってもしょうがない状況を作ったのだから仕方ない。


「でもさ、俺、それがナツでよかったと思ってんだ」


「え……」

 旬のその言葉の意味が分からず、奈津美は返す言葉に迷う。


「ナツのこと、知れば知るほど好きになるから。こういうの、ナツが初めてなんだ」

 旬はそう続けた。


「……そんな恥ずかしいこと言わないで」

 本当は嬉しいのに、顔だって赤くなっているのに、旬のように素直な言葉にすることができない。奈津美は、何だか少しクールな口調になってしまう。


「うん。自分で言ってちょっと恥ずかった」

 そう言って旬は笑った。



 旬に会いたい。

 急激にそう思った。


「ねぇ、旬。十四日のことだけど……」


「うん、何?」


「……旬がうちに来るなら、泊まりでもいいよ」


 こんなことを奈津美から言うのは、多分初めてで、恥ずかしく感じた。でも、たまには言ってみてもいいだろう。


「え……いいの? 平日だからダメって言ってたのに」

 旬は驚いた口調だった。


 それもそうだろう。元々は旬が泊まりがいいと言っていたのだ。『せっかくのバレンタインなのにー』とごねる旬を『平日だからダメ!』の一点張りで押し伏せたのは奈津美の方だ。


「うん……でもやっぱりバレンタインだから、特別ね。……それに、ケーキ作るの時間かかるし、旬がうちに来るんだったらゆっくりめに作れるし……あと、朝もいつも通りにできるから」

 照れ臭くなって言い訳じみたことを付け足してしまった。しかも自分の都合に合わせたというような、可愛くない言い方だ。


「別に旬が嫌ならいいけど?」

 可愛くない言い方が続く。何でこんな高圧的なのだろう。全くそうできる立場じゃないのに……


「行く! 絶対行く!」

 それでも旬は、予想通りの反応を見せる。


 それに安心して、奈津美は微笑んでいた。

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