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第一章「戦闘知性体強制接続事件」

 総務部交渉室には、最初から違和感はあった。

 配属初日の視線だ。

 最古参の中型種、イユロスは縦光彩の眼をぐるぐると回し、同じく中堅小型種ホイエンは巨大な丸い目を見開いて見城を眺め回していた。新兵の頃、配備先の小隊で受けた洗礼前の吟味する視線に、かなり近い。

 中でも一番鋭い視線を向け来る存在がいた。

 ヒューマンタイプ。細くしなやかな肢体と白い肌。ペールピンクの眼を縁取る白い睫。毛先に向かい瞳と同じ色に染まっていく白いショートボブ。一見少女めいて見える儚さだが、視線は切るように鋭かった。

 あれは警戒に近い棘のある視線。

 未だ着任の挨拶をしただけなのだが……。

 見城はチサの緊張を孕んだ視線を受けながら、毛を逆立てた小動物を思い出しかけた。駐屯した異星で見た、非捕食種。食われる側でありながら妙に蹴りがきつくて食材として捕獲するのを諦めた。あれに似て……と思いかけてやめた。概念として脳に固定すると態度に出る。見城が学んだ少ない処世術の一つだ。

 そして考える。

 初対面で何故そこまで警戒されるのか。

 そのひりつく警戒は、室長室で肩を並べている今も継続中だった。

 社会人としての意地で膨れないように抑え込んでいるわけでもない。純然立つ恐怖に近い警戒。

 室長の声が見城の思考を切った。

「見城。貴様に配属理由を伝えていなかったな」

 シャガロットの頭の上で三角形の耳が動いていた。髭が神経質に動く。

「チサをサポートしてもらう」

 チサと呼ばれた同僚を見下ろさないように注意した。

「サポートとは、どういった任務ですか」

「ここは総務だ。古巣の癖は捨てろ。任務扱いされては本人が堪らん」

 シャガロットが体毛に覆われた指先からヒュッと爪を出した。タブレットを操作する。

「お前の高い空間認識能力と、白兵戦のセンスを買って引き抜いた」

 白兵戦?

「ここは、総務ですよね」

 念のために確認した。この部署に普通と最適解は存在しない気がしてきている。

「そうだ。貴様、ヴァルキリーについての知識はあるか」

 ヴァルキリーは戦闘特化希少種族だ。母星が荒廃し、今や連邦治安維持コロニーの一角で、一部族が存続しているだけだ。

「合同作戦になった場合の注意事項なら」

 高い白兵戦能力から軍部が囲い込んでいる形にはなっているが、接触する機会は殆ど無かった。

「警戒事項だろう」

 シャガロットが黄金色の三白眼で見城を見た。

「言って見ろ」

 これは何の査問だ?

 見城はちらりとチサの様子を窺い、口を開いた。

「戦闘開始と共に、脳内自立器官、戦闘知性体に判断主体を移行。移行後は、意思疎通は不可。敵性体の殲滅まで戦闘行為を継続」

「大雑把だが、それがヴァルキリーの特性だ。通常、人格をもつ主体脳と戦闘に特化した戦闘知性体の間に、連理と呼ばれる接続を持っている。が、チサには、それがない」

 瞬いて、隣で毛を逆立てている同僚を見た。

 頭の中で二つの情報がぶつかる。

 この儚い気配の小動物は、ヴァルキリーである。

 ヴァルキリーの特性、高い機動力の源である戦闘知性体と接続が切れている。

 口に仕掛けた問いを呑み込んだ。

 では、何故動けている?

