非日常的日常会話
99パーセントが会話です。
――玄関にて――
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい」
「いやー、今日も暑かったなー」
「ふふ、いつもご苦労様です」
「早めに仕事が終わったんだけど、その後部長がなかなか帰してくれなくてさ」
「え、じゃあ、もしかしてもうご飯済ませてきちゃった?」
「いや、まだ。今日はほとんどグチ聞いてたようなもんだったから」
「よかった」
「じゃあ、先に風呂に入ってくるかな――あ、部屋、片付けてくれたんだ」
「うん。お昼から時間があったから。あと、シャンプーも詰め替えておいたからね。いつものアロエのやつでよかったよね?」
「そうそう。すっかり忘れてた。ありがと」
――リビングにて――
「いやー、さっぱりしたー」
「あ、今ご飯あっためてるから」
「おう、サンキュー」
「そうだ。みてみて、この前撮った写真、今日やいてもらってきたよ」
「どれどれ……おー、よく撮れてるじゃん」
「この大あくびしてるやつとか傑作じゃない?」
「なんでこんなの撮ってるんだよ。にしても、俺の写真ばっかりだな。お前も映ればいいのに」
「いいの、私はカメラ専門で――あ、ご飯できたみたい。持って来るね」
「おう」
「はい、どうぞ」
「お、今日はハンバーグか。いただきまーす」
「冷蔵庫のお肉勝手に使っちゃったけど、よかった?」
「いいよいいよ。俺が持ってても腐らせちゃうだけだし」
「そっか、ならよかった」
「それにしても、お前のつくる飯はうまいよなぁ」
「なによ、急に」
「この前つくり置きしてくれてた肉じゃが、あれも最高だったよ」
「ふふ、私は勝手に台所使ってるだけなんだけどね。ありがと」
――寝室にて――
「ふあーぁ、そろそろ寝るか」
「そうね、じゃあ私は……」
「ほら、こっちこいよ」
「え?」
「俺の隣だって」
「え……あ、うん……」
「そうだ、お前そろそろ公衆電話から俺の携帯に掛けるのやめろよ」
「え……あ……ごめん」
「こっちから掛けるとき困るからさ」
「……」
「だいたいお前携帯持ってるだろ。それに用があるならちゃんと言えよ」
「……」
「ん? どうした?」
「……ねぇ」
「なに?」
「やっぱり、こんなのおかしいよ」
「なにが?」
「だって……私……『ストーカー』だよ? あなたの……」
「そうだな」
「勝手に部屋掃除したり、シャンプー詰め替えたり、ご飯つくってたり、盗撮したり、無言電話掛けたり……本物のストーカーなんだよ?」
「そうだな」
「そのストーカーが、横で寝てるんだよ? おかしいと思わないの?」
「全然」
「絶対おかしいよ! 普通気持ち悪いとか……思うって」
「そうか? 掃除とか、飯の用意とか、俺の代わりにやってくれてるじゃん。感謝することはあっても、気持ち悪いとか思ったことないけど」
「でも……犯罪なんだよ? 私のやってること」
「まぁ、確かにストーカーは犯罪かもしれないけど、ストーカーを好きになるのは犯罪じゃないだろ?」
「へ……?」
「だって、お前普通に可愛いし、それに俺のこと大切に思ってくれてんじゃん。合鍵渡した時点で気づくと思ったんだけどなー」
「それって――」
「まあ、あんまり言わせんな。その、なんだ、俺も……恥ずかしいから」
「あ、うん」
「そうだ、明日休みだし、どっか行くか。どこがいい?」
「えっと……どこでも」
「そっか、なら海に行くか。明日も暑くなりそうだし」
「うん、いいね」
「んじゃ、弁当よろしく」
「わかった」
「じゃあ、お休み。えっと……まだ名前聞いてなかったな」
「ミズキ」
「そっか。お休み、ミズキ」
「うん。お休み」
それは、私が『ストーカー』から、『恋人』になった瞬間だった。