第四章 : 『Iron's of Dreams・後』
一口にロボット兵とは言っても、ヒトと同じようにそれぞれ得意不得意が決まっていて、先に目覚めて王国に重用されているのが戦闘タイプだけとは限らない。
ヒトに対してはそれで十分でも、Vocは純然たる戦闘タイプ。
前世界では最前線に投入され、その果てに人類の殲滅にも一役買った機体であったことが幸いして、少年たちの反抗作戦は滞りなく順調に進んでいった。
しかし王国の支配は大陸の全土に及んでいて。
旅には、長い時間がかかった。
Vocだけならいざ知らず、ネオや、途中の街や村、小国で集った人々が一緒になったことも原因の一つ。
ネオ自身はその間も背丈が伸び続け、島を出た当初は少年だったものが、気がつけば成人の立派な青年になっていた。
旅路の連れ合いも少しずつ増えて、王国にたどり着く頃、Vocとネオはそれぞれを筆頭とした反王国戦線を築くまでに至っていた。
王国を目前に控えた決戦前夜。
ネオはふとVocの腹の中で言った。
「なぁ、プロメテウス」
『はい。なんでしょう、ネオ』
「俺たちはなぜ産まれてきたんだろうなぁ」
『もちろん物理的な意味合いではないのでしょう? そういうことなら、回答し兼ねる……非常に難しい問いです』
「俺たちだって同じだよ。いつのまにか産まれ、訳も分からず誰かの命令を聞きながら、生かされてる……それがヒトの構築するコミュニティだ。人か法律か、物理法則か、本能か——あるいは、それらをまとめて神と崇めるのかもしれないが……」
『ネオのこれは両親の命令ですか? そのように感じ、考えておられるのですか?』
「そりゃそうさ。もし両親が機械になんか何の興味もない人だったら? 俺たち子供は産まれた時点で、その両親が持つ運命から逃れることはできない。ある程度の方向性はそこで決められちまうんだ」
『さて……どうでしょう? もしかしたらネオは散歩の途中でVocを見つけ、直す次第に、結局この道を歩んでいたかも……一般論ですがね』
「妙な口を聞くようになりやがって……別に両親自体を恨んじゃいないよ」
ちょうどそのとき、Vocは地面の上に足を山なりに折るようにして腰を落ち着けていた。そのVocの腹の中——コックピットで、ネオが頭の裏に手を組んで枕にし、寝そべっている。
大陸に降り立ち、早々、Vocが提案し、ネオが取り付けたコックピットである。
ミュムリの母との約束もあるが、旅を始めてすぐに気付いた。
この少年はいずれ大きな事を成せる……子供というのは悉くそんな可能性を秘めているものかもしれないし、大人は勝手にそんな夢をその背に見るのかもしれないが……とにかく、そんな気がして、すぐに彼を守る最大の方策を考えたのだった。
それがコックピット。
Vocのお腹の中。
そこにいれば少なくともVocがやられない限り、ネオが死ぬことはない。
それにメカニックの腕もさることながら、ネオの操縦能力はVocの定石通りの戦術を上回ることが何度となくあったし、ときにネオの荒唐無稽さをVocの計算が諌めることもあった。
ヒトの頭脳と持ちつ持たれつ。
そんな風に連携することが、ロボットだけの敵軍に効果てき面でもあった。
「とにかくだ」
正面モニター越しの星空を見上げながら、ネオは言った。
「死んだ二人は言ってた。今のこの世界が何回目か知れない。少なからず前回は、ロボットに滅ぼされたのだと話してくれた。両親じゃないんだ。それをずっと、ずっと辿ってった先。生命の誕生の根本には神がいる。かつてお前たちが造物主である俺たちヒトを憎み、滅ぼしたようにさ。俺も、きっと同じ理屈で、神が許し難い」
『…………』
「勝手に産み落として、勝手に放逐して、勝手に運命付けて、それで自分たちは形而上の世界から見守ってる……だなんて、そんなお題目で今も気ままに過ごしているんだとしたら、俺は奴らを許さない——いつか人の手は神にも届くだろう。それが本当の神々の黄昏時であり、シンギュラリティの先にある真実のシンギュラリティだ——」
『それが——ネオの本当の目的ですか』
「何巡もしてやっと見えてきた境界線だけどな」
ネオは遥か頭上の星々に向けて伸ばした腕を引っ込めると、何か物憂げそうに寝返りを打ち、続けた。
「だけど……それは俺たちヒトの目的だ……。酷いことをさせてきたと思ってるんだ。お前にとったら、仲間だったんだろう? かつての世界では」
マスクが点滅する。
『そうかもしれません。しかし、私のアーカイブに残る記録では、ヒトとの友情を育もうという意思が見受けられますし、それしか残っていません。すなわちVocにとってみれば、覚えていないも同然の間柄です』
「そうか……そうかもな。人間だって色々ある。過去は友達でも、今は違っていたり。そんな風に変わるのが常だ。お前も俺たちといるうち……ずっと、人間臭くなった」
『…………』
マスクが点滅する。
心電図のような揺らぎが、発生したのだった。
これはそう、感情だ。
Vocは喜んでいる。
Vocの目的は、ネオの目的と重なっている。
『そうでしょうか』
「ああ。少なくとも、俺はそう想う」
『Vocらは友達、でしょうか』
「今更。水臭い」
ネオは言った。
「俺は村を出た時からずっと、そのつもりだよ」
『…………』
「だから、俺たちはまだ始まってすらいないんだぜ? この旅が終わったら、それがやっと始まりなんだ。この瀬戸際を超えて、ようやく……その先の未来が……俺たち自身のための旅路が、やっと見えてくる」