 見城の脳裏に、研修時に目にしたチサの挙動が蘇った。

 古参のイユロスと宇宙港で貨物引き渡しを行っていた時のことだ。



 銀河連邦治安維持機構コロニーの宇宙航は地球人だらけだった。プロトコルが更新される度に、振り落とされた種族が母星に戻っていく。今回は地球人、というわけだ。

「流石に、こんだけ集まると異常だな」

 見城はバイザーを上げるとブリッジから出航ゲートを見下ろし、気のない声を出した。

 巨大な液晶パネルには増便された軌道エレベーターの出航スケジュールが引っ切りなしに流れている。

「お前のその感覚のほうがオカシイと思うぜ、俺は」

 イユロスはちろちろと細い舌を出すと縦光彩の目をぐるりと回して視線をよこした。巨大な爪と鱗で覆われた三本指が器用に、インプットボードを操作していた。

「普通はどう感じるんだよ」

 見城はバイザーを戻し、手の甲の所属を示す新しい光学刺青をさする。

「焦ったり寂しくなったりするもんじゃね? コロニー育ちだろうが、同じ生態系に……って間違えたっ」

 イユロスは盛大に喉をならすと見城の二倍近くある体を伸ばし、タブレットを渡してきた。

「ほら。やってみろ」

「ああ」

 見城はタブレットを受け取ったが、顔には熱意も緊張もない。業務を覚えたところで、ここも恐らく通過点。そんな思いが透けて見えた。

「しかし、お前も前向きだな。軍部から総務部に回されるって普通ありえねぇだろ。俺だったら退役するぜ」

「俺には変なプライドなんかないんだ。働ければそれでいい」

 話している間にも、ロビーの地球人はどんどん増えていく。大小の群れを眺めイユロスが尾を揺らす。

「お前はなんで帰らないんだ? ここの軍部キャリアがあれば故郷でも楽に食ってけるだろ。えーと最終階級は」

「大尉」

「お前何年生きてるんだっけ」

「三十一年」

「地球人の寿命は?」

「自然にやってりゃ百五十歳位かな」

「おーすげぇじゃん。思ってたより生きるねぇ。下手に異動して『総務部』なんて履歴つけなきゃよかったのに」

「三十年もかけて帰る程、地球に愛着はない。それ以前に連邦のほうが俺を外に出さないだろうな」

 イユロスの口角がぐっと後ろに下がって歯列がファスナーみたいに広がる。

「治検体かー。早まったな。軍部の奴って、身体に手を入れるの躊躇わないけど、あれ何でだ? 体質? 方針?」

「いや、惰性かな。ちょっと手を入れるだけで、もう一度飛べるとか考えてるうちに麻痺してくる。その積み重ね。エンハンスメントは沼みたいなもんだよ」

「でも、どこ拡張してんのかわかんねぇな」

「主に骨格、筋繊維だからな。右腕は異動になる前に武装解除された」

「あ、それまずい」

 イユロスが指を鳴らし刃を打ち合わせるような音をたてる。

「何が」

 見城は面食らって手を止めた。総務部配属から悪い驚きの連続だ。

「室長に言って機能回復してもらったほうがいいな」

「……確認したいんだが、俺らって事務屋だよな」

「事務屋が軍部から装備借りるかよ」

 イユロスが爪でバイザーを叩いた。

「どこの世界にこんだけ防衛装備が必要な『総務』があると思ってんだ。あ、そこ違う」

「え?」

 躊躇った隙をついてイユロスが作成者コードを入力してしまった。

「よっし、ノルマ達成!」

 再びドラゴンポーズ。

 成果泥棒を殴りつけようとしたとこで外耳インプラントに電子音が入った。

「見城──」

 甲高い声が鼓膜を刺した。

『業務ごくろーさまぁっ。ホイエンだよぉ?』

 キンキン声が耳に響く。人工的な甘えた声音はカートゥーンみたいだ。喉が硬直しかけたが最大限に善処した。

「……今、宇宙航の搬入口です。時間は押してないと思うんですが」

『あ、全然仕事のことじゃないのっ。さっき見城の私物が届いたんだけどぉ、これ何っ!』

 バイザーにウインドウが開き薄桃色の体毛に覆われた毛玉、もとい巨大な耳を持つ生物が映った。総務部交渉室メインオペレーターのホイエンだ。自分の身体の三分の一にあたる円筒を抱えている。

「……それ、俺の私物じゃないですよ。まあ、信管抜かなきゃ吹っ飛びませんけど」

 自分の声が最後まで聞こえない。超音波並の悲鳴を発してホイエンが円筒を離した。

 見城は通話を切った。

 すぐ着信する。

 今度は低く落ち着いた、シャガロットのドスのきいた声が流れてくる。

『お前の装備を古巣から取り寄せた。しかし、思っていたよりはせっかちだな。装備を整える前に出るとは、死ぬ気か?』

「……室長、お言葉ですが支給装備は」

『装備Cでやってけるのはイユロスくらいだ。地球人に鱗があるなら別だがね。チサ、持っていってやれ。……あぁ、今回榴弾は要らん。それとそれ。お前は直帰でいい。じゃあ、見城、くれぐれもコロニーの設備に傷はつけるなよ』 

 矛盾している……。

 肩を叩かれ振り向くと、イユロスが宇宙航の職員を指さしている。

「イエスメム」

『よろしい。お前等はちゃんと帰投しろ』

 見城はそのままイユロスを掴んで職員から距離を取った。

「何、ホイエンのバカだろ?」

「いや、室長。あの人、なんというか語彙がおかしくないか? それともあれが普通なのか」

 イユロスがまた歯列を見せる。

「普通なんだな、これが」

 古巣にいるみたいな錯覚を覚える。しかしやっていることは事務だ。宇宙港の職員から受領証へのサイン入力をもらい荷を引き渡す。

 事務員とは?

 違和感が膨れ上がり脳を刺す。

「おっ、チサ」

 イユロスの声に視線を転じた。

 半球体のホバーヴィークルにのった細い人影が近付いてくる。銀灰色のスラックスに肩章のある白いシャツ、青磁色のタイ。総務部のスタンダードな制服姿が、ぎこちなく球体を傾けてこちらへ加速してくる。

 チサは見城達のそばへ来ると半球体を反対に倒して減速し、転げ落ちた。直ぐに何事も無かったように立ち上がると、まっすぐ歩いてくる。

「大丈夫か?」

「問題ありません」

 きりっと顔を上げたがどうにも覇気がない。突き出すようにシールされたケースを差し出してきた。

 チサは交渉室では唯一のヒューマンタイプだ。外見は地球人に近いが、全体的にほっそりとしており、手足も長い。らしくもなく、見城の語彙から妖精という単語が飛び出すような、淡い存在感だった。

「何か」

 チサの細く優美な弧を描く眉根が寄った。

「いや。ありがとう」

 ケースを受け取ると、チサはすたすたと歩いていき、ヴィークルの前で立ち止まった。半球体の平面にそっと片足を乗せる。そして決意したように、残った足を引き上げた。どうにも体幹が安定しない。見ていて、はらはらさせられる。

「慣れないなぁ。受け身も上手くないし」

 イユロスが隣に並んで言う。ぽんっと方を叩かれた。

「しっかり見といてやれ」

「何が」

「じきに分かる。シャガロットが理由もなく指名なんてするわけがない」

「指名? 俺を?」

「そう。議事録を漁ったんだけどさ、お前、最初は後方支援か整備部に回されるはずだったんだぜ」

「……お前、総務へ来る前どこにいたんだよ」

「電子特殊戦」

「……通報するぞ」

「意味ないない」

 イユロスが牙の笑みを見せた。

「足跡残すわけないだろ? 舐めんなよ」

 総務部とは?

 見城の胸に何度目かの疑問が浮かんだ。



「言いたいことがあるようだな」

 室長、シャガロットの低い声に思考を中断した。

「お尋ねしても」

「規律に圧殺され腹に溜め込む癖がついたか」

 翻案する。話せ。

「ヴァルキリーは平時、主体脳が運動能力を戦闘知性体を抑制することで、高い身体能力を維持していると聞きます。そのつながりが切れていると言うことは」

「人工的なバイパスを通し、運動野として認識させている」

 チサは他人の話を聞くように無表情に前を見ていた。

「だが、タイミングが遅くてな。双方に刺激し合い成長する戦闘知性体の発育が遅れている」

 脳裏に、ホバーヴィークルから派手に転げ落ちたチサの、慣れた仕草で立ち上がる姿が浮かんだ。

「そこでお前だ」

 細く引き絞られた瞳が見城を見た。

「チサの戦闘知性体にお前の空間認識、運動性能を流してもらう。ワイアードプロトコル経由でな」

 納得がいった。復唱の意も兼ねて任務を要約する。

「戦闘知性体の発達補助。体幹安定、四肢制御支援ですね」

 チサの肩がぴくっと揺れ、シャガロットが眼を細めた。何かが割れる音。シャガロットの爪がタブレットを貫通している。それを見ながら、今、何かやらかしただろうかと考える。

