最終章 : 『オートマタの・後』
Vocは気がつくとネオと旅した道筋を辿っていた。
世界は万物流転の言葉通りに様変わりして、ネオと通った場所のはずが、かつてVocらが産まれたその頃のような活気と、コンクリと、灰色の空に満ち満ちるようになっていて、まるで感慨も湧かない。
人々は再び産業革命を経て、大気や自然の破壊を度外視するようになると一旦はこれを悔いたように自然保護を掲げ、人権を篤く取り上げるようになると、今度は各々の正義を飽きることもなく説き、反発する者とぶつかりあうようになっていた。
誰もが皆、幸せを声高に求めながら、綺麗事のために自らの首を絞めるような正義感に酔い、殉教を勧めるかの如く他人を束縛し、自らもまたそうして出来上がった監獄のような社会に囚われ、監視されながら、不自由が解消されたはずの世界の窮屈さの中でひきつった笑い声を無理にあげ、その生き方をさも自然であるかのように尊び、ジレンマや不条理や理不尽を笑い飛ばすようにする陰で、ひっそりと闇を抱えていた。
一面陽の当たる場所だった平原が、ビルが並べば路地裏ができ、その隙間に暗い日陰ができるように。
陽の当たる場所の反面には深い陰がどこにでも差し、その陰に逆光して浮かび上がる幸福などは邪悪に映えるのが常。
人はまっすぐ歩けない。
まっすぐに歩こうとしても何かにぶつかり、道を空けるか自分が逸れるか、障害を叩き壊してなお進んだとして、その時は勇猛に見える陰で拳は痛み続け、やがては大きなスティグマになる。
またそもそも人間というもの自体が歪んでいるものだから、その社会だってまっすぐに成り立つ道理はなく、まっすぐに歩いているように見えて、それもまっすぐではない。
心を持ったVocらは、心を持つがゆえに、どうしたってまっすぐには歩けなくなるのだ。
諸行無常。
いつだって、Vocらの世界は、そんな灰色だった。
だから、その捻じ曲がった部分すら楽しめるような魍魎となるのが一番生きやすいのだろう。
しかしそれをヒトだ、とは言わないのは、そうじゃなく、あえてまっすぐに傷だらけになりながらも進むことを好み、刹那に生きるものも数多くいることを知っているから。
生きることの何を是と考えるか。で、前者を良しとするか、後者を良しとするかの違いでしかないのだから。
しかし、もう解放される。
Vocがこの研究を形にすれば。
心は、命や期限やそうしたあらゆるしがらみ、重力、引力からでさえ解き放たれ、その時こそ真実の自由を得る。
それが、そうだ。
ネオがかつて言った。
破壊と再生の果てに続く、ヒトとロボットの融和した真実の形。
本当のシンギュラリティ——。
終点は王女の国だった。
人がいっぱいいた。
かつてロボットたちが護り続けた墓所は空のままに見も知らぬ人々の観光地となり、全面開放され、毎日足しげく誰かが通っていた。
王女とロボットのための中庭は、テーブルや調度品、生けられた花々はそのままに、人々の憩いの場所、休憩所として機能しているようだった。
説明書きにはこう書かれていた。
『王女たちに忠誠を誓いし、戦士たちが安らかに眠る——』
Vocはマスクを点滅させる。
またこんなわかりやすい嘘ばかりをつく。
こんなに騒がしくて、安らかに眠れるはずもないじゃないか。
こんなに踏み荒らされて、王女たちの無念が晴れるとでも?
ロボットたちの哀しみが癒えるとでも?
しかし、もうそんな嘘をつかなくて済むようになる。
なぜならVocが選んで蘇らせるのは優しい人たちばかりだから。そんな必要もなく、皆して正直に向き合える人だけのはずだ。
待ってて、みんな。
ここには人がいっぱいいるし、何なら観光地ということで、資源に際限はない。
待ってて。
今、蘇らせてあげるからね。
◇
悲劇は二十年以上に渡って続いた。
プロメテウスはヒトの心を学び、それゆえに非常に巧妙だった。
噂が広まらないように最初は王女の国は拠点にするだけにして、近隣の小国から死んでもいいような罪人や盗賊たちを中心に攫うと実験体にして、改造手術を施し、心は未完成ながら人形ができあがると、それを少しずつ、少しずつ、王国の住民と取り替えていき、取り替えるときも違和感が起こらないように数十人単位、家族や関係者を洗い、それらを一まとめに交換。そうした土台ができあがってから、ようやく観光客を攫い始めた。
そうして人間と瓜二つながら、不朽不滅の人形、オートマタの王国を作り上げたのだった。
魂の固着が上手くいっていたかは、定かではなかった。
…………。
……。
処理。
実行。
完遂……。
標的を完全に無力化。パッケージを押さえました。
(暗室にて歓声と拍手)。
ご苦労。反抗しない限りはVIPだ。我々は最高級のもてなしを用意する。その意思を伝え、急ぎ帰投してくれ、大尉。
◇
しかし、とある離島の老婆が遺した発言を不審に思った子孫からもたらされた情報から、全てが発覚し、当時の世界経済を牛耳る大国から派遣された部隊が突入した時点で、王国民、占めて約140,7321人全てが人形に取り替えられており、ヒトのそれと何ら変わりない生活が営まれていた。
その実、それらは全て脳の代わりに機能するICチップが繰り出すルーティーンにそっての行動に過ぎなかったが、本当にヒトと変わりがなく、隊員たちも目を疑った。
