彼の背中
貴方はいつだって私の先を行く。
私はいつだって貴方の1歩後ろを歩き、食事もいつも貴方が最初に手をつけてから頂く。何をするにしても、すべて貴方が先にしてから私の番。
周りは貴方を横柄だ、時代遅れだ、と呆れて批判していたけれども、私はそんな貴方の背中を見るのが好きだった。料理を一口食べてから小さく「うまい」と呟くのが嬉しかった。
交差点では左右の安全を確認してから「行くぞ」と前を歩き、私の手を引いてくれた。
そんな貴方は今、ベッドの上で弱々しく呼吸をするだけ。
あぁ――貴方は今回もまた私よりも先に行くのね。
そんなところでも律儀に私よりも先に逝こうとしなくったっていいじゃないか。
例え死後の世界がどんな場所でも貴方とならきっと、一緒に歩いていけるはずだから。
でも彼は私がそう考えると、知っていた。
だから息も絶え絶えの中で微かに声を発したのだ。
「今回も俺が先に行く。お前はもう少し待て」
なんて、偉そうに。
「ええ、そうですね」
と。
そう言われてしまえば、そう答えるしか出来ないじゃないか。
ごめんなさい、ごめんなさい。
最期まで貴方に心配をかけさせてしまう私はとても不出来な人間です。
最期の最期に貴方の言葉を嬉しく思ってしまう不謹慎な人間です。
彼が息を引き取って、私は初めて前を行く景色を見たような気がした。
それはとても広く、開放的な景色だけれども、なんだか少し寂しかった。
――あと少しだけ、待っていてくださいね。
なんて思うけれども、きっと彼もゆっくりと何度も振り返りながら歩いている気がして、口元が緩んでしまった。
そうしていずれまた彼の背中を見ることができるのならば。
少しだけ、今だけ。
彼のいない景色を楽しむのも悪くはないな、なんて思うのだ。