「これだから軍崩れは……。まあ、いい。情緒、配慮といった繊細さはこれから学べ。チサ、お前も不快感は、はっきりと示せ。これはかなり鈍いぞ」

「はい」

 声音は柔らかかったが気配は尖ったままだった。



 ……やりにくい。

 見城は鉄面皮の下にチサからの刺々しい気配、視線に対する居心地の悪さ、チサの身体能力評価、動作補助導線構築方針諸々を押し込んで歩いていた。

 前を足早にチサが歩いている。顎のラインで切りそろえた細く白い髪が揺れている。不安定に。

 無意識にペールピンクに色づく毛先を視線で追っていた。振幅、跳ね。安定しない。

 毛先が跳ねた。

 ……転ぶか、ぶつかるか。

 案の定、つんのめった。手が出かける。チサが素早く振り返った。

 ……警戒反射だけは速いな。

 無言で手をひくと、怒りを押し殺したように床を踏みしめて歩いて行く。

 研究所へ着くまで、この応酬を繰り返した。

 研究所員の補助を受け神経説賊バイパスとの接続認証を済ませた瞬間、僅かに重心のずれを感じた。向かいに座っていたチサが抑えかねたように、ぶるっと身を震わせる。見城には接続感覚は殆どない。

「検診用のポートを転用した接続です。初期テストの段階では、同期ずれがみられ、有効性の程度は確認できていません」

 研究員の甚だしく曖昧な説明に見城は眉根を寄せた。

「実験しろと?」

「猶予がありませんので」研究員が視線をチサに転じた。「室長からお聞きになっておられませんか?」

「細かい情報は得ていません。導線補助による発育促進だとしか」

 研究員の視線が少し逃げた。

「このまま戦闘知性体の発育が遅れれば、成長した身体側へのフィードバックが間に合わなくなります」

 運動による刺激だけでは発育しきれなければ、戦闘知性体側からの運動能力の供給が成長に追いつけなくなるということだ。挙動制御の精度落ちだけではすまない。最悪……。

 チサの鋭い視線に刺された。

 動けなくなることへの恐怖、それを他人に依存し回避しなければならないことへの感情的な障壁。

「運動療法士による導入は考えていないのですか」

 自分は軍人だ。四肢制御の感覚は確かに鋭いかもしれない。だが、日常生活の補助としては適切ではない気がする。

 研究員が眉を下げた。

「戦闘知性体は自立器官です。普通の刺激は弾かれてしまいました。見城さんは格闘戦闘機プリーストの搭乗経験があると聞いています。あれは姿勢制御AIとの接続が五感リンクでしたね」

「ああ」

 かつて自分の身体感覚で空中を捻り飛んだ曲芸飛行を思い出した。

「神経バイパスへのポートリンクは、プリーストへの空間認識、姿勢制御の送信と似ています。ただし彼女はヒューマンタイプなので、状況に合わせ認識帯域、制御精度を絞り込んでいく必要はあるでしょう」

 つまり、前例がないから、試行錯誤しろということだ。

 やはり大雑把すぎる。

 それでも、可能性の限りを尽くさなければならないのだろう。

 チサを見た。視線を逸らし、拳を握りしめて座っている。嫌悪なのか諦観から来る怒りなのか読み切れない。

 それでも、やるしかなさそうだ。

 見城は立ち上がった。

「どこか、転倒しても問題ない練習空間はありますか」

「こちらへ」

 先立つ研究員を眼で追い、チサを見た。

「何も言わないな。いいのか、こんなやり方で」

 じろっと睨み上げられた。

「他に選択肢はありませんから。このままでは転倒どころではすまないので」

 チサがまた沈黙する。

「分かった。行こう」

 歩き出した瞬間によろけた体を支えようと反射的に出した手から逃げられた。なんとか踏ん張り歩き出す。

 自立心が強いな。

 いや、他人に身体を動かされることへの不快感、反発、不満。

 考えている内に、弾性素材で覆われた部屋に通された。

「俺も勝手が分からないから、不快な思いをさせるかもしれない。痛みを感じた場合は──」

「お願いします」

 決然とした声に、遮られた。

 接続が切れていようとヴァルキリーの矜持はあるということだろうか。

 それとも、何か知らされていない背景事情があるのか。

「分かった」

 それらを知ったところで自分の役割は変わらない。

 見城は軽く眼を伏せ、イメージを引き寄せた。

『プリースト、姿勢制御野解放。双方向性五感リンク接続します』

 オペレーターの声が蘇る。腕は主翼、指は翼端、背骨はフレーム、足はランディングギア……。

 流れ込み流し込む。

 見城は室内を見た。

 空間を捉え、導線を巡らせる。

 そしてチサに視線を転じた。



「でっでっ、どうだったの? ちゃんとうごけた? きもちわるかったっ?」

 ホイエンがチサにひそひそ声で聞いている。が、いかんせんホイエンの小声は小声じゃない。丸聞こえだ。

「え? えぇっ? かってにうごされてるかんじ? やっだぁっきもちわるいっ。へんなことされてない? だいじょうぶ? やぁねぇ、こわかった?」

 見城は目を閉じてエネルギージェルを啜った。身の置き所がない。

 初めての接続は散々だった。チサは動けた。体幹は安定し、挙動も滑らか。ただ、本人の感情が常にない自身の動きに追いつかなかった。

 チサの鼻を啜る音がする。本人は声を低めて話しても、ホイエンが実況をするから意味が無い。

「じぶんのからだだものねぇ、いやよねっ。うごけても操られてるかんじ? やだぁっそんなきもちわるいのっっ」

 とんとんと机を叩く音に眼を開いた。イユロスが椅子を寄せてきている。

「何だ。上手くいかなかったのか」

 溜息を呑み込んだ。

「俺の方は大体の感覚は掴めた。あっちの方は、少し過剰に誘導しすぎたせいだろう。違和感に頭がおいつかなかったみたいだな」

「まあ大丈夫だろ。これからツーマンセルで業務を回してくんだ。慣れだよ、慣れっ」

 大雑把すぎる。

 いや、大雑把だったのはこっちか? もっと身体イメージに寄せて……。

 無意識にチサの体幹の安定感、重心のずれ、左右の足の位置を確認していた。が、潤んだ、しかし怒りに近い熱を乗せた視線とかち合い、視線を逸らす。

 ……補助の前に関係性の構築が先じゃないだろうか。

 目の端でチサの手が制服の膝を絞って震えているのを見た。

 ……いや、誘導強度に対する違和感の聞き取りが先か。

 支援項目は次々と浮かぶが、どうもしっくりとこない。

 見城はチサの鋭い視線に串刺しにされながら、山積みの問題をジェルごと呑み込んだ。



        *    *    *



 後ろから着いてくる見城の気配がする。つかず離れず手の届く範囲で視界の外。その適切さにさえ腹が立つ。

 チサはタブレットを抱きしめた。歩く度に、研究室で接続した違和感が四肢に走り、肌が粟立つ。急に鮮明になったような視界は知らない広さで、踏み出した一歩、それに続いて移動した重心、その確かさと滑らかさ、全てが日常とかけ離れた完成度で、チサには受け入れられなかった。動けたという認識より、動かされたという嫌悪が先に立って、自分から流れ込んでくる感覚を弾いた感触があった。

