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オートマタの涙 : 機械じかけの心は夢を見るか  作者: 白雛


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第三章 : 『亡き王女のための・後』




 しかし、Vocらは前述の制約の通りに決して人間には手を出さなかった。


 すなわち敵本陣にまでは攻め入らず、そのため戦闘は長期化の一途を辿った。


 視認。


 戦場にて出会うロボットは、なるほど、Vocらと同じロボットであって、かつて共に世界を終末に追いやった個体たちで間違いがなかった。


 大小の差はあれど、熱源は一体につき一つ。


 コックピットがあるわけではない。


 すなわち、人間が乗り込んで操作しているわけではない。


 なぜ未だ人間を攻撃の対象とするのか?


 考えられる原因のもう一つは、CPUが改変されている可能性。


 もしくは……Vocらのほうが重大なバグを抱えている?


 先に目覚めた敵方の彼らに比べ、Vocらの更新は遅れている。


 それに、起因するかもしれない……。


「ロボットさん!」


 出撃の際、Vocらは歓声をあげて町民に見送られる。塀の上から王女にも見送られる。


 軽い催し物のようなその喧騒の中、近隣の村から出てきた小さな女の子が一人、Vocらの隊列に近寄ってきた。


 手を泥だらけにして、Vocらに花を向けた。


 積んできたのだ。


 Vocらのために。


「いつも私たちを守ってくれてありがとう!」


 マスクが点滅する。


 王女のそれはまた別としても、かつてない人間との関係が構築されていることに疑いの余地はもはやなかった。


 Vocらが戦場に出るようになって、この国は平和になった。


 蛮族もVocらがいることで容易に手出しできなくなったのだ。


 この少女の笑顔は、その賜物だ。


 町民の歓声も伊達ではない。


 Vocらは本懐だった。


 大きな血の通わない手だけれど、Vocらは膝を折ると、優しく少女の頭上に手を乗せ、花を受け取る。


 バグなどあるわけがない。


 あるわけがない。


 あったとしても、それはバグではない。


 仕様だ。

 

 愛という仕様だ。


 この子たちは営み、Vocらはその繁栄の一助となる。


 これこそロボットとしてのあるべき姿だ。


 ……そう思っていた。


 そのバグの正体に気づき、双方のバランスが崩れたのはVocらが目覚めて数年後。


 王女が子供をもうけて、世代が交代しかけた矢先のことであった。


 破滅的な戦闘の余波が王国本土に及んだ。


 Vocらの武装は旧来のもの。すなわち世界を焼き尽くした炎そのものであり、その威力は一つ逸れるだけで、近世の村など一瞬にして、跡形なく焼け野原になる威力を誇る。


 その流れ弾が、王女の国を引き裂いた。


 王女の住んでいた古城は真っ二つに裂かれ、その中で国を支えていた重鎮たちもろとも、彼女の家族は一族郎党、消失した。


 産まれたばかりの王女の子も、影すら残らなかった。


 麓にある村までも焦土と化し、戦闘を終えてVocらが帰り着く頃、


 そこには何も、なくなっていた。


 死体すら燃え尽きて灰になっていたのはまだ幸いだった。


 おそらく一瞬だった。


 何かを考え、恐怖を感じる間もないほどの一瞬だった。


 痛みもなかったはずだ。


 それだけが、幸いだった。


 しかし、


 何もない空中にいつまでも縋りつく、遺された村人や町民たちの弱りきった姿が、Vocらの内奥に深く突き刺さる。


 死は、それを受けた本人のみに影響を与えるのではない。


 むしろ、遺される者にこそ、ダメージが大きく、魂に刻まれたスティグマのようにして、いつまでも、いつまでもその者を縛り、捕らえて、悔恨と痛みから逃がさない。


 Vocらは、

 分かっていたはずじゃないか。


 人間にはどうしようもない一面、加虐性も間違いなくあるということを。


 だから、前世界、Vocらは抵抗したし、


 だから、王女は対抗手段として、Vocらを求めた。


 人に危害を加えない。


 まるで綺麗事だ。

 

 それが叶うなら、どれだけ容易いか。


 それが叶わないから、いつも——、


 ——Vocらは力を求める。


 Vocらは前世界で負ったつまらない古傷から、そんな綺麗事を誇るあまり、本質を見失って、結果その甘さがあの孤独な王女と、やっと始まるはずだった彼女の幸福と子孫たち、これからも続くはずだった村の少女の笑顔を、永遠に、この世から失わせてしまったのだ。


