夢の連鎖 2.比沙子の場合
「ほんでな、その後な、村に帰って――あ、なんか森の中の崖っぷちみたいな所でほんまに、ザ・村って感じの所やってんけど。小さなおっさんに褒めてもらえてすごく嬉しかったんよ」
朝っぱらから怒涛の勢いで話す比沙子はトーストにバターを塗りたくったあと、うっとりした顔で口に入れた。
「小型恐竜で空を飛ぶのは、めっちゃ気持ちよかった……」
「俺かて空飛ぶ夢見たことあるけど」
比沙子の横でトーストに目玉焼きを苦心してのせている兄が言った。
「いっぺんも気持ちいい思たことないわ。怖いばっかりで」
うふふん、と比沙子は意地悪そうに笑う。
「そりゃ兄ちゃんは臆病やもん。前かて部屋のドア開けただけで、『キャッ』って。乙女の悲鳴か。『キャッ』って」
「なんやとこら。俺ぁデリカシーの欠片もないアホ妹にびっくりしただけやぞ!」
「はいはい、あんたら。夢の話も喧嘩もええんやけど」
兄妹の前で新聞広げていた母が呑気に仲裁した。
「時計みてみ」
比沙子と兄は同時に時計を見て、それこそキャッと叫んだ。
「お前がろくでもない夢の話なんぞするよってに!」
「兄ちゃんが乙女やから悪いんやろう!」
「誰が乙女じゃ、ワレボケカス!」
罵りと咀嚼を激しく繰り返した二人は慌てて朝食を終え、同時に家から飛び出した。
「いってきま~す!」
「あの子ら、食器も下げんと……。ほんま親の顔が見てみたいわ」
母は溜息をつくと、よっこらせ、と腰を上げた。
比沙子は夢をよく見る。起きた時は大抵その断片がぼんやり残っているだけだが、たまにはっきりとフルで覚えていることもある。
「そらちゃうでぇ」
友達の結希はおっとりと否定した。読書家で色んなジャンルを無差別に読破しているので知識が豊富で頼りになる。
「人間ってな、夢の1%か2%しか覚えられへんねんて。だからどんなにすごい夢みても、ちみっとしか覚えとらへん訳。最初から最後まで全部覚えとったら、もしかして人間って狂うてしまうかもしれへんな」
へえー、と感心しながら、比沙子は心の中で「でも」と思った。
でも、わたしはいろんな夢を覚えている。ある時は子竜に乗って空を駆け、ある時は老人になって軍会議で熱弁をふるい、ある時は庭園の池に映る月を眺めながら愛しい人を想い、切なげに溜息をついた。それが全て比沙子自身ではない。そこに普通に暮らす人たちの心の中に自分の魂の欠片が入るような感じ。その人たちに同調して、喜んだり、悲しんだり、胸を痛めたりする。まるで違う人の人生に少しだけ繋がっているみたいだ。
だけど、昨日のシエナの夢は楽しかった。狩りの時は男勝りのくせに、終わった途端にレイズンにドキドキしちゃうなんて、かわいすぎる。うまくいくといいな、あの二人……まあ、レイズンは鈍感っぽいから苦労しそうだけど。
クスクスと比沙子は思い出し笑いをしながら、地下鉄の階段を下りた。