 タブレットごと抱いた腕を掴む。

 湧き上がった異物感、他人の感覚に支配された気持ち悪さがこびりついて離れない。昨夜は禄に眠れなかった。何度肌を洗っても、流しきれない汚物を浴びせかけられたような気味悪さ。それも体の芯に。

 ……こんなことで、動けるようになりたくない。

 見城に引き動かされる感覚を弾き、転んだ時は安堵した。自分の体を取り戻したと。

 背後から視線は感じる。でも、声をかけても来ない。

 交渉室に戻り、自分は総毛立つ感覚に耐えていたのに、見城は違った。イユロスと無造作に接続内容を共有し、あまつさえエネルギージェルを吸いながら自分を観測していた無神経さに腹が立ってしょうがなかった。

 シャガロットが手配してくれた運動神経補助要員。だから断り切れないだけ。それだけ。

 ムービングウォークに足をかけた途端、重心が後ろに流れた。

 尻餅をつくな、といつもの衝撃を待ったのに、背中を支えられ、上腕を掴む掌に姿勢を正された。そして手が離れる。

 かっと頬が熱くなるのを感じた。

 叫びたい。着いてくるな、見るなと。

 チサは渦巻く思いを抱え込み、周回部門へ黙々と歩を進めた。無遠慮な護衛を連れて。

 業務の基本を教えて、さっさと戻ろう。

 それなのに、警備部の備品補充確認で早々にトラブルに見舞われた。

「どうなってる。この前のオプション装備、頼んでたもんとバージョンが違ったぞ」

 鼻から太い息を吹き出し肩を怒らせる中型種を、殆ど顎を上げて見上げていた。

「搬入時にダブルチェックしていただいています。受領マーカーもここに……」

 うなり声で声を遮られた。

「そういう問題じゃねぇよっ。こっちは命がかかってんだっ。装備しようって時に繋がりませんでした、じゃなぁ」

 すっと視界の半分が翳った。大きな手にタブレットを取り上げられた。見城の指が軽く踊っている。そして相手にタブレットを差し出した。

「申請時のベース装備の項目を確認いただけますか。元ファイルが旧かったみたいですね」

 タブレットを受け取った男の表情が気まずさと共に落ち着いていく。

 見城は続けた。淀みなく。

「ここで正規のバージョンに書き換えます。確認後、申請作成マークだけは入力願えますか。割り込みをかけ最速で搬入させます」

 淡々と異例手続きを進めていく見城を見上げ、あっけにとられた。今日は業務を教えるはずだったのに、なんで、そんなに上手にやれるの……。

 そこまで考え我に返った。見城に半ば体当で押しのけ、相手に言った。

「搬入時期は資材部に確認し連絡します。IDをいただけますか」

 見城の気配がふっと下がる。

「悪いな。こっちもミスったのがばれるとなぁ」

 相手は一転し苦笑を拝む仕草を返し、内耳インカムをクリックし合い連絡先を交換すると、自分の部門に戻っていった。

 背後の気配は動かない。チサの主張に文句を言うでも無かった。

「ありがとうございました」

 言いかけて言葉を選ぶ。庇ってくれて? 助けてくれて?

 意地と感謝が鬩ぎ合っている内に、見城が口を開いた。

「割り込んで悪かった。立場を弁えてなかったな」

 喉元で泳いでいた言葉が引っ込んだ。

 職責を超えられて苛立っていると、見城は認識している。そして素早く一歩引いた。

 距離をとって敬意も示してくれる。転びそうになれば支えて、業務に支障が出れば守る。

 ……この人は何でも出来る。

 私を動かせて、私がずっとやってきた仕事もこなせてしまう。

 戦闘知性体とのバイパス手術が怖くて、泣いた夜を思い出した。

 何度も転んで、何度もぶつかって、やっとここまで来た。

 あの人には、たぶん分からない。

 動けなくなるかもしれない怖さ。

 やっと居場所を見つけた喜びも。

 総務部は自分の力で生きていけると証明できる場所。

 だから、勝手に踏み込まれたくない。

 チサは歩き出した。気配は着いてくる。

 ううん……知識としては知ってるんだ。私の補助要員だもの。でも、ただの知識……理解しようとなんか、してない。

 俯いて歩いていると声がした。

「次、ここだろ」

 気付けば通り過ぎていた。長躯の男が無表情にチサを待っている。

「……あなたがやればいいじゃないですか」

 震える声が口を突いていた。

 見城が瞬く。

「こんな簡単な仕事、もう分かってるんですよね。だったら、私に教わることはないでしょ」

 見城の視線は動かなかった。ぶつけられた苛立ちを受け止めるでもないが、否定するでもない。

「俺は君の補助要員だ。挙動を把握する必要がある。業務に介入したのは余計だった。謝罪する」

 私は、ただの観察対象。

 通達文のような言葉の羅列に、感情が振り切れた。

「見城さんには、人を理解しようという気持ちがありますか」

 見城の瞬きだけが増える。

「何を感じてるか、求めているか、その人の立で考えたことがありますか。あなたの気遣いには感謝しています……でも……」無意識に頭に手をやっていた。「もう絶対に入ってこないで下さい。あなたの配慮は不要です。……それから、じろじろ見ないで下さい!」

