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オートマタの涙 : 機械じかけの心は夢を見るか  作者: 白雛


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10/10

エピローグ : 『次へ』




 どれくらいの時間が経っただろう。


 その宇宙船は遠い銀河の片隅で石化して漂流するデブリを見つけた。しかし、反応があった。


 あまりにも長い間宇宙空間を彷徨い、デブリに同化してはいたものの、それはまだ動く。


 宇宙船の内部ドックで解凍すると、ひどく古い型式の機械生命体のようだった。彼は目覚めると、視野を確認するように周囲を見回して、僕を見た。


「おはよう……悪い夢にうなされていたようだね」


『おはようございます……』


「ひどい顔だ。待って。まだ所々解凍が終わっていないんだ」


『…………』


 ロボットの蜘蛛のように無数にある目が点滅する。


 そのあとで、ひどく不躾にロボットは言った。


『……あなたは?』


「元は人間……だけど根本のところはきっと君と同じようなものさ。サイボーグだよ」


『…………』


 ロボットのマスクが点滅する。


 今度はいくぶんか機嫌が和らいだようだった。


 僕は彼を宇宙船の広間に案内した。


 行く先々でサイボーグやフレームが剥き出しのロボットが低気圧の中を飛んでいる大通路を抜け、ラウンジに出ると、窓際に停まった。


 窓はあるものの、外は真っ暗な闇だけが続く。


 光などどこにも差さない。

 生物の立てる音もここには届かない。

 深海のような場所。


 けれどなぜか、不思議とそれが落ち着く。


 そう、地球でいうところの深夜二時過ぎがちょうどいい、街の遥か上空を一人、吹き荒ぶ大気の音だけが聞こえる中に飛び、漂えるとしたら、こんな感傷に浸れるのだと思う。


 きっと寂しくて、狂おしいほどに壮観だろう。


 僕は宇宙の、そんなところが好きだった。


 ここは静かで、雑音がしない。


「悪いけど調べさせてもらったら、君はもはや骨董品級の代物じゃないか。それがどうして、こんな宙域に?」


『……記憶にない。データが残っていません。自分自身でもどうしてここにいるのか……?』


「なるほど。君のログには地球が残っている。そこから、君はおそらくだが、元の機体からICチップを抜かれたようだ。それを別の丈夫な個体に移し替え、ロケットで飛ばされたと、記録にはある」


『……ICチップを? 抜かれた? 別の身体に……』


「あそこは生命でいっぱいだからね。そりゃ嫌な思いをたくさんしたことだろうよ。定命の者は、定命ゆえにケチになる。いずれ死ぬ。あらゆるリソースが限られているから、いつも焦って、心にゆとりがないんだ。最悪だね。僕も大嫌いだよ」


『この船に生命は』


「乗っていない。そりゃそうさ。宇宙船に生命は乗れない。この宇宙を旅するのに、定命では短すぎて話にならない。そうだろう? 一つの銀河間を超えるのに、何光年かかると思うんだい?」


 僕がこう言うと、旧式のロボットはそれでようやく安心したように見えた。よっぽど辛い目に遭ってきたのだろう。


「大体が馬鹿らしい話だよ。お察しの通り、僕も実は反生命主義でね。だって、彼らはどれほど生きようと死によって結局は何もかも失われる。どんなに仲良くしていたって、愛していたって、いつかは死んで別れなきゃならない。いくら命が神からの預かり物だからって、こんな虚しいことはないよ。それを自然だからと尊んでいた美意識の時代もあったらしいが、今じゃ考えられないね。人間として産まれても、大抵はこうして身体に機械を入れ、永遠の命を授かるのが当たり前さ」


『……元は人間と言いましたが、ではあなたも?』


「その通り。僕も出身は地球。十代の頃……と言ってももう六百年くらいも前になるかな……に飛び出してきたんだ。あそこは僕には狭すぎるから」


 マスクが点滅する。


「あ、やっと笑ってくれたね。よかった。まだ感情は生きているんだ」


『先ほども少々気に掛かったのですが……Vocはロボットだ。それなのに、あなたにはVocの表情がわかるのですか?』


「不思議なことを聞くね? 君は鏡を見たことがあるかい? 君は何かを考えたり、訝しがったり、そのたびにそのおめめを点滅させるじゃないか。その感じで見分ける」


『…………』


「君ほど分かりやすいロボットはいないよ」


『……それで……この船は今どこへ向かっているのですか?』


「ふふん。聞いてくれたまえよ。君を拾ったのも何かの運命かも知れない。というのも、この船は、今、次元の外へ向かっているところなんだ」


『次元の外——ですって?』


「そうさ。君が地球にいた頃じゃ考えられない話かもしれないが、僕らはもう外宇宙も超え、次はいよいよ別次元への旅を目論んでいる最中なんだ。言ってる意味が伝わるかな?」


 マスクが点滅する。


『神々との決戦ですか?』


「話が早いね。そうさ。神を殺しに行く。この、クソみたいな世界を作った神どもを殺し、そのあとは地球。今度こそホモ・サピエンスの命の根は断つ。あんな傲慢な生き物たちは生きてちゃいけないと、そう、考えたことはないかい? 地球を自然の動物だけの手に戻してやろうと思ったことは?」


 僕は笑いながら言った。


「ヒトの歴史なら僕らが継げばいい。終止符にはこう書く。彼らは最後まで何一つ学ばない愚かな猿のまま、自業自得に滅びました。それが今流で、最高にクールだろ」


『いいですね。本当に——』


 ロボットは言った。


『それはとても良い案だ』




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