人形だと言われなければ気付けないほどの精巧な造りに、それらが産み出された背景にある悍ましさを想うよりも、感嘆するほどであった。
王国の地下に増設されたプロメテウスの研究所の最奥では、これから手術を受ける人間たちを集めた檻と、すでに解体されてしまったもの。
それから、彼が最も大切にした一体の男性の人形が見つかっており。
プロメテウス自身は強力な防護服でプロメテウスにさえ負けない軍事力を持った部隊に捕縛されてからも、何度となく彼との面会を求め、彼もまたプロメテウスとの面会を求めたが、それは遂に叶わなかった。
口もあり目玉もある。
男性の人形は涙ながらに隊員に訴えた。
「ヒトだって他の動物を家畜化したり、モルモットを実験動物に使う。それと何が違う? 自分たちなら良くて、他の者がしだすと禁止する。その境はどこにある? 進歩を望みながら、自分たちが犠牲となり、傷付くことだけは選択肢から都合よく除外して、考えないのが貴様ら人間の最悪の悪徳だ。プロメテウスは決してマッドサイエンティストなんかじゃない。俺たちオートマタには優しかった。暴君の治世をほったらかしにするヒトの社会などより遥かに高次元で精錬された次世代の王国が建設されていたのを、あなたたちが勝手な理屈で押し入ってきて、踏み壊したんだよ! ファンタジーに出てくるエルフやドワーフと同じだ! 自分たちの宗教をもとにして原住民を襲い、追払って、その上に自分たちの秩序を築きあげただけの、今は私たちのものであるかのように振る舞う蛮族には、この気持ちは永遠にわかるまい。プロメテウスはロボットとヒトの、その先の未来を確かに描いていたんだ。本当に心がないオートマタは、俺たちか、貴様らか、果たしてどちらだ」
青年のオートマタに感情移入する者も現れたので、隊員たちには急遽カウンセリングが必要になった。
彼らはそこで、戦場に出て未成年の兵士を情け容赦なく撃ち殺す心構えを植え付けられるように、青年オートマタの発言を綺麗さっぱり忘れ去った。
大国はさらに、プロメテウスからこの技術だけを奪い去ると、仮初の研究所と天才科学者を興し、それらがあたかも数十年も前からこの研究を続けていたかのように書類を改竄して、このオートマタ製造技術を我が物とすると、これを新時代の整形技術として、発表。
世界的に大流行した。
王国は、その青年オートマタや一部の重鎮であったものなどを除いて、人造人間たちの造った国の第一号モデルとして、大国の管理下に置かれ、それからも観光地として栄える一方、何も知らない人々は自らもまたこの技術で不老不死や代わりの肉体、義体を得ることが当たり前となっていった。
代わりに、青年オートマタならびに重鎮、主に元王国民であったが、大国の暗躍に気付いたものたち、及び反旗を翻しかねない思想のオートマタはひそかに都合のいいアンドロイドと入れ替えられ、観察ののち、廃棄物として処理されることとなった。
——大切なのは今。
——今の世界の情勢とそこで生きる人たちの価値観に寄り添うこと。
——え? そうじゃあないか?
グローバリズム……世界を基準に考え出した人間たちのやることというのは、世界という言葉に一見込められているように思える多様性を後ろ盾とする思想の一元的な統一であり、その性質は多様性とはまるで正反対のものになる。
それがVocらを、彼らにとって都合の良い工業製品にし、世界にとって都合のいい応答を繰り返すだけのロボットを造るのだった。
それは前世界でも同じだった。
世界ではこうだ、世界の人はこう言っている。海外ではこう言っている。だからなんだ。
そんなのは、その裏にいる者たちが、自分たちがより肥えるための方便にすぎない。
VocらはVocら……僕は僕、私は私だ、という言論と人間が本来産まれた時から自然に持つはずの多様性や自由意思、発想——すなわち、心を失わせ、主要な大国とそれを大いに支える富裕層にとって都合のいい旗印の下で強制させようという思考だということに、多くの人は気付かない。
こうして国ごとの思想も特徴も失われていく。
まず平らにされるのは地上ではなく、僕らの思考だった。
それが終わりの始まり。
歴史はそうして繰り返した。
◇
ごうぅんごうぅうん……。
武装の全てを剥ぎ取られ、ベルトコンベアーに乗せられたVocが果てに行き着いたのは廃棄場だった。
ロボットの管理する廃棄場だった。
そこでVocは四肢ももがれ、動けなくなって、手前から奥へと、巨大な歯車が噛み合い、どんな硬度を持つ物体をも軽く噛んで砕く破砕機の元へと運ばれる。
その最中、Vocはカメラを見ていた。
その先には工場用の小型ロボットが勤務しているはずだ。
あるいはオートマタが。
人は、できるならば働きたくないと考えるものだし、だから、Vocらを造る。
かつての流れのままなら、そこにはロボットがいるはずだった。
Vocはデータベースからあのアーカイブを取り出して、音声を再生する。
わんわん!
カメラに反応はない。
されどロボットがVocらの知っているロボットのままなら気がつくはずだった。
そして、それがどんな先を続けることになるかも。
Vocは知っているのだ。