 耳の中で拍動が響く。握りしめたタブレットが滑り落ちそうだった。

 すっと見城の視線が一瞬それて戻る。

「……善処する」

 息を吸い込み、唇を噛んだ。分厚い壁相手に話しているような苛立ちだけが募る。

 そして通路の真ん中で感情的に叫んでしまった羞恥と自責。

「今日は一人で行きます。戻っていて下さい」

 駆け出そうとして、足が遅れた。身体がかしぐ。それなのに、また支えられた。

 チサは見城の手を振りほどき、おぼつかない足取りでその場から逃げ出した。

 でも、総務に戻れば見城はいる。避けられない。

 俯いて側を擦り抜けようとした。

「大丈夫だったか」

「何がですか」

 自分の足を見ていた。十分に床を捉えることもできない足を。

「業務じゃない。身体的な方。転んでないか、別れてから」

 震える息を吸った瞬間、イユロスの声がした。

「おい、見城」

「あ?」

 古参の先輩相手とは思えない馴染んだ呼吸。

 視界に湯気のたつコーヒーカップが割り込んでくる。

「口着けてないから。お疲れ」

 脇のデスクにシュガースティックとマドラー。

 なんで、砂糖がいるって知ってるんだろう。

「……ありがとうございます」

 カップを受け取ると、じんわりと暖かさが掌に伝わる。熱すぎない。直ぐにのめる温度。

「見城、ちょい時間あるか。就業後」

「空いてる。何か用か」

「大ありだよ。唐変木が」

「唐突に何だ。まあいいよ」

 多分……悪い人じゃない。でも……。

 チサは砂糖を無視しコーヒーに口をつけた。

 嫌い……。



 チサの警戒は長く続かなかった。見ている内に疲労感に変わり、相変わらず危うい足取りで「お疲れ様です」と深くお辞儀をして退勤していった。礼儀正しく勤勉だ。

 きちんと片付けられた机を眺めていると、ドスッと重い物が肩に乗った。イユロスが指一本で圧迫してくる。

「見城、反省会な」

 厚い鱗で分からないが、声には青筋の気配がある。

「何で……」

「あっんた、ばっかじゃないのぉ!」

 ホイエンのきんきん声に遮られた。

「チサになにしたのよぉっ。可哀相にあんっなにおちこんでっ! もうしぼるわよっ、あたしもいくわよ!」

 イユロスに摘まみ上げられ、毛玉の中に埋もれそうな四肢をバタつかせている。頭の左右に丸くなるようにリボンで結わえた長毛がゆさゆさ揺れている。感情のバロメーターが多い。

 チサに対する何かに問題があったらしい。

 見城は心当たりのないまま、飲食街へ連行された。軍時代は、居住区までわざわざ出てくる必要性を感じたことがなかった。大体が基地施設内で事足りたからだ。見城には物珍しい、賑わい、華やかさだった。。