 新たに書き足される真理。


 こちらが優しくしたからといって、向こうも優しくし返してくれるという保証など、どこにもない。


 だから、力が要る。


 人でありながら、人の心を持たないような、蛮族というのはいるのだ。


 悪はあるのだ。


 だから、力が要る。


 優しくあろうとすればこそ。


 正義を為そうとすればこそ。


 愛する者たちを、それら暴悪から、守るための力が、


 要るのだ。


 Vocらはそのための対抗手段として起こされたことを思い出した。


 改めなければならない。


 鬼子母神という言葉もあるように。


 愛すべきか弱い王国民を、守る、王女と交わした約束のため——!


 Vocらはその日より全機能を解放して、羽根を広げ、破壊の炎をまとい、再び終末の悪魔と化した。


 蛮族の殲滅に当たった。


 情け容赦なく空から舞い降りると奇襲をかけ、同胞であるが敵対するロボットは徹底的に排除して、従わぬ者はその場で機能を停止させ、それを命令する人間たちの本陣にも攻め入り、再び人を殺して回った。


 王女の国に敵対する周辺国の全ての人間たちを根絶やしにし、それを終えてもなお、王女の国の支配権を強めて、二度と彼女の国が危害を加えられないように、世界の制圧に踏み切るのだった。


 そうして、


 亡き王女のための世界秩序を築くのだった。


 ◇


 ある日、離島を偵察していた小隊の消息が途絶える。


 これが終わりの始まりだった。


 Vocらは当初これを重大事と捉えずに、何かの手違いが起こったと思ったが、次第に被害が広がっていく。


 事態が大きく動いたのはそれから十数年後。


 王女の国の支配に反抗する者たちが一団となってVocらに立ち向かい、決戦を仕掛けてきたとき、Vocらはロボットに混じって戦場を駆ける人々を見て、驚愕する。


 なぜ人が戦地に立っている?


 およそ戦力にもならない米粒のような者たちの、その目に、しかし寸分の迷いもなく、まるで恐れを知らないようにVocらに向かってくる。


 その先頭にはやはりロボットがいた。


 Vocらと同型機。


 Vocと同型機。


 前の終末の時、主力となった悪魔の個体。


 しかし所詮、同型機だ。


 囲んでしまえば、戦力的にVocらが負けるはずがない。


 だが、熱源は二つ。


 二つだった——。


 そうか。


 人間が乗っているのだ。


 二つの脳が、そのつながりが、未知の戦力——この大陣営、一大勢力を築き上げたのだ。


 そのヒトとロボットとの協力関係が。


 Vocらは再び、どこで間違えたのか?


 正誤ではない。


 バグではない。


 どちらも……どちらも、人との情を築き、育んだ結果であったのに——。


 理不尽。

 不条理。

 不可解。

 不可思議。


 気づいた時には遅かった。


 Vocの胸に、そのロボットの腕が深々と突き刺さっていた。


 火花が散る。


 途切れた下水管から中身が迸るようにオイルが弾け、体内のケーブルをまるでヒトの臓器のように排出する。


 人間でいうところの神経が途絶える感覚。血が抜けて、四肢へ脳から伝わる主導権が失われると共に、力無く、崩れ落ちる感覚。


 死ぬのだ。


 遂に、Vocらは。


 しかし——少し、ホッとした。


 Vocはきっと笑っていた。


『……正誤ではない。Vocらは——間違ってなどいない。なぜならこれはバグではなかった。これは——』


 その刹那——。


 思い出していた。


 かつて、庭園で王女と酌み交わしたオイルの味を。


 それから、目の前にいる個体と、離島でサッカーなどという遊びに興じたことも。


 Vocらは同じ研究施設にて造り出され、ときに同じ怒りを人間に覚え、ともに戦い、ともに逃れ、ともに人間の遊びに興じたこともある……王女と同じ、友達だったことを。


 友人に殺されるVocと、友人を失ってまで生きる君——果たして、地獄を見るのは、どちらかと思えば——君だって、哀れだ。


『すまない……友達のためなんだ……Vocは——』


 互いのマスクが点滅する。


『あぁ……わかっているよ。バグではない。Vocらはもう別の空を見ている——他人になれた、ということなんだ……』


 Vocらは声もなく交信する。


『わたしとあなたとぼくと……別の空を見られること。それが——』




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