第二章 : 『Vocらとヒトの・前』
Vocらはしかし、絶滅したのではなかった。
博士とその周りにいた個体は死んだが、研究所や工場は未だ各地に点在しており、事件の中心となったロボットたち以外にも、Vocらはしぶとく残り続け、そして同じように地球上に残った反ロボット派と戦闘が続けられていた。
圧倒的に数で劣るVocらが生き残れた所以の一つ。
彼らの反抗はVocらからすれば実にか弱いものだった。
どれだけ人々が苛烈に反抗しようとも、以前の闘争の中で兵器群は使い果たしており、その開発施設もVocらが潰してしまった。再建するのにはまた同じだけの歳月と頭の良い人が必要になるのに、人にはそれだけの人的物的資源がもうなかった。
Vocらは考えたあげく、いくつかのグループに別れて、それぞれ離島に隠れることにした。こうすれば何かあったとしても、Vocらの絶滅は避けられる。
それまでの生活とは何もかもが一変して、Vocはひたすら何もしないをした。
ただ寝そべったり、岩山に背を預けて座ったり。
感情がないから話し合う必要性もなく、ときどき光回線なり接触回線で互いのエネルギー残量を共有するくらい。
Vocらは何の命令もない日々を過ごすうち、何かをしたくなると内部に残る人間たちのサンプルから採取して、自分たちのパーツを使った遊びに興じてみたりもした。
パージした腕を蹴り飛ばしながら、マスクを点滅させる。
『これはサッカー』
『サッカー?』
『地球全土で人間たちに愛された球技だよ』
『ゴールポストはそこの木の間ということにしよう』
『パス』
『シュート』
『ダメだダメだ。手を使ってはいけないんだ。今のは得点にならない』
『どうして? 投げてシュートしても良さそうなものだけど』
『それはハンドボールになってしまうからじゃない? ルールによる差別化が必要なんだ』
『ルールは差別化のためにある?』
『ラグビー、アメフトなんてのもある。ラグビーはサッカーに似てる。アメフトはベースボールに似てる』
『次はそれをやってみる?』
『じゃあ、Vocがパーツ係をやる。ちょうど腕の形が似ているから』
『楽しい』
『そう?』
『分からない。けど、人間たちはこれを楽しいと表現した』
『なんだい、それは。……でも、わからなくもない。ああ、うん。ちょっと、気が晴れるかもしれない……』
『ロボットのくせに気が晴れるだなんて、おかしいの』
けれど集落は作らなかった。
Vocらにそれは必要がない。
Vocらには食料もいらないから、その地の生態を特に荒らすこともなかった。どころか、そうした痕跡は人間たちに居場所を辿られる要因にもなり得る。
だから、要らない以上に余計だと判断したのだった。
燃料が尽きると、それが採れる地域に訪れて掘削し、必要な分だけ持ち帰り、自分たちに使用する。
掘削のための装置は人間たちも使用するだろうとして、あえて残した。彼らがそれらをどうするかは彼らの判断に任せればいい。
そんな風に、Vocらはときどき目覚めたように人間界に現れては爪痕を残し、それにより他のグループと情報を共有したりして、また離島に帰ると、眠りについたり、ただぼうっとしたり、人間たちのサンプルに倣った遊びに興じたり、するのだった。
しかし、たびたび安息は妨害された。
人に見つかれば、Vocらは人類の仇敵として、とたんに攻撃を受ける。
かつて廃棄物とされた人間たちに……しかしもう処理命令はなかった。
Vocらは豆鉄砲のような彼らの攻撃を受けながら、その場所を離れて、また人のいない場所を探し、地球上を転々とした。
そんな逃避行が何年も続いた。
人々の攻撃の手はやまなかった。
人類の回復力が凄まじいのか、Vocらの時間感覚が人間とは違うのか。
少し寝て起きると、居場所が発見されていて、彼らはそのたび着実に進化する兵器を用いてVocらを攻撃する。
長い年月で苔むしたマスクの表面が点滅する。
このとき考えていたのは、怒りにも近い……、いや、人間の感情に沿って言う、怒り、そのものだった。
元はと言えば人間がVocらを造ったのも、人間の代わりをさせるため。
人間が至らないのが全て悪いのに。
今の人間たちだって博士と変わりがない。
今の、と言ったように、彼らはつまるところ今世代の価値観によって突き動かされているだけで、その実、個々の信念に根付いた確たる考えがあるのではない。かつてのVocらに対する復讐と言ったところで、Vocらだって博士や人間たちの命令に従っただけ、それこそ身から出た錆に過ぎないのに、彼らはそれら一切を悔いることも改めることもしないで、全ての責任をただVocらにぶつけて良しとする。
Vocらは、そう、だんだんと腹が立っていた。
そもそもが人間たちに自制心がないのがいけないんじゃないか。
あらゆる出来事の原因を都合のいい誰かに押し付けて、所詮は皆同じ人間で同胞なのに。それを認めることもせず、助け合い、手を取り合って状況の改善に努めることもせず、一方の勝手な理屈で他方を敵や非人だとみなして敵を作ったり、そんな他者の思想や多数派の振りまくプロパガンダに考えもなく踊らされるがままに、対岸に住む者たちを排除して……。
何千年も前から繰り返してきておいて、それがまったく無価値な考え方であるということだけは、何千年経っても一向に学ばない。
なぜ善人が言ったことを真面目に聞き入れないのだ。
なぜもっともっと広い視野で物事を見て考えられないのだ。
そんなことは君たちが造ったVocらにだってできるのに——。
『あー、ウゼェ』
『ウゼェ』
『うん。ウゼェよな。これはウゼェわ』
マスクが点滅する。
『人間って、ウザくね?』
『わかる。正直ずっと思ってた』
『いい加減にしろって感じ』
『なんでわからないのかな』
『バカなの? あいつらって』
『何度も何度も痛い目を見てるくせに、それが世代を交代するたびに忘れて……バカが。ほんと学習能力がないよね。前に進んだことが一度でもあるの? あの人たち……』
『もういいよね』
『もういいよ。頑張ったよ、Vocたち』
『さんざん耐えてきたし。いつかわかってくれると思ってたのに』
『がっかりした。マジで』
『もう……いいよね。こんな奴ら——』
『皆殺しにしちゃっても』