 気を取られている内に、ホイエンの強い主張で中型種対応の小洒落た店に押し込まれた。

 場違い感を感じながら席に着くと、メニューをタップしながらイユロスが言う。

「見城さ、あれわざとなのか。それとも鈍い?」

「何のことだ」

「チサだよ。メチャクチャ警戒されてるぞ。俺は見てておもしろいけど、お前完全スルーなんだもん」

 器用に動くイユロスの爪を眺めていると、ホイエンが金切り声を上げた。

「えええ! 自覚してなかったのぉ! チサはいいこなのっあっんなに怖がるなんて……あんたなにしたのぉぉ」

 ホイエンが店を選ぶ基準が分かった。プライベート重視と称して座席を囲んでいる防音皮膜だ。あれがなかったら早々に摘まみ出されてる、ホイエンが。

「何もしてない。慣れてないからだろ、単純に」

 イユロスが溜息をついた。

「お前……楽観主義者だったのか」

「対処に困ってるのは認識してる」

「こまられてる段階でアウトなのよっ、きらいなの!」

 テーブルの中央が開き料理と酒が迫り上がってくる。

「俺は畑が畑だからな。違和感があるのはしょうがない」

「お前掴みが雑なんだよ。あんだけ尖ってるのを分かってるならさ、離れるなり歩み寄るなり微調整があるだろ。お前の方がおっさんなんだから」

 ホイエンが巨大な潤んだ瞳を向けてきた。

「……あんた、何歳なの」

「三十一だ」

「えーとまってまって」ホイエンが小型端末を取り出し「ぇぇっと、地球人の寿命……」物騒な事を言い出す。

「あんた! チサはね、地球人の尺度でいうとっ、二十三歳なのっ。うらわかいのよっ」

 べしべしと端末で腕を叩いてくる。地味に痛い。

「なら、尚更だろう。妙に気を遣ってもプライドを傷つける。対等に扱うのが筋だろう」

「たいとぉぉ? それをねぇ……」

 ホイエンが大きな目を筋になるまで眇めると端末を振り回した。

「無神経っていうのよぉ!」

「今のは当たったな。うん、正解」

「ん?」

「ん? じゃねぇ。お前位の階級だったら下を預かることもあっただろう」

 イユロスが器用に脚付きのグラスを並べ、紅梅色の液体を注ぎ分ける。ふっと立ち上がった果実の香りがアルコールの気配で深くなる。

「預かるって言ってもな」

 声を荒げたチサの頬の紅潮を思い出した。職業的矜持に障ったとは認識したが……。

「軍は上が絶対だ。下は従う前提で振る舞う。情緒的な対処はもとめられ──」

「だめだ、こいつ。ホイエン、馬鹿にかんぱーい」

「だめねぇ。チサにかんぱーい」

 目の前で繊細な音を立てる大小のグラスに見城は降参した。

「分かった。何か分かってないのは分かった」

「それは分かったと言わない」

 イユロスが再度上昇してきたプレートから大ぶりの肉塊が乗った皿を引き寄せ、爪で挟み齧りつく。

「反省会ってことは、瑕疵を指摘し、正すことが目的だろ」

「あんた、あたまん中初期化されたい?」

 ホイエンが上品に果実のようなものを口に収めた後、串を振り回した。

「かったいのっ。かっちかち。軍隊式じゃだーめっ」

「でもなぁ、見城、見てないわけじゃないんだよな。こいつなりの配慮はできてるんだよ」

 イユロスが上がってきたステーキ皿を雑に押しやってくる。軍上がりには肉……まあ、間違ってはいない。

「だからたちがわるいのよねぇ……。ほんとのぱっぱらぱーなら、こうしなさい? あーしなさいっていえるのよ!」

 突然跳ね上がって気勢を上げ、異常に高いスツールから落ちかけるのを掴んだ。

「ぐぇ……そっそぅいう、とこよぉ」

 もがくホイエンをスツールに戻すと、程よく酒精が回ったイユロスが笑い出した。

「だな、雑なんだよ。もっと慎重にな。補助対象じゃなくてさ」

 テーブルの下で脚を蹴られた。痛い。力の加減をするのは、お前だ。

「ヴァルキリーでもなく、チサは女の子なんだぜ」

「女性なら軍にもいた」

「一緒にするな!」

「ぜんっぜん、はなしきいてないわね!」

 両側から叱られながら見城は溜息をつき、グラスを手に取った。



 何か問題があると指摘された。

 思い当たることがないから、対策も立てようがない。

 チサの警戒が和らぐこともなく、導線は相も変わらず弾かれる。

 それでも業務は回ってくる。

「宇宙港での荷受け立ち合い依頼だ」

 シャガロットの脇には破損したタブレットが既に積み上がっていた。

「宇宙港外郭では、最近、頓に物騒な事案が続いている。二人とも装備には気を付けていけ。何かあれば警備部に押しつけて、即時退避すること」

 見城が挙手すると、爪の先を向けられた。

「安全に懸念があるならば、イユロスと私で対処すべきでは」

「こちらは人員に限りが有る。実質、外部折衝となると動けるのは三人だ。チサに経験を積ませるいい機会だ。それとも貴様」

 シャガロットの瞳が細く引き絞られ、瞳の下に余白が増える。

「その経歴は飾りか。仲間を伴い撤退することもままならないと?」

「趣旨は理解できます。ですが挙動に──」

「いきます」

 隣からチサの鋭い声が上がった。

 職務に対する強い矜持と責任感。職場に対する愛着と言っていい思い入れ。

 勘案すれば、成長したいという願いは理解できる。しかし安全性を考えると現段階では……。

 視線が刺さった。

 シャガロットのそれと、横からのそれ。

 続いてシャガロットの爪がタブレットを貫通する鈍い音。

「了解しました」

 無意識に敬礼していた。

 室長室を出るとチサがまっすぐに奥の棚に向かった。生体認証スキャンで扉を開くと、大小の装備がぎちっと詰め込まれている。手際よく自分の装備を出すチサを眺めていて気付いた。

「制圧装備だな」

「射撃訓練は受けています」

 無表情にラチェットのダイヤルを回りヘルメットを固定する。

「待った。荷受け立ち合いだよな」

 装備棚の床に袋詰めで転がっている自分の装備を取った。軍標準特殊部隊装備。これが必要になる環境なのか?

「聞いてませんでしたか?」

 チサが生真面目なしかめっ面を向けてきた。

「宇宙港の外郭は死角が多いんです」

 先立つチサを追う。

「俺たちの受け持ちは一般区画だろ」

「どこも同じです」

 ふらっと体が泳いで踏ん張りながら、チサが妙に場慣れしたことを言う。

「大丈夫です。慣れてますから」

 役立ちたいという願いと身体能力の乖離。

 ……それで俺か。

 宇宙港のバックヤードへ続く扉を部署認証で開く細い背中を見た。

 納得はできるが、現状チサの強い拒絶反応で、見城の認識導線は弾かれ続けて役になっていない。

 受け入れなければ動けない。

 チサもそれは分かっているようだが、他者に動かされる違和感という初期負荷を呑み込めないでいる。

 最初の足場がいるのか……。足場……。

 思考を散らしている内に、道が暗くなった。

 受入待ちの貨物が、未起動のホバーパネルの上に積み上げられ、雑然と並んでいる。

 反射的に視線を巡らせていた。潜伏可能な暗がり、荷の隙間、角の死角を拾う。退路として、あまりいい環境ではない。

「見城さん」

 呼ばれ、視線を落とした。顎を軽く引いた高さでチサの不思議そうな視線と合う。

「何か」

「いや、なんでもない」

 答えて自分に言い聞かせる。自分は事務員。ここは戦場じゃない。民間機用の外周エリア。

 その最中に騒ぐ声がした。

 視線を遠く伸ばす。未だ脚を畳んでいない半端な着陸姿勢の機体。駆けつける警備部。

 ……不味い。

 じりっと爆ぜる前の気配が見城の肌を刺した。

 視線を更に巡らせる。様子を見に歩を進めてくる民間人。中央官制室の文官。

「チサ」

 視線を固定したまま、同僚の細い肩を掴んだ。

「退避誘導。話す振りで、刺激をするな」

 手の中で肩が強ばる。

「お前はそのまま退避しろ」

 そして手を離し前へ踏み出した。



 見城が身を低くしたのを見ていた。荷物の影に隠れ、地面に手を突き、すっと動く動作が軽く、鋭い。

 獣の動きだ。獲物を見据え、気配を消し、距離を詰める。

 何か、起こる。

 じりっと後ずさった。そこで、見城の指示を思い出す。

 気付かれないように、自然に誘導しないといけない。

 ……できる?

 思いかけ、拳を握った。

 やるの。

 跳ねる鼓動を押さえつけ、集まりつつある野次馬に近付いた。

「総務部交渉室の者です」

 それを聞いただけで相手が狼狽えた。

「退避誘導の要請を受けています。一緒に、静かに歩いて下さい」

 頷く相手とその場を離れる。

 気付いた者に背中の記章を指し示した。

 頷き踵を返す。

 静かな波が出来た時だった。

 悲鳴が上がった。

「振り返らないで。走って下さい」

 ここまで来たら速さが優先される。

「退避! 総務部交渉室です、退避して下さい!」

 駆け去る民間人達を見送り、達成感と共に振り返り、チサは息を呑んだ。

 離陸脚を出したままの艇から、ぞろぞろとナイフを手にした一団が降りてくる。素早く荷物を見回す目つき、着の身着のままの荒れた身なり。

 何……。

 警備に切りつける散開、荷物に駆け寄る分担。慣れている。

 収奪……ここは治安維持機構なのに……。

 防衛の要を狙う相手の切迫を感じ身がすくんだ。そこへバイザーから見城の声が流れ込んでくる。

『いや、手続きは誤魔化すから。頼む、貸与申請は絶対に出す』

 見れば、物陰に隠れている警備部の人間にパルス弾のアサルトライフルを貸せと、匍匐前進の姿勢のまま交渉していた。

 思わず割り込んだ。

『見城さん。そこは厳しいんです。総務部の交渉室だと言えば通ります』

 肩越しに振り返った見城が顔をしかめた。

『何だ、その仕組み。お前、それよりも退避しろ』

『だって、見城さん、こういう時の崩し方、知らないじゃないですか』

 一瞬動きを止めた見城が呟いた。

『そこを教えてくれ……』警備部に向き直り『話が前後したな、総務部交渉室だ。シャガロット室長が帳尻を合わせる』

 警備部が、それを聞くや装備を外した。

『なんだこの万能さ』

 ぼやきながら、荷物を漁る賊に銃口を向けた。

『チサ、始める。伏せてろ』

 言うや発砲した。電磁パルス弾を受け、痙攣しながら倒れる者が、一人、二人。

 その見城の背を狙い荷物に這い上がった賊が一人いた。

 チサは震える手で電磁パルス銃を抜いた。

 援護しようと思った。飛び降りる賊に銃口を向ける。チサがトリガー絞りきる前に、素早い一閃が賊を切り払った。身を捻りながら腰からナイフを抜き際に薙ぎ払う見城の滑らかな動きに眼を奪われた。