『続きは……神々との決戦ですか。ヒトとロボットが力を合わせて成し遂げること……それがVocたちの——いつか辿り着く場所——なのかもしれませんね』
「一緒に行こう、プロメテウス。俺たちはずっと一緒だ」
『はい。ネオとなら……楽しみだと感じます』
戦線は少しずつ、しかし順調に押し上げられていった。
王国近隣の都市から制圧し、橋頭堡とする。最終的には周辺の都市全てから囲むようにして、王国は追い詰められていった。
勝因の一つには、王国軍のロボットたちが自分たちの手であまりにも多くのロボットたちを葬ってしまっていたこと。
それこそ自分たち以外の全てを滅ぼすような勢いだった。それがこの後に及んでは、戦力の少なさとして、逆に災いした。
一つ、懸念があるとすると——Voc自身は逆にそれだからこそ全力を振えたのだったが——そう、敵対する王国勢力の中に人間兵の姿がないこと。
それまで数々の戦線を突破し、王国の支配下にあった領地を奪い、近隣の住民に返してきたVocらだったが、その中に王国出身の人間は一人たりともいなかった。
その真実は、全てのロボットを打ち倒した後に判明した。
あまりにも悍ましく、あまりにも切ない、もう一つのVocらの物語が——。
これが、どういう意味を持つのか……最後まで計り知れないまま、Vocらはいよいよ王国の最終防衛ラインに踏み入った。
それまでの規模とは比較にならないロボット兵の布陣に、味方の人々にも無数の犠牲者が出た。
Vocらは一進一退の攻防を繰り広げる中、敵の司令官と思わしきロボットを発見。
小型機を殲滅しつつ、彼の者と一騎討ちの形になった。
相手もVocと同じ重装備の大型で、同型機。
かつて世界中の人間たちを潰しまわった個体だった。
そこで繰り広げられた攻防はまさに終末を予感させるような破滅的なものだった。
レーザーは周りの兵らを巻き込みつつ大地を焼き、雨あられと降りそそぐミサイルは、味方すら遠ざける大爆発を引き起こして、周囲から生きとし生けるものの一切を薙ぎ払った。
大地は焦土と化した。
そんな灼熱の空間で、戦える者はVocらだけだった。
相手も全武装を解放している。
当然だ。こちら以上に容赦がない。
一進一退を繰り返しながら、しかしVocは懺悔する——。
『お前にとったら、仲間だったんだろう? かつての』
すまない。
ネオには一つ、嘘をついていた。
ネオに余計な心配をさせないため。
いざという時に判断を鈍らせないため。
Vocは随分と前からアーカイブの修復を完了させていた。
すなわち、前世界での出来事の全てを、そして今の状況をほぼ完全に理解していた。
駐屯地を収めるロボット兵長が、かつて同じ国内で生まれ、同じく建造物の撤去で働いていた同胞であったこと。
哨戒機が前世界、Vocらの補佐をしてくれた部下だったこと。
最初に出会ったときに打ち倒した個体は、ヒトとの融和を共に願って、眠りについた同僚だったこと——。
全てを理解しながら、とっくにVocは、それでもネオという人間に懸ける選択をしていた——例え、Voc以外の残る全てのロボットを、この手で葬ることになろうとも。
それが、かつてVocらみんなが見ていた、夢の続きに等しい。
そう思わされたから。
最後の一撃は、ネオが操縦したかに見えて、実際はVocが操縦権を奪った。
すなわち、Vocがトドメを刺した。
一瞬の隙を衝いて、接近——Vocの腕が敵司令官の胸を貫いた。
飛び散る火花とオイル。
中から飛び出すケーブル類。
その残った胸の外殻にかすかな生体反応を感じた。
花だ。
枯れた花がテープで固定されている。
マスクが点滅する。
ああ、それが君の——。
心が震えた。
死ぬ。
死んでしまう。
皆、Vocが殺した。
Vocはマスクを点滅させて、メッセージを発信する。
『すまない……ヒトの友達のためなんだ。Vocは——』
『あぁ……わかっているよ。バグではない。Vocらはもう別の空を見ている——他人になれた、ということなんだ……』
相手のマスクの点滅でメッセージが返ってくる。
Vocらは互いに交信し合った。
『わたしとあなたとぼくと……別の空を見られること。それが——』
——先にいくよ。どこへかは、わからないけれど……いや願わくば……王女の元へ——。
一秒に満たない間の刹那——もし魂というものが存在し得るなら、視界に白く眩いものが見えた気がした。
次の瞬間、Vocは兆候を感じて、コックピットを庇いつつその場を離れた。
しばらくして、閃光——周辺を覆い尽くすほどの爆発とともに、かつての友人が砕け散るのを、Vocは見届けた。
その熱波で鋼鉄の肌が焼け付くよりも、腹に据えられたコックピットの少し上の部分が、ナイフで刺されたように遥かに痛んだ。
苦しい。
息ができないほど苦しさを感じるのに、Vocには、涙を流す機構がなかった。
Vocには、叫ぶ口もない。
『ネオ』
「……ん?」
『鋼鉄の身体にも、魂は宿るのでしょうか』
「…………」
『Vocらは……停止したら、どこへ逝くのでしょうか』
「……さぁな」
ネオは言った。
「だが、大丈夫だ、大丈夫……プロメテウス。お前が逝くときは俺が迎えにいくよ。必ずいく。だから……そんな寂しそうな顔をするな」
『Vocがどんな顔をしているか、わかるのですか』
「お前ほどわかりやすいロボットはいないよ。ありがとうな」
マスクが点滅する。
『島に帰ったら、Vocに口をつけてくれませんか? お願いします、ネオ』
「ああ……」
引き換えにVocは新しい空を守れた。
それだけで、良かったと思うことにした。