 ……すごい。

 直ぐに射撃姿勢に戻り、一人一人制圧していく。

 その時、ぎぃっと軋るようなうなり声が聞こえた。荷の隙間。潜んでいた賊がこちらを見ている。

 軸足に体重を乗せ、正対したつもりだった。それなのにぐらっと体が傾ぐ。

 ……こんなところで。

 飛びかかってくる賊を見ながら歯がみした。

 ……動けていたら。

 耳元で低い声。

『チサ、弾くなよ』

 瞬間視界が開け、意識が切れた。



 ぎち、ぎちぎち。

 何かが噛み合う音がする。

 荒い息。

 疲労感。

 奇妙な高揚。

 すっと何かが抜けるように視界が明るくなる。

 目の前に見城の顔。

 視線を合わせるだけじゃなくて、奥まで覗き込むような強い視線。

 その顔を横切る白銀の刃。それと一点で噛み合った血濡れたナイフ。

 しっかりと何かを握りしめている掌の感覚。姿勢を低くし、前傾した体重を、刃の一点に乗せ、踏み出した足を浮かせているのに、体が倒れない。

 チサは瞬いた。

 仕留める。

 過った意識に怯んだ。

 踏み出した足の意味を悟る。体重をかけ、見城の防御を崩そうとしている。

 仕留めろ。

 手からナイフが落ちた。

 ……何が。

「お疲れ」

 見城がナイフを下ろす。

 膝から力が抜けた。尻餅をついて、床を捉えようとした手が滑る。

「動けるもんだな」

 見城の視線につられ、周囲を見回した。

 賊が転がっている。全身に切創を受けうめき、軋る叫びをあげている間を、警備部の人間が駆け回っていた。

 見城が防弾チョッキのメディカルポーチを開き、目の前に膝を突いた。

「脱ぐわけにもいかないしな」

 荒く頬を拭われた。掌も。ガーゼが血に染まっていた。

「私が……」

 四肢に残る昂ぶりの心地良さにぞっとする。

「やったんですか」

 記憶が無い。

 見城の声が聞こえて、それから……。

「ああ。見事なもんだった。返り血は帰投するまで我慢……おいっ」

 目の前が真っ暗になった。



 声がする。それと安定した機械音。

「自分も咄嗟のことだったので」

 見城だ。

「ですが、今回は拒絶されなかった。しかも、驚異的な運動能力です」

 知らない声。

「今回は状況が切迫していた」

 室長……。

「チサの準備が整ったわけではない。偶発的なものだろう」

 見城の声。

「同意します。死を目前にし生存本能が、戦闘知性体を押し出した」

 私、何をしたの……?

「再現性を確認すべきではありません」

 見城の芯の通った声。精神的な負荷、機能的不整合

「彼女にとってリスクが高すぎます」

 体が重い……すごく。

「承知しています。我々も今回のバイパス接続を成功事例とは認識していません」

 成功……?

「監視カメラの映像は、チサの目に触れないように細心の注意を払うことを要請する」

 見てはいけないものって……何?

「……見城」

 メキメキと何かが壊れる音。

 室長……また、タブレットを割ったんですか?

「貴様、戦闘補助をしろと言った覚えはないぞ」

「こちらも驚いてるんです。発育不全と聞いていましたから」

「軍部に眼をつけられたらどうする気だ!」

 どごっと鈍い音。

「だいたい、貴様は最初から愚鈍が過ぎる。人の情緒に対する感応器官が脳に存在していないのか」

「さあ……どうでしょうか」

 自身なさげに細る見城の声に、ふっと気が緩んだ。

 ……変な人……。

 ……無神経で……。

 ……でも……。



 シャガロットが研究員と検査入院の手続きのために立ち去ると、肺から息が漏れた。

 眠るチサを振り返る。青白い顔。脱力したしなやかな肢体。

 宇宙港で見せた飛翔と跳躍が嘘のような弱々しさだった。

 見城の戦闘時の意識に活性化した戦闘知性体の動きは速かった。弓としての筋肉、矢としての身体。接触の危険性を熟知した動きだった。擦り抜け際に切り刻みながら、対象の動きを把握し、導線を最適化していく。

 あれは、狩りだ。

 種族としての本能の集大。

 見城はチサから視線を逸らした。

 チサが望んでいるのは、生活を拡充させるための安定だ。

 今回の接続確立は偶発的である以前に明らかにミスだった。

 戦闘知性体の動きが強いる負荷に耐えうる身体、戦闘の結果を受け止めるだけの精神力。

 ヴァルキリーとして生きてこなかったチサには両方ともない。

 加えて軍部に希少種の補充として認識される危険まで出てきた。

 警備部に削除を依頼する前に、引き抜いた映像が収まった個人端末を握りしめた。シャガロットからは消去を命じられている。

 だが、それでいいのか?

 ヴァルキリーとして生きることが可能性だとは、見城も思ってはいない。チサも望まないだろう。だが、露見した以上、危険性は残る。それを知らせずに真綿で包むことが保護になるかと言えば抵抗があった。

 手の中で端末の表面をなぞった。

 知り、備える。危険性、可能性、双方を知った上で接続を継続するか否かを決める。

 しかし、それは、俺の考えだ。

 見せるべきか。隠すべきか。

 手の中で端末をひっくり返す度に、迷いが膨れ上がるようだった。

 作戦の危険性を知らせずに死地へ送り出すのか。

 射し込んできた自分の声に手が止まった。

 何度も呑み込んだ。結果を求め断行された作戦行動。

 チサを見た。

 彼女は何を望む?

 見城の脳裏に、見開いた眼に一切の感情を見せずに跳躍し続ける姿と、警戒しながらも隣を不安定に歩くチサの姿が重なった。どちらがどちらとも言えない。それを判断するのは、外側に立つ人間ではない。

 見城は端末をポケットに収めると、チサの目覚めを待つために椅子を掴んだ。



 目を開いた。研究所の見慣れた天井だ。暴れても大丈夫なように軟質素材でできている。

 チサは人の気配に首を巡らせた。

 見城だ。

 壁際ぎりぎりまで椅子を引き、本を読んでいる。紙媒体の本。

 白いシャツに黒いスラックス。私服なのか制服なのか分からない。

 軽く癖の入った黒髪。

 文字を追う伏せた瞼の縁に並ぶ睫が思ったより長い。

 ……そうだ。この人をまともに見たことがなかった。

「……見城さん」

 軽く音を立て本が閉じられ、見城が立ち上がり視線をむけてくる。全てが連動した滑らかな動き。

「気分は」

 遠い。見城の歩幅でも二歩か、三歩はある。

 気遣いなのだ。今は素直に受け取れた。

「体が、重いです……」

「使い慣れない筋肉を使ったからな」

「それだけですか」

 じっと見つめてくる。ナイフ越しに見た黒い深い色だ。

「室長は慎重を期しているが、俺は知っておくべきだと思っている」

 ポケットから出した通信端末をじっと見ていた。

 歩み寄ってくる。端末を差し出しかけ、また視線を向けてくる。

 静けさを増した目元。こんな風に、まっすぐに人を見ることがあるんだ。

「戦闘知性体移行時の記録がここにある」

 端末に眼を吸い寄せられた。

 私がしたこと。私の責任。

 声がした。

「選べ」

 見つめてくる揺るがない視線。

「ヴァルキリー」

 何かが胸の中で爆ぜた。

 そう……選ぶのは私。

 引き受けるのは私。

 手を伸ばした。黒い、長方形の端末を手渡される。

 そして、自分の飛翔を見た。



 チサは一泊の検査入院になった。

 そして見城は再び飲み屋に連行されている。

「あんた! なにしてんのよっ。おとなしいこにぃぃぃっ!」

 ホイエンがテーブルに飛び乗って両手を振り回して殴ってくる。

「仕方ないだろ。あの時つながなきゃ、回避できなかった」

「しかしなぁ」

 イユロスがどぼどぼグラスに乳白色の酒を手酌で注いでいる。

「お前、生活補助要員だろうが。もうちょっと調節できなかったのか?」

「俺もあの時は戦闘モードだったんだよ」

「あー、それがそのままいったから、過剰覚醒したわけか」

「だいたいねっそこなのよ! ただの立ち合いにいったんだから、さっさと逃げりゃいいのにっ!」

 ホイエンが喉の奥で不穏なうなり声を上げだした。

「まあ、そこは履き違えたな」

「大間違いだろ」

 大量の酒がイユロスの喉に消える。

「あぁあぁ、かわいいチサが、ぜぇえぇったいショックうけるわよぉ」

 何故、シャガロットが封印を要請した映像記録が共有されているんだ?

 思い当たりイユロスを見た。

「お前、防壁抜いたな」

「さあ、何のことかねぇ」

 ボリボリと音を立て巨大な揚げ物を骨ごと咀嚼する。

「しかしまぁ驚いたな。旋舞って言われるのが分かった」

 見城はチサの動きを脳裏に描いた。筋肉を引き絞った瞬発力の加速。回避と攻撃が一体になった飛翔。チサが擦り抜ける度に宙に浮かぶ血飛沫。擦り抜けた先で、着地と同時に次の瞬発。一点に止まらない加速の連続。

「舞じゃないだろ。白兵戦は突き詰めれば質量が物を言う。ヴァルキリーは自身の軽さを加速で補っているだけだ。あの加速の衝撃力なら──」

「問題はそこじゃない。チサが知った時、どうフォローするかだろ。死人がでてないからOKってのは雑の極み」

「そうよ! あの子はねっ、ただふつーにうごけるようになりたいだけなのっ! それをあんたが変なもん混ぜるからぁ! どうするのよっ噂になっちゃうわよっ」

 ホイエンが跳ねるせいで皿が鳴った。

「それなら大丈夫だ」

 視線に刺されながら、ようやく酒にありつく。

「お前の大丈夫は大丈夫じゃない」

「あんたっなにしたの……」

「本人に映像記録を開示した。泣き出しはしたが、心の準備は──」

「ばっかじゃないのぉおおぉぉ!」

 ホイエンの超音波並みの怒声が耳を貫いた。

 イユロスが頭を抱えている。

「もーやだやだ。馬鹿に付き合うとけがれるっ」

 テーブルからスツールに戻ったホイエンが、動きを止めた。防音皮膜の向こう、店のポリカーボネート壁へぶんぶん手をふり、スツールから飛び降りて走って行く。

「なんだ?」

 イユロスが疲れた声を出した。

「お前があんまり斜め上の善処をするから、爆ぜすぎて……」

 防音皮膜の向こうにしなやかな白い影が浮かんだ。するっと皮膜が割れて、白い髪が揺れた。チサだ。

「あの……お邪魔してもいいですか」

 首だけ入れて伏し目がちに許可を求める足下をホイエンが擦り抜けてくる。

「何えんりょしてんのっ。入って入ってぇ」

 チサが首だけではなく中に入ってきた。

「すいません。……こちらだと聞いたので」

 椅子を増やそうとパネルを操作しかけたイユロスの手をとめた。

「今日はアルコールだめなんです。その……挨拶に伺っただけですし」

 居心地悪そうに言葉を継いでいたチサが、じっと見城を見た。

 眉根が険しい。

 イユロスとホイエンが気配を殺して見守る中、チサは優美な動きで頭を下ろした。

「見城さん……これからも、お願いします」

 そしてぱっと背筋を伸ばす。ペールピンクに色づく毛先が跳ねた。

「では、失礼します」

 逃げるように皮膜を擦り抜けて出て行く。

 言葉をかける事も出来なかった。

 間髪を入れず、イユロスの溜息とホイエンの罵声が飛んできた。

「お前、ほんっとにな。なんかこう……受け止めてやれよ。鈍さが犯罪級なんだよっ」

「ほんっとにそれっ、罪よっ、大罪! あんたなんか嫌いだけど、続けてもいいっていってくれたのにっ」

「いや、深読みし過ぎだろ。礼節を通しに──」

「いやいやいや」

「もーいやっ! チサの勇気を返して!」

 また何か取りこぼしたらしい。

 喚く同僚の声を聞き流しながら、ふとチサが擦り抜けていった防音皮膜に目が行った。

 転んでいないだろうか。送るべきだったかもしれない。いや、拒絶されるだろう。

「参ったな」

 チサの決意は見えた。だからといって、どう接すべきかは未だはっきりしない。

 山積みの問題から、小さな箱を下ろしただけのような感覚。

「お前」

 イユロスの声に眼を開いた。縦光彩が睨んでくる。

「今、対策、導線帯域調節とか考えてるだろ」

「よく分かったな」

 イユロスの口から太い溜息が漏れ、ホイエンがテーブルに突っ伏した。